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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
12/35

七話

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


「なるほど。あなたは、今度こそ守りたい人を守る事ができた」


 男の声に、不動は頷いた。


「よろしい事ですね」

「……僕は、誰かを守る力を得る事ができた。そう思ったんだ」


 そこで不動は言葉を切り、さらに続けた。


「でも、ただの勘違いだったんだよ。そんな物は……」




 拠点のテント。

 テーブルに地図を敷いて、僕達はマーサに報告した。

 地図のある一点には、小石が置かれている。

 そこは、僕とジェシカで見つけた敵拠点のある位置だった。


「まずいねぇ……」


 報告を聞いたマーサは、難しい顔で呟いた。


「拠点の規模は?」


 続けて訊ねる。


「中規模、かな。テントの数は三十前後」


 ジェシカが答えると、マーサは苦々しい表情を作った。


「姐さん。何か問題があるのか?」

「この位置に拠点を作るって事は、奇襲を考えているからだよ」


 マーサは地図にもう二つ小石を置いた。

 一つは敵拠点の南、もう一つは東。


「南の方は、今のイーガとヴォネの主戦闘地域。国の本隊同士が戦ってる。東の方には、ヴォネの砦があって、今のイーガはここを前線基地にしている。敵はここを奪うつもりだ」


 敵拠点から東の石……ヴォネの砦へマーサは指をなぞらせて言った。


「そしてここを奪われれば……」


 マーサの指はさらに東の石から南の石へ、スッと線を引くように地図をなぞった。


「ヴォネの本隊は帰る場所を無くす。補給線を断たれて、後方から奇襲を受ける。さらに後方の拠点へと撤退しなくちゃならないが……。まぁ、無理だね。本隊は壊滅、ただでさえ芳しくない戦況はさらにヴォネの不利に傾く」

「……姐さん。私達は傭兵だ。雇い主がいなくなってタダ働きは腹立たしいけど、戦争の勝敗なんてどうでもいいじゃないか」


 傭兵は、あくまでも賃金を貰って戦力を貸しているだけだ。

 負けた所で、金銭的な損失だけで済むだろう。

 処遇が変わるわけではない。


「そうもいかないよ。これを国に報告すれば、すぐにでもこの敵拠点を潰す判断を下すだろう。放置すれば敗北が決定するからだ。投入できる戦力がどれだけ少なかったとしても、その無茶な襲撃作戦は行われる。行わざるを得ない」


 そう言うマーサの顔は苦渋に満ちていた。

 そのまま言葉を続ける。


「そしてその作戦には間違いなく私達が組み込まれるはずだ」

「私達が?」

「それほど、追い込まれてるって事さ」

「……この敵拠点、見なかった事にできないの?」


 報告しなければ、ヴォネが敵拠点を攻める事などない。

『隻狼』だって、その作戦に参加しなくて済むはずだ。


 ジェシカが言うと、マーサは彼女の頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「もっともだね。でも、私は義理を果たす。ただ、それにあんた達が付き合う必要はないけど」


 そう言うと、マーサはテントを出て行った。




 敵拠点の存在を報告するために、マーサは単身ヴォネの作戦本部へ向かった。

 そして本部から帰ってきたマーサは、すぐに傭兵団の人員を集めた。


 敷物の敷かれたテントの中で、団員達がマーサを前に座っている。


 そんな中、マーサは説明を始めた。


「敵拠点を潰す作戦に、私達も加わる事になった。激しい戦闘が予想される。今までみたいに気楽な仕事とはいかないだろう。命を失う覚悟は持ってもらわなくちゃならない」


 マーサが語る言葉を傭兵達は黙って聞いた。

 そんな彼らにマーサはなおも続ける。


「知っての通り、今回は負け戦だ。報酬が支払われない事だって十分ありえる。ここで命を張る意味は、正直無いと言ってもいい。だから、ここで降りたいという奴がいるなら、それを許すよ」


 マーサが語り終えると、一人が手を上げた。


「団長はどうするんです?」

「私は義理を通すよ。少なくとも、『隻狼』が依頼を守ったという体裁は保ちたいからね」


 傭兵には信用が大事だ。

 大事な戦いで逃げるような兵士を信用する者はいない。

 ここで逃げてしまえば、今後の仕事で『隻狼』を雇おうとする人間はいなくなるだろう。


 それを思っての決断なのだろう。


「じゃあ、俺はお供しますよ」

「俺もだ」

「俺も」


 次々とそう申し出る団員達。

 気付けば全員が同じ意思を表明していた。

 もちろん、僕とジェシカも声を上げた。


「馬鹿野郎ばかりだね」

「忘れたんですか? 俺達には、他に行く場所なんて無いんですよ。団長に拾われなきゃ、のたれ死んでいた奴ばかりだ……」


 それは、僕にも言える事だ。


「強いて言うなら、団長のいる場所が俺達の帰る場所なんですよ。それが無くなるなら、死んだ方がいい」


 同じような事があったのだろう、きっと……。

 僕と似た経緯があって、みんな今ここへ集っているのだろう。

 だから、僕は彼の言葉に強く共感した。


 その翌日には、三十名前後のヴォネ兵士が『隻狼』の拠点へ訪れた。

 ただ、その数は敵拠点の規模から考えてあまりにも心許ない。

 それは『隻狼』の総数を含めたとしても変わらない事実だ。


 敵の数は百から二百の規模が予想されていた。

 この戦力で攻略するとするならば、まさしく決死の覚悟が必要だろう。


 それでもマーサの言った通りにこの作戦が計画され、迅速に実行へ移されたという事実はヴォネ側の切迫した状況を物語っているのだろう。


「何とか、うちうちだけで行動できるようにしてもらえたよ」


 ヴォネの指揮官と打ち合わせしに行っていたマーサが、傭兵達の前でそう告げた。


「よく許してくれましたね」

「ごねまくってやったよ」

「さすが姐さん」


 小さな笑いがみんなから上がった。


「ま、本当は作戦の提案をしただけさ。まともに突っ込むより幾分かマシな方法を、ね。ヴォネの指揮官が話の解かる人で助かったよ」

「どんな作戦です?」


 団員が訊ねると、マーサは説明を始めた。


「破壊工作と夜襲。夜陰に乗じて敵拠点へ潜入し、油を撒いて燃やす。その混乱の中でヴォネの正規兵が突撃をかけるんだ」


 潜入して破壊工作を行う部隊と突撃を仕掛ける部隊で、二つの部隊が必要だというわけだ。

 だから『隻狼』だけでの行動を許されたのだろう。

 ただ気になるのはこの場合、潜入する部隊は『隻狼』になるだろうという事だ。

 危険な仕事だけど、突撃するよりマシと見るべきだろうか。


「編成は二人一組。戦力的な不安はあるけれど、できるだけ広範囲に火の手を上がらせたい。後は、敵兵の注意を惹きながら脱出」

「敵のかく乱を兼ねた撤退ですね?」

「そうだね。なるべく戦闘のリスクを避けつつ、最大限貢献する作戦さ。上手くいけば、内は被害無しで済ませられる可能性もある」


 混乱して統率の取れない兵士は、おそらく近くに敵を見つければそれを追いかけてくるだろう。


 ……部隊数を減らせば、それだけ人員を散らす事もできる。

 二人一組の編成はそれを見越しての事でもあるという事か。


「それと、もう一つ聞いていて欲しい事がある」

「何です?」

「敵の規模が小さい」


 規模が小さい?

 こちらの戦力と比較してもあちらが勝っているのに、どうしてマーサはそんな事を言うのだろう?

 僕はそれを不思議に思った。


「あの拠点に詰める兵士達は、恐らく東の砦を攻略するための戦力だ。……しかし、それにしては規模が小さい」


 僕はその説明に納得した。

 砦を攻めるためにどれだけの戦力が必要かわからないけれど、マーサが言うのなら少ないのだろう。


「なら、どうして? ……向こうも決死行だって事ですか?」

「だといいけど。違う気がするねぇ」

「というと?」

「向こうには、召喚者がいる」


 団員達が黙り込んだ。


「あの拠点に配置されている可能性は高い」


 召喚者。

 その存在の脅威を彼らは理解しているのだろう。


「だからって悲観する事はないよ。見つかっても、逃げちまえばいいからね」

「そうですね。その通りだ!」


 ジェシカが声を上げて立ち上がった。


「今回の作戦で戦う必要はないんだ! 私達は逃げるだけでいい! 召喚者が出ても、ヴォネの連中に押し付けちまえ!」


 確かに、逃げていく敵よりも向かって来る敵がいれば、そっちに応戦するはずだ。

 わざわざ追いかけてくるような事はないだろう。


「おう、そうだな!」


 黙りこんでいた団員達が、ジェシカの言葉に元気付けられたのか口々に声を上げた。


「意気は十分だね? なら作戦は今夜。日が暮れてすぐに行動するよ。それまで各自自由にしていな」


 マーサの号令で、僕達はテントを出た。

 作戦まで、僕は装備の手入れをする事にした。

 他にやる事もないから。


 切り株に腰を下ろして作業する。

 剣に油を塗って、布で磨いていく。

 けれど、すぐにその手も止まった。

 ぼんやりと考え込む。


「どうした? ボーっとして」


 声をかけられる。

 声をかけたのはジェシカだった。

 顔を向けると、彼女がこちらに向かって歩いてきていた。


 彼女は僕のそばにきて地面に腰を下ろす。

 あぐらをかいて、両手を後ろの地面に付いた。


「どうして僕には、召喚者としての能力がないんだろう……」


 考えていた事を口にする。


「そういえば、あんたも召喚者だったね。忘れていたよ」


 忘れられてしまうのも当然だ。

 僕には他の召喚者が持つような、能力がないのだから。

 だからこそ、考えてしまう。


「僕に能力があれば、もっとみんなの役に立てるのに……」


 亮二や幸樹のような、戦いのための力があれば……。


「能力の有る無しなんてどうでもいい。少なくとも、私はあんたの事をすごい奴だと思ってるよ」

「どうして?」


 僕は驚いて訊き返す。

 僕自身、彼女にそう言われるような事をした覚えがないからだ。


「あんたは、みんなを守りたいって言ったね」

「うん」

「私は、そんな事考えられなかった」


 彼女の言いたい事がよくわからなかった。

 どうして彼女に、そんな事を考える必要があるのだろう?


「私もさ、あんたと同じ。マーサ姐さんに拾われたんだ。もっとガキだった頃に……。姐さんは私に居場所をくれて、だから私も姐さんの役に立って恩を返したいと思いながら生きて来た。あんたと同じなんだよ」

「そう、なんだ……」

「でもさ、守りたいなんて思った事はなかった。だから、あんたが姐さんを守りたいって言った時、衝撃を受けたんだ」


 彼女は座る体勢を三角座りに変えた。

 言葉を続ける。


「私はずっと、姐さんに守られてばっかでさ……それが当たり前になっちまったのかな? そんな事を考えられるのは、やっぱりあんたが男の子だから?」

「それは、わからないよ」


 答えると、彼女は僕を見上げて口を開く。


「まぁ、どっちにしても……。私はあんたの事、すごい人間だと思ってるよ。決して、弱い人間なんかじゃない。……それだけは、覚えておけよな」

「うん。ありがとう」




 日が暮れて、僕達は行動を開始した。

 拠点に居残りはいない。

『隻狼』全員を動員した大規模な破壊工作と陽動作戦だ。


 敵拠点の近くまで全員で移動し、ある程度の所まで来ると二人一組で散開した。

 そこからは、独自の判断で敵拠点を目指すのだ。


 僕は、ジェシカと一緒だった。

 二人共、普段の装備に加えて背嚢を背負っている。

 中には、拠点を燃やすための道具が入っていた。


 この森のどこかにはヴォネの正規兵が待機していて、敵拠点からそれほど離れていない場所に隠れているらしい。

 敵拠点に火の手が上がるのと同時に突撃を仕掛ける段取りとなっている。


 敵拠点の近くまで来ると、哨戒のためと思しき敵兵士達を見かけるようになった。

 二組に接触し、どちらも排除した。


 ある意味、各個撃破の良い機会になる。

 だから、敵の哨戒を見つけたらできうる限り排除するようマーサから命じられていた。


 そして三組目を目視する。


 哨戒の多さから、警戒されている事がわかる。


「兵士が多い。警戒されてるな」


 ジェシカも同じ事を感じたらしい。

 そう呟く。


「そうだね」


 敵拠点を発見した時、僕とジェシカは敵の偵察兵を殺している。

 茂みに隠しはしたが、それが発見されたのかもしれない。

 だから、敵の攻撃を予想して警備が厳しくなったと見るべきだろう。


 そしてそれが、各個撃破の良い標的まととなっている。


 マーサはそれも予想して各個撃破の命令を下したのかもしれない。

 これがマーサの戦略……。


 かつて彼女が口にした戦略という言葉。

 おそらくそれは、個人同士の戦いだけでなく、戦いにおける全てへ適用される物なのだろう。


 僕とジェシカは敵の拠点へ辿り着く。

 拠点の周囲は、長い木の杭の壁がぐるりと覆っている。

 それが途切れているのは、東側と西側の二箇所だけだ。

 無論、その二つの出入り口には多くの衛兵が詰めている。

 そこから進入する事はできないだろう。


 周辺にも敵兵士がいて、拠点の周りを哨戒していた。


 僕達は拠点の南側にいた。

 近くの木に登り、上から敵拠点の様子を眺める。

 どこから進入するか、模索するためだ。


「どうしたもんだろうな。こういう事、始めてなんだよな」


 ジェシカが呟く。


「どうしよう」


 答えが用意できなくて、僕も答えにならない言葉を返した。


 そうして眺めていると……。

『隻狼』の仲間が一組、衛兵を処理する所が見えた。

 簡単に兵士を無力化すると、そのまま一人が下になり、もう一人が彼を踏み台にする形で壁を登った。

 上った一人は、素早く壁の先を見回してから下の仲間へ手を伸ばした。

 その手を取って、下の仲間も壁を登る。

 そうして二人は侵入した。


 他の仲間達も同じ様に中へ進入しようとしているのが見えた。


「あれが正解かな?」

「それしかないな」


 僕達も彼らを真似して、侵入する事にした。


 壁外の哨戒と上る場所の付近の状況を見ておく。


 そうして、どこから進入するかを定める。


 哨戒の兵士は通ったばかりで、多少もたついても大丈夫だろう。

 壁の内側にも敵兵士はいない。


 あそこなら、進入できそうだ。


「あそこはどう?」

「いいんじゃねぇかな。お前、下な」

「うん」


 意見を交換すると、僕達は木の上から降りて目的の場所へ走る。

 壁を背にして、足場にするための両手を組み合わせた。


「いくぞ」


 合図のためにジェシカが声をかけ、僕は頷いた。

 彼女が僕の方へ走り出し、僕の手へ足をかけた。

 同時に、僕は彼女を持ち上げるように両手を上げた。


 彼女は高く跳び上がり、壁の上に取り付いた。

 周囲を警戒してから、僕の方へ手を伸ばす。


「ほら」


 僕はその手を取り、引き上げられる。

 無事に進入する事ができた。


「手早く済ませよう」


 そう言うと、ジェシカは背嚢から油の入ったビンを手に取る。

 それを見て僕も自分の背嚢からビンを取り出した。


 僕達は、警備の兵士達に見つからないよう注意しながら油をテントへかけていった。

 火をかけた時に燃えやすくするためだ。


 脱出の事を考えて、火をつけるのは後だ。

 逃げる時に、火を放っていく予定である。


「火事だ! 北側の天幕が燃えてるぞ!」


 手近ないくつかのテントへ油をかけると、叫び声が上がった。

 その声を皮切りに、騒がしくなっていく。


 見れば、北側に炎の物と思しき光があった。


 兵士達の動きがあわただしくなるが、その誰もが北を目指していく。

 その中にはテントの中から飛び出した者の姿もあれば、警備に当たっていた者の姿もあった。


 結果、僕達の周囲は警備が手薄になった。


「なんか、予定より早くないか?」

「少し早いけど。他が仕事しやすいように、誰かがわざと先に燃やしたのかもしれないね」

「ああ、なるほど。誰かわからないけど、後で礼を言わなきゃな」

「そうだね。でも、この火を見てヴォネの兵士達が突撃してくるかもしれない。こっちも早く済まそう」


 そんな会話を交わして、自分達も作業を続ける。


 しばらくすると、他の場所からも火の手が上がり始めた。

 兵士達の動きも、一層に慌しさを増した。


 人の動きが活発になる。


「そろそろやっちまおう」


 そう言って、ジェシカは小さな松明に火を着けた。

 今しがた油をまいたばかりのテントに、その火を移す。


 テントの油染みを覆う様に、炎がその上を広がっていく。


「……うん」


 躊躇いはあった。

 この火を着ければ、それで死ぬ人間が出るだろう。

 そう思うと怖かった。


 けれど、みんなも頑張っているんだ。

 僕だけが、駄々をこねるわけにはいかない。


 僕は意を決し、火をテントへ近づけた。


「待った」


 けれど、その手をジェシカが掴んで止める。


「私がやるよ」


 言われて逡巡し……。


「……うん。ありがとう……。お願い」


 結局僕は選択を拒むように、ジェシカの言葉に甘えた。


 次々とテントへ火を着けていくと、辺りの騒がしさも一際に大きくなっていた。

 火の手がそこかしこであがっているらしく、夜の闇が炎の灯りで薄れていた。


 空も炎を映し、赤みに染まっている。


「他の連中も成功したようだな。こっちもこんなもんだろう」

「これだけ明るくなれば、正規兵への合図としても十分だ」


 ジェシカの言葉に、僕は空を見上げながら答えた。

 赤い空は遠方からでもはっきり視認できるだろう。


「行こうぜ」


 ジェシカは手を差し出した。

 僕は一度、差し出された手を見て……。

 その手を取った。

 力強く引かれ、僕はその導きに従って共に走り出す。


 途中、ジェシカは手に持った松明を手近なテントへ投げた。

 燃え盛る拠点からは、僕達を隠してくれる闇が失せていた。

 それでも幸い、僕達が敵に見つかる事はなかった。


 逃げるルートは来た時と同じだ。

 僕がジェシカを壁の上へ上げ、彼女に引き上げてもらう。


「よし。あとは合流地点へ向かうだけだ」


 ジェシカはまた僕と手を繋ぐ。

 今度は、差し伸べるのではなく、彼女から手を取った。

 そのまま僕を引いて走る。


 それからどれだけ走っただろう。

 息が苦しくなってきた頃、ジェシカは走る足を少しずつ緩やかな物へ変えていった。


 振り返れば、拠点の火の手がぼんやりと後方に見える。

 そこからは騒がしい音が聞こえてくる。

 多分、それは人の声だ。

 無数の人の声が、重なり混ざって、声とは思えない雑音ノイズのような音になってかすかに聞こえてくる。


 ヴォネの正規兵が、攻め入ったのだろう。

 あの音は、人の雄叫びや悲鳴が混ざった物だ。


「ここまでくれば、大丈夫だろう」


 走りが、完全に歩みへと変わった。

 繋いでいた手を彼女が解き、僕達は歩き続ける。


 予定していた仲間との合流地点へと向かう。


「どうして、止めたの?」


 僕は彼女に訊ねた。


「何を?」

「テントを燃やそうとした時、代わってくれたでしょ?」

「ああ、あれか……」


 彼女はすぐに答えず、一泊置いてから答えてくれた。


「……姐さんは戦略を大事にしている」

「それは知ってる」

「戦いに大事なのは、剣を振って戦う事だけじゃないんだよ。姐さんみたいに、頭使ってみんなが無事に帰れるような作戦を立てるのも戦いなんだ」

「うん。そうなのかもしれない」


 現に僕達は今、そのマーサさんの作戦のおかげで無事に拠点から逃げる事ができている。


「お前は私より頭がいいし、剣で戦うよりそういう頭使って作戦考える奴になればいい。それでも、みんなを守る事はできると思うんだ。……剣の扱いも下手糞だし、さ」

「うん。僕は、剣の扱いが下手糞だ」

「……だからさ、そういう人間になればいいんだよ。あんたは。そんな人間だったら、人を殺せなくたって済むだろ?」

「それは……」


 これは、彼女なりの優しさなのだろう。

 僕を気遣っての事だという事がよくわかる。

 僕が、人を殺す事に抵抗を感じている事、彼女は気付いているんだ。


「そう、なれるかな?」

「なってもらわなくちゃ困るぜ。人が死ぬ度に吐くような奴は、戦いじゃ使い物にならないからな」

「そうだね」


 きっと前のジェシカなら、人の死に慣れろと言っただろう。

 でも今のジェシカは、人を殺さなくてもいい道を模索してくれた。


 この変化は、彼女が僕を大事に思ってくれているからなのかもしれない。

 そして僕も、彼女が大事だ。


 絆のような物を感じる。


「ははっ」


 不意に、彼女は笑った。

 くるりと振り返り、後ろ歩きをしながら僕と視線を合わせる。


「どうしたの?」

「お前の事、すごく嫌いだったのにな」

「あ、そうだね」


 初めて会った時の事を思い出す。


「今じゃ、私にとってあんたはいなくちゃならない人間になってるよ」


 僕も、同じだ……。


 そう口にしようとする。

 けれど、先に彼女が口を開く。


「言わせんな馬鹿」


 照れ笑い、彼女は再び僕に背を向けた。


「うん」


 ただ僕は、小さく頷いた。


 合流地点にたどり着く。

 そこには既に、三組の団員が揃っていた。


「二人とも、無事だったか」


 団員の一人が、僕達を見つけて声をかけてくれる。


「ああ。まだこれだけ?」

「拠点で殺された仲間は見てない。遅れてるだけさ」

「ああ」


 言葉を交し合い、黙り込む。

 三十分経って誰も来なかったら撤収する予定だ。


 その三十分の間に全員が揃うかどうか、それを思うと不安になる。


「マーサさんは?」


 僕は訊ねた。


「あの人はいつも一番後いちばんあとだ」

「そうだね。姐さんがケツ持ってくれるんだ。みんな、無事に帰ってくるさ」


 団員とジェシカが答えてくれる。

 少しだけ、不安が和らいだ。


「まぁ、あとで来る奴らが無事でも、お前らは無事じゃねぇけどな」


 どこからか、声がした。

 聞き覚えのない声に、みんなが反応して剣へ手をかけた。


 いや……。

 僕にとっては聞き覚えのない声じゃない。


 この声は……。


 夜の闇の中、木々の作る一層濃い暗闇から彼は姿を現した。

 鎧をまとっていない、上半身裸の姿だ。


 そんな無防備な姿でも、彼には何の不安もないだろう。

 たとえ、目の前に敵意ある人間が、剣を持って待ち受けていたとしても……。


「亮二……」


 僕は彼の名を呼んだ。


「久しぶりだな」


 彼は応え、楽しげに笑った。

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