プロローグ
焼け付くような真夏の日差しが降りそそいでいる。
それと相反する鮮烈な冷たさの清流の中に、俺と彼女は膝まで浸かって、背中合わせに並んで立っていた。
川幅は十メートル程度で、小川と呼ぶにはやや大きいが、流れはとても緩やかだ。
白い砂利が広がっている川原には、水着姿の二人の美女が立っていて、ずっとこちらを見ている。
一人はサングラスをかけ、引き締まったスレンダーな体型。
黒を基調としたバンドゥビキニが映え、クールな印象だ。
もう一人はピンクの、派手で且つ露出度の高いビキニ姿で、彼女のメリハリのある体型とも相まって、女性のそういう姿をあまり見慣れていない俺は、正直なところ、長時間の直視はできない。
黒の水着の女性は腕を組んで、ただ俺たちの様子を観察しているだけだが、ピンクの水着の女性は両手の人差し指と親指を使って四角形を作り、それをのぞき込むようにしてこちらを見ている……イラストにするための構図を決めているのだ。
二人とも二十歳。高校二年生の俺より四つ年上だ。
彼女たちの水着姿にも戸惑ってしまう俺だが、正直、意識の九割は、見ることのできない背後に集中してしまっていた。
同い年、つまり十六歳の、俺にとってはアイドル以上に可愛らしく思える可憐な美少女が、すぐ後ろで水浴びをしているのだ。
「……絶対こっち、見ちゃダメだからね……」
声色だけで、相当恥ずかしがっているのが分かった。
※※※※※※※※※※
――その少女は、全身に毒を帯びている。
血液中にはもちろん、涙や、汗にまでも。
それ故に、身を清めるために水浴びをしただけで、そこで泳いでいる魚は腹を上にして浮かんできてしまう。
しかし、毒を無効化する特殊能力を持つ俺ならば、それを中和できる。
だから、彼女が水浴びをするときは、いつもすぐ側に立っているのだ。
身を清めるための水浴びなので、当然彼女は全裸だ。
だから、俺は彼女に対して背を向けている。
そしてその娘は、毎回恥ずかしがりながら言うのだ。
「絶対こっち、見ちゃダメだからね」
と――。
※※※※※※※※※※
――そういう『設定』を、今、可能な限り再現している。
イラストレーターである女性の指示に従い、その子はパシャパシャと水を自分にかけていて、そのしぶきが時折俺の方にまで飛んできた。
後ろを振り返りたい欲求はあるが、黒い水着の女性は背後の少女の姉であり、しっかりと見張られている。
その視線がなかったとしても、俺は彼女との約束を破ることなどできないのだが……。
「うん、じゃあ、今度は太陽の光を全身に浴びるように、大きくのけぞってみて!」
ハイテンションのイラストレーターから、また無茶ぶりが少女に向かって飛ぶ。
「あ、はいっ! ……うん、これも芸術のため、ラノベのため……」
彼女の、決意のつぶやきが聞こえ、また鼓動が高鳴った。
今、すぐ後ろで、どうしようもない程に好きになってしまった女の子が、裸に近い姿でのけぞっている……。
と、次の瞬間、
「キャッ!」
と、短く、しかし鋭い悲鳴が聞こえ、思わず後ろを振り向いてしまった。
一瞬遅れて、その少女は、前のめりに俺の方へと倒れ込んできた。
反射的に、その体を抱き締める。
俺ごと後に倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。
「あ……」
――その少女は、俺に抱きついていた。
思わぬ展開にプチパニックになった俺だが、すぐに冷静さを取り戻し、二、三秒おいて、彼女を気遣って
「大丈夫か……」
と、少し体を離そうとしたのだが、
「だめ、見ちゃダメ!」
と、また抱きついてきた。
少女の、意外と膨らみのある柔らかな感触が、俺の腕の中に伝わってきて、かっと顔が熱くなるのを感じた。
どうやら彼女は、こうやって体がくっついていることより、今の姿を間近で見られることの方が恥ずかしいようだった。
その大胆な行動と、あまりの愛おしさに、俺は少し、彼女を抱き締める手に力を入れてしまった。
「……ありがと……」
彼女の方からの、俺に抱きつく力も強くなるのが分かり、思いもかけぬこの展開に、今までの人生でも覚えがないぐらいの幸せを感じた。
そして、今に至るきっかけとなった、四ヶ月ほど前の、あの事故を思い出していた――。