臨死体験
七月も終わりを迎えた頃、瞳から連絡があり、執筆中の小説について今後の展開を図書館で打ち合わせすることになった。
本で言えば、第二巻の内容となる。
第一巻は、主人公『タク』とヒロイン『ユウ』が、勇者やその仲間と共に邪鬼王を倒したものの、それを上回る『毒の魔女』により世界が支配され、その正体が、時空を超えてやってきた、自分達の実の娘であるという衝撃展開で終わる。
そしてここまでが出版が確約されていたストーリーだった。
第二巻に関しては、第一巻の売り上げと、その後の展開次第で発売が検討されるということだったが、実はそのプロットはまだ完成していなかった。
そこで事前準備として、出版社の担当者である前田さんから、七月中にプロットを提出するよう要求されていて、瞳は悩みながらもそのストーリー展開をまとめてきたのだ。
時刻は夜、二十時。
明日の図書館での打ち合わせに備えて、彼女から送られた文章を読み、息を飲んだ。
――倒したはずの邪鬼王は、邪悪な魂だけの存在となっていた。
肉体を滅ぼされても、邪鬼王は何度でも蘇る。
ただし、元の世界にではなく、二十年の時を遡って復活する……邪鬼王は、いわゆる『やり直し』、別の言い方をすれば『コンティニュー』を何度でも発動できたのだ。
小説の中の世界は、二十年周期で時空が連続して存在しているという。
劇中、『タク』と『ユウ』が出会う三年前に、邪鬼王は古の儀式にて封印から復活している。
その日時へと、邪鬼王は何度でも、記憶を持ったまま舞い戻ることができる。
既に、何十回、何百回と、邪鬼王は勇者に倒され続けているという。
そのたびに邪鬼王は復活し、毎回手法を変えて勇者を迎え撃つのだが、必ず倒されているらしい。
そんな中、今回の邪鬼王の転生では、従来とは異なる、ある『特異点』が存在した。
毒を操る能力者、『タク』と『ユウ』の能力が従来より強く、さらに、成長要素まで兼ね備えていたのだ。
このことに気付いた邪鬼王は、大きな賭に出た。
『二十年前の世界に何度でも舞い戻れる能力』を放棄し、その代わりに『一時的に現在と二十年後の世界を相互干渉』させたのだ。
いわば、移動できる時空の前後を入れ替えた究極の賭け、だ。
二十年後の世界では、既に邪鬼王は勇者に倒されていた。
そしてその世界でも、今とは違う、おそらく転生者ではない『タク』と『ユウ』が存在し、娘が生まれ、十代前半に成長していた。
魂だけとなった邪鬼王は、その子に取り憑いた。
そして、現代の『タク』と『ユウ』の運命に、リンクさせたのだ。
このことにより、現代の『タク』と『ユウ』の毒の能力が高まれば高まるほど、その娘の力もまた高まっていった。
一年ほどの年月をかけ、邪鬼王は徐々にその娘の精神を蝕んでいった。
邪鬼王の計略により、その時代の両親は謀反の罪を被せられ、国外追放となっており、勇者との交流も途絶えていた。
一人で生きていくこととなり、ますます自我を失い、異常な毒の能力増加もあって、精神的に不安定となった娘を、ついに邪鬼王は乗っ取ることに成功した。
そして残ったほぼ全ての魔力を用いて、娘を現代に転移させ、時空の相互干渉を切り放ったのだ――。
翌日の午前、図書館で瞳と会うなり、俺はまずその展開を褒め称えた。
「和也君がそんな風に納得してくれるなら、良かった。どうしても私達の娘を、悪者にできなくて……」
と彼女が言った。
「……私達の娘?」
気になる単語に俺がそう反応すると、彼女は、「あっ……」と小さく声を出して、赤くなった。
「……ごめんなさい、あの……タクとユウ、和也君と私に見立てちゃって……」
そう言われて、俺もちょっと顔が熱くなるのを感じた。
そこで一旦、立ち話を中断し移動する。
一番奥の席に対面に座って、小声で打ち合わせを続けて行く。
「……この前の小旅行、楽しかったね」
「ああ、怪我も大したことなくて良かったな……やっぱり炭火で焼いた肉は美味かった」
「うん……景色も良かったし、水も綺麗で……お姉ちゃんが言うように、小説のためにも、家に閉じこもらずに、アウトドアとか、いろんな経験しておくのも良いなって本当に思った」
「ああ、俺もそう思った……あれがきっかけで、タク達の恋愛関係が明確になったしな」
「うん……良かった、生きてて……おばあちゃんのおかげ……」
「おばあちゃん?」
「そう……多分、私、一度死んでたと思う」
瞳はそう言うと、一呼吸置いて、農薬を誤って飲んでしまい、救急搬送された日のことを話し始めた。
「……あの日、スポーツドリンクと思って農薬を飲んじゃって、うえって思って、その次の記憶は、ストレッチャーに仰向けに乗せられて、看護師さんに運ばれているところだった……流れるように移動する天井も見えたけど、体が全く動かせなくて……同時になぜか、運ばれている自分の姿も見えたの……その時の先生や、看護師さん達の会話が生々しくて……『なんて顔色だ……』とか、『あり得ない数値だ!』とか……『ダメかもしれないですね』とか……」
彼女の言葉に、ぞくん、と鳥肌が立った。
臨死体験……自分が死ぬ場面を、客観的に見ている記憶があるっていう話を聞いたことがあった。
「手術室みたいなところに運ばれて、明るいライトで照らされて……手術って言っても、私の場合はチューブを口から強制的に入れての胃洗浄と、かなりきつい薬の連続点滴だったんだけど……そこはあまり覚えていなくて、次に覚えているのは、両親とおばあちゃんが、必死になって先生に、私の事を助けてくださいってお願いしているところだった。特に、おばあちゃんが、『孫はまだ、結婚も、それどころか恋愛すらもしたことがないんです! 美味しいものだって食べていない物がいっぱいあるし、見たことのない綺麗な景色もいっぱいあって……楽しいことだって、ほんのちょっとしか知らないんです! お願いです、どうか孫を助けてくださいっ』って、自分だって体調良くないのに、ストレッチャーで横になりながら、点滴打たれながら、必死に訴えてくれて……それ聞いて、ああ、私、生きなきゃって思って……そしたら、心拍が強まったらしいの……」
その後、わずかな期間で、まるで彼女の身代わりになったかのように亡くなってしまった祖母を思い起こしたのだろう、彼女は涙声になっていた。
「そこからなんとか持ち直して……それで、今考えると、おばあちゃんの言うとおりだった。この間の川原で遊んだみたいに楽しいことだっていっぱいあるし、小説は出版されることになったし、それに……恋愛もできている……」
目に涙を浮かべ、頬を赤らめながら、瞳は話を続ける。
「……それでね、私、小説の中で、タクとユウの間に娘を登場させて、悪役にさせちゃったけど、どうしてもそれじゃあ可哀想に思えて……彼女だって、おばあちゃんが言ってたような、幸せに生きる権利があるはずだから。もし、それが私と和也君の子供だと思ったら、耐えられないと思って……だから、やっぱり悪者は邪鬼王で、取り憑かれているだけだっていうことにしたの。それで、タクとユウの呼びかけに自我を取り戻したその娘は、自分の中の邪鬼王を追い出そうと、必死に抗う。そして最後には、ハッピーエンドになるように持って行きたいの……和也君は、どう思う?」
彼女は、ちょっと不安そうに俺の目を見つめた。
「……いいと思う。いや、これが最高の展開だ。やっぱり、君はすごい才能だよ……確かに、俺たちの娘だったらと思うと、幸せになって欲しいから……」
俺の言葉に、瞳は、涙を浮かべて頷いた。
そして俺たちは、どちらともなく、机の上で手を差し出し、繋いだ。
その様子は、瞳のお父さんの知り合いである司書さんに、しっかりと見られていたのだが……。
瞳から預かったプロットを、俺が手直しして出版社に送信すると、前田さんも感心した様子で、一発OKを出してくれた。
さらに、俺たちは夏休みをほぼ全て使って、取材と原稿の手直し、上手くいったときの二巻目の執筆作業に当てたのだった。
そして迎えた、十月後半の金曜日。
ついに、俺たちの小説は、全国の書店に並んだ――。




