30話タナトスの戴冠式・後編
舞踏会が始まり、それぞれダンスのパートナーを決め踊りだしていく。その中、未だに踊らない箇所があった。
「ほら、ワタル妾達も踊るのじゃ」
「えー、俺ダンスなんてやった事ないんだけど━━━」
「つべこべ言わずに妾の腰と肩に添えて━━━そうそう、分かっておるではないか」
ピロリン━━と頭に直接音が鳴り『娯楽魔法・舞踏乱舞が発動しました』と声が聞こえた。
「本当に初めてなのか?上手ではないか」
「見よう見まねさ。生涯初めて踊ったよ」
このダンスの華麗な動きは娯楽魔法のお陰という事はふせておこう。
ただし、無意識か自動発動なのかを後で確認する必要があるかもしれない。なぜなら、他にもこういう魔法があったら困った事になる可能性があるからだ。
今回はただダンスが上手に踊れる魔法の様なので影響はないが、次回がそうだとは限らない。時間がある時にでも確認しておこう。
「むぅ、もう少しワタルと踊っていたかなのじゃが曲が終わってしまったのじゃ」
「またいつか踊れるよ。それにしても・・・フランはダンスが上手だとは驚きだ」
「何じゃワタル、妾が魔法戦闘バカと言いたいのか」
「いやいや、違うって。ただ、踊るフランが綺麗だなと思っただけだ」
「・・・・・」
照れ隠しを隠すために無言で顔を見られない様にワタルの背中をバンバンと叩く。
「ちょっ、恥ずかしいからって叩かな━━━痛い痛い」
「うるさいうるさいのじゃ。そう言う事はせめてもっとロマン━━━二人きりの時に言って欲しいものじゃ。ワタルは肝心のとこで女心を分かってないのじゃ」
フランの機嫌が悪い中、次の曲の演奏が始まった。
「ほらほら、あんなフランなんかほっといて次は私と踊りましょ」
セツナに腕を取られ、ホールの中央に来てしまった。先日、タナトスと戦った本人なので、余計に注目を浴びている。
何故か、フランの時よりも目立ってるから、当のフランは明らかに悔しがっているのが手に取る様に分かる。何かこのダンスが終わった後が怖い。このまま、演奏続いてくれとワタルの願いは虚しく演奏は終わるのである。
「おぉ、戻って来たか。次は妾と━━━」
「ニャラーップ、次はワタシとにゃ」
フランを押し退け、ワタルを強引に連れて行く黒猫。そんな、黒猫を睨み付けるフラン。二人の睨み合いで、またもや周囲の温度が-10℃下がった気がした。
あぁ、今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、ワタルの嫁達は強者揃いである。どう逃げようと不可能だ。
「次こそは━━━」
「ワタルー、来てくれたのね。我と踊りましょ」
ワタルはルリ・ブラッドに然り気無く連れて行かれた。
「・・・・」
フランの手がワタルの腕を掴もうとしたが、空を切り無言で固まった。数秒後、踊ってるワタルとルリの方を見たらルリがフランに対して舌を出した。それを見たフランは表情が歪み地団駄を踏んだ。
「うふふふふ、フランシスカったら悔しがってるわ」
「る、ルリ驚いたよ。でも、今日のドレス姿綺麗だ。それに、今の口調の方が俺は好きだ」
「うふふふふ、我も好きよ。一つワタルに質問があるの。フランシスカと我のどちらの方が好き?」
「・・・・ノーコメントで」
「・・・・まぁ、いいわ。その代わりに後で我の部屋に来てくれる。もちろん、一人で」
ワタルの耳元にそっと告げた。
ルリとのダンスが終わり帰ってきたワタルにフランが抱き着き、フランの腕がワタルの首筋に回り、引寄されワタルとフランの唇の距離がゼロになった。
こんな大勢の人(周りにいる者は人ではないが)のいる所でキスをした。それも濃厚なディープキスを━━━レロレロとフランの舌がワタルの口内に入り虫が這いずり回ってる感じで数分間と長く最後にジュッポンと音を立て離れた。フランの力が強すぎてワタルはなされるままだった。
ワタルとセツナのディープキスを見てた連中は唖然と口を半開きになり、呆然と立っていた。
ワタル本人も呆然と立ち数分間、目の焦点が合ってない状況であった。ディープキスをやってる間はワタルの記憶は曖昧となっていたと分かり、フランは再度やろうとするがセツナ達が羽交い締めして止めたのだ。
「フゥフゥ、みんなすまぬのじゃ。もう大丈夫じゃ」
「ハァハァ、フランは力強いよ。抑え込むこっちの身にもなってよ」
「にゃぁにゃぁ、そうにゃ。今ので疲れたにゃ」
「ま、全くです。四人かかりでも危なかったです」
「大丈夫ですかな?ワタル殿」
「ありがとう。みんな、助かった」
フランが暴れたせいで、みんなの衣装が乱れたが身嗜みを直したところでお料理が運ばれて来た。
どうやら、食べ放題━━━いわゆる、ビュッフェ形式と呼ばれる形で運ばれ次々と並んだ料理はどれもワタルにとって初めて見る物ばかりだ。
というか、この世界に来てからワタル自身が作る物しか食べていないような気がする。現地の食材でもワタルの料理技術で地球の料理に変えてしまうので、この世界の料理を食べるのは初めてである。
「はむっ・・・・うーん、美味しいと言えば美味しいけど何か物足りない気がするな」
そう料理の乾燥を漏らすと聞こえなかったのかルリがワタルに近寄り、料理の感想を聞いてきた。
「ワタル、どうですか?この料理は我が城の専属料理人に作らせたのじゃよ」
「美味しいけど・・・・何か物足りなさを感じるな。フランやセツナもそう思うだろ?」
「うむ、ワタルの料理の味を知ってしまうと何ともの。ワタルの料理の前だと霞んでしまうのじゃ」
「はむっ、ワタルの料理の方が美味しいよ」
三人とも同じ感想でガーンとショックを感じたルリ。
「我が城の料理人が作った料理が不味いのですか?」
「不味い分けではないのじゃよ。相手が━━━ワタルの料理が美味しすぎるのじゃ」
「後で俺が作った料理をご馳走させてもらいますよ」
「まぁでも、元夜の女王もワタルの嫁になったのじゃ。食べる機会はたくさんあるだろう」
フランが言った『ワタルの嫁』と言う言葉にルリは頬を赤く染め頷くのであった。