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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第三章 首都イプリファリア
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閑話 サンティアナの一日①

 サンティアナ・オ・アギオス・ヴァージヌイ・ペルフェクシオン・フィリア・イシキ。


 私の名だ。


 これほど長い名前だと、煩わしくないかとよく言われるが、この長い名はイシキにとっては名誉の証であり、ノモス様から与えられた栄光の証明てある。だから煩わしいとは思わない。むしろ大切にすべきだと思っている。


 ……ところで、さっきからなんだか騒がしいな。メイドか?


 バタバタと足音が向かってきて、バタンと扉を開けた。


「サンティアナ様、リーフィエ様がお見えですよ!」

「分かった。分かったが新入り、ノックぐらいできないか?」


 今私は着替えの真っ最中だ。モコモコのパジャマを脱ぎ、下着姿で大窓から朝の光を浴びているところである。

 新入りメイドはえへへ、と頭を掻く。


「以後気をつけます……」


 私は苦笑した。


 彼女らはこの館のオーナーである、リーフィエの父親に雇われているメイドだ。


 リーフィエというのは私の部下で、イシキになったときからの親友でもある。仕事の時、特に遠征の際は、必ず彼女と一緒だ。私が毎回そう要望を出しているし、リーフィエもそれを承諾している。

 あ、それは一緒にいると落ち着くからであって、べ、別に好きだとか……そういうわけじゃないからな。


 ……ゴホン、そして彼女の父は言わずと知れた大商人で、世界きっての大金持ちである。これほど豪華な館を個人で建てられるのは、北国の人間を除けばリーフィエの父親くらいだろう。彼の財力には、いつも助けられてばかりだ。私が宿代を払わなくていいのも、彼の好意あってこそだ。また今度、感謝の印に酒でも持っていこうと思っている。


 私は、目の前のメイドが心配そうにこちらを見ているのに気づく。

 どうやら私は長いこと黙りこくっていたらしい。


「あ、すまん。ともかく、先輩メイドに見つからないようにだけするんだな。さもないと、たっぷり絞られるぞ」

「ええっ!? 私、絞られちゃうんですか!?」


 メイドは体を震わせた。たぶん、雑巾絞りでも想像したのだろう。


「……何か伝わっていないような気もするが。もう下がっていいぞ」


 私は侍女を下げさせると、イシキに与えられる誇りの白ローブを纏い、部屋を出た。



 *



 リーフィエが居るというノモス聖職者用の食堂に赴くと、むさ苦しいハイマシフォスたちに紛れてリーフィエがこちらに手を振っていた。相変わらず眠そうな目をしている。が、別に寝不足なわけではない。こいつは早寝早起きの超朝型人間だ。それでも目が細いのは、本人曰く、わざとそうしているのだとか。自分をおっとりした風に見せたいらしい。


 だが、中身はおっとりとはかけ離れていて……。


「ああ、くそ。また仕事が増えやがった」


 念話――精霊の能力による遠距離会話のこと――を切ったところらしく、リーフィエが毒づいた。


「口が悪いぞ」

「おっと……仕事が増えちゃった、だな」


 私は顔をしかめる。


「それはそれで気持ち悪いな。猫かぶってるみたいだ」

「じゃあどうしろってんだよ」

「普通でいい」


 じゃあそのままで良いじゃねえかと愚痴を言って、リーフィエは水を一気に飲み干した。

 私は苦笑して、ちらっと配膳カウンターの方を見る。

 ……結構混んでるな。今から並んで仕事に間に合うか……?


「あ、朝ごはんとっといたぞ」


 そこでリーフィエがトレーを差し出してきた。


「……あ、ありがとう」


 私は素直に受け取る。

 ……こういうさりげない優しさが、リーフィエのいいところだ。


 私は料理に目を向ける。皿に乗っていたのは……


「おお、焼き魚か!」


 私は目を輝かせた。焼き魚は私の大好物だ。

 私は早速ナイフを入れ、魚を小分けにし始める。


「いつも思うけど、お前渋い味覚してるよなあ」


 リーフィエが先に食べ終わっていたらしい皿を重ねながら聞く。


「渋い? この素朴な味が良いんじゃないか」

「味って言ったってただの塩だろ? 海水食ってるようなもんじゃないか」

「前も言ったが、その塩が素材の味を引き立てるんだ。全く、リーフィエは分かってない」

「でも、結局は唯のもさもさした塊に塩かけただけだろ? しょっぱいもさもさになっただけだ」


 リーフィエはあくまでも焼き魚反対派につくらしい。私は反論しながら、魚を食べ進めていく。

 食べ終わると、私はコップの水を飲み干し、パンを一、二個口に放った。

 私の急ぎの様子を不思議に思ったのか、リーフィエが時計を見やった。


「あ、出勤か。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい? お前も出勤だろうが」


 仕方なくツッコんでやる。私はリーフィエが動くのを待つ。

 しかしリーフィエは手をひらひらと振った。


「先行ってくれ、私はもうちょっと何か食ってから行くし」

「え?」


 私は口をあんぐりと開けてしまった。

 高揚していた気分が一気に萎える。


「で、でも、ほら、その、そうだ、遅刻したらまずい。リーフィエがもしかしたら腹痛になったりするかもしれないし、そしたら上司の私に怒られることに――」

「一緒に行こうって素直に言えば良いじゃん?」

「……!」


 み、見透かされた。


 あ、だめだ、これは顔が赤くなってる。


「べ、別に私はお前と行かなくたって……」

「寂しいんじゃないの~?」


 リーフィエのいたずらっぽい笑み。

 顔がさらに赤くなる。耳まで熱い。


「そ、そんなわけないだろ。というか寂しかったことなんて一度もない」

「ふふふ、そんなこと言って。じゃあ仕事中でも隙あらば私の部屋に来るのはなんでかなぁ?」


 うぐっ。


「そ、それは、リーフィエが仕事をサボってるんじゃないかって心配なだけであって……」

「私が仕事を投げ出したことあった? むしろ忙しいお前を手伝ってやってるくらいなのに」


 ぬぬ……。


 上二位(聖職者の階級で、上から三番目にあたる)にもなると、身が一つでは足らないほど仕事が重なり、一睡もできなくなることがある。そういう時には、たまに仕事を代わってもらうのだ。


 リーフィエが、伏せた私の顔を覗き込んでくる。


「あれあれ? どういう理由なのかな? 詳しく教えてほしいなあ~」


 みるみる顔が熱くなってきた。

 このままではいけない……このままでは、泣いてしまう!


「それじゃあもういい、私は仕事に行ってくるからな!」

「おい、置いてくなよ! ちょっとからかっただけだって!」


 私は半べそで食堂から抜け出した。

 とりあえず泣き顔は隠さなければ……まったく、人前で恥ずかしい限りである……。

 お読みいただきありがとうございます。今話から第三章になります。4話から6話分は閑話と称してサンティアナの過去(リデルとナキが世界にやってくる一か月ほど前)編をお届けし、その後本編を展開していくという形になる予定です。今後とも、天秤世界のオオカミ幼女をよろしくお願いします。

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