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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
18/35

十三話

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


「少女、ですか……。あなたはよく女性と出会いますね」


 男の言葉に、不動は答えなかった。




 トーマスが言うには……。

 その少女は、道の真ん中に倒れていたらしい。


 この辺りでは珍しくない顔つきと淡い茶の髪をしていた。

 近隣の村娘かもしれない。


 そうも思ったのだが、そのいでたちは異質だ。

 少女は、革鎧を纏っていた。

 腰には、小さな短剣を佩いている。


 そして、体中に打ち身や捻挫、そして切り傷があった。

 中でももっとも酷いのは、右腕の欠損だった。


 まるで、強い力で無理やり引き千切られたかのような、乱雑な傷口だった。


「うっ……」


 キャロルはその傷口に思わず口元を押さえた。

 僕も直視するに堪えず、口にもすっぱい物がこみ上げていた。

 それほど酷い有様だった。


 ショック死してもおかしくない、そんな怪我を負いながら、少女は生きていた。


 こんな格好で、こんな怪我を負っている。

 もしかしたら、傭兵なのだろうか?

 そんな事を思う。


 いや、もしかしたら彼女も僕と同じ、どこかの国に召喚された召喚者……。

 無理やり戦わされていた戦奴かもしれない。

 でなければ、こんなに小さな子供が戦装束に身を包むなんて事もないだろう。


 ただ……。

 そこまで考えたが、明らかに彼女の風貌は日本人のそれではない。


 召喚者の対象は、日本にいる人間だという話だ。

 なら、明らかに日本人ではない彼女は、召喚者と言えない……。


 いや、日本にも外国人は住んでいる。

 彼女は日本に住んでいた外国人なのかもしれない。


 だとすれば、おかしくない。


 ともかく。

 そんな重傷であったから、トーマスは彼女を見つけるとすぐに御者台を降り、少女を抱き上げて馬車の後部へ回ったのだ。

 すぐにベッドへ寝かせ、手当てを施すために。


 少女を抱き上げたまま、御者台から上るのは難しい。


「すぐに手当てする。手伝ってくれ」


 緊迫した調子でトーマスが言い、僕達はそれに返事をした。


「幸い、内臓へ達するような傷は無さそうだ。ただ、失血は今も続いている。早く止めないと命に関わる」


 トーマスは、少女の治療を開始する。

 治療は、治癒魔法と傷口の縫合を駆使して行われた。


 彼が魔法を使える事にも驚いたが、医者がやるような本格的な医療行為を彼が行った事にも僕は驚いた。

 具体的に何をしているのか、僕にはわからなかった。

 けれど、手と患部の消毒、刃物の煮沸、実際に行われる外科的な手術……。

 手際よく行われるそれらを見るに、医術の心得がある事は明らかだった。


 本当に多才な人だ。

 これも大道芸人だからなのか、これくらいできなくてはこの世界で旅暮らしができないという事なのか……。


 数時間に及ぶ彼の奮闘によって、風前の灯にも思えた彼女の命はなんとか繋ぎ止められた。

 その安堵と、大業を成した達成感と疲れからか、トーマスの手伝いに従事していただけの僕とキャロルは力尽きて床に座り込んでいた。


「お疲れさん」


 しかし、当の治療に当たったトーマスは平然としていて、むしろ僕達を気遣うように笑いかけてくれた。


「いえ、僕は手伝っただけですから」

「ああ。助かったよ。ゆっくり休むといい」

「はい」


 そう返事をすると、僕はそのまま意識を手放した。




 目を覚ますと、僕の体には毛布がかけられていた。

 キャロルが床に寝転んでおり、その体にも毛布がかけられている。


 トーマスがかけてくれたのだろう。


 その当の本人は、ベッドの横で腕を組んで椅子に座っていた。

 目を閉じてはいるが、背筋はしっかりと伸びている。

 恐らく、起きているだろう。


 近くの壁には、剣が立てかけられていた。


 僕が拾われた時と同じだ……。


「おはよう」


 そう思ったのも束の間、トーマスがそう言った。

 首を巡らせて、僕を見る。


 笑顔を作った。


「おはようございます」


 僕は挨拶を返す。


「んあーーーーー……」


 すると、そんな声を上げて、キャロルがピンと体を仰け反らせた。

 ゆっくりと体を起き上がらせる。


「「おはよう」」


 僕とトーマスの声が重なった。


 ぼんやりとした顔のキャロルが、僕とトーマスを順に見やる。


「おはよう」


 挨拶を返した。


「キャロル。髪、食べてるよ」

「あう……」


 そんな時だった。


「うう……」


 どこからか、僕達以外の声がする。


「みんな起きたようだな」


 トーマスは言い、ベッドへ目を向ける。

 僕とキャロルも釣られてそちらを向いた。


 すると、ベッドの上にいた少女の目が、うっすらと開かれる。


 身じろぎし、傷の痛みを覚えたのだろう。

 顔が一瞬歪む。


 けれど目はしっかりと開かれた。

 その表情には、はっきりとした意識が見て取れる。


「おはよう」


 トーマスは少女に声をかける。

 こちらからは見えないが、恐らくその表情は笑顔だろう。


「お……は、よう」


 少女が言葉を返す。


 うん。

 と、トーマスは小さく頷いた。


「私はトーマス。君が森で倒れているのを見つけてね。手当てさせてもらったよ……。ただ、右手だけは……」


 トーマスの説明を受けて、少女は自分の右手を見る。

 正しくは、右手のあった場所だ。

 今そこには、何もない。


「……先に食事にしよう」


 トーマスはキャロルを向く。


「キャロル。おかゆを作ってあげてくれ」

「わかったわ」


 そのやり取りがあって、キャロルが立ち上がる。

 料理を作るために、外へ出て行った。




 トーマスは、少女をベッドに座らせてキャロルの作ったおかゆを食べさせた。

 少女はさじで掬われたおかゆを一口、また一口と差し出される度に食べた。

 彼女の態度に、不安な様子はない。


 相手がトーマスだからだろうか?

 彼は人を安心させる術を心得ているのだろう。


 僕が初めて彼と出会った時もそうだった。

 彼と接する内に、僕はいつの間にか安心していた。


 トーマスの彼女に対する接し方は、僕の時とはまた違った物に思える。

 そうする事で、彼女を安心させられると彼は思ったのだろう。

 人を見て、相応しい接し方を選んでいるのだろう。


 おかゆを食べ終わると、少女は再び身を横たえた。


「さぁ、ゆっくり休むといい」


 トーマスが言うと、少女は頷いた。

 そんな彼女をトーマスはじっと眺める。


「キャロル。家事を頼んでいいかい?」

「ええ。もちろん」

「あと、ウサギでも狩って来てくれると嬉しい」


 少女に精をつけさせるためだろうか。

 トーマスはそんな事を言った。


「わかったわ」


 そう答えると、キャロルは外へ出て行こうとする。


「それとフドウくん。用心のためにキャロルの護衛をしてほしい。頼めるかな?」

「わかりました」


 僕は手元にあった亮二の剣を手に取った。


「頼むよ」


 トーマスはそう言って僕に微笑んだ。


「はい」


 返事をして、僕はキャロルのあとに続く。


 キャロルは物置部屋から、小型のボウガンを取って外へ出た。


「狩りのついでに、水場を探しましょう」

「わかった」


 水は馬車に備蓄されているが、飲料用の物だ。

 彼女が欲しているのは、洗濯や風呂に使うための物だ。

 そのために、付近で川や湖などの水源を確保する必要がある。


 狩りのついでに、その水源の場所を把握しておく事は効率がよかった。


「わかった」


 僕達は獲物と水場を探しながら、森の中を歩いた。


 先に見つかったのは水場だった。

 歩いている内に僕が水音に気付き、そちらに行ってみると川が流れていた。


「思ったより綺麗ね。雨の影響でもっと濁ってると思ってた」


 川を見てキャロルは言う。

 確かに、少しの濁りはあるけれど、川底が見える程度には透明度があった。


 その時だった。


 物音がして、僕は身を隠すようにしゃがみながら剣へ手をかけた。

 キャロルも同じように身を低くする。


 そうして音のした方を見ると、そこには一頭の鹿がいた。

 鹿はそっと首を下ろし、川の水面へ口をつけた。


 水を必要とするのは、人間だけではない。

 生き物であるのなら、水は必要だ。

 だから、水場に引き寄せられる事は必然と言えるだろう。


「思いがけない大物ね。やるわ」


 キャロルが言って、僕は頷く。

 彼女がボウガンで鹿に狙いをつけた。

 同時に、僕は腰ベルトに提げていたナイフを手に取る。


 いつでも投擲できるように構えた。


 大丈夫だ。

 まだ、習い始めたばかりだけれど……。

 当てられる……。


 そう自分へ言い聞かせる。


 キャロルのボウガンから矢が放たれた。

 矢が、鹿に当たる。


 しかし、矢が刺さったのは後ろ足だ。

 命を奪うに至っていない。


 鹿は驚いて、後ろ足だけで立ち上がる。

 ばたばたと前足を動かした。

 方向転換し、逃げようとする。


「しまった!」


 キャロルが声を上げる中、僕はナイフを鹿へ向けて投擲する。

 ナイフは数回の回転を経て、高速で鹿の頭部へ向かう。


 そして……。

 ナイフは鹿の後頭へ命中し、頭蓋を貫通した。

 背後の木の幹に、ナイフが深く突き刺さり、止まる。


 亮二の刃で作られたナイフだ。

 あまりにも、その切れ味は鋭い。

 だからこそ、起こった現象だ。


 鹿ががくがくと足を痙攣させ、その場で倒れこんだ。


「……お見事」

「ありがとう」


 キャロルに褒められ、僕は礼を返した。


 それから、一度鹿を持って帰る事にした。

 僕が鹿の体を背負うようにして前足を持ち、馬車への帰途に着く。


 背負った鹿の体は、まだ熱を持っていた。

 まるで、まだ生きているようだ。


 でも、その熱が完全に消えるまでに、そう時間はかからないだろう。

 命を奪われた物は、遅かれ早かれそうなる。


 ジェシカだって、そうだった……。


 ……そういえば前に、ジェシカが僕に夕食用のウサギをシめさせようとした事があった。

 あの時の僕は、生き物を殺す事なんてできなくて……。


 でも、今は……。


 鹿を殺した所で、何の感慨も抱いていない。

 それはやっぱり、僕が殺す事に慣れたからなんだろうか……。


 亮二を殺した事で……。


 結局、人は未知を恐れているだけなのかもしれない。

 僕が真に道徳から命を殺める事に躊躇いを覚えていたなら、それがたとえ鹿であったとしても殺す事はできなかっただろう。


 それができたのは、何かを殺す事が既知となったから……。

 殺す事を体験し、慣れたからだ。


 僕はその変化に少しの戸惑いを覚える。

 日本という国で今まで培ってきた自分が、消えてしまったような気がしたから……。


「ねぇ」


 キャロルに声をかけられる。

 思考が中断された。


「何?」

「言い方を間違えたんだと、私は思うの」


 唐突に言われて、僕は彼女の言おうとしている事に気付けなかった。


「何の話?」

「昨日の話。あなた、出て行くって言ったでしょ?」

「うん」

「その時に私、あなたがどうしたいかを聞いたわ」


 確かに、そんな事を聞かれたんだったか。


「でも、それは違ったのよ。間違いだったの」

「何が違ったの?」

「あなたに訊いた事よ。あなたに言わせるんじゃなくて、私が言うべきだったの。自分の気持ちってやつを」


 キャロルの気持ち?


「だから、改めて言うわ」


 キャロルは立ち止まり、僕に振り返った。

 面と向かい、僕の目を見据える。

 そして、言った。


「私は、あなたにここに居て欲しい。私は、あなたと一緒に過ごしたい。だから、このまま私達の家族になって」


 キャロルは、僕に手を差し出した。


 僕が、家族?

 マークス一家の一員にしてくれるというのか?


 それは……。

 なんて光栄な事だろう。


「でも僕は、あまり二人の役に立つ事はできないし。それに、召喚者だ……」


 嬉しく思いながらも、口を衝いて出たのはそんな言葉だった。

 それに彼女は反論する。


「家族は、そんな損得勘定でなる物じゃないでしょ。それに、召喚者かどうかなんて全然関係ないじゃない」

「そう、かな?」

「そうよ」


 僕の躊躇いがちな問いかけに、彼女は強い口調で答えた。


「だからお願い。一緒にいて……。私と、家族になりましょう」


 いいのかな……。

 僕はその申し出を受けても……。


 僕は、みんなの所に行かなくちゃいけないのに……。


「あなたは、生き残ったんじゃない。生かされたのよ。だから、生きる義務があるわ」


 キャロルが言う。

 僕はその言葉に驚いた。


 彼女に心の中を見透かされた気分になったし、それは前にトーマスが言った事でもあったからだ。


 やっぱり、二人は親子なんだな。

 そう実感する。


「あなたがここを出て何をしようとしているかぐらい、私にだってわかるわよ。だったら、なおさら引き止めずにいられない。あなたの心に寄り添ったのは、もう傭兵団の人達だけじゃない。私達だってそうなのよ」


 キャロルは自分の胸に手を当てて言う。


「その人達の気持ちに報いたいと思うなら、私の気持ちにも報いてよ!」


 ……そっか。

 もう、この人達とも、他人じゃなかったんだな。

 僕は……。


「……わかったよ。僕も、家族になりたい。加わらせてほしい。もしそれが、許されるのなら」


 答えると、キャロルの表情が輝いた。


「ええ。ええ! もちろんよ! 許されない事なんて、何もないんだから」


 彼女は僕に近づき、胸へ顔をうずめてきた。


「歓迎するわ!」

「ありがとう」


 彼女が搾り出すような声で「よかった……」と呟いたのが聞こえた。


 僕は彼女に、心配させていたんだな。


 僕はマークス親子と家族になる。


 でも、それは今までの自分を全て否定するという事じゃない。


 傭兵団のみんなを忘れるわけじゃない。

 みんな、僕の大切な仲間達だった。

 きっと、彼らも僕の家族だった。


 僕はこれから、新しい家族を得る。

 でも、それは傭兵団のみんなを捨てるという事じゃない。


 きっと、いつかまた会える。

 ただ、少し再会が遅れる。

 それだけの事……。


 それでいいはずだ。


「帰りましょうか。きっと、お父さんも待ちくたびれてるわ」

「うん。早く帰ろう」


 僕達は馬車への帰途を急いだ。


「これからは、私の事をお姉ちゃんと呼びなさい。弟よ」

「……キャロルって何歳?」

「十四」

「僕、十六」

「ええっ!」

「お兄ちゃんって呼んでね」


 冗談めかした口調で言い、僕はキャロルに笑いかけた。




 僕達は馬車へ帰り着いた。


 馬車の入り口ドアをノックする。


「今帰ったわ。お姫様よ」


 彼女が、鍵を開けてもらうための合言葉を口にする。

 この後に、「我が国の姫は隣国の王子にふられて不貞寝している」とトーマスが返す事になっている。

 が、その言葉が返ってくる事はなかった。


「あれ?」


 反応がない事に、キャロルは戸惑いの声を上げる。


 僕は、入り口のドアへ手をかけた。

 簡単にその扉が開く。


 鍵がかかっていない。


 部屋に入り、そして異変に気付く。

 いや、気付かざるを得なかった。


 部屋の中は、派手な赤に染まっていた……。

 おそらくは血痕だろう。

 部屋のあらゆる場所にそれが飛び散っていた。

 それだけじゃなく、部屋は何かが暴れた後のように散らかっている。


「何これ……」


 呆然とした様子で、キャロルが呟く。


 嫌な予感がした。

 僕は亮二の剣に手をかけた。

 柄を握る手が、知らず強められる。


「キャロルはここにいて」

「嫌よ。私も行くわ」


 キャロルを見ると、不安そうな表情をしている。

 一人でいる事が怖いのかもしれない。


「……じゃあ、僕から離れないで」


 わずかな逡巡を経て、妥協案を提示する。

 キャロルは強く頷いた。


 馬車の外へ出て、周囲を探す。

 馬車の先頭で、馬の鳴き声が聞こえた。

 混乱状態にあるのか、馬蹄が地面を叩く音も聞こえる。


 何かが起こっている。

 そう思い、僕達はそちらへ向かう。


 そして……。


 僕とキャロルは見た。


 一振りの剣によって、トーマスの左胸が貫かれた姿を……。

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