一つの内容を長く書いてる人って純粋に尊敬する。だって三行で済んじゃうんだもん。
片道馬車で数ヵ月掛かる学園に行く為、馬車に魔術を施して改造する。大幅に短縮出来たので、必要な食糧を調達し、我々は学園に向かった。
学園に行く事になった我々一同。旧時代の主な長距離移動法は《転移門》という門が各地に設置されていた。が、やはりと言うべきか、廃れて無くなっている。馬車で数ヵ月の間旅をしてようやく学園に辿り着くらしい。
まことに不便である。
という事で、少し馬車を改造しようと思う。
「なんでも良いけど、変な事しないでよ?」
元気娘は我をなんだと思っているのか。
「じゃあ、私は食糧の調達に行って来るよ」
それなら三日分で足りるぞ。
買い物に出掛けようとする片割れ娘の背にそう声を掛けると、何故か立ち止まり口角をひきつらせていた。
「一体どれだけ速くする気なの……」
馬よりも速くするだけである。
「【回転】だねー、魔王様ー」
うむ、その通り。
旧時代では【回転】と呼ばれる下等魔術が人の交易をより良くしていた。車輪を付けた箱を競走させる賭博場が出来る程度には利用されていたのである。
全く持って忌々しい。こんな術式があるせいで、旧時代ではのんびり構える事も出来なかったのだ。都市を占領した翌日から迎撃しても迎撃してもわらわら湧き出てくる人間は悪夢そのものである。
何時終わるとも知れない防衛戦は本当につらかった。
「【回転】……そんな高等魔術を馬車なんかに掛けるの!?」
ん? はっ? ん!? 高等魔術、とな?
「一応、今では制御の難しい術式として、高等魔術に分類されてるの。火や風を起こす事象系よりも、物体に作用する干渉系は使えるだけで尊敬されるよ」
片割れ娘がそう補足してくるが、その補足が更なる疑問を呼んだ。
事象系? 干渉系? なんだそれは。
きちんと基礎を固めていれば誰でも使える下等魔術だが、下積みがガタガタであるが為に簡単な魔術も高度な術として認知されているらしい。
ここまで来ると、旧時代を良く知っているだけに悲しくなってくる。
「んー! 魔王様、ストレスの多い学園生活に成りそうな予感!」
「正しい知識を持ってるだけに、尚更ね」
いいや、まだ諦めるには早いぞ小娘共よ。学園にはエリート揃いの教職員が居るのだろう? ならば! 魔術を研究する過程で基礎に気付いているやもしれぬ!
「それでもー、かもしれないレベルなんだよねー」
実際にこの目にするまで判然としないのが悩みどころであるな。
それよりも馬車の改造だ。本来は馬で引く物である。想定以上の速度で移動する為、このままでは馬車が【回転】の負荷に耐えられない。よって、全体的な耐久力を向上させる必要があるのだ。
更に、酷く揺れる事も予想される為、車輪の表面を軽く魔力でコーティングして衝撃を緩和する。同じ様な処理を車輪と繋がる機構全てに施すのだ。
本当なら曲がる為の機構を追加したいが、そんな素材は無い! 車輪の回転力で調整するのだ! ホゲェ!!
一通りは形になったので試運転。改善点はすぐに見付かった。
出力が高過ぎる。これでは駆動部分の摩擦で部品が焦げてしまう。最悪そのまま炎上だ。
【熱耐性】の術式を追加したいところだが、制御するのが我である。普通に魔力が足りないのだ。【回転】に魔力を注ぐ為、余力が無いのが現実である。現実は非情である。うひぃー。
旧時代なら魔力が無くてもなんとかなる道具が存在していたのだが、新時代には無い。自力で作るにしても素材が無い! 二度目!!
もう少し何か改善出来ないかと唸っていると、買い物から帰ってきた二人の娘が悲鳴を上げた。
「ぎゃー!? 何これぇ!?」
「ちょっと何これ怖い怖い怖いっ!!」
何を恐れているか? ただの魔術式であろうに。
どうやら支給された馬車を中心にして展開されている魔術式に圧倒されているようだ。全体にして直径八メートル程度の術式である。
複雑に線が絡み合い、ところ狭しと点在する魔術記号に接続されている。
確かに一見すると気圧されるが、下等魔術としてはこれでも小さい。本来ならもう二回り大きいのだが、出力を落とした関係でこじんまりとしている。
「これが下等魔術扱いされる古代文明って……」
「相当レベルが高かったんでしょうね」
「あれ? ナージャは? 魔王様と一緒だったよね?」
ナージャなら馬車の中で寝ているぞ。あやつは眠山羊族であるからな。何もない日は一日中寝る事が役目である。
「寝る事が役目……?」
元居た我等の世界では必要な種族だったのだ。新時代では不要のようであるな。平和で何より! はっはっはっ!
「平和を楽しむ魔王。イメージに合わないなー」
野望を持つ事は、健全な王の在り方である。しかし、我の野望は既に遂げられているのだ。これ以上何を望むか?
「野望を持つ事が、健全……?」
然り。野望を持たない王もまた良し。野望を抱かず、現状を維持する。平和を築く。争いを嫌う。うむ、まことに良し。だが、時代に置いていかれてしまう。
「時代って?」
国が一つ停滞しているからといって、世界が停まる訳ではない。人が死に、人が産まれ、世代が代わり、技術が生まれる。知識が生産され、時代が動く。維持に努める国は間違いなく置いていかれるであろう。
永遠に『今日』が続く訳ではない。
日を跨げば『明日』は『今日』となり、『今日』は『昨日』となる。『今日』を続けたい気持ちは理解出来るが、周辺諸国からすれば停滞している国は『昨日』となり、『去年』となる。
うむ。時間とは、全く持って貴重なり。
今日の自分にさよならバイバイ、明日の自分にこんにちは。
とは言え、我に明日の自分など居ないがな。
「突然の自虐にビックリだー」
自虐ではない。ただの事実なり。
我は既に終わった王である。過去の王に、明日があってたまるものか。我に在るのは過去のみぞ。
「……なんとなく、どうして逃げないのか分かったよ。変だと思ってたんだ。どうして人間に攻め込んだ王様が、人間の管理下に置かれる事を許容するのか。うん、それなら納得出来るよ。貴方は、本当に明日どころか今日すらもどうでも良いんだ」
うむ! 全く持ってその通り! 良く分かっているではないか。
一人の家来を残して全てを失った我が、それでも王として在り続けるのはナージャの為である。彼女が我を王と呼ぶのなら、王として応えてやらねばなるまい。
それが、我に残された最後の役目である。
うむ、実にみっともないな! はっはっはっ!
時刻は既に青の刻限である。空は夜に染まりつつあり、今出発してもすぐさまキャンプの準備となるだろう。
今日は大人しく宿へと泊り、明日に出発するとしよう。
なんの進歩が無くとも、明日は嫌でも来るのである。
そして緑の刻限。つまりは早朝である!
改造を施した馬車に乗り込み、御者台で車輪を操るのは我である。
なお、馬車の中では二人の娘が酷く不安そうにしている。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 途中で壊れたりしない? 残りの道を歩きでなんて嫌だからね!」
「大丈夫大丈夫、怖くない怖くない。大丈夫大丈夫、大丈夫だって信じれば大丈夫。大丈夫なのぉおおおおお!!??」
「わぁああ!? 気をしっかり持ってぇ!」
良し! では出発なり!
息んで声を上げ、車輪を最大速度で回転させる。二人の悲鳴を置き去りにして、馬車は見事に発車された。
因みに、ナージャはずっと寝ていた。流石、眠山羊族である。
昔からだけど、一つの場面を長々と書くのが苦手です。
『出発』『中途』『到着』といった感じで分ける予定なので、作者の苦行はまだ続きます。泣きてぇ!