終業式
翌日の日曜日、俺と瞳、泪さん、レナさんの四人で、先週と同じカフェで打ち合わせ。
俺と瞳が、前回とはちょっと様子が違ったのを感じたのか、
「ふーん……無事、キスは済ませたみたいね……」
と、レナさんがちょっとドキっとするような質問をしてきた。
「えっ……あの、分かるんですか?」
瞳は、ちょっと頬を赤らめながら正直に答えてしまった。
「まあ、ね……なんていうか、『もう弱点はなくなった』みたいな顔、してたから」
「そう……でしたか? えっと……はい、そんな感じです……」
瞳は照れて、ちょっと下を向きながら返事をした。
「今のレナの表現、面白いね。アニメとかでそんなフレーズ、良く聞くけど」
泪さんは完全に楽しんでいる。
俺は、計画から実行まで段取りを完璧に考えて(といっても、別に犯罪行為ではない)、予想より感情的になったものの、結果的に凄く思い出に残るファーストキスになったので、達成感というか、満足感のようなものがあり、ちょっとだけ成長した気になって、余裕で構えていたのだが、
「……和也君、キスできたからって大人になったつもりなんじゃないでしょうね? それ以上はまだなんでしょう? まだまだ子供よ」
とレナさんに指摘され、調子に乗っていたと、俺も下を向いて反省した。
「……まあ、なにはともあれ、これでファーストキスのシーンの書き下ろしは進められそうね。あとは、そうね……ヒロインが、いつ主人公のタクの事、好きになったかっていうところがいまいち掴みづらいのよね……」
「あ、それ、俺も悩んでいるし、前田さんも言っていました。キスシーンを書き下ろしで入れることは了承して貰ったんですが、じゃあ、いつからそういうの、意識し始めたのか明確にした方がいい、って言われて。その追加エピソード中でもいいけど、それならそうと分かるようにって」
実は、この部分に関しては、俺も把握出来ていないのだ。
文章を推敲している俺が分かっていないのだ、読者が分かるはずもない。
「うん……それ、どの時点にしようかなって、私も悩んでいるんだけど……」
……原作者(瞳)も分かっていなかった……。
「そんなの、実体験を元にすれば良いんじゃない? 瞳、いつ和也君を好きになったの?」
「……私? えっと、その……」
泪さんの思わぬ質問に、また赤くなってオロオロしている。
「……和也君はどうだったの?」
レナさんの振りが来た。
「俺? えっと、俺は……ほとんど一目惚れに近くて……」
言ってて、顔が赤くなるのが分かった。
っていうか、なぜこんな事を言わされなければならないのだろうか?
「……私も、最初見たときから、なんていうか……ちょっと運命的っていうか、ラノベみたいだなとは思っていました。それで、お互いラノベ好きで、話も合って……なんとなく、いいなって思ってて……それで、お婆ちゃんのお通夜の準備しているときに突然和也君が来て……」
「そうそう、あれは傑作だったね」
泪さんが茶化してくる……うう、消し去りたい過去だ。
「……でも、あれ嬉しかった……あんなに必死になって、来てくれたんだって思って……それで、和也君の事考える時間が増えて……あとは、お父さんに、『幸せにします』って言ってくれたときかな……」
うっ……瞳が、真っ赤になって、ちょっと目を潤ませながら俺の方を見ている……むちゃくちゃかわいい……。
「なるほど、あのときか……そうすると、私は瞳が恋に陥る重要な場面で、立ち会ってた事になるのね……病室でも、お通夜の前も、お父さんの時もいたからね」
泪さんはイタズラっぽく笑っている……確かに、そこにいつも泪さんがいてくれた。
「ふーん、それ、いいわね。泪、後でくわしく聞かせてね」
うう……お姉様方の話のネタにされているようで、かなり恥ずかしい。
けど、瞳がそんな風に俺のことを好きになってくれていると聞けたのは、正直嬉しかった。
しかしながら、その体験談がそのままラノベに活かせるかというと、ちょっと難しい。
作品中では、主人公は入院もしていないし、ヒロインが死んだと勘違いすることもないし、父親も出てこない。
なにか、決定的に主人公の事を好きになるようなエピソードを追加するのも考えた方がいいのかもしれない、という話をしたところで、この日は解散となった。
翌日からは、学校も、ラノベ作成も追い込みの時期となった。
期末テストに向けて猛勉強しながら、前田さんの叱咤を受け、その両方に全力を尽くす。
二足のワラジとなるが、人生の中でこれほど集中したことがかつてあっただろうか。
瞳も相当追い込まれているようで、苦しい状況をメールしてくる。
それに対して、俺も頑張ってるから一緒に頑張ろう、という事ぐらいしか返事が出来ないのだが、それでも気持ちが伝わるようで、やる気になったイラストのメールが届く。
それにハートマークが付いているだけで、単純な俺もやる気になった。
夢の中で、出版が中止になったと連絡を受けて飛び起きたこともあった。
気がつけば、机に伏したまま朝になっていたりもした。
学校では、目の下にクマを作っている俺を見て、同級生達から「何があった?」と心配?されることもあった。
そんなこんなで、ヘロヘロになりながらも、何とか原稿のノルマを達成し、期末試験も乗り切ることができた。
その結果は……なんと、テストの合計点でクラスでも上位に食い込むことができた!
これは今までで一番の快挙で、母親も相当喜んでいたし、担任の先生にも褒められた。
予想外の好結果であり、同級生も、
「あんなに寝不足になっていたのは、必死に勉強していたからだな」
と、ちょっと見直されたようだった……理由はそれだけじゃあないんだが。
中には、
「彼女に良い所を見せようと頑張ったんだろう?」
と、からかう者もいたのだが、あながち間違いでもない。
その彼女である瞳だが……なんと、学年一位の成績を収めたと言うではないか!
『私立阿奈津女子高等学校』は、お嬢様が通う高校として知られ、決してレベルが低いわけではない。
生徒数は一学年につき百二十人程度と、それほど多いわけではないが、それでも一位になれるのは十分凄いことだ。
実は彼女、天然に見えて成績は良かったようで、これまでも学年五位ぐらいになったことはあったらしい。
それでも、今回ラノベのシナリオを考えながら一位になったのだから、相当な快挙だ。
父親からも大分褒められたという。
「これも和也君のおかげ!」
とハイテンションで言われると、彼女に対して特に何にもしていないけど、誇らしげな気持ちになった。
ちなみに、俺の成績が上がったことも、
「『帝大付属』でクラス上位とは、相当頑張っているな」
と、彼女の父親は満足げだったという……実は俺、特進クラスじゃないんだけど。
そんなこんなでヤマ場を超えて、七月下旬、終業式を迎えた。
明日から、待望の夏休みだ。
……と、その夜、瞳から電話がかかってきた。
「大変、和也君! 大変なの!」
繰り返しになるが、瞳の「大変」とか「大ニュース」は、その内容を聞くまで本当にそうか分からない。
「……どうしたんだ?」
「あの、今日の終業式で、私学年一位になったから、表彰されたの!」
「……へえ、良かったじゃないか。でも、それって事前に分かってたんだろう?」
「うん、でも……その後、校長先生が、『二年生で一位になった伊達瞳さんが書いた小説が、全国出版されることになりました』ってばらしちゃったの!」
「……マジで!?」
一応、学校には報告するように前田さんに言われていたので、俺も瞳もそうしていたのだが……まさか全校生徒の前で発表するとは!
「それで、私、周囲の視線にいたたまれなくなって……『あの、私一人で書いたわけじゃないんです! 共同執筆者がいるんんです!』って言っちゃったの!」
……なんか、嫌な予感がした。
「……そしたら、どうなった?」
「校長先生が、『それはこの学校の生徒ですか?』って聞いて来たから、『いいえ、帝大付属の生徒です、その人のおかげです』って言っちゃったの!」
「……まさか、俺の名前を出したとか?」
「ううん、私は言ってないけど、周りの子が『それって、ひょっとして加賀和也君?』って聞いてきたから、思わず頷いたら、『うわぁ、いいなあ!』ってなっちゃって……」
……嫌な予感が当たった……今まで、周囲には誰にも言っていなかったのに……。
まあ、済んだことは仕方がない。
瞳、相当謝ってきたけど、大したことじゃないから、と気にしていない事を伝えて安心してもらった。
ところが、電話を切った直後、俺の学校の級友から電話がかかってきて、
「おまえ、彼女と一緒に書いた小説が全国出版されるって、本当か!?」
とまくし立てられた……あの病室での一件以来、密かに『帝大付属』と『阿女子』の交流があったので、そのネットワークで伝わってしまったらしい。
軽いめまいを覚えながら、まあ、夏休みが終わる頃にはほとぼりも冷めているだろう、と割り切って、その夜は寝たのだった。




