いち! に! さん! し! く・ぎょ・う!
月! 火! 金! 土! やーきーん!
馬車を改造したとは言え、我の魔力は有限である。その関係でちょこちょこと休憩を挟む度、何故か小娘共がゾンビの様にグロッキーとなっていた。
振動は極力押さえている筈だが、酔ったか?
「違う、生きた心地がしないだけ」
「もしも何かの弾みで倒れたりしたら、そう考えるだけで動悸と吐き気が」
あぁ、慣れぬ速度に肝を冷やしているのか。
旧時代には目の前を霞む速度で走る箱に大興奮する特殊な人間が居たが、二人は違うようだ。
休憩の度に馬車から降りてはその場にへたり込んでいる。
見渡しの良い平原で何が起きるかは知らないが、一応の警戒はしておこう。
「魔王様ー、スライム居るー」
何? どこだ?
寝起きらしく、目元を擦りながら馬車から出て来たナージャは「あっちー」と指差した。
「二キロぐらいにー、三匹だよー」
むぅ……。流石に今のコンディションでスライムの相手はしたくない。それも三匹ときた。
旧時代の頃も一匹だけで大騒ぎしたというのに、こんなところで出会すとは運がない。
「スライムぅ? 無視無視、相手にする必要ないって」
「えぇ。進行方向なのだし、ついでに馬車で轢いちゃおうよ」
と、ぐでぇーと横になりながら小娘共が能天気に宣う。
……分からない。我の知っているスライムなら、こんな文明レベルの国の一つや二つ簡単に滅ぼせるというのに、この危機感の無さ。我には全く分からない。
むむむ。……ナージャよ、距離が有る内に仕留めるぞ。全力だ!
「分かったー」
間延びした頼りがいある声に励ましてもらい、我は今放てる最大火力の魔術を構築していった。
結果、何故かナージャと揃って小娘共に説教されている。何故だ?
「嘘つき! 魔王の嘘つき! 全然弱体化してないじゃん! 何この攻撃力!? デッカイ窪地になってんじゃん! 誰がここまでやれって言った!?」
「これの説明するの私達なんだからね!? お偉いさんに厳しい目を向けられながら話すの私達なんだよ!? もう気が重いよ! 滅茶苦茶吐きそうだよ!!」
彼女達が言うように、スライムが居た地点は広大なクレーターとなっている。やったのは我とナージャだが、スライム三匹の被害に比べれば掠り傷も良いところ。だが、どうにも二人と我等で認識の違いがあるようだ。
我等の知るスライムは物理も魔術も効果が薄く、弱点となる核を的確に破壊しなければならない厄介な魔物である。確かに、一匹なら大した脅威にはならない。しかし、奴等は何百、何千という個体が合体し、山よりも大きな巨体となるのだ。スライムの通った後に国は残らず、在るのは瓦礫すら許されない更地のみ。
最弱にして最強。それがスライムである。
「チガウ、ソレ、スライム、チガウ」
うむ。どうやらそのようだ。我の知るスライムなら、この程度の攻撃で跡形もなく吹き飛ぶ筈がない。
「この程度。これが、この程度……?」
認識の違いを実感したのか、片割れ娘がくらりと頭を押さえてよろけてしまった。足元の覚束無い相方を元気娘が危なげ無く支え、その場に座らせる。
「んー? でもさ、魔王の時代と今の時代のスライムが同じ魔物だとしたらさ、なんでそんなに違うの?」
うむ。しっかり者は片割れ娘かと思いきや、元気娘の方が視野が広いのだな。驚きだ。
「スラム育ちだからねー。固定観念ってのが無いのさ! 何故なら教育を受けてないからっ!」
力強く悲しい事を言うでない。
しかし、うむ。妙に逞しい面が有るのは環境に起因していたか。
旨い物は食っとるか?
「勿論!」
なら良し!
上手い事はぐらかせたが、この場合は乗ってくれたと思うべきだろう。
元気娘の疑問に答えず露骨に話題を変えたのだ。逞しい娘が勘づかない筈がない。
我自身、おおよその見当はついているが、確信が持てずに居る。
学園とやらに行けば、はっきりするだろう。それまでは疑問を飲み込んで貰う他ない。
さてさて、では無意味に荒らしてしまった地形を直すとしよう。ナージャ。
「はーい」
何時もの眠くなる返事をし、ナージャはクレーターの縁まで歩き寄る。大地に両手を添え、魔力を流すと【復元】の魔術式が展開された。
《時》に干渉するだけに、その術式は複雑怪奇を極めている。要求魔力も膨大で、とてもではないが今の我では賄えない。
先程魔力を使わせてしまっただけに心苦しいが、それでも頼らざるを得なかった。
我等の世界に魔力は存在していない。故に、我等に魔力を生成する器官は備わっていないのだ。
唯一の例外が眠山羊族である。
ざっくりと説明すると、眠山羊族は睡眠時に周囲からエネルギーを取り込む特性を持っている。元々のエネルギーから魔力に置き換わっただけで、特性が失われた訳ではない。
ナージャは器が許す限り、魔力を溜め込む事が出来るのである。
あっという間に元通りになって行く広大なクレーター。四方八方に飛び散った石畳が逆再生の様に直り、元有った位置へと収まって行く。
一分と掛からず、クレーターは綺麗さっぱり無くなっていた。
なん足る劇的ビフォーアフターか。正確にはビフォーアフタービフォーである。
「終わったよー、魔王様ー。寝て良いー?」
うむ、ご苦労であった。存分に休むが良い。
「わーい」
馬車に入り毛布にくるまった瞬間、ナージャは見ている方が安らぐような顔で眠りに就いた。実に幸せそうである。
「やっぱ、この二人とんでもないや」
「そうね」
色々と諦めたらしい二人の娘は、何処か呆れを含んだ顔で頷き合っている。
さて、そろそろ休憩を終えよう。余計な事に時間を使ってしまった故、先程よりも飛ばすぞ。
「へっ?」
「ヒュッ」
恐らく、年頃の娘が出しては行けない悲鳴が虚しく空へ響いた。
いい加減、そろそろ慣れて欲しいものである。
夜を過ぎた頃には、二人の娘はナージャと一緒に馬車の中で眠りこけていた。
昼間にあれだけ悲鳴を上げていれば、夜の番をする体力はないだろう。
仕方無く、我は安全運転で馬車を走らせていた。
「魔王、寝ないの?」
睡眠など不要な種であるからな。故に、今日まで狂わずに封印されていた訳である。あそこは昼も夜も存在せぬのでな。
馬車の中から小窓を開き、元気娘が御者台に座る我に声を掛けてきた。
我の言葉に何を思った訳ではないだろうが、「そっか」と小娘は呟きを漏らした。
貴様は眠らないのか?
「夜は眠りが浅いんだ。スラム育ちだから」
そうか。
旧時代も新時代も、儘ならないものである。
「ねぇ、魔王。魔王はさ、なんで人間に攻撃したの?」
種の存続、そして繁栄の為である。
「話し合いじゃダメだったの?」
ダメであったな。
「そっかぁ」
そうだ。
「……王様ってつらい?」
時折な。
「どうして?」
命令一つで民草が死ぬからだ。
「魔王なのに?」
王故に、である。
命を託される、という事はなんとも頼もしく、苦しいものだった。
宝物の様に扱っても壊れてしまう。悲しい事だ。
「つらいね」
うむ、つらい。
しばらく、車輪の回る音だけが鼓膜に響いた。
少しして寝息が一つ増えた事に気付き、我は夜空を見上げた。
あの日と変わらない、星の綺麗な夜である。
某友人から「作者って評価とかねだらないよな」と言われた件について。
そういうのは物好きな人だけで良いかな、と思ってます。そもそも趣味ですし。
ねだるな! 勝ち取れ! さすれば与えられん! いらっしゃいませぇーー!