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推理作家

「……ヒカル、ですか? でも、僕はあれは、てっきり年下の、それも女の子が書いているのだと思っていました……」


 あまりにも意外な告白に、俺は呆然としながら精一杯、そう答えた。


「ふむ、そう感じていてくれたならば、ミスリードを誘うことに成功していたようだな」


 定典さんは満足げに頷く。

 そこで『ミスリード』という単語が適切なのかどうかはちょっと怪しいが、そういう言葉を使う時点で、定典さんが小説家を目指していた、というのは納得できる気がした。


「……でも、まさか実のお父さんが、あんな応援メッセージを書いているとは、なかなか考えつかないと思います」


「そうかな……軽く、ヒントは出していたつもりだったがな。たとえば、『どんなに好きでも恋人同士にはなれない』とか、だよ」


「……なるほど、確かにそう言われてみればそうかもしれませんが……え、それじゃあ、僕と瞳さんが、図書館でずっと会っていたことは、前から知っていたっていうことですよね? ひょっとして瞳さんから聞いていたんですか?」


「いや、そうじゃない。まあ、その謎解きをしていくとしようか」


 定典さんがニヤリと微笑む……なんか、物言いが推理作家のようだ。

 とりあえず、いきなり殴られるような展開ではないことにほっとし、出されていたお茶を飲みながら、ゆっくりと話を聞いていくことにした。


「……瞳が中学生の頃から、将来は作家になりたいという夢を持っていることは知っていた。私もそういう夢を持っていたし、まあ、そんなに悪い趣味でもないと考えていた。そしてあの子は、『小説家を目指そう』での投稿を始めた。最初は住んでいる地域と、女子校生であることを公表していたし、その内容も母親や泪には話しており、私も大まかなストーリーを知っていたので、その手掛かりを元に、すぐに見つける事ができた。アイという名前も、瞳のことだとすぐに連想できたしな。そして読んでみて、文章力こそまだ稚拙だったが、そこに光る可能性を感じた。親バカかもしれないが……ちなみに、『ヒカル』という名前は、その『光る才能を感じた』というところからとった名前だ。男か女か、分からないところも、私にとっては都合がよかった」


 ……確かに彼女に才能があることは、俺も感じていた部分だ。

 でも、『ヒカル』の名前がそんなところから取られていたとは、予想外だ。


「そこで、あの子のやる気を褒めて伸ばそうと考えて、ずっと応援メッセージを送っていた。同年代の、性別不詳のファンとしてな……そして、『Poison』の掲載開始を見て衝撃を受けた……従来より格段に進歩していると感じた。さらに、共同執筆者がいるという報告を見て、不安になった……それが女性ならば安心だが、男だったならば、言葉巧みにだまされているのではないか、とな……」


 定典さんはちょっと怖い顔になっていた。

 まあ、娘を心配する父親ならば当然か。


「そんなとき、職場の近所に住んでいる、古くからの知人である女性と、たまたま話をする機会があった。彼女はこう言っていた。『……そういえば、久しぶり……もう、十年ぶりぐらいに、娘さんを見かけましたよ。すっかり年頃のお嬢さんになっていて、見間違えました』とな」


「……十年ぶり、ですか。その方、よく瞳さんだと分かりましたね」


「ああ、顔だけなら分からなかったと思うが、図書カードに名前が書いてあったということだったからな」


「図書カード……えっ、じゃあ、その人って図書館の職員さん……」


 そう、俺は確かに知っていた……いつもニコニコと俺たちを笑顔で見守ってくれた、三十歳ぐらいの女性の司書を。


「その通りだ。そして私は、彼女のある単語に引っかかった……『年頃の娘さん』という言葉だ。それと、さっきも言った共同執筆者の存在が気になっていた事もあって、そこでカマをかけてみた。『男の子と一緒だっただろう』とな……」


 俺は、定典さんの巧みな誘導尋問に、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「すると彼女は、『あら、ご存じでしたか……本当にお似合いで、男の子も可愛らしくて……』というような返事をしてくれた。その返答を聞いた時点で、大人の男に騙されているのではないな、と安心した。それと同時に、もう一段深く推理してみた。私が知る限り、女子高に通う娘が気を許している男子生徒は、君しか居ない。母の通夜の時に出会い、その特徴的な名前を覚えていた私は、『加賀和也君、だったかな……』と切り出してみた。すると彼女は、『まあ、お名前も知っているということは、お父さんも公認の仲、ということなんですね。ずっと熱心に何かの研究に打ち込んでいるようで、本当に見ていて清々しいカップルですよ』と教えてくれた」


「……凄いですね……まるで本当に推理小説を読んでいるようです……」


 素直に感嘆の言葉を漏らすと、定典さんは、まんざらでもないような顔つきになった。


「ふむ……まあ、うまく事が進みすぎた感はあるがな。そこで彼女の話を聞く限り、何時間も図書館にいるようではあったが、その後は真っ直ぐ家に帰ってきているようだったし、静観することにした……ただし、君が本音ではどう思っているのかは知りたかった。あの子の『お気に入りユーザー』から、君のアカウントを探り出すことは簡単だった。そして娘を心配するあまり、つい君を挑発するような文章を書いてしまった……その事は許して欲しい」


「い、いえ、とんでもないです! 僕の方こそ、えっと、なんか……その……娘さんの事……」


 そう、俺は瞳の事を、ものすごく好きだと、『ヒカル』に送信してしまっていた。それはつまり、お父さんにすべて筒抜け……っていうか、直接伝えていたわけで……。


「いや、君の文章からは、娘に対する純粋な思いが伝わってきた。逆に、君で良かったと安心したぐらいだ。そして君となら、本当にどこかの文学賞に入賞できるかもしれないと思っていたのだが、あまりにも早く、いきなり書籍化の打診があったと聞いたときは、本当に驚いた。私が何十年もかかって成し遂げられなかった夢を、こんなにも短期間であっさりと実現してしまったのだからな……」


「……いえ、それは瞳さんの才能と、『運』があったからだと思います」


「……いや、運だけでは書籍化できるはずもあるまい。例えその要素が大きかったとしても、それは二人が『持っている』ということだ。今日会って話をして、ますます確信した。君なら、瞳と一緒にやっていけるし、必ず成功するだろう……さっき言ったセリフは、そういう意味も込めている。どうか瞳の事を、幸せにしてやって欲しい」


 定典さんは、そう言って手を差し出してきた。


「……はい、必ず約束は守りますっ!」


 雰囲気に流された俺は、しかしこの時、本気でそう覚悟を決めて、定典さん……『お父さん』と固く握手を交わした。


 ――こうして、一時はどうなるかと思った彼女の両親への挨拶、説得を終えた俺は、次に瞳を俺の母親に会わせた。


 母の言うとおり名家のお嬢様である瞳は、緊張しながらも礼儀正しく挨拶し、出版に関しての承諾も無事取り付けた。

 それと、彼女が真っ赤になりながら、


「あの……和也さんと、その……交際させていただきたいと思っています……」


 と言ってくれたときは、俺も本当に照れてしまったし、とてつもなく嬉しかった。


 母親は、


「本当にこんなに可愛らしいのに、ウチの息子なんかでいいの?」


 と、終始笑顔だった。


 瞳を家まで送り届けた後、自宅に戻ると、母は


「すごくいい子じゃない! 良かったね、入院した甲斐があったね!」


 と訳の分からないほめ方をしてくれたが、気に入ってくれたのだったらまあ、良かった。

 海外に単身赴任している父親は蚊帳の外だったが、母によれば事後報告で十分、とのことだった。


 俺も瞳も、大分気苦労があったが、無事保護者の同意を取りつけたこともあって、打診を持ちかけてきた出版社、『美海辺出版』に連名で了承の返信をした。


 すると、できれば一度顔合わせの為に、美海辺出版に来て欲しい、という内容の案内が届いた。


 幸い、土曜日でも構わないと言うことだったので、学校は休まなくてもいいのだが、俺たちが住んでいるのは地方なので、東京にある美海辺出版は簡単に行ける場所ではない。


 飛行機の予約をしたり、電車の乗り継ぎの確認をしたりと、結構準備が大変だ。

 本当は観光を兼ねて一泊したいところだが、いくら交際を認められたとはいっても、さすがにそれは認められそうにないし、言い出すこともできない。


 それでも、二人だけでの、いわば『初めてのおつかい』に、期待と不安を膨らませたのだった。

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