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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
16/35

十一話

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


「その時の僕は、他人の好意を糧に生きていた。好意に生かされていた」


 不動の声が闇の中に響く。


「僕はそれを情けなく思い……。しかし、そんな自分を変えるだけの力を持っていなかった」




 町での公演は、三日間行われた。

 三日目の公演が終わった夜。


「ちょっと出かけてくる。戸締りはしっかりな」


 そう言って、トーマスは外へ出て行った。

 この三日間、トーマスは毎日外出していた。


 一座は宿を取らず、広場に馬車を留めたままそこで寝泊りしている。

 馬車を居住用に改造しているからこそできる事だ。

 そのため、日々の過ごし方は野宿している時とあまり変わらない。


 ただ、食事だけは町の料理屋で食べた。


 いつも、町に滞在する時はそうなのだろう。


 町の中で過ごす事は僕にとって初めての事だった。

 けれど、馬車の中で夜を過ごす事はいつもの事で、あまり実感がわかない。


 かと言って、町へ出かけてみたいという気も起きなかった。

 多分僕は、この世界全体に恐怖心を持っているのだろう。


 この世界に召喚されてからは、悪い事の方が多かった。

 その悪い事への恐怖が心にこびり付いているから、安心できるこの馬車の中から出たくないのだ。


 僕はキャロルと一緒に馬車でお留守番をしていた。

 二人、トーマスの部屋で思い思いに過ごす。

 この一座における夜の日課だ。


 僕達はトーマスの部屋を居間の様に使い、団欒する。

 そもそもマークス親子がそのように使っていたので、僕もそこに交えてもらっていた。


 トーマスの部屋でキャロルと二人きりだった。

 僕はこの世界の字を習熟するために、トーマスから借りた本を読みふけっていた。


 キャロルは僕が昼間着ていた衣装を手直ししている。


 クローゼットの中にあった物から一番サイズの合う物を選び取ったから、所々が僕の体に合わなかったのだ。

 あと、少しずつ改造しているようだ。

 綺麗な花の刺繍を施していた。


 僕のドレスが日を追うごとにパワーアップしていっている……。

 その様子を見ると少しだけ複雑な心境だ。


「ねぇ……」


 ふと、キャロルが声をかけてきた。


「何?」


 本から視線を外し、僕はキャロルを見る。

 彼女もまた、作業を中断して僕へ視線を向けていた。


「あ……やっぱりいいわ。気にしないで」

「その言い方は一番気になるやつだよ」

「ええ、そうね。そうよね……」


 彼女は思案するように小さく俯くと、再び僕を見ながら口を開いた。


「フドウは、召喚者よね?」


 召喚者、という言葉が彼女の口から出ると、どういうわけか少しだけ心が痛んだ。


「……そうだよ」

「どうして、あんな怪我をしたの?」

「……」


 すぐには、答えられなかった。

 正直、答えるかどうかすら迷った。


 けれど、僕は話しておく事にした。


「僕は、イーガという国に召喚された戦奴だったんだ……」


 僕は、それまでにあった事を彼女に話した。


 長い話になった。

 いろいろな情感があったから、口から出る言葉がとても多くなったのだ。


 特に『隻狼』の事……。

 マーサ、ジェシカ……。

 傭兵団の仲間達……。

 一人一人に思い出があり、どんな関係を構築していたか……。


 話している内に思い出されて、ついつい口から言葉が溢れ出てしまった。


 その長く、そして重苦しい話をキャロルは真剣に聞いてくれた。

 話が終わると、彼女はおもむろに身を寄せてきた。


 僕の体を覆うように、抱きしめる。


 気付けば、僕の体はうずくまるように縮こまっていた。

 話している内に、意識せずそうなったみたいだった。


 そんな小さくなってしまった僕を彼女は抱きしめたのだ。


「辛い話ね。思っていたよりも、ずっと……」


 そう僕に囁いた彼女の声は震えていた。

 涙を堪えているのかもしれない。


 自分の事でもないのに、この子はその痛みを受け止めてしまったのだろう。


 話すんじゃなかったな。

 と悔やむ気持ちが胸に湧いた。


 そんなつもりじゃなかったのに……。


 彼女は僕から体を離す。


 ぎこちない笑顔を向けてくれる。


「私が訊いた事、お父さんには内緒よ。訊かないように、って言われていたの。もしかしたら、辛い事かもしれないから……」


 トーマスはそういう所にも気を使ってくれていたらしい。


 すると、彼女は溜息を吐いた。


「本当にお父さんの言いつけを守るべきだった。あなたに酷い事、思い出させちゃった……」


 彼女もまた悔やんでいるのかもしれない。


「僕は大丈夫だ」


 慰めるつもりで口にした。

 でも……。


 僕は、毎日彼らを思い出している。

 忘れる事なんてない。


 だから、彼女が聞かなくても、僕の中にはいつもみんなが……。


 そんな時だった。

 部屋のドアがノックされる。


 トーマスの部屋は馬車の最後尾だ。

 だから、外から直接通じるドアがある。


 ノックされたのはそのドアだ。


「今帰った。開けてくれ。パパだぞ」


 ノックに続いて、トーマスの声が聞こえる。


「うちのパパは死にました」


 キャロルが間髪入れずに答えた。


「ふっふっふ。よくぞ見破った。我こそは姫をさらうためにこの世へ現界した魔王だ」


 そんな言葉を交わした後、キャロルはドアの鍵を開けた。

 今のやり取りは、用心のための合言葉である。


「ただいま」


 そう言って、細長い布袋を持ったトーマスが部屋へ入ってくる。


「おかえり」

「おかえりなさい」


 おいしょ、と言いながらトーマスはベッドの上へ座った。

 手に持っていた布袋を僕に差し出す。


「これを持っておきなさい」

「何ですか?」

「君の物だからね」


 そう言われて、中を改める。


 そこには、鞘に収まる一振ひとふりの剣があった。

 剣というよりも、刀に近い形状だった。

 ただ、唾の部分は、西洋風だ。


「これは……」

「君が持っていた剣だよ。いや、刃と言った方がいいのか。ほら、手首の付いてたやつだ。剣として使えるよう知り合いの鍛冶屋に頼んでこしらえてもらった」


 亮二の刃か……。


「そんなの渡さないでよ!」


 キャロルがトーマスに怒鳴った。


「どうして? 彼の物なのに。ネコババしろって?」

「いや、それはいけない事だけど……」


 トーマスに反論され、キャロルは口ごもる。


 多分彼女は、さっきの話を聞いてこの剣の正体に気付いたのだ。


 言わばこれは、憎い仇の腕に他ならない。

 だから、彼女は僕の心を慮ってくれたのだろう。


「彼もずっとここにいるわけじゃない。借金の返済が終われば、離れてしまうかもしれない。身を守る術は必要さ」

「そうだけど……。でも、ずっといるかもしれないじゃない」


 彼女は目を伏せてから、僕へ視線をやる。


「フドウ……」


 キャロルは申し訳なさそうな表情で僕を呼んだ。


「……何かあったか?」


 その様子を察して、トーマスは訊ねる。


「お父さん許さないぞ。フドウくんは可愛いし、好感の持てる少年だが、娘を想う親心を打ち崩すにはまだ足りない」

「何言ってるのよ!?」


 キャロルは再びトーマスを怒鳴りつける。


「まぁ確かに、孫の顔は比類なき可愛らしさになるだろうが……。まぁそれもいい気がしてきた。親心、崩れ去ったわ」

「もういい!」


 そう言うと、キャロルは部屋から出て行こうとする。

 出口と反対側のドアを開けて行く。

 自分の部屋へ戻ったのだろう。


 その直前の彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。


「冗談だったんだが……。その冗談を本気に受け止めるくらいにはまんざらでもないって事か。あの子も思春期だな……。どうする? フドウくん」

「僕は……出て行きますよ。お金を返したら……」


 答えると、トーマスは小さく息を吐いた。


「……そうか。君の意思は尊重するさ。ただ、君を心配している人間がいる事と、君の行動によっては悲しむ人間がいる事を理解しておくのだよ」

「……はい」


 答えると、僕も部屋を出た。

 その時に、剣の入った袋も持っていく。


 僕が出て行ったのは外へ向かうドアだ。

 僕の部屋は馬車の上にあり、元々行き来を想定していなかったので外から梯子はしごで登るしか入る方法がなかった。


 部屋に入ると、返してもらった剣を見る。

 その際、袋の中にもう一つ何かが入っている事に気付く。


 それは小さなナイフだった。

 こちらにも鞘がある。


 鞘を着けるにも小さすぎるナイフだが、恐らくこれは僕の肩に刺さっていた物だ。

 切れ味が良すぎるから、鞘がなければちょっとした事で何かを傷つけてしまう事になるだろう。


 これもこしらえてくれたのか。


 僕は一度、剣を鞘から抜く。

 刀身を見た。


 この切れ味は、よく知っている。

 きっと、これを振れば何の抵抗もなく、人の体は両断される。


 不恰好でも、振るだけで簡単に人の命を奪えるだろう……。

 首だってすっぱりと落とせそうだ。


 これで命を絶てば、あまり痛みはないのかもしれない。

 楽に、死ねるのかも……。


 それはある種の誘惑だった。


 本当なら僕もあの時、この刃で命を絶たれるはずだったのだ。

 それが少し遅くなった。

 それだけの事になる……。


 そう思いながら、僕は誘惑を退けて剣を鞘へ納めた。

 キンッという小気味のよい音が鳴った。


 この一座の人は、僕を助けてくれた。

 このまま去るわけにはいかない。

 いろいろな恩を受けたんだ。

 それをこんな形で裏切る事はできない。


 僕は剣を袋に入れて、毛布へくるまった。




 翌日、一座は町を出た。

 また、別の町を目指すのだ。


「次はこの町へ向かうぞ」


 町を出る前に、トーマスは次の目的地として地図の一点を指して言った。


「今回の町はえらく近いのね」


 キャロルが答える。

 この一座は、道を順に巡って興行をしているわけではないらしい。


 彼女が言うには、トーマスはきまぐれのように次の興行地を決めるらしい。

 そこが近かろうが、遠かろうが、選んだ場所を次の興行場所にする。


 キャロル曰く。

 その判断基準は、トーマスの胸の内にしかないのだとか。


「この町には美味いステーキを出す店がある。ふと、食べたくなったんだ」

「あ、そうね。確かにあれは美味しかった。私も行きたくなってきたわ」


 今回は食欲が動機のようだった。


「ねぇ、キャロル」


 走行する馬車の中、僕はキャロルに声をかける。


「何?」

「僕にも、ジャグリングを教えてくれない?」

「いいわよ。でも、どうして?」

見世物ショーじゃ、僕何もできないから」


 町での三日間。

 毎日の公演において披露される演目はどれも違う演目で同じ物はなかったが、僕はその間もずっと可愛くする事に努めていた。


 それしかできなかったからだ。


「いるだけでもいいのに」


 とキャロルはふやけた大福のような表情で笑う。


「それだけじゃ、僕は自分を許せないんだ」

「あなた、変な所で男の子よね」


 僕は常に男の子だよ。


 そうだ。

 公演以外の僕は男の子だ。


 僕は男の子……。

 僕は男の子……。


 あの見世物ショーで女の子になりきっていたから、こうしてたまに言い聞かせないと不意の時に「キャッ」という声が出たりする。

 その「キャッ」が出ると、その後何とも言えない気分になるのだ。


「まぁいいわ。教えてあげる」


 そうして、僕はキャロルからジャグリングを教えてもらう事になった。




 夜。

 一座の二人が寝静まってから、僕は部屋を降りた。


 手には、剣を持っている。

 音を立てないように梯子を降りて、馬車から少し離れた。


 手頃な場所を見つけると、僕は剣を鞘から抜いて振った。


 上から下へ振り下ろす。

 ただそれだけの事を反復する。


 それだけが、唯一教えてもらった事だった。


 剣を振る度に、思い出す。

 ジェシカの事を……。


 彼女に教わった事。

 過ごした時間……。


 僕には、これ以外の鍛錬法がわからない。

 教えてくれる人間がもういないから……。

 だからこれ以上、上達する事はないだろう。


 僕の時間は、あの時から止まっている。

 でも、これ以上後退させたくもなかった。


 剣を振らなければ、また僕は剣の振り方を忘れてしまうだろう。

 そうなれば彼女ジェシカとの時間が、なかった事になる。

 そう思えて嫌だった。


 だからその時間を留め続けるためにも、剣を振り続けなければならない。

 振り続けていれば、少なくともあの時に留まり続ける事ができる。

 そう思いたかった。


「あまり才能があるとは言えないな」


 ふと、そんな声がかけられる。


 驚いてそちらを見ると、グラスを持ったトーマスが木に体を預けて立っていた。

 グラスには琥珀色の液体が揺れている。


「トーマスさん……。才能がないのは知っています。でも、だからと言ってやめるわけにはいかない」


 答えると、トーマスはかすかに笑んだ。


「何も悪い事じゃない。目的があるのなら、それは無駄な事ではないからな。けれど……差し出がましい事だが、君は何のために剣を振っている?」

「戦うためでした。でも今は……忘れないため……。剣の使い方を教えてくれた人との時間を、なかった事にしないため……」

「……なるほど。立派な目的だ」


 言うと、トーマスはグラスの中身を口に含んだ。


 小さく溜息を吐いた。

 一度僕から視線をそらす。

 夜の闇を臨んだ。


 その仕草が、何か迷っているように見えた。


 そう思ったのも束の間、彼は僕を向く。

 言葉を発した。


「剣の才能なんてなくても戦う事はできる。人は殺せる」


 思いがけず、物騒な言葉がトーマスの口から出た事に驚く。


「剣の腕も、筋力も、殺傷能力には比例しない。そう考えると、君は才能に溢れているとも言えるな。人を殺すための才能に」


 人を殺すための才能?

 どういう事?


「どういう、意味、です……?」


 剣を振る手が、止まっていた。

 ただ、彼の言葉の真意が気になった。


「ただ、私としては君に生きていく術を教えたいだけだ。私は君の意思を尊重するが、私にも意思はある。その意思が、君に生きていて欲しいと願っているんだよ」


 やっぱり、彼は僕がこの一座を離れた後、何をしようとしているのか気付いている……。


「その一助になるのなら、私は君に何かしてやりたい。そう思って、口を出させてもらった……」

「でも……」

「君は、生き残ったのではない。生かされたのだよ」


 言われて、僕は言葉を失った。

 彼が何を指して言ったのか、それを察してしまったからだ。


「悪いが、聞いていたんだ。君がキャロルに話している事を……」


 そうか……。

 あの時にはもう、トーマスが帰ってきていたのだ。

 入り口のドアに立ち、話を聞いていたのだろう。


「……君は、生かされた。それは、生かした人間が君に生きていて欲しいと思ったからだ。後を追わないでほしいと思っているからだ」


 そんな……。

 そんな事を言われても……。


 僕は、剣を取り落とした。


「じゃあ、どうすれば……」


 僕はもう、生きていきたくないのだ。

 こんな世界で一人……。

 そんなの辛すぎる。


「どうして、マーサさんは……傭兵団のみんなは、僕なんかを生かそうと思ったんだ……。僕なんか……」


 僕には、そんな価値なんてないのに……。


「私にはなんとなくわかるよ。君は気付いていないかもしれないが……。でもね、君はとても魅力的な人間なんだよ」

「……そうは思えない」

「まぁ、そう言われて実感する事は難しい。説得する言葉を私は持ち合わせていないから、これ以上は何も言わない。しかし、そういう考えがあるという事も憶えていくといい」

「……」


 トーマスは、僕の取り落とした剣を拾う。


「そして、私は君を生かそうとした人間に賛同したい」


 そう言うと、トーマスは僕に剣を渡した。

 僕はそれを受け取る。


「私にも少しは、剣の心得があってね。君の止まった時間を少しばかり、動かす手伝いをしようじゃないか」


 剣の扱いを教えてくれるという事だろうか?


「僕はもう、強くなりたいわけじゃない……」


 ただ、忘れたくないだけだ。


「わかっているともただ……」


 一度言葉を切ってから、トーマスは笑顔を作った。

 そして言葉を続ける。


「知っての通り、この世界は物騒でね。いろいろな危険が降りかかって来るんだ。たとえそれが、親子二人だけの一座だとしてもね。本当に容赦がない。そんな中、一人で娘を守りながら旅をするのは中々骨が折れる」

「……だから、僕にも守る手伝いをしてほしい?」

「その通り。お願いできるかな」


 この人は、言葉の使い方がとても上手だ。


 そんな風に言われたら、僕もそうしたいと思えてしまう。

 その気なんて、なかったのに……。


「僕には、人を守る事なんてできないと思いますよ」

「できないなら、手伝ってくれるだけでいい」

「……わかりました。じゃあ、教えてください」

「ああ。喜んで」


 これは、トーマスへの恩を返すためだ。

 そのために、力を養うんだ。


 僕のためじゃない。


 そう自分に言い聞かせるようにして、僕は彼の申し出を受けた。

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