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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第三章 首都イプリファリア
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第七十二話 空虚

「断る」


 言い放つ。


「ほう。断る?」

「そうだ。ノモスが、もし仮に、そんな腐った組織なのだとしたら、私はそこに属したくないし、属しておく気もない。カロンになんて、なおさら入る気はない。私が尊敬していたのは、ノモスのあの正義に満ち溢れた姿だ」

「へえ。ということはノモスも抜けるのかい?」

「……そのつもりだ」


 サンティアナは出来る限りの力を込め、バフォメットを見据える。

 さっき見せつけられた、圧倒的な事実によって、サンティアナは打ちのめされた。信じていたものが、ほんの僅かの間に打ち砕かれ、崩れ落ち、細かく散乱して消えてしまった。胸には虚無が充満した。今、サンティアナの心は、空白で満ちている。


「リーフィエ君は?」

「私も断る。そんな組織、入ったら頭おかしくなるだろ」


 バフォメットはため息をついた。


「幻滅したよ。君たちに望みをかけて、私は話をしたっていうのに」

「黙れ。私はお前を許さない。私を騙した罪は重いぞ」


 空虚のままに。

 自然な流れで、すぐに動けるよう足の配置を変える。

 リーフィエも、手を懐に入れやすいところに持っていった。


「カロンに入れば、きっと正義なんてどうでも良くなるさ。まあ最初は人々を騙す罪悪感が無いでもないだろうが、それもじき慣れる。セントピエルだって、最初は君に隠し事をするのを嫌がってたが、結局最後は平気で君に嘘をつけるようになった。みんなそういうものだよ」


 話の途中で、扉が開いて、隣からストラティオが出てきていた。十数匹が、ぞろぞろと。

 バフォメットの話を聞いてからストラティオを見ると、これも悪魔のように見えた。角といい、目つきといい。

 なぜ、今まで気づかなかったのか。まるで、催眠術をかけられていたかのようだ。とにかく今は、エルアザルに謝りたい気持ちで一杯だった。

 サンティアナ、と、リーフィエがアイコンタクトしてきた。それから、ちらっとバフォメットを見る。手元で、五の指が開かれる。


『五秒後、バフォメットを討つ。』


 その合図だ。

 バフォメットは怪訝そうな顔をしている。

 気付いていない? 行けるか……!?


 秒読み。


 四、三、二、一。


 二人の連携では、いつもリーフィエが先に動く。


 今回も同じ。


 リーフィエが手錠を瞬時に引きちぎり、突如視界から消える。

 ストラティオたちが慌てて体勢を立て直す。


 次の瞬間には、リーフィエはバフォメットの後ろにいた。


 なぜそんな動きが可能なのか。サンティアナには分からないが、それが天才というものなのだと思っている。


 すぐリーフィエの短剣が光った。最短距離で空間が引き裂かれる。バフォメットは帽子だけ空中に残して消えた。と思うと、瞬きしたときにはそのすぐ隣にいた。見事だが、帽子を放っておくとは相当慌てたに違いない。


 私はすかさず机を足で蹴飛ばした。予期せぬ攻撃法だったのか、机はバフォメットの脛に直撃した。顔を歪めたところに、リーフィエの短剣。今度はかわしきれず、腕が浅く切れる。黒い服の裂け目から、赤い血が滲み出す。


「特注の服だったんだよ? 他の世界からわざわざ……」

「時間稼ぎなど小賢しい!」


 リ―フィエと同じく手錠を引きちぎったサンティアナが、机に手をつき、筋肉をバネにしてバフォメットに蹴りを入れた。バフォメットは諸に蹴りを受け、壁に打ち付けられる。

 するとぼうっとしていたストラティオが、自分の使命を思い出したかのように一斉に襲いかかってきた。

 二人は冷静にそれを処理し、最後の一体まで狩り尽くす。


 リーフィエが、机の上の剣を手に取った。


「サンティアナ、剣を!」


 剣を投げようとリーフィエが手を後ろにやる。


 次の瞬間。

 まるで暴風に煽られたかのようにリーフィエの体が揺らいだ。首や手足が変な方向へ曲がる。体が吹き飛び、視界から消失する。


 同時に、鋼の折れる音がした。


「え……?」


 目を疑う。

 ガタン、と、木の落ちる音。振り返ると、何かを隠すように、額縁が落ちていた。壁に寄りかかって静止している。


 混乱する。


 今、何が起こったのか。


 とにかく駆け寄る。


「リー……フィエ?」


 多分、リーフィエはこの後ろに……。


 額縁に恐る恐る手を伸ばす。黒い絵が口を開け、こちらを捉えている。黒。黒から連想されるもの。それは……。

 手が額縁にかかりかけた時、突然、手が動かせなくなった。


「止めておけ」


 声が降りかかる。顔を上げると、エルアザルの死を悼む表情が、目に飛び込んだ。

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