第六十一話 幼女、協力を宣言する
「なんだよ、さっきから忘れてるとかあそこだとか意味わからないことばっかりゆいやがって。なんだ? そんなに説明したくないことなのか?」
リデルの怒気を前に、ファルヘは急にしおらしくなる。
「あ……ち、ちがうんだ、そうじゃなくて……」
「だったら説明しろよ! 俺にも分かるように! 俺が分からなかったら意味無いんだろ!?」
「そ、それは……」
「ほら、はやく説明しろよ! できないんなら失せろ! もうこっちは一杯一杯なんだよ!」
ファルヘは俯いてしまう。体が小刻みに震え始めている。
言いすぎたことに気付いた。しかし、こうまで言ってしまっては、謝るのも……。
リデルは重い息を吐いた。
「おれはもういくからな」
ベンチから飛び降りる。ギャキッとベンチが軋んで、手すり部分が破損した。
リデルは公園の出口へ進む。
「待ってくれ!」
涙交じりの声で、ファルヘが呼び止めた。
「私は、リデルに姉さんのことを思い出してほしくなかったんだ! それだけなんだ!」
リデルは立ち止まる。
なぜファルへの姉の話が?
「わがままだって分かってんだ。人の恋を邪魔するなんて、多分やっちゃいけないことなんだ……でも、話せないのは私だって苦しい」
ファルヘは涙を飲み込む。
「真実を話さないのは、リデルが私のことも思い出せないってことだから……。でも、話したら……リデルはきっと、また姉さんのところへ行っちまう」
リデルは振り返った。
「それどういうこと……むぎゅ」
何かやわらかいものが、リデルの顔を塞いだ。
何が起きたのかわからず、一瞬頭が真っ白になる。
リデルは、抱きしめられていた。
やわらかいのは、ファルへの豊かな胸だった。
(く、くるじい……)
リデルは柔らかいものをかき分ける。なんとか呼吸を確保すると、ファルへを見上げた。
泣き顔。
ファルヘは涙を流し、すすり泣いていた。
罪悪感がどっとこみ上げた。きっと、自分にあそこまで言われたのがショックだったのだ。
とりあえず「泣くな泣くな」とファルヘを宥める。そんなことを言えた立場ではなかったが、どうにかせねばという気持ちに勝手に体が動いた。
しばらくして、ようやくファルヘはリデルを解放した。ファルヘはすっかりしおらしくなり、茶けた芝にぺたりと座り込んでいる。
自分のセリフがショックだったのか、"振られた"ことがショックだったのか、リデルには測りかねた。
しかし、ファルヘから事を聞き出さないことには何も始まらない。
一体今何が起こっているのか。"どこか"とはどこなのか。姉とはいったい何者なのか。そして、"ファルヘ"は一体だれなのか。
ここで聞いておかなければ、今後二度と分からないままになる気がした。
「……ファルヘ。たのむからさ、落ちついて、じゅんばんに説明してくれよ」
ファルヘはつぅと涙を流し、首を横に振って拒絶する。
「たのむ……おれにかかわることなんだろ? たしかにファルへのゆう通り、おれには忘れてることがある。昔のはなしだ。たまにゆめでみる森、あのおれが暮らしていた森で、おれになにかがあった……それが何なのかがわからない」
「……」
「おもいだすのは、すこし……いや、かなり怖い。わすれてるのは思いだしちゃいけないからだって、いままで自分に言い聞かせてきたほどに怖い……。でも、知ることができるなら、こうかいしないよう、知っておきたいんだ」
「……その過去を知ることが、後悔になるかもしれないぞ?」
「……知らないままになるより、ましだ」
リデルの芯の通った声が響いた。
沈黙があって、ファルヘは涙をぬぐい始める。
「……分かった。私の負けだ。そこまで言うなら、教えてやる」
「ほんとうか!?」
ファルヘは自分に喝を入れるように、両手で頬を叩いた。
「ああ。その代わりと言っては何だが……私に協力してくれないか? 多分、私の話を聞けば協力せざるを得なくなるだろうが……」
ファルヘは「どうだ?」といつもの彼女の顔で持ちかけてきた。
――協力。
リデルの脳裏に、イムネと約束したあの瞬間がよぎった。
あのとき、軽い気持ちで結んだ約束によって、突然家族はバラバラになり、こうして人の姿で生活をすることになったのだ。
全てが一変した。
今まで近づきもしなかったヒトに触れ、妙な”常識”を知り、自然の姿に心を打たれ、そして新たな仲間に出会った。
その一方で、そこには恐怖があり、やるせなさがあり、死があった……。
「協力……」
「ああ。……どうだ? もし嫌なら嫌で、別に私は構わない。計画は私一人で実行するから。……いや、むしろそのほうがいいな。リデルが昔のことを知らなきゃ、私にもまだチャンスがあるかも……しれないしさ?」
ファルヘは綺麗にウインクする。
リデルは目を輝かせた。ファルヘはまだ、自分を諦めていないのだ。
ほっとした。
確かに諦めてくれないほうがいい。この人を、もっと知ってから返事をしたい。
リデルは唸り、考えに考え、考えたのち、答えを出した。
「わかった……協力するよ」




