15 補習
六月は雨が多いなぁ。好きになれないぜ。
窓の外を眺め、感傷にふける。
反対側の廊下をみれば、那波が扉の小窓からこちらを覗いているところだった。
目が合うと小さく手を振ってきたので俺もそれに応えた。
樫塚先生は、そんな俺を見て口を開く。
「相神くん、彼女を待たせちゃいけないよ。さっさとやって帰り給え、俺も帰りたい」
先生、那波は彼女じゃねぇっす。あと、あんたはただ帰りたいだけだろ。
そうは思いつつも声には出さない。
俺は急いで先生が出した課題のプリントを終わらせるため、ペンを握りしめた。
手早く課題を終わらせ、急いで那波の元へと向かった。
「あ、終わったんだ。早かったね」
そう言って笑顔で迎えてくれる那波。
「悪い、待たせちゃって。帰ろうか」
二人は校門に向かいながら、他愛もない話をする。
下駄箱で靴を履き替え、外にでる。
雨が降っているので、那波が傘を開いた。
「はい、ちょっと小さいから濡れちゃうかもしれないけど」
「何言ってんだよ。全然気にしないって」
一つの傘を使って、二人はゆっくりと下校するのであった。
傍から見るとカップルに見えるかもしれないな、実際は違うが。
今日は午後から突然雨が降りだした。傘なんぞ持っているわけない俺は当然びしょ濡れを覚悟する。
しかし、心優しい那波は傘に入れてくれるというのだ。
なんと優しい那波様。だが、大変申し訳無いことに俺はテストの補習があった。
傘に入れてもらうばかりか、メチャクチャ待たせるという、とても心苦しい状況が今の俺である。
「本当に悪いな。すごい助かったよ」
「えへへ。良いよ、別に。それにこの間すごい熱で倒れたばかりだもん。雨に濡れたら大変だよ」
カンニングをしたあの日の午後、俺はぶっ倒れた。
その日の三教科のテストはすべてやり切ることが出来たのだが、家に帰った途端に高熱を出したのだ。
四十度近い熱をだし、俺は残りのテストを受けること無くテスト期間を終えた。
うちの親は、『柄にもなく無理して勉強するから知恵熱でも出たんじゃないの』と親にあるまじき暴言を吐き笑っていた。
悪魔が実在するのなら、こんな感じに笑うんだろうなと、朦朧とする意識の中で俺は思った。
復活したのは次の週である。受けていない残りの教科はもちろん0点。零士だけに。・・・全然笑えない。
補習を受ければ赤点ではなくなるという良心的処置により、現在に至る。
加賀は見事平均点92点という快挙を成し遂げ、学年の順位は3位だったという。
当然俺は勝負に負けた。あいつに一日付き合うという糞めんどくさい負債を抱えてしまった。
ーーしまったのだが、どうやら加賀的には完全に俺に勝ったとは言えないらしい。
なんでも俺のテストが三教科すべて100点だったことが気に食わなかったとのこと。
残りもテストを受けていたら負けていたかもしれないから、不満顔だった。
だったら一日付き合うとか言うホモくせえ約束取り消せや。
「あ、コンビニ寄って良い?」
駅に着く頃、那波が言った。
「良いよ。てかついでに傘買おうかな」
「えー、もったいないよ。どうせ向こうに着いた後も帰る方向一緒だし」
俺の家は、最寄り駅から那波の家までのルートの途中にある。
なのでこのまま傘に入れてもらえるなら問題なく帰ることができる。
ーーできるのだが、地元で誰かに見られたらと思うと気恥ずかしい。
那波が買い物している間暇だな。そうだ、今日のお礼に何か買ってやろう。
何がいいかなーー肉まん、は男ならアリだが女子高生はあんまり食べなさそうだ。
・・・意外に難しいな。缶コーヒーじゃただのおっさんだし。
などと考えていると、ある文字が目に入った。
『新発売! ヤギのミルクソフト。DHAたっぷりイワシのエキス入り!』
アイスか。・・・なるほど。言われてみればこれほど女子高生というワードに嵌るアイテムもない。
女子高生といえばアイス。アイスといえば女子高生。この二つは切っても切れない関係と言っても過言ではない。
そうと決まればさっそくーー。レジに向かおうとした俺の前に那波が立ちはだかった。
「要らないからね」
その一言は俺の心に強く響いた。しかし、お礼をせねば末代までの恥。
俺は無い知恵を絞って反論をしようと試みる。
「で、でも。お前、アイス好きだろ? だかーー」
「要らないからね」
「ーーはい」
凄まじい迫力に気圧された俺は、仕方なく引き下がることにした。
諦め、俺は普通のアイスを買うためレジに行く。
「すいません。チョコソフト一つお願います」
「畏まりました。チョコソフト一つですね。新商品のヤギのミルクソフトは如何でしょうか。本日おすすめ商品となっております」
「じゃあそれも追加で。ーーハッ」
しまったッ。またやってしまった。あの店員さん、もしかしてわざとやってるんじゃないだろうな。
取り消そうにも先にヤギのミルクソフトの方を準備していやがる。しかも、おすすめ商品って値下げでも何でもないし。
「お待たせいたしました。お会計が、チョコソフト120円。ヤギのミルクソフト360円。合計480円になります」
だから高ぇって。
大体アイスとかって普通は会計終わってから作り始めるよね? この店員さん絶対わかっててやってるよ。
すでに会計を終えた那波の方へ行くと、何故かため息を吐かれた。
「結局買っちゃうんだね」
「いや、不可抗力なんだ。・・・どっちがいい?」
「チョコ」
僅かな希望を消し去るように、那波は即答した。
お礼を言ってソフトを受け取り、那波は美味しそうに食べ始めた。
その選択により、俺はヤギのミルクソフトを食べなくてはならなくなったが。
しかし、おいしそうにチョコソフトを食べる那波の姿は、柄にもなく可愛いなーーなんて思えるほどいい笑顔だった。
それも束の間。地獄の時間がやってきた。
手に持ったヤギのミルクソフト。略してヤギが溶け出してきたのだ。
中に入っているイワシエキスのせいか、どことなくネバを引いている気がする。
那波が見守る中、俺はその白くて粘ついた訳の分からないアイスを舐める。
「っっひぇぇぎゃぁ」
声にならない声が出た。ついでに那波もビクッとなった。
「どんな味? ねぇねぇどんな味?」
俺の反応を見て那波が質問してくる。
無言でアイスを差し出すと嫌そうな顔をして拒否した。・・・微妙に傷ついた。
「イワシの一番まずい部分をミキサーで砕いて飲まされたような気分だ」
「・・・ヤギ要素は?」
イワシ臭い口を自販機のコーラで流しつつ、俺と那波はやさしく降り注ぐ雨の中、一つの傘を使って帰る。




