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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
14/35

九話

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


「僕が誰かを守れるなんて、勘違いだったんだ。僕に出来る事は、殺す事だけ。でも、その時にはまだ、その事に気付いていなかった。おめでたい事だ……」


 自嘲するように、不動は言った。


「……確か、ヴォネはイーガの奇襲作戦を打ち破ったと聞いた事があります。強襲目的に敷かれた陣を逆に奇襲し、阻止したとか……。あなたはその場にいたのですね?」

「イーガは、亮二の戦力を当てにして小規模戦力での砦攻めを考えていた。そもそも、亮二がいなければ戦力不足だったんだ。亮二さえいなければ、ヴォネの襲撃部隊でも十分に戦えた」


 それに加え、『隻狼』の破壊工作があって、敵拠点は混乱の極みにあった。

 作戦が成功していてもなんらおかしくはない。


「なら、あなたはヴォネを守る事はできたとも言えます」

「……ヴォネは結局滅びた。あの作戦の成功は、戦いを長引びかせただけ……。それだけ、被害を増やしただけ、とも取れる」


 男は黙り込んだ。

 闇の奥で、その男は唇を歪めていた。


「なるほど。最終的な結果に重きを置く。それがあなたの根底にある考え方なのですね……」


 それで? と男は続きを促した。


「僕はあの人達に出会った。あの人達は、僕の壊れそうだった心を繋ぎ止めてくれたんだ」




 仲間の死体と亮二の死体。

 そのどれもを注視する事はできなかった。

 そんな事はしたくなかった。


 ……歩き出す。

 もう、僕には何も残されてはいなかった。

 僕を縛る物は、もう何もない。


 首輪も……。

 そして、仲間と居場所も……。


 何かを目指すわけでもない。

 目指す場所もない。

 進む理由もない。


 なのに、僕は歩いていた。

 何も考えず、右手に亮二の手首を持ったまま……。


 とぼとぼと歩いた。


 それから、どれだけの時間が経ったかわからない。

 夜は明け、そしてまた夜になる。

 明けない夜は無いけれど、暮れない日もまた無い。

 そしてまた、夜が明ける。


 明も暗も、巡り続ける。


 その昼夜の変化に気付きつつ、僕はずっと歩き続けていた。


 体は疲れきっていた。

 お腹も減っていた。


 それでも、立ち止まろうと思わなかった。


 このままみんなに、会いに行けたらいいのに……。


 そう思っていると、足が動かなくなった。

 躓くように、転んで倒れる。


 何か、暖かい場所だった。

 うつ伏せの状態から、仰向けに身じろぎする。


 空が見えた。

 森が途切れている。


 いつの間にか、僕は森を出ていたようだった。

 陽光が、僕を照らしている。


 あの、戦いばかりの場所から、僕は出る事ができたのだ。


 でも、もうそんな事はどうでもいい。


 身じろぎのための力が、最後だったらしい。

 僕の体は、完全に動かなくなっていた。


 ああ。

 やっと終わりだ……。

 また、みんなに会えるね……。


 依然として、肉体を蝕む苦しみは残っている。


 それでもみんなに会えると思えば……。

 最後に意識が知覚したのは、喜びに違いなかった。




 まぶたを開く。

 最初に驚いたのは、見慣れたテントの天井ではない事だった。

 その天井は布ではなく、木造の物だった。


 感覚に記憶が追いつくのは、それから少ししてからだ。


「……みんながいない」


 なら、僕は生きているんだろう。


「目が覚めたのか?」


 声をかけられた。


 かすかな期待があって、僕はそちらを見ようとした。

 起き上がると、右肩が痛む。

 けれど、かまわず体を動かした。


 僕は声の主を見た。

 落胆を覚える。


 そこに居たのは、見知らぬ中年男性だった。

 綺麗に整髪し、髭を整えた男性だ。

 細身に纏う衣服は着古しているが、身だしなみをしっかりとしているのだろう。

 清潔感があった。


 そして、彼の近くの壁には剣が立てかけられていた。

 いつでも彼の手に届く範囲だ。


 警戒し、僕の顔は思わず強張った。

 すると、彼は逆に笑顔を作る。


「君は素直だな。信用できそうだ」


 そう言うと、彼は立ち上がって近づいてきた。

 剣は壁に立てかけたままだ。


「あまり無理はするな。君は、一週間眠っていたんだぞ」


 彼は、ベッドの傍らに立つと僕と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「君の右肩に刺さっていた物は取り出して、手当てをした」


 言われて、僕は自分の体を見る。

 裸の上半身に包帯が巻かれていた。


「……ありがとう、ございます」


 躊躇いつつ、僕は礼を言う。


「礼儀もあるな」


 男は、笑顔で言う。


「あれを抜かずに置いたのは正解であり間違いだ。出血が抑えられたのはいいが、何日も放置したせいで肉に埋もれつつあった。そうなると取り出すために切り開く必要が出てくる」


 どうでもいいと思った。

 治す必要もなかったのだから。


「ただ、今回の場合はその苦労も必要なかったがな。あれは恐ろしく切れ味がいい。引き抜くだけで簡単に取れた」


 それは、あれが亮二の刃だからだ。

 どんな物でも切れる、最高の切れ味を持った刃だから。


「あの手首から生えた剣と同じ物だな」


 ああ。

 亮二の手首か。


 僕はずっと、あれを持っていたのか。

 意識してなかったな……。


「腐り始めてたから、手首の方は取ってしまったがよかったか?」

「好きにしてほしい……」


 僕には必要の無い物だ。


「そうか……。まぁ、何も聞かないさ。安心してくれ。体が治るまで、君の面倒は私が見よう」

「どうして?」


 何故、この人は僕にこうも好意的に接してくれるのだろう?

 まるで、あの時のマーサみたいに……。


 思い出すと、胸が痛む。


「困った人間がいるなら手を差し伸べる物だ。少なくとも私はそう思っている。そんな人間になりたいとも」


 言うと、男性は立ち上がる。

 部屋から出て行こうとする。


「食事を取ってくる。ああ、それから――」


 男性は振り返った。


「私の名前はトーマス・マークスだ」


 彼は名乗ると、しばらく黙り込んだ。

 僕に眼差しを向け続ける。


 僕の自己紹介を待っているのだと気付いたのは少し間を置いてからだ。


「不動――」


 僕は名乗った。




 一人になってから、改めて自分の体を見る。

 見るからに、衰えているのがわかる。


 あったはずの筋肉が萎み、手足も一回り細くなっていた。


「また、戻っちゃったな……」


 ジェシカと一緒に培った力。

 それがもう、僕の体にはない。


 まるで、彼女との繋がりをまた一つ失ったかのように思えた。

 苦痛を覚える。


 心が壊れてしまいそうだ。

 いっそ壊れてしまえば楽かもしれない。

 でも、人の心は簡単に壊れてしまわないらしい。

 だから僕は、今も苦しんでいる。


 僕は、みんなの所へいけなかった……。


 ……でも、今からでも遅くないのかな。


 壁に立てかけられた、剣を見る。

 トーマスの物だ。


 僕は、ベッドから降りようとする。

 床に足を着け、立とうとする。

 でも、立ち上がる事はできなかった。


 無理だとわかると、手足を付いて四つん這いで剣の所へ向かった。

 そうして剣の所まで辿り着くと、鞘から剣を抜き放った。

 よく手入れをされた剣だ。


 傭兵団で、武器の手入れをしていた事を思い出す。

 その思い出が、よりいっそう僕の決意を固めてくれた。


 柄と刀身を持ち、刃をこちらに向ける。

 そして、首へ……。


 その時だった。


 入り口のドアが開いた。

 ドアを開けて入って来たのは、一人の少女だった。


 肩まで伸ばした栗色の髪。

 元は白だったのだろう、色あせたドレス。

 その上にエプロンを着けた少女だ。


 全体的にふんわりとした雰囲気の少女だった。


 彼女はその手に、湯気を立てる小鍋を持っていた。


「何してるの!?」


 そんな彼女が僕の様子に気付くと、途端に小鍋を投げ出した。

 僕の方へ駆け寄り、手を伸ばす。


 彼女を傷つけてしまわないように、僕は剣を彼女から遠ざけるように離した。

 その直後、僕の頭にとても熱い物が降り注いだ。


 小鍋に入っていたお粥だ。

 投げ出されたそれが、放物線を描いて真上から僕の頭に命中したらしい。


 髪の毛の間をゆっくりと熱さが流れていく。


「あっ」


 彼女の口から呆気に取られるような声が出た。




 僕の怪我に、頭部の火傷が追加された。

 だから今の僕は、水の入った皮袋を頭に乗せられ、ベッドの上で座らされていた。


 ベッドの傍に置かれたテーブルには、新しいお粥が湯気を立てている。


「あなたが悪いのよ? あんな事、してるから」


 彼女は若干の怒りを込めた声で言う。


「お父さんだってお父さんよ。どうして剣を置いたまま出てきたの?」

「ああ、すまないな。うっかりしていたよ」


 少女の言葉に、トーマスは謝った。


「それとも、私の誤解だった? だったら謝るけど」

「ううん。誤解じゃなかった」


 彼女の問いに、僕は答えた。


 僕は彼女の思う通りの事を実行しようとしていた。


「なら、謝る必要は無いわね。もう、あんな馬鹿な事しないでよ!」

「だ、そうだ。うちのお姫様がそう申し付けている。従うように」


 二人に言われ、僕は躊躇いがちに「……はい」と返事をした。


「じゃあ、自己紹介だ。お姫様」

「私の名前はキャロル・マークス。まぁ、言わなくてもわかると思うけど、この人の娘ね」


 彼女はそう名乗り、トーマスを指した。


「我々はマークス一座だ」

「一座?」

「二人しかいないけれどね。親子二人で旅をして、町や村を巡りながら見世物ショーの興行で生活している」

「そうなんですか」


 そう答えると、会話が途切れる。


「キャロル」

「ん?」


 トーマスに呼ばれて、キャロルが返事をする。


「もう行ってもいいぞ」

「お父さんに任せるの、心配なんだけど?」

「大丈夫だ。お父さんがちゃんと彼を見てるから」

「それが心配だって言ってるのに。……剣を忘れないように」


 言い残すと、渋々ながらという様子でキャロルは部屋から出て行った。


 その後姿を苦笑で見送ると、トーマスは僕へ向き直った。


「聞いての通り、うちのお姫様は君の事をとても心配している」

「……はい」


 それは態度を見ればよくわかる。


「命を絶つには、命を絶つだけの理由がある。だから私には、それを絶対的に否定するという事などできない。でもせめてここにいる間だけは、思いとどまってくれ。君に、うちのお姫様を思いやるだけの余裕があれば、の話だが……」


 トーマスはそう申し出た。


 娘の心配をしつつ、僕を尊重しようとしてくれている……。

 もしかしたら、僕を死なせないための方便であるのかもしれない。


「はい」


 僕は答える。


「そうか……。ありがとう」


 でも、ここからは怪我が治り次第すぐに出て行こう。

 そして、今度こそみんなの所へ行こう。


 この二人から遠く離れて、二人に見つからない所で……。

 僕を助けてくれたこの優しい二人に、憂いを残してしまわないように……。


 そう思った。

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