44話ムライア王国間戦争開始
ムライア王国との戦争当日━━━獣王国オウガ近衛兵、獣王テンガとワタル一行は幽源の原の東側にある丘の上に勢揃いしていた。逆にムライア王国勢は西側の丘にいるらしい。
後十分後、獣王テンガは幽源の原の中央に馬車で少数の護衛を連れ向かい、同じくムライア王が馬車で少数の護衛を連れてやって来る。そして、お互いに宣誓の言葉を述べ陣地に戻ると開始の合図として花火が打ち上げられたら戦争の始まりだ。
「テンガお気をつけて」
「大丈夫だ。何かしてこようものならルール違反としてあっちが不利になるのは明白だからな」
それでも、あの豚王だ。心配するなと言われても心配してしまう。豚王の被害者は何たってワタル自身なのだから、心配するなと言われても無理だろう。
馬車にテンガが乗り、幽源の原の中央へと出発を見届ける。が、セツナを直ぐ呼び、バレない様にとテンガの護衛に付かせた。テンガに牙を向いた者を急かさず処分する様にと指示を出した。
馬車に乗ってテンガが目的地に着いた頃、豚王も着いたようだ。テンガと豚王はお互いに馬車を降り見詰める形になった。
豚王がピクリと右手を握った後、ニヤリと笑うが何も起こらなかった。何も起こらないこの状況に一瞬焦る豚王だが、直ぐに冷静になり宣誓の言葉を述べる準備が終えるのを待っていた。
━━━セツナside━━━
ガチャリと不信な場所にいる男に短刀を後頭部に突きつけた。
「はーい、そこまでだよ。何をしてたのかな?」
「チッ、何でここが分かった!」
「私は鼻がきくからね」
「けっ、動物臭いケダモノが!人間様と同じ空気を吸ってるんじゃねぇよ」
「あっそう、悪かったね。ケダモノで、その言う人間はケダモノ以下だ」
グッサリ━━━セツナの短刀が男の喉笛を深く切り刻む。
「く、くそが」
バタンと男は倒れ息を引き取った。死んだのを確認するとセツナの氷魔法で凍らせ砕け散った。これで死体がここに有ったと、やった本人しか分からなくなった。
「ふぅ、これで一先ずは任務完了で帰るとしますか」
━━━幽源の原・ほぼ中央━━━
「テンガ王とムライア王、準備が出来ました」
テンガと豚王は一歩前に進んだ。
「それでは、宣誓の言葉をお願いします」
テンガと豚王はお互いに利き腕を上げ宣誓の言葉を述べ始めた。
「「宣誓、我々兵士と王一同は日ごろの訓練の成果を発揮し、これまでに支えてくれた家族、国民たちに期待に応えるために正々堂々と戦争を行い、全力を尽くす事を誓います」」
「獣王国代表テンガ」
「ムライア王国代表レイ・ムライア」
深々とお辞儀をし、回れ右をすると自分が乗って来た馬車に乗り自分自身の陣地へと帰って行った。
━━━東側の丘━━━
「獣王様が帰って来られたぞ」
獣王テンガが乗ってる馬車が無事に着くと、ワタルは安心したと胸を撫で下ろす。
「帰って来たぞ。これで開始の合図で花火が上がるはずじゃ」
テンガの言う通りに花火が上がり、兵士達の活気が急上昇しているのが分かる。
「よし、俺の出番だな。桜花形態変化━━槍桜モード」
桜花が刀形態から桜色の刃と柄に桜模様が散りばめられた美しい槍に変化した。
「うむ、あちらさんは平原をこちらに駆けて来るぞ」
タイミングとしては今か。
「では、ちょいっと行ってくる」
ワタルはそう言うと、トンと軽く地面を足で音が鳴ったと思ったら幽源の原全体が見渡せる程高く飛び跳ねていた。
「おお、良い景色だな」
『マスター、ここで一体何を?』
「まぁ、見てなって」
ワタルは思いっきり槍桜を槍投げするかの如く振りかぶってぶん投げたのである。
「桜流槍術投の型……千本槍・綿毛うおぉぉりぁーーー」
音速で投げた槍桜は文字通りに千本に増殖し、こちらに半分程まで進んで来ていた敵の兵達に降り注いだ。まるで槍の雨である。
「うおぉー、凄いな」
ワタルに貸して貰った双眼鏡で覗いていたテンガは分かりやすい感想を一言呟いた。
「よっと、ただいま」
「ワッハハハハ、ワタル殿凄いではないか」
「いや、まだまだこれか………ら」
「どうした?ワタル殿」
「どうやら、俺の千本槍が半数以上防がれたようだ。それも、信じられない事に一人にだ」
そう報告すると同時にくるくる回りながら槍に変化している桜花が戻って来たが━━━
「マスターのおバカ様」
ワタルがキャッチする寸前に人間に変化し、回転した勢いでワタルの頭を思いっきり殴った。
「痛っ!何するんだ、桜花」
「何するんだじゃありません。投げるなら投げると言ってください。めっちゃ怖かったんですから。それに、戻る際に雷の女に捕まりそうになったんですから。私はプンプンですよ」
━━━ムライア王国side━━━
時間は少し戻り、ワタルが千本槍・綿毛を放った頃。
「全員止まれ!何か降ってくる。あれは矢………いや、槍だ。皆避けろ」
だが、音速で降る槍の雨なんて誰が避けられるだろうか。否、物理的に不可能だろう。普通は━━━
「全部は無理でも防いでくれようぞ」
こちらには音速よりも早い雷速で移動出来る雷姫リリー・ムライアがいるのだ。
「みんな下がれ。ここは私が防ぐ、行くぞ」
雷姫リリーは腰の鞘に携帯している雷属性の剣である雷鳴剣タケノミカヅチを抜き全身に雷を纏った。
「ふんぬっ、雷波動」
雷鳴剣タケノミカヅチを地面に突き刺し、兵士全員の盾になる様に雷の障壁を展開した。
だが、普通の槍ならこれだけで全部弾けただろう。しかし、音速で降り注ぐ槍なのだ。半数は防げたが、もう半数は雷波動を通り過ぎてしまった。
「くっ、みんな済まない。全部防ぎきれなかった」
「リリー姉様が落ち込む事じゃないと思います」
声がした方へと向くと、そこには末の妹である風姫ルー・ムライアがいた。
「あれはただの槍では、誰の目から見ても分かりますもの。そんな事で落ち込んでいては、兵士の士気に関わります」
「あぁ、そうだな」
リリーはルーの頭を撫で落ち込んだ気持ちをリセットした。
ルーはリリーが大好きで誉めて貰うためだけに慰めただけなのだ。心の中では「きゃああぁぁぁ、リリー姉様に誉めて貰っちゃった。もっと撫でて撫でて」と思っている。決して顔には出さないが……。
「うん?」
「どうしました?リリー姉様」
「ちょっと、気になる事があるから行ってくる」
「あぁーん、リリー姉様!」
雷姫リリーが駆け出したと同時に槍桜に変化した桜花がワタルの所に戻ろうと中に浮き飛ぼうした。が、直ぐそこまで雷姫リリーが迫ってきていた。
『だ、誰かが来ています。まさか、私に気付いて!早く逃げなくては』
「待てぇーーー、その槍待てぇーーー」
『ヒェーーー、マスターお助け』
正に雷姫リリーが桜花を掴もうとした瞬間、何かの力に阻まれ雷姫リリーの手は弾き返された。そして、桜花はワタルの所へと逃げ帰ってこれたのである。
技の解析
千本槍:紫タンポポの和名
槍を投げる時は綿毛の様に千本に増え相手に降り注ぐ。
突く際は切っ先だけが千本に分裂するかの様に一回で千回攻撃出来る。