おらこんな作品タイトル嫌だー。
心の底から嫌だー!
無限に続く、円環に封じられた時間の中で、我は遥か遠い過去の事を思い返していた。
世界が寿命を迎え、滅び行く大地から逃げる為に数多の同胞を犠牲にし、新世界へと降り立った時代。
多くの家来が我を王と崇め、そして先住民との戦に破れて散っていった時代。
逃げ込んだ世界の法則を我がものとし、快進撃を繰り広げた時代。
勇者と呼ばれる者が現れ、戦況を覆された時代。
これ以上の犠牲は出すまいと、力無い民草を逃がし、勇者と一騎討ちの果てに、我はこうして封印されている。
今でも思う。果たして、あの判断は正しかったのかと。
最後まで我と供にあろうとする者達を力ずくで黙らせ、追い散らす様にして辺境の地へと飛ばした。
先住民に上手い事擬態し、幸せに暮らしているのならそれで良い。だが、どうしても逆の事も考えてしまう。
もしかしたら、我はあやつ等を更なる地獄へと突き落としてしまったのではないか。
王としては情けない事この上無いが、こうも時間が有るとネガティブな思考にも至ってしまう。
ぶっちゃけ暇。
封印されているこの空間を掌握して内装に拘る程度には暇である。
過去に修得したこの世界の法則を研究し尽くし、もうこれ以上はむりーというぐらいには暇である。
ひまひまひまひまひまだー! 暇!!
やる事が無いよぅ。この空間、世界と隔離されているから遠くの風景を投射する魔術を構築しても真っ暗だよぅ。何も映らないよぅ。こんな場所じゃなければ別世界の様子も覗ける優れものなのに意味を成してないよぅ。よぅよよぅ。
正直、自分の体が今現在どうなっているのかも謎である。実体があるのかすら定かでない。
我、人間基準で言えばマッチョの似合うイケメンなのだが、最早自分の容姿すら思い出せない。そう思うと悲しい。我しょんぼりしちゃう。
それから、やる事が無いので時間を数えていたら、この空間にひびが入った。パリンという感じでひび割れた。
「あ! しまったな、落としちゃった……」
「えぇー。もっと丁寧に扱ってよ。古代遺跡にある物はどれも貴重な遺物なんだよ? まぁ、小さな小瓶だし、大した値は付かないだろうけど」
ちょっと待て! 今小瓶と言ったか? この空間小瓶なのか!? 小瓶の中なのか!? 我、ショック!!
「え!? なになになになになに!? 今の声どっからしたの!?」
「ちょっとやめてよ! 古代遺跡に宿る怨念とかだったら泣くよ! いいの!?」
なんと! 我の声が聞こえているのか!? むむむ、もしや空間にひびが入り封印による隔離が甘くなったのか? ならば!
我は怨念などではない! 貴様の言う小瓶に封じられた魔王なり!
「怨念よりもヤバイのきた!? 今魔王とか言ったよこの小瓶!」
「……戻しましょう。そっと元有った場所に戻して見なかった事にするの」
戻すでない! 我、悪い魔王ではないぞ! 寧ろ良い魔王ぞ!
「嘘だ! だってここに来る前に発見された書物に書いてあったもん! 古代の魔王は暴虐の限りを尽くして人間を絶滅の危機に追いやったって、書いてあったもん!」
おのれ歴史家め! 誇張しよってからに。我は精々人類の約半数を抹殺した程度ぞ!
「十分絶滅の危機だよ!」
なんだと!?
そんな馬鹿なっ! 我等は元々の一割になっても生存繁栄の為に意地汚く生き残ろうと足掻いたのだぞ!? 高が半分程度で喚き散らしおってからにっ。なんと情けない! そんな人間どもにしてやられた我、超惨め!
「やはり戻しましょう。一刻も早く元に戻して地上に戻るの。そして報告よ」
「持って行かなくて良いの?」
「運んでる最中に完全に封印が解けたら嫌だもの。この魔王が言うように良い魔王だとしても、そう振る舞っているだけかもしれないし、その監視役を押し付けられる事だって容易に想像できるもの。面倒はいや」
「それもそっか!」
ぬぇええい! 出せぇ! ここから出せぇええ! 暇なのだぁああああ!!
「うわぁああ!? 無茶苦茶振動してるぅ!? 持ってる手が痒くなるぅ!!」
「もっとちゃんと握って! 振動のせいでひびが広がってる! 力の限り押さえるの!」
ふはははは! 我は魔王! 大抵の物事は力ずくでどうにかして来た王なり! 僅かな綻びであれ、力ずくで広げてくれるわっ!!
「やっぱり悪い魔王なんだぁ! 僕達食べられちゃうんだぁ!」
……いや、かなり逼迫しない限りは食わんよ? 普通に不味かったもの。
思い出すのはこの世界に渡った初期の頃。住む場所が無ければ食べるものにも困っていた時期である。野性動物や魔物と呼ばれる生物を狩っても供給は追い付かず、忌避感から目を背けながら食した人肉は今でも記憶にこびりついていた。
あんなもの、二度と食いたくない。
食べるなら草食動物が良い。人肉はくそ固かったもの。肉は柔らかいに限る。そうであろう?
「微妙に否定しづらい事を……」
「もう諦めて封印が解けるのを待ちましょう」
「えっ? 諦めちゃうの?」
「貴女は人類の為にその小瓶を四六時中握り締めるつもり? もう阻止なんて無理なんだから、成り行きを見守りましょうよ」
むっ! それなら床へ叩き付けるが良い。内側から抉じ開けるよりも手っ取り早い。
「一応確認なんですが、それはどれぐらいの短縮になります?」
十秒が一秒に変わる程度ぞ!
「結果は変わらないのね。よし、割っちゃいなさい」
「じゃ、遠慮なく!」
バリンという音と共に空間に入ったひびが拘りの内装を席巻していく。
そして、割れた狭間に吸い込まれ、我は外界に吐き出された。
我の封印が破られた!
しゃきーん! と掲げられるちんちくりんな手。なんぞこれ? と思いながら観察するとどうやらその手は我の体から生えている模様。
更に更によくよく観察すると、視線がとても低い。懐かしさを感じる低さである。
「わぁお! ちっちゃ可愛い!」
「角が生えてますね」
ぬわぁんじゃあこりゃぁああああっ!!?? 我の、我の我が儘ガチムチ筋肉ボディーが、こんな、こんな、仔山羊のごとき食べ頃ボディーに。なん足る事か、なん足る事か! うわぁあああはぁあああん!!
我は泣きじゃくった。見た目相応に泣きじゃくった。苛酷な鍛練の果てに手にした筋肉の鎧。我が家来達に自慢したいが為に無用な議題で呼び出し、半裸で挑んだ世界征服会議。分かりましたから止めて下さい魔王様。そうたしなめられても止めずにいたら、とうとう代官に任されるように成ってしまった征服会議。
我の威厳が。我の矜持が。我の生涯を懸けて手にした我が儘ボディーが。
声を大にして泣きじゃくり、滂沱の涙を流す我を、後ろからふわりと抱き込むのは何者ぞ?
「泣かないでー、魔王様ー。ナージャが付いて居りますよー?」
ナージャっ? ナージャだと!? 何故貴様がここに居る!? というか生きているっ?
驚きと共に振り返ると、そこには我と同じ様に背の縮んだナージャの姿があった。眠山羊族の特徴であるねじくれた角は間違いようがない。眠くなるような間延びした話し方は間違いなくナージャである。
「えへへー? 魔王様がー、寂しくないようにー、封印された瞬間に割り込んだー」
なんという無茶を。最悪そのまま消滅するやもしれなかったのだぞ?
「それならそれでー、良いかなー、て。魔王様ー、寂しがり屋さんだからー、誰かが側に居てあげないとー、ダメだもんねー?」
くぅうううう! ナージャよ! 我が最後の家来よ! その忠義、この魔王確かに受け取ったぞ。この身が滅びるその時まで、良く励むが良い!
「はーい、魔王様ー。魔王様の邪魔する虫はー、一人残らず抹殺しまーす」
「……ねぇ、封印解いて良かったのかな?」
「……駄目な気しかしない」
さて、そこで遠い目をしている人の子等よ。単刀直入に聞こう。……ここ何処ですか?
頼りになるのは人の子等が灯すランタンの明かりのみ。石造りの通路と、先程の遺跡という発言から建物の中だと分かるが、如何せん判然としない。
道幅は広く、天井は高い。我が城の様な通路だが、人の城を乗っ取った物である為に他と区別が付かないのだ。
細かい造りなど、とうに忘れている。
「ここはねー、魔王様のお城だよー」
知っているのかナージャ?
「あの小瓶にはねー、【不動】の術が掛けられてたんだー。だからー、魔王様が小瓶に封印されてからは何処にも移されてないよー」
成る程、当時で言えば高等魔術である【不動】を掛けられていたのか。動かせず、壊せず、時すらも止める【不動】の魔術。現状を見るに、時の果てに劣化して効果を失ったか。
この魔術の欠陥は、術式自体が【不動】の効果外である為に、劣化を免れない点である。しかし、こうも持続時間が長いと、そんな欠陥は無いようなものだ。呆れる程良く出来た術式である。
「え、待って。て事はこの遺跡は元々地上に有ったの? 海底だよ?」
何? 海底と言ったか今。
「その通り。外から見るとこの城? は海底に埋まっていて、発見されたのも極最近なの……です」
封印されている間に天変地異でも起きたのか? というか、良く水圧で潰れなかったなこの城。
「魔王様ー、城に【不動】を掛けたの忘れてるー?」
あ、あぁー。そうだったな、すっかり忘れていた。
城の要塞化に便利だからと、【不動】の魔術を掛けていた事を失念していた。だからこそ勇者とその愉快な仲間達は直接我が城に乗り込み、一騎討ちをしたのだ。
人間共が我の居る城を躍起になって落とそうとしたからこそ、我が民草を逃がす時間を作れたのだ。
ふふふ、時間稼ぎなどちょろいものよ。
となると、【浮游】の術式も残っているやもしれんな。どれ、ちょっと浮かしてみよう。
「あの、えーっと、魔王、様?」
なんだ? 全体の把握に少し集中したいのだが。
「先程から出る、不動とか、浮游ってなに、ですか?」
……んん?
どういう事かと聞こうとしたが、それは叶わなかった。
何故なら、【浮游】の術式に魔力を流し込んだ瞬間、我が体から魔力が根こそぎ失われたからである。
ぷしゅん、といった感じで魔力が抜け、我は力無く倒れてしまった。
この世界の法則を理解した頃には良くやらかしていた、魔力の枯渇である。しかし、苦労の末にどうにか魔力を増やし、誰の追従も許さなかった我が魔力は、どうしてか雀の涙程まで減っていた。
膨大な魔力を必要とする【浮游】の術式を起動させようとすれば、こうなるのは当然であろう。
問題は、何故こんなにも魔力が減少しているかである。
疑問には思ったが、それ以上の思考には至らなかった。
魔力の枯渇は身体へ多大な負荷を掛ける。
まぁ、あれだ。普通に気絶したのだ。
友人から「やっぱり思ってたのと違う」と言われた。作品名変えて良いかと聞いたら断られた。悲しい。