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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
10/35

五話

 修正しました。

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


「うらやましい体験をしましたね。死ねばいいのに」

「……?」


 男の言葉に、不動は困惑した。


「まぁいいでしょう。あなたは彼女達に助けられ、命を永らえた。続けてください」


 不動は闇の中、頷いた。




 傭兵団はヴォネに雇われていた。

 しかし、総員の少ない『隻狼せきろう』はヴォネ本陣の軍列に組み込まれず、偵察と遊撃を主な任務としているらしかった。

 こまめに拠点を移動し、滞在地を変えながら森の各所を偵察しているらしい。

 その際に敵兵を発見し、偵察して得た情報をヴォネの軍へ報告、相手の戦力から攻撃が可能だと判断すれば攻撃もするのだと。


 だから、本来なら一つ所に一ヶ月以上も留まる事などない。

 例外があるとすれば、身動き取れないほどの怪我人がいる時だ。

 治療に専念するため、移動を控える。


 つまり、その時傭兵団が同じ所に留まっていたのは僕のためだった。

 そして僕が動けるようになってからも、傭兵団が別の拠点へ移動するまでにはまだ時間が必要だった。


 一ヶ月が経ち、僕はどうにかベッドから出る事ができるようになった。

 まだ、小さな痛みは所々にあるけれど、動けないほどではなかった。


 その頃になると、僕はさらに言葉も覚えていて、他の団員ともスムーズにコミュニケーションを取れる程度になっていた。


 そして、長い寝たきり生活は僕のただでさえ少ない筋肉をさらに削ぎ落としていた。

 ベッドから出ても足が萎え、杖を突いてようやく移動できるくらいだったのだ。


 筋力を取り戻すために、僕はマーサに付き添われながらリハビリとして外を毎日歩く日々を送った。

 その際に、この拠点における傭兵団の人達の生活を垣間見る事になった。


 武器の手入れをしている人間や、鍛錬をしている人間。

 休息に専念している人間もいる。

 けれど、その誰もが戦いに備える人間だという事がわかった。


 それは、ジェシカも例外ではない。

 彼女は一人で剣の素振りをしていた。


 僕がそれを見ていると、ジェシカは気付いてこちらを見る。

 視線の正体が僕だとわかると、強く睨みつけて顔をそらす。

 また剣を振り始めた。


「嫌われたもんだね」


 マーサがカラカラと笑いながら言った。


「マーサさんがあんな事させるからですよ」

「面白そうだったからね」


 マーサは悪びれた様子もなく答えた。


「そろそろ、休もうか」

「はい」


 僕達は手頃な木陰へ腰を下ろした。


「だいぶ、体力が戻ってきたね」

「はい。杖にあまり体重をかけなくても、歩けるようになってきました」

「完全に戻ったら、近くの町へ送らせるよ」

「え? いいんですか?」


 訊ね返すと、マーサは小さく笑った。


「あんたが戦いに向いてない事は、接していればわかるよ。ここには場違いだ。こんな所にいるべきじゃない」


 マーサの見立ては、間違いじゃないだろう。

 僕自身、それを願ってもいる。

 少しでも危険から逃れられるなら、それは願ってもない事だ。


 でも……。


 危険を厭って僕を殺そうとした二人は、今もどこかで戦い続けている。

 対して、殺されそうになった僕は安心を得ようとしている。

 僕だけが……。


「マーサさん。僕、ここに残っちゃだめでしょうか?」


 思いがけない事だったのか、マーサは驚きを見せる。


「ここに?」

「はい。僕じゃ、役に立たないかもしれないけれど……。雑用でも何でもいいんです。僕をここに置いてください」

「どうして、そうしたいんだい?」


 自分だけがこの場を逃げ出す事に、申し訳なさがあった。

 それも確かだ。

 けれど、もう一つの理由の方が大きかった。


「恩を返したいんです。助けてもらった恩を……」


 マーサはそれを聞くと、口元を緩めて頭をかいた。


「そんなのいらないよ。敵の召喚者を一人減らせたってだけで、こっちとしては利益があるんだから。殺した事にして報告すれば、それだけで特別報酬をもらえる。首級しるしは首輪で立てられるし。恩返しはそれだけで十分さ」

「……だとしても、お願いします」


 僕は頭を下げた。

 マーサは小さく溜息を吐く。


「わかったよ」

「ありがとうございます」


 マーサは許可をくれた。

 そして僕は、傭兵団『隻狼せきろう』の末席に加えられた。


 首輪はもうない。

 これからの僕は、自分の意思で戦いに参加するのだ。


 僕は、誰かに強制されて戦うわけじゃない。

 同じ戦うにしても、それはイーガに居た時と比べて雲泥の差がある。


 少なくとも自由はある。

 自分の意思で行動できるという自由。

 そして、行動に伴う責任を享受するという自由が……。


 僕はこの世界に来て、初めて自由を手に入れた。




 傭兵団は、拠点を移動した。


 僕が傭兵団の一員になって始めての仕事は、拠点を移動するための準備だった。

 とは言っても、その時の僕はまだ自力で歩く事も難しいお荷物で、防具の手入れを黙々と

 こなす事しかできなかった。


 剣の錆を見つければ磨いて落とし、油を塗る。

 矢を束ねて紐で結わえ、束ねていく。

 傭兵団に所属する魔法使いが作った魔法薬を小瓶に小分けする。


 それくらいの簡単な作業をこなし、それが終わると荷車で移動中じっとしているくらいだった。

 文字通りお荷物だ。

 あとは、移動中の暇を持て余した団員達との会話くらいだろうか。


 新しい拠点に着いて、団員達がテントを張る間も僕は休んでいる事しかできなかった。


 拠点の移動が終わってからも、僕にできる事は限られていた。

 みんなが偵察任務に向かう時もお留守番で、武器防具の手入れをしていた。


 それからしばらくして、僕はようやく怪我をする前と同じくらいまで体力が戻った。


「あの、マーサさん。僕にも戦い方を教えてくれませんか?」


 快復を機に、僕はマーサさんにそう申し出た。


「そっちから言ってくるとは思ってなかったよ。私も、そろそろ覚えさせようと思ってた所さ」

「そうなんですか?」

「大きな傭兵団なら、雑用専門の人間を雇う事あるけれど。うちにそんな余裕はないからね。戦力と雑用は兼任なんだ。それに、身を守る術ぐらいはあった方が良いからね。ついといで」


 そう言われてマーサについていくと、僕はジェシカの所へ案内された。


「私に何をしろと? そいつを預かるとか嫌っすよ?」


 とてつもなく邪険にされた。

 マーサさんに対しても半ば睨みつけるような厳しい表情で接する。


「勘がいいね」

「リックさんに預けりゃいいじゃねぇっすか! 喜んで面倒見てくれる!」


 リックさん。

 僕の下の面倒を是非に、と積極的に買って出ようとしてくれていた人だ。


 悪い人ではない。

 むしろ僕に優しい。

 でも、あまりあの人と二人きりにはなりたくない……。


「不動はかわいいからね。こいつがそっちに染まっちまったら、感染拡大する可能性があるんだよ」


 どういう意味ですか?


「私は嫌だよ? うちの傭兵団が薔薇色に染まるのは」

「私達がスケベな目で見られる事がなくなっていいと思うんですけどねぇ?」

「あらまぁ、そんな事言っちゃって。見られる内が花だよ」


 マーサが言うと、ジェシカは鼻を鳴らした。


「どうせ、散らされちまうかもしれない花でしょう」


 ジェシカが答えると、マーサは深く息を吐いた。

 小さく俯いて苦笑し、返す。


「だったら、やっぱりこの子に剣を教えてやりな。人に教えて気付く術理だってある。生き残るためだ、と割り切るんだよ。自分を磨いて生存率を高める手段だと思いな」

「……わかりましたよ」


 傭兵という物は、いつ死んでもおかしくない職業なのだろう。

 若くとも、老いていても、関係なく死が降りかかる。


 そして今は、僕もまたその中にいるのだ。


「どうしても嫌なら、ちょん切って女の子にしちゃいな」

「それいいっすね!」


 マーサの何気ない発言に、ジェシカは喜色満面で返した。


 良くないよ!




 ジェシカに預けられてから、僕は雑用の合間に彼女の下で基本的な剣の使い方を教わるようになった。

 と言っても、今教えてもらっているのは本当に基礎の基礎で、素振りのための上段斬りだけである。

 彼女との練習も、もっぱら素振りを見てもらうだけある。


 彼女とのファーストコンタクトの事があるので、何か意地悪でもされないかと思っていたけれど……。

 彼女は真面目に僕の面倒を見てくれるようだった。


 それでもやっぱり僕の事は嫌いらしい。

 必要最低限の事しか言ってくれない。


「指に力が入ってない。すっぽ抜けるし、打ち合ったら叩き落されっぞ」

「はい!」

「腕は力み過ぎんな。むしろ斬りにくくなるし、体力の消耗も増えっぞ」

「はい!」

「腕だけで振るんじゃねぇよ! 腕の力なんてたかが知れてんだから。全身の力使って振るようにしな」

「はい!」

「型、崩れてっぞ。剣筋が常にまっすぐ線を描くように剣を振れ」

「はい」


 ただ、面倒見は良さそうだった。

 悪い所があれば、すぐに助言をくれる。


 そういう練習の続いたある日。


「おし。ちょっとやめろ」


 そう言って、ジェシカは腰掛けていた切り株から立ち上がった。

 腰にいた剣を抜く。


 僕の前まできて、頭上で水平に構えた。


「打ってきな」

「いいの」


 ジェシカは、一つ頷く。


「手加減なんて生意気な事すんなよ? 本気でやりな」

「わかった」


 剣の重さに慣れるため、僕が振る剣は刃の付いた本物だ。

 その実用的な訓練もあって、当初こそ今まで体験した事のないような筋肉痛に苦しみもしたが、今はそれにも耐えられるだけの筋肉が僕の体にはついていた。


 だからこそ、それで打ち込む事には少し抵抗がある。

 でも、ジェシカは早くしろと言わんばかりに顎を小さく上げる。


 僕は自分の持てる本気の力で剣を振り下ろした。

 剣の刃が、ジェシカの剣の腹に叩きつけられる。

 甲高い金属同士のぶつかる音が響く。


「もう一回」


 言われ、もう一度剣を振る。


「もう一回」


 そうして、何度か剣を打ち合っていると……。


「もういい」


 ジェシカに止められて、僕は剣を下ろした。

 そして彼女は僕に告げる。


「お前、剣の才能ないわ」

「え?」


 思わぬ言葉に訊ね返すと、ジェシカは説明してくれる。


「ちゃんと型は物になってる。筋肉はまだあんまりついてないけど、多分私と同程度はあるだろ。でも、全体的に軽い」

「軽い?」

「少なくとも、そんなんじゃ人の体は斬れない。人を殺す意欲を感じられない」

「……だって、これは練習だし」

「でもお前、人を殺したくないと思ってっだろ? そういうの、剣の振り方に出るんだよ。殺意が足んねぇ」


 それは……。

 彼女の言う通りだった。

 戦わなければならないと思いながら、僕はこの期に及んで人を殺す覚悟ができていない。


「男の癖にきもの小さい奴だぜ。でかい所はでかいのにな」


 ジェシカは得意げな笑顔で言った。


「? 何のはなししてるの?」

なんの話もしてねぇよ。ナニの話なんだよ!」


 わからないよ……。

 何でキレてるの?


 やっぱりまだ、言語に不安が残るな……。

 もっと勉強しないと。


 ふと、ジェシカは真顔になる。


「姐さんに聞いたけど。お前、何で傭兵団に残ったんだ? 戦場を離れる事だってできたのに。どうしてここで戦う事を選んだんだ?」


 問われて考える。


 僕は、何で戦う方法を学んでいるんだろう?

 どうして、戦わなければならない場所に留まったのだろう?


 そんな事、したくないのに……。


 それは恩を返したかったからだ。

 命を助けてもらった。

 自由にしてもらった。

 その恩に報いたいから。


 僕を受け入れてくれたマーサさんや、傭兵団のみんなにどうすれば恩を返せるだろう。


 思いつくのは、みんなの役に立てるようになる事。


 そのため、僕には戦う方法が必要だ。


「ここのみんなは、僕にとって恩人だ。だからその恩を返したいんだ。役に立って、みんなを支えたい。そのためには、戦えなきゃ駄目だと思ったから……」


 僕は素直に答えた。

 さらに続ける。

 こちらは他人への恩じゃなくて、ただ個人的な理由だ。


「それに僕は、誰かを守れるくらいに強くなりたいんだ」


 紫……。

 彼女が僕を殺そうとしたのは、僕が弱かったからだ。


 僕は彼女を守りたかったのに……。

 僕には、そもそも守る力がなかったんだ。


 そんな自分が、嫌になる。

 そんな自分を、消してしまいたい。

 そのために、強くなりたいと思った。

 守る力を得たいと思った。


「ふぅん……」


 ジェシカは僕から顔を背けた。


 そんな彼女の横顔は、どこか気だるげだ。


 どこを見ているんだろう?

 彼女の眼差しを追う。

 何があるわけでもなかった。


 強いて見ているものがあるとすれば、彼女の思考の中にそれはあるのかもしれない。


 不意に、彼女は僕を見た。

 小さく、皮肉っぽさのある笑みを作った。


「今のままじゃ、まったく役に立てないし、誰かを守れるとは思えねぇな」

「それは……」


 反論しかけるけれど、さきほど指摘された事を覆せる根拠を僕は見出せなかった。

 一人の戦士である彼女の言葉には説得力がある。

 彼女がそう言うのなら、僕には戦う才能がないのだろう。


 ジェシカは小さくため息を吐いた。


「……気持ちはわかっけどな」

「え?」


 問い返すと、答えの代わりに張り手が僕の背中へ叩きつけられた。


「痛いよ!」

「お前に剣は向いてない」


 僕が抗議すると、彼女は悪びれる様子もなく告げた。


「……うん。それはわかってる……。でもだからって……」


 諦められない。


「そう。だから、今以上に努力しなくちゃな」


 そう言って、ジェシカは笑った。


「ほら、さっさと剣を握れ。訓練の続きだ! さっさと素振りから卒業できるようにいつもの倍は振れ!」

「ええっ!」


 その日から、ジェシカの僕に対する訓練は厳しさを増した。

 けれど、それは真剣に取り組んでくれているという事でもあった。


 僕達は、そうして少しずつ仲を深めていった。

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