第六十五話 サンティアナとリーフィエ
鉄格子に囲まれた、牢屋の中。
サンティアナは地べたに座り、落ち着き払った様子で目を閉じていたが、内には激しい怒りの炎が燃え上がっていた。
……なんたる屈辱。
まさかパノルにしてやられるとは。
セントピエルの話に気を取られすぎた……。
サンティアナはパノルに打たれたうなじをさする。
普段通りならば、あの程度の動きは見切れるはずだった。パノルは特別体術に優れているわけではない。自分がしっかり平常心を保っていれば、回避は可能だったのだ。
後悔が募る。
……いや、たらればの話はよそう。
今はこの状況をどう打開するかだ。
サンティアナは辺りを見回す。
まず、なぜ自分は牢屋に閉じ込められている? ここは間違いなく、アバンドレ支部の地下牢だ。ここに捕まえるべきはキリスト教徒である。自分たちイシキではない。
不服に苛立ちが重なる。
そしてなぜパノルは自分たちを裏切った?
自分を気絶させたタイミングから考えれば、パノルはセントピエルの話を聞かれたくなかったようだが……。
サンティアナは立ち上がり、自分の腰回りを見た。
やはり、剣は没収されている。
当然か。あの剣があれば精霊の力で瞬間移動できてしまう。
そうだ、召喚陣を描けば、精霊を呼び出せる。
そう思って内ポケットをまさぐってみたが、ご丁寧に看守は筆記具まで没収したようで、脱出の希望は絶たれてしまった。
サンティアナは寝台に腰掛ける。
ちらりとリーフィエを見た。
床に丸くなったリーフィエが、すやすや寝息を立てている。
大抵の状況には動揺しないリーフィエだ。後で起きてこの状況を見ても、『居心地悪いところだなオイ』とか言うだけで特に焦ったりはしないのだろう。
「なぁ、サンティアナぁ」
びくっとして姿勢を正す。
ずっと起きていたのか?
しかしまた寝息が聞こえてくる。
なるほど、また寝たふりでからかおうっていうんだな。
確かめようと、サンティアナはそろりと顔を覗き込んだ。
どきりとした。
リーフィエは寝ていた。どうやらさっきのは寝言だったらしい。
しかしその寝顔は、いつもと一緒のリーフィエとは、どこかが違っていた。
今のリーフィエには、いつもは感じない、艶めかしさがある。いつもは意識していなかった長いまつ毛であるとか、少し開いた柔らかそうな唇だとか、触るとすべすべしていそうな肌だとか、とても……。
サンティアナはごくりと唾を飲み、一人で赤面して目をそらした。
逃げるようにベッドに飛び込んで、リーフィエに背を向ける。丸まって、必死に暴れる鼓動を押さえつける。
思えば、リーフィエと出会ってから三年が過ぎていた。十四でイシキになった年、二歳年上のリーフィエが話しかけてくれた。サンティアナは万能、リーフィエは短剣の天才。年は少し離れていたが、周りに持て囃された者同士、何かと馬が合った。
任務では二人一緒に行動し、仕事の予定も二人でスケジュールをやりくりして、時間を合わせたりした。上に掛け合って、二人一緒に仕事ができるようにしたり、休みの日には二人で演劇を見に行ったりもした。笑うときも、泣くときも、怒られるときも、二人はいつも一緒だった。
いつの間にか、二人は互いを親友と認めるようになった。二人は互いを友達として愛していた。それは今も変わらない。
だが、サンティアナにはもう一つ、別の感情が芽を出していた。
サンティアナは深呼吸を繰り返し、胸の鼓動を抑えこむ。
認めたくはなかった。自分が親友に恋愛感情を抱いているなど。それも、女の子に。
同性愛など言語道断だとは分かっている。ノモスの法では同性愛者は磔にされ、最悪の場合は火刑に処される。子どもの死亡率が高いこの国は、少しでも多くの子どもを確保したいらしい。
思いを打ち明けようと、何度もそう思った。だが法律や、なによりリーフィエの反応が怖く、いつも告白には至れない。
二人になれる時間は、たくさんあるのに……。
無意識にリーフィエの方へ寝返った。
するとリーフィエも、同じようにこちらへ寝返るところだった。
(息はピッタリなのにな)
サンティアナは寂しげに笑った。




