第七十一話 信頼
「この子たちは精霊じゃない。悪霊だよ。私たち悪魔の手下だ。ノモス教が、建前上嫌悪している悪魔の手下」
サンティアナが二人を見ると、彼女らは泣き出していた。えぐえぐ嗚咽を漏らして、二人で刺激し合うように、徐々にボリュームが大きくなっていく。
罪悪感がそうさせるのか。サンティアナに対して、そこまでの罪深さを感じているのか。
……悪霊なのに?
二人は純粋で、いつも明るく、サンティアナのことはいつもお姉ちゃんと呼び慕ってくれた。主従関係はあったが、それでも二人はサンティアナにとって、弟や妹のような存在だった。
だから、エルアザルや、あの女エクソシストに何を言われても、サンティアナは自信を持って、虚偽だと突っ撥ねることができたのだ。もちろん、ノモスは悪霊を使ったりするはずがないと信じていることもあった。だが、それよりも、こんなに可愛くて人間と変わりない二人が、悪霊であるはずがないという、彼女の確固たる愛情が、最もノモス全体に対する信頼を与えていたのだ。
「ロト、アシュタ……嘘だろう? お前たちが悪霊だなんて……」
「ごめんなざい! ごめんなざい!」
二人は泣きながら取り憑かれたみたいに謝っている。
サンティアナの内で、何かが砕け散った。
そんな。ということは、ノモスが悪魔信仰と結びついているというエルアザルの話も、真実だったというのか。
「君たちは、オディギアを知っているね? 悪魔を追い払う術で、イシキは徹底的に教え込まれる」
バフォメットはまた笑みを浮かべる。
嫌だ。生理的な嫌悪が、サンティアナを襲う。
「そのオディギアも、嘘だよ。オディギアなんてものはない。私が勝手に名付けたんだ」
サンティアナは視界がぐらりと歪むのを感じた。めまい。頭に血が足りない。
「で、でも、オディギアは絶対に成功して……」
「そこをおかしいと思わなかったのかい? あれは、悪魔を追い払ってるんじゃないよ。君たちは、中身のない儀式をやってるだけ。祓われる悪魔たちは、あらかじめ召喚された悪魔さ。それを、儀式の流れに沿って、召喚者が悪魔に苦しむフリをするよう指示し、そして終わりには、悪魔の召喚を解除する。それで悪魔祓い完了さ。オディギアはそうやって、成功率百パーセントを保持してきた」
また崩れる。知らない間に、息が乱れている。
「そして、その任務を担っていたのが、カロンの面々だよ。カロンはノモスの最高機密、つまりノモスが悪魔を崇拝する宗教だという秘密を守り、そしてオディギアを裏から支える、そういう組織なんだ」
リーフィエが勢い余って立ち上がった。
「待てよ、だったら私たちが悪魔を憎んできたのと正反対じゃないか! 悪を憎み、秩序と道徳の元に世界を治める、それがノモスだったんじゃないのか!?」
バフォメットは堪えきれなくなったみたいに笑いを噴きださせた。
「そんなわけないじゃないか! そんな、ハハッ、キリスト教みたいな真似、するわけないだろ!?」
「キリスト教みたいな……?」
「そうだよ、ノモスを作る時、モデルにしたのはキリスト教だ」
「え……?」
「悪を討つだとか、まあ表現は変えてるが、大体根本的なところでは変わりない。……まあ、キリスト教のことをわざわざ勉強しようとは思わないだろうから、意外だと思うのも当然だよ」
リーフィエは、へなへなと座り込む。
「そんな……ノモスは……キリスト教と一緒だったっていうのか?」
「そうなるね。皮肉なものだ。キリスト教を迫害する宗教が、実はそのキリスト教と大差がなかっただなんて」
リーフィエは何か喋ろうとして口を動かすが、声が出ていない。
サンティアナはリーフィエの足に手を置いた。
静かに首を振る。
そこは、サンティアナも気づいていた。元々エルアザルにキリスト教の教義だとかは習っていたから、似通った多くの部分に不自然さは覚えていたのだ。偶然だと思っていたが、こうなると、この悪魔の話を信じるほか内容に思えた。
「サンティアナ……! 悪魔に屈するっていうのか!?」
「そうじゃない。そうじゃないが……抵抗しようがない」
リーフィエは目を見開いた。それから、非難するような目になった。
それが、サンティアナの胸に突き刺さる。
バフォメットは腕を組んだ。
「私が話すべきことは、これで大体話したよ。信じる信じないは別にどうでもいい。それより、君たちの返事が大事だ」
バフォメットは、机に置かれた契約書を指差す。
「君たちに与えられた道は二つだ。一つはカロンに入り、ノモスのこれからを支える。悪魔の召喚を行えるようになれば、君たちは最強のイシキになれるはずさ。もう一つは、カロンに入ることを拒否すること。その場合、君たちは、信じてきた虚構のノモスを庇う選択をするわけだが……その場合、君たちには死んでもらう」
「なっ……!?」
「そんなの二つに一つじゃねえかこの野郎!」
今にも短剣を取り出して首を掻き切りそうなリーフィエにも、バフォメットは余裕の表情で応える。
「そう怒るな。元々、計画進めるのに不安な要素は切り捨てるはずだったんだ。それを考え直して、私は君たちに生きるチャンスをあげているんだよ?」
「計画?」
「おっと、君たちにはまだ話せないことだ。カロンのメンバーになれば、教えてあげてもいいが」
泣き止みかけていたロトとアシュタが、またえんえん言い始めた。
もしかしたら、二人は私がこの選択を迫られることを知っていて、あそこまで泣いていたのかもしれない。
サンティアナが、カロンのメンバーになるはずがないと確信して。
だったら、自慢の二人だ。サンティアナのことをよく知っている。
サンティアナは、答えを出した。




