第六十三話 幼女、首都へ発つ
「……私は仕方ないと思った。そりゃあ、ショックはショックだったけどさ。私は私の使命を全うするだけだってそう思ってたから、神に見捨てられたって知っても、比較的落ち着いてられた。だけど……姉さんは違った」
ファルヘもといリブラは、どこか悔やむように目を伏せる。
「ちがったって?」
「姉さんは神に恨みを持ったんだ。絶対復讐してやるって、何を言ってもそればっかりになっちまった。自分に宿ってる神の力が嫌だからって、自殺を図ったり――」
リデルはヒッと顔をひきつらせた。
「まあ私たちは自殺できないような仕組みになってたから、何事もなかったんだがな。しばらく胸に穴が空いてたくらいで」
「それはそれでグロテスクだ……」
「ともかく、姉さんはそれから普通じゃなくなっちまった。それだけ神を信じてたんだろうな。その信じる心が、一気に復讐へ傾いたもんだから…………怖かったよ」
そう言うリブラの目は、まるで死地を思い返すかのように沈んでいる。
「そんなに……怖かったのか?」
「ああ。もし私が姉さんを誰かに紹介する時が来たら、”姉さんを怒らせたら手が付けられない”っていうのはまず絶対に伝えるな」
「ひぇえ……」
「姉さんは神への復讐心のままに行動した。そして、今もそれは変わってない」
リデルは目を見開く。
「だとすると、姐さんはまだかみにふくしゅうしようとしてるのか? じゃあファルヘ……じゃなかったリブラは、姐さんのふくしゅうを止めようとしてたのか?」
リブラは頷いた。
「姉さんが何をしでかすつもりなのかは分かってる。言った通り、天国、すなわち原初の空間と、こっちとを繋ぐ気なんだ。神の恐れた混沌の流出……それを姉さんはやろうとしてる」
リデルは首を傾げた。
「ん? こんとんが満ちてるのは『もとのせかい』じゃなかったのか?」
「その元の世界こそが、人間の言う天国なんだよ」
「……え?」
「ショックを受けるだろうと思って言わなかったんだがな。実は天国なんて無いんだ。天国とは元の世界で、元の世界こそが原初の空間なんだよ」
「えっと、ちょっと待ってくれ。つまり、ねがいが叶うとかいう楽園は、まっくらで怖い場所だったってことか?」
リブラは頷いた。
「残念だが」
リデルはちょっとだけ悲しそうな顔になる。
リブラはそれを見て頭を掻いた。
リデルは気を取り直してリブラを見据える。
「とにかく、それなら姐さんを止めないと。でもどうやって?」
「その計画は立ててあったんだが……あのエクソシストがいないと上手くいかないかもしれない」
「じゃあごうりゅうしよう」
「ダメだ、私はお前を誘拐したんだぞ? しかもオルワイデが一緒だ。奴らに見つかったら、連れ戻されちまう」
「その、もといた世界にか?」
「私は脱出してきたんだ。姉さんをあそこに縛り付けて、時間を稼ぐつもりだった。でも、その縛りももうとっくに破られてると思う。元の世界との繋がりを作られるのも時間の問題なんだ……。なあ、リデル。私はどうしたらいい? 急がないとヤバいのに……」
リデルがリブラの手をぎゅっと握った。
リブラはびくっと手を跳ねさせる。
「じゃあ、俺がなんとかゆってイムネに帰ってもらう。イムネがいなけりゃ、うまくいくんだろ?」
リブラは顔を真っ赤にしてうつむく。
「あ、ああ……でも、誘拐犯に力を貸してくれるとは……」
「はなせば分かってくれるって。ちゃんと分別はつくやつらだからさ」
リデルは微笑む。
リブラも釣られるように苦笑いした。
「まったく、頼もしいなあ。変わってない」
「昔のおれと比べてか?」
「ああ。そういえば、まだまだ話さないといけねえことがたくさんあるよな。歩きながら話そう。リデルと私のことも、姉さんのことも、包み隠さず全部話す」
リデルは頷く。
目線を合わせていたリブラが立ち上がると、二人は並んで歩き始めた。
「どこへ?」
リブラを見上げ、リデルが聞く。
「この国の首都、イプリファリアだ。正聖殿がある。姉さんは、そこで事を起こすはずだ」
「いぷりふぁりあ……わかった。でも、ナキたちとはどうやって合流するんだ?」
「たぶん、オルワイデが説明するだろ。私たちが行くところって言ったら正聖殿ぐらいだろうからな」
空は曇り空を呈し、冷たい風が吹き下ろす。
リデルはぶるっと震えた。
急に、寒気がしたのである。
それがこの冬風のせいなのか、はたまた何かの予兆なのか……。
リデルは深く考えなかったが、もやもやとした不安はひっそりと、確実に、胸の中に残された。




