第七十三話 すれ違い
サンティアナの手は、彼のしわがれた手に掴まれていた。
どうして? なぜ、エルアザルがここにいる?
いや、それより、「止めておけ」ということは、リーフィエは……。
サンティアナは少し遅れて、状況を理解した。目に涙を溜め、「そんな」と言ったのと同時に、それは決壊する。
「……よっぽどヤツは、剣をお前に渡したくなかったんだ。剣を粉砕するのと同時に、イアナ、お前の親友まで巻き添えにしてしまったんだよ」
エルアザルはサンティアナの肩に、触れるか触れないかくらいの力で手を置く。
「だが見ろ。ヤツは疲弊してもう動けないはずだ。お前の親友は、よくやったよ」
エルアザルに続いて、バフォメットらしき枯れた声も何か言っていたが、サンティアナの意識はこの状況を受け入れようとするだけで精一杯だった。
エルアザルが立ち上がり、どこかへ行った。するとこの世界に存在するとも思えない叫び声がして、エルアザルはまた戻ってくる。
「……ヤツを片付けた。もうここに用はない。こんな忌まわしいところ、さっさと出るぞ」
エルアザルがサンティアナを立たせようと、彼女の手を取ったが、サンティアナはそれを振り払った。
「……なぜここにいる」
「バフォメットに連れてこられたんだ。おそらく、お前にショックを与える道具にしたかったんだろう。イアナの親友や、あの精霊たちも、同じ理屈で利用されたんだろうな」
サンティアナは、これ以上涙を出すまいとした。
この男に父親面をさせたくないという頑固な心が、サンティアナにはまだ残っていた。
「……残念だな。親友のこと。……連れて帰るか?」
「……放っておいてくれ」
「だが……」
「黙ってろ!」
サンティアナの口からは、思ってもみない言葉が飛び出た。
それが悔しくて、涙の勢いが更に増す。
「イアナ……」
エルアザルはそれからしばらく何も言わなかったが、サンティアナが落ち着いてくると、
「見張りをしてるから、気持ちの整理をつけてくれ」
と言って、部屋を出て行った。
しんと静まりかえる室内。あれほど騒がしかった戦闘が嘘のように、音が全くしない。
サンティアナは息を呑んだ。
額縁を見つめる。
『止めておけ』、そうエルアザルは言った。サンティアナが見たとおり、リーフィエは変わり果ててこの裏にいるのだろうか。
確かめるべきか。
手を伸ばしかけ……止めた。
リーフィエの姿は、あのキラキラした彼女のままで、記憶に留めよう。多分、死に様を見られることを、リーフィエは望んでない。
それに……私に勇気が無い。
うめき声が聞こえた。
リーフィエのものではなかった。隣の部屋から、男の声が聞こえる。
サンティアナはふらりと立ち上がると、バフォメットが入ってきた扉に近づき、開けた。
「!?」
そこには、宙吊りになった首なしの死体が、いくつもいくつも……
バフォメットの血痕は、死体を解体した時に付いたのだと悟った。
その光景は、傷を負ったサンティアナの心を抉り取る。
サンティアナの視界が揺れた。
「傑作だろう!?」
バフォメットの声がした。
(死んだはずじゃ……!?)
振り返る間もなく、背後から強烈な一撃を浴びる。
再びうなじに食らった鈍痛に、意識が遠のき、ぷつりと切れる。
バフォメットの高笑いが、照明を切ったみたいに、遮断された。




