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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第一章 迷路の町カタスリプス
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第九話 幼女は独りが怖いんです

 山から街へ下り、大通りから裏路地へ入る。狭い路地は入り組んでいて、おまけに薄暗い。


「まるで迷路みたいだな」


 リデルはナキの背中で、家々を興味津々に観察している。


「この街、カタスリプスは特別入り組んだ設計になってるからね。単純な直線は店のある大通り一本だけで、あとの道は全部方向音痴殺しよ」

 

 アレビヤは迷惑だと言わんばかりの口調だ。


「しかしこんなに死角が多いと人にぶつかってしまいそうですね。何かメリットが?」


 ナキが興味本位で尋ねる。


「ノモス教徒いわく、悪魔を迷わせて聖殿に近づけさせないようにしてるらしいわ」


「せいでん?」


「そうよ。ここからは見えないけど、中央に大きな建物があるのよ。そこが聖殿。ノモス教の聖職者が働いてるわ」


「そこに悪魔が攻めてくるんですか?」


 アレビヤは吹き出す。


「ふふっ、何言ってるの? 悪魔が召喚もされていないのに出てくるはずないじゃない。それに迷路なんかで悪魔が迷うはず無いでしょ。ただの迷信よ、本気にしないで」


 無理に笑いをこらえようとしているせいで、アレビヤの台詞に「むふっ」とか「くふふ」みたいな奇声が入る。


 ナキが首を傾げる。


「ノモス教の言うことは全部……おっと」


 前方の角を人が曲がってきた。

 

「静かに」


 アレビヤが鋭く命じると、ナキは言われるがまま口を噤む。

 たった一人、リデルは呑気に疑問を呈した。


「え、なんだぐむむ」


 アレビヤに口を押さえられる。

 鼻ごと塞がれて呼吸できない中リデルが見たその人物は、ごく普通の庶民に見えたが、アレビヤはそれがすれ違い、見えなくなるまでずっと黙り込んで静かにしていた。


 人が見えなくなると、アレビヤは息をついた。


「危なかったわ……あ、ごめんなさい」


 リデルがばたばた暴れているのに気付き、アレビヤは慌てて手を放す。

 

 リデルはアレビヤを睨みつけ、ぐるると唸る。

 その目は今にもかぶりつく勢いだ。


「アレビヤさん、一体どうしたんですか?」


 リデルがアレビヤに噛みつくより先に、ナキが前に出て尋ねた。


「ちょっと情報漏洩が怖いから黙ってたの。ここの街はね、特に数が多いから」


「人の数ですか?」


 アレビヤは首を横に振る。


「いえ、人じゃなくてもっと別なものよ。目にしたらゾッとするだろうけど、今は気にしないでいいわ。自然体でいれば出てこないから」


 リデルとナキは顔を見合わせた。


 今度はナキの代わりに、アレビヤがリデルを背負うことになった。リデルが詫びを求めてきたからだ。

 複雑な道に目を回しながら進むと、アレビヤが足を止めた。


「ここよ」


 リデルはアレビヤの背中から降りる。

 止まったのは、他より一階分ほど大きな建物の前だった。 

 桃色の壁に掲げられた煌びやかな看板を、二人は感嘆の声で見上げる。


「ふうぞく……?」


「ヌキヌキ……?」


 アレビヤがたちまち顔を真っ赤に染めた。


「わ、わさわざ読み上げなくていいしそこは違う場所よ! 私が連れてきたのはそっちじゃなくて、こっち!」


 アレビヤが指さしたのはピンクい建物ではなく、その隣の、階段で少し下がったところにある木の扉だった。


「なあなあ、あのピンクの家はなにするところなんだ?」


 リデルはうきうきとアレビヤを見つめる。見るとナキも返答を待っているので、アレビヤは恥ずかしさに気が動転した。


「ここここ子どもは知らなくていいのよ! 早く入りなさい!」


 リデルとナキは押し込められるようにして木の扉をくぐった。


 中には小部屋がある。アレビヤに続いて二つ目の扉を開けると、その光景に、二人の目が輝いた。


 大きく開けた、ドームのような部屋。真っ先に目に入ってきたのは色とりどりに光を放つ窓だった。


「きれいだな……」


 ステンドグラスというのだと、アレビヤが小声で教えてくれる。


「なんで小声?」


 アレビヤが無言で部屋の奥を指さす。男が白黒の特徴的な服を着て、何かの本を朗読しているところだった。


「今は静かにしなきゃいけない時間なのよ」


 部屋には正面に向けて、七、八人は座れそうな長い椅子が縦三列に並べられている。そこにはちらほらと人が座っていて、その人たちも男の音読を静かに聴いていた。


「なんだか空気が重いですね」


(おごそ)かだとか言い方あるでしょうに。ほら、付いてきて」


 一同は静かに後ろを通り、また木の扉をくぐる。


 廊下へ出た。扉がいくつも付いている。


「ここに住んでるんですか?」


「ええ。ここは寝室用にね。使ってるのは父と私だけなんだけど」


 そう答えながら、手前から二つ目、木目の綺麗な扉に鍵を差し込む。


「ここは本を保管してる場所よ。あんたはここを使いなさい」


 ナキの目を見ながら、入ってみるよう中を指さす。


 ナキが中に入ると、歓喜の声があがった。


「ここはすごいですね! 本がこんなに! これでこの世界の事も勉強できますよ!」


「私は神学関連の本しか読んでないから分からないけど、多分世界史の本とかもあったんじゃないかしら」


「読んでもいいんですか!?」


「まあ、父くらいしか使う人いないし、別にいいわよ。破いたら弁償してもらうけど」


 気を付けます、と聞こえたときにはもう、ナキは本棚の森へと入ってしまっていた。


「さて……次はあなたの部屋ね」


「おれはナキと一緒がいい」


「あんなヤツと一緒にいたら、せっかくの可愛さが台無しよ」


「かわいいゆうな」


「それよ。口が悪い。それになんだか喋り方も男っぽいし。ちょっと矯正が必要かもしれないわね。しばらく一人になってみたら?」


「ひ、ひとり……!?」


 リデルの脳裏を、かつてのあの闇がよぎった。鳥肌が立ち、思わずアレビヤのスカートを握りしめる。


「あら可愛い」


「だからかわいいゆうな……」


 リデルは息を吸って吐いて、手をそろそろと離した。


「なあ、たのむよ。なんでもいいから、だれかと一緒にしてくれ。ひとりはいやなんだ」


「どうしてよ。私があなたと同じくらいのときは、もう一人で暗い所も歩けたのに」


 そう言うアレビヤの目は左上を向いている。


「ほんとうに?」


「ほ、ほんとうよ。嘘なんてつかないわ」


「でも……おれはひとりなんていやだ。ひとりでいると、なにか思いだしそうになるから」


「なにかって?」


「たぶん……むかしのことだ。むかし起こった、なにか。とてもくらくて、さびしかった何かのはずなんだけど……あんまりおぼえてないんだ」


「じゃあ頑張って思いだしなさいよ」


 リデルは(かぶり)を振る。


「できるかもしれないけど、いやだ。思いだしたくない。思いだしちゃいけないから、忘れてる気がするし」


 リデルはアレビヤにせがむ。


「なあ、だからお願いだよ。いっしょの部屋にしてくれよ」


 アレビヤは困り顔で腕を束ねた。


「じゃあ、私と同じ部屋にする? なにか知らないけど、トラウマならしょうがないわ。私も暗いのは苦手だし」


「そうなのか。……ん? さっき、くらいところも歩けるって……」


「さ、部屋入るわよー」


「うおっ!?」


 体を持ち上げられ、廊下手前から三番目の部屋へ入れられた。


 床に座らされ、ひとまず部屋を見回す。


 そこまで広くはないが、その分落ち着けそうな空間だ。十字のマークと紫がよく目につく。どちらもリデルにとっては、アレビヤをイメージさせるものとなりつつあった。目立った家具は、鏡付きの机とベッドだけだ。木製家具のそれらにも、よく見ると十字が彫刻されていた。


「じゅうじ、すきなんだな」


「好きというか、魔除けみたいなものよ」


 アレビヤはポケットから、玉が円形に連なった物体をリデルに見せる。銀色をした十字がそれにくっついている。少し輝きは鈍いように見える。


「ロザリオと言うんだけど。これに一日三回くらい、祈りを捧げるの。その効果が増すんじゃないかって思って、こうして十字架の入った物をたくさん置いてるのよ」


「いのりをするとどうなるんだ?」


「主が助けてくれるらしいわ。……主っていうのは、神様のことね」


 リデルの顔に青筋が浮かぶ。想起したのは緑ツインテールの女だ。


「かみさまね……」


「そう。特に、私たちエクソシストにとって祈りは重要なのよ。悪魔と戦うためには知識や経験だけじゃなく、こうした準備も必要なの」


「へえ。意外にがんばってるんだな」


「……っ! よ、幼女に褒められたって別に嬉しくないわよ」


 しかし、にやけた顔は喜んでいるようにしか見えない。


 アレビヤはずいっとこちらへ寄ってきた。


「ねえ。もっとこういう話、聞きたいかしら? 昼食の準備までもう少し時間あるから聞かない? どう?」


 目がすごくキラキラしているものなので、リデルは頷かざるを得なかった。


 するとアレビヤはぴょんぴょんとベッドの上で跳ねながら、うきうきと話を始める。


「――でね、この前なんか、初めて悪魔と対決したんだけど。名前は聞き出せなかったものの、悲痛に叫ばせることには成功したのよ! どう?すごい?」


「すごいすごい」


「でしょでしょ!? それにね、この前会った悪霊とはすごく話が合ってね? 私意気投合しちゃってー。危うく追い出すのを忘れそうになってね――」


 口調が変わり、まるで子どもに戻ったように話すアレビヤ。その様子に、リデルは何か親心に近いものを抱くのであった。



 丸一日アレビヤの話に付き合ったあと、リデルはアレビヤの隣で寝かせてもらった。話疲れたのか、アレビヤはすぐに寝ついた。


 明かりは点けっぱなしにしてあった。


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