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約束

 病院での食事は、病室以外に、デイルームというところでも摂ることができる。


 この日の朝食は、ひなちゃんが退院した後の時間に、瞳と相席で食べた。

 幸か不幸か、そこでの会話のほとんどが今彼女が書いているラノベの構想についてだった。


 同級生達が帰った後の昼食については、瞳は姉の(るい)さんと一緒に食べるということで、残念ながら一緒にはならなかった。


 ちなみに、彼女はまだ軟菜食しか受け付けられないらしい。

 やはり、農薬を飲んだというのは相当体にダメージがあったようで……俺の『鼻に殺虫剤』と比べることはできない。


 で、一人寂しく食事した後、病室に戻ってみると……瞳は先に帰ってきていたのだが、なんだか元気がなかった。


 なにかあったのか聞いてみても、


「うん、ちょっと……」


 というだけで……なんだか、顔色も良くなかった。


 少し粘って聞いたのだが、


「……なんか口に出しちゃうと、いやな予感が現実になっちゃいそうで……フラグを立てちゃうっていうか……」


 という、ラノベ好きの彼女独特の表現で……なんか、あんまり会話も続かない。


 そして午後二時を過ぎた頃、担当の若い先生(男)が入ってきて、


「和也君、君は明日の朝、退院できることになった。おめでとう」


 と言ってくれた。


 正直、「えっ、もう?」と思った。


 本来なら嬉しい事のはずなのだが……彼女と一緒の空間に居られる時間が、あと一日もないのだ。


 この知らせに、瞳は少しだけニコっと笑って、一言、


「おめでとう、良かったね」


 とだけ言ってくれた。


 ……うーん、やっぱり元気がない。

 それで、十五分ほど退院の準備についていくつか話した後、先生は忙しそうに出て行った。


「……和也君、お別れだね」


「……いや、そんな……せっかく知り合いになれたんだし、ラノベの話ももっとしたいし……また会いに来るよ」


 こんなにあっさりとサヨナラするのは、あまりにもったいない。

 何とかしてこの繋がりを保ちたいと、ちょっと焦っていた。


「本当? ……なら、良かった。私も、もっといろいろお話、したかったから……」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど……。

 今日の瞳、朝は結構テンション高かったのに、本当に変だ。


「……そうだ、和也君、最後の思い出に、病院の敷地内を、一緒に歩かない?」


「……敷地内を?」


「うん。今日は良く晴れてるし……病院の外に出なければ、ある程度いろんなところ、自由に歩いていいんだよ」


「へえ……うん、面白そうだし、ちょっと行ってみようか」


「うん、じゃあ……私服に着替えるから、和也君もそうして。……覗いちゃだめよ」


 悪戯っぽくそう言って、彼女はカーテンを閉めた。

 ちょっと元気になったみたいで、良かった。


 俺も、母親が持ってきてくれていた普段着に着替えた。

 そして二人でまず訪れたのが、なぜか病院内のコンビニ。

 なぜ彼女がそこを選んだのか、すぐに分かった。

 この病院のコンビニ、入院患者が退屈しないように、文庫本を結構な種類、取りそろえていたのだ。


「……あ、このラノベ、もう新刊が出てる……すごいね、新人賞取ってからまだ半年も経っていないのに、三巻目だよ」


「ああ、それ、人気あるなあ……まあ、ご多分に漏れず異世界ものだけど」


「いーの。私も次書くのは、異世界モノって決めてるから」


「ああ、そうだったな」


 やっぱりこの子、根っからのラノベ好きなんだな。目が輝いてる。


 この病院には図書室もあるのだが、子供用の絵本か医療関連の難しい本が中心で、ラノベなんか置いてない。


 その代わりインターネットが見えるPCを置いてあるので、瞳の小説のポイントが動いていないか、新しい感想が付いていないか、一緒に見てみた。

 残念ながら入院してからは更新できていないので、特に変化はないということだった。


 次に、さっき話題に出ていたように天気が良かったので、外に出てみた。


 敷地内はちょっとした公園みたいになっていて、芝生の広場があり、中央には池と、噴水があった。

 池は浅く、靴と靴下を脱いでズボンの裾をめくれば、裸足で中に入って歩けそうだ。


 夏になれば、本当にそうする人も居るんだろうな……ベンチに二人で腰掛け、そんなたわいもない事を話して笑い合った。


 ……これって……ちょっとしたデートなのでは?


 一目で好きになってしまった、同い年のとびきり可愛い女の子。

 今、俺の隣に座り、春の日差しを共に浴びている。


 一緒に歩いているときも、こうして隣に並んで座っているときもそうなのだが……時折、肩が軽く触れ合っていた。

 偶然なのか、わざとなのか……いや、偶然だとしても、それだけ近い距離に一緒にいるということだ。


 それに、触れあっていることを嫌がっていないという証拠でもある。

 これって、少しでも俺に気があるのか、それとも、女の子とはこういう生き物なのか……。

 恋愛経験のない俺にとっては、実はずっとドキドキの連続だった。


 自分の思いを、はっきり告げた方がいいのか……。

 いや、でも、会って一日、二日でいきなり『好きだ』なんて言ったら、さすがに引かれてしまうんじゃないのか……。


 冷静を装いながら、実は結構テンパっていた俺。

 しかし彼女は、会話がしばらく途切れていたその時、ずっと噴水を見ていた。


「……ヒロインは、最近水浴びをしたことがないの」


「……へ? ……ああ、ラノベの話か」


 またそっちに話題が向いてしまった。


「なんで水浴び、してないんだ? 寒いの苦手、とか?」


「ううん、そうじゃなくて……川や泉で水浴びをすると、そこに泳いでいる魚が死んじゃうの」


「なんで……あ、毒か」


「そう。前に一度だけ水浴びして、魚たちが次々にお腹を上にして浮かんできて、ショックを受けて……それ以来、ヒロインは水浴びができなかった」


「……なんだか、かわいそうだな」


「うん。でも、主人公と一緒なら、毒が中和されて魚は死ななくなった」


「ふむふむ……って、それじゃあ、主人公とヒロインは、一緒に水浴びするってことか?」


「うん、そうなるわね。で、ヒロインはいつも主人公に言うの。『絶対にこっちみちゃ駄目よ』って」


「ははっ、さっきの君みたいだな。……でも、そういう展開、受けるかも」


「やっぱり。男の子って、ちょっとエッチなシーンが入っていた方が嬉しいんでしょ?」


 瞳が悪戯っぽく笑う。


「ああ……でも、そこが微妙なところで……そういう、なんていうのかな、『見たいけど見れない』っていう、なんていうか……」


「おあずけ、みたいな?」


「そうそう、そういうのに結構弱かったりするんだ」


「なーるほど……やっぱり、男の子の心理は男の子に聞くに限るね」


 うーん……これは褒め言葉なのか。

 そしてすぐに彼女は、また真剣な表情になる。


「……ヒロインの毒は、それを塗った矢を体に刺すことが出来れば、大型獣さえ一撃で殺せる。ひょっとしたら、鱗を貫けられれば、ドラゴンすらも倒せるかもしれない」


「……ある意味、最強だな。でもそれだと、主人公の影は薄くなるな。単なる毒の中和役なんて」


「うん、最初はそう思われたんだけど……実は彼、あらゆる異常に耐性を持っていたの」


「あらゆる異常?」


「麻痺、石化、混乱、沈黙、催眠、忘却、魅了……それらは全て主人公に通用しない。それどころか、彼が触れるだけで、これらの異常状態となっている仲間が回復する」


「……おおっ! それって結構、すごいな」


「そう。『異常状態絶対耐性能力者(アンチバッドステイタスプレイヤー)』、それが主人公の正体」


「なるほど、パーティーには是非一人加えたいメンバーだな」


「うん。特にヒロインには絶対必要なパートナーなの」


「……よくそんなに次々と設定思いつくな。感心するよ」


「そう? ありがと。なんか、和也君がいろいろ指摘してくれるから、無理なくアイデアが出てくるみたい……」


「……まあ、役に立っているなら嬉しいよ」


 俺が素直に感想を言うと、彼女は一瞬微笑み、そして真剣な表情になった。


「……ねえ、和也君、一緒にラノベ、書かない?」


「えっ? ……ああ、もちろん、君がそう言ってくれるなら、俺も力になる……っていうか、俺もそう思ってた」


 思わぬ展開にドギマギしながら、なんとか本音を口に出来た。


「本当? じゃあ、私も近いうちに、退院できると思うから……連絡先、交換しよっ!」


 そして彼女は、どこに隠し持っていたのか、メモ帳とペンを取り出し、自分のラインIDと、住所を記載したメモを俺に渡してくれた。

 そして俺も、同じ内容を彼女に渡した。


 ここで二人して「あれっ」と思ったのが……わりと住んでいるところが近くだということだ。


 俺が自転車で走ったとして、約二十分の距離だ。

 まあ、だからこそ同じ病院に担ぎこまれたのだろうが……。


 ともかく、これでなんとか繋がった。

 退院してお別れ、「はい、それまで」とはならなかったのだ。


 だったら、焦ることない。

 もっともっと時間をかけて、仲良くなればいい……。


 この時の俺は、短絡的にそう考えてしまっていた。


「約束よ。絶対に二人で、凄いライトノベルを書き上げること。目指すは文学賞受賞、そして出版! 忘れちゃだめだから」


「ああ、絶対に忘れない」


「じゃあ……指切りっ!」


 瞳は、笑顔を浮かべて右手の小指を差し出してきた。


 えっ、と思った。

 女の子と指切りなんて、小学校……いや、幼稚園以来じゃないだろうか。


 誰かに見られてないだろうな……。

 彼女、俺の事、本音ではどう思っているのかな……。


 嬉しいような、恥ずかしいような……そして何より、高鳴る鼓動を感じながら、俺は指切りに応じた。


 ただ、今振り返れば、気になる点がいくつもあったのだ。


 一つは、やっぱり彼女の元気が、朝と比べればなくなっていたこと。

 それと、少しだけど、顔色が悪かったこと。


 そして、絡めた小指が、やけに冷たいと感じたことだった――。

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