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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第六十話 幼女、告白される

 リデルは久々に、瞬間移動の吐き気を感じていた。この世界に来た時以来の、体がもみくちゃにされて臓器全部がひっくり返ったような感覚がする。めまいも少し。きもちわるい。ファルヘに担がれているので、肩が腹にくいこんで余計に吐き気が増す。


(ここはどこなんだ?)


 鳥の声が聞こえるから、森だとかその辺りだろうか? 人気のないところであるのは間違いなさそうだが。

 試しにファルヘに聞いてみる。


「なあ、ここどこだよ」

「……私に聞くな」


 ファルヘの心細そうな声。


「もしかして、ファルヘも知らないのか?」

「……」


 ファルヘは何も答えない。どうやら逃げることで精一杯だったようだ。

 リデルはため息をついた。


 やがて視界のぐるぐるが治まってきた。


 どうやらここはどこかの公園らしかった。鳥の声は、敷地沿いに並んで植えられた常緑樹から聞こえてくるようだ。


 公園内にはナキがよく言っていた、滑り台とかシーソーとかいった遊具があった。見ているとなぜだか遊びたい衝動に駆られる。確かに、公園の遊具には不思議な魅力があるようだ。子どもがこぞって遊ぶらしいというのにも頷ける。ただ残念なことに遊具は手入れがなされていないようで、施されていたのであろう塗装は剥がれ落ち、代わりに表面を赤茶色の錆が覆っている。触るとアレビヤの(おさがり)が汚れそうなので、遊ぶのは保留にした。


 ファルヘはリデルを優しく下ろすと、近くのベンチに腰掛け、子守を終えた親のように息をついた。そのベンチもやはり錆び付いていたが、ファルヘは気にしていないようだった。


「ほら、座れよ」


 リデルはベンチの錆にちょっと顔をしかめたが、仕方なくよじ登った。案の定、スカートに錆が付いてしまい、嫌な顔をする。


 それをファルヘは怒りと受け取ったらしい。


「……誘拐したのはすまん」


 萎んでいくような声。本当に心から反省しているようだ。


 リデルは錆を払いながら答える。


「まあ、なんか理由があるんだろ?」

「……分かるか?」

「理由じたいは分からないけどな。初対面のときにおれを見る目は、なんか変だったから。何かあるんだろうとは思ってた」


 "ヘルファ"として近づいてきたファルヘは、リデルのことを狙うような目をしていた。

 寒気はしないまでも、あれは少し怖かった。


「……気付かれてたか」


 ファルヘはため息交じりだ。


「まあな。ただ、殺気とはまたちがうとおもってたから。こうして大人しくつかまってやったんだ。かんしゃしろよ?」

「……ああ、感謝する」


 しかしその声は挫折に沈んでいた。

 ファルヘは項垂れ、頭を抱える。


 寒さに色を失った芝が、風になびく。


「なあ、リデル」

「ん?」

「お前、今恋人はいるのか?」


 リデルは目を見開いた。


「なんだよいきなり」

「い……いいから答えろ!」


 顔を赤くして、ファルヘは答えを待っている。まるで、普通の女の子みたいに。


 リデルは困り顔で答える。


「べつに……いないが。というか今までいたこともない」


 ファルヘの肩がぴくりと動いた。


「そうか……じゃあさ、リデル」


 ファルヘは下を向いたまま言った。


「お前、私のモノにならないか?」

「……は?」


 すっとんきょうな声が出た。

 驚きに二の矢が継げない。

 口をあうあうさせていると、ファルヘは自嘲するようにふふっと笑った。


「そうだよな、無理だよな。分かってるさ」


 そこでようやく声が出る。


「あ、待て、そうじゃない、ちょっとあたまが追いつかなくて……」

「いいさ、気遣うな」


 しかし台詞とは裏腹に、声の調子は沈んでいた。


「私はさ、ずっとお前を狙ってたんだ。こうして二人きりになれるチャンスを探ってた」

「……告白するために?」

「まあ、そういえばそうだな」


 間が空いて、沈黙に囀りが響く。


 かと思うと、鳥はピタリと鳴き止んだ。


「なあ、リデル。私を見たとき、私だってわかんなかったのか?」

「……どういう意味だ?」

「つまり……私と会った気はしなかったか?」

「うーん。一度会ったことがあるような気はしたけどな」

「ふぅん、ならまだ希望はあるか……でも忘れてることには違いねえな。あそこへ出入りしたんだから当然だが」

「あそこ? あそこってどこだよ?」


 明らかにファルヘは答えを避けた。


「……ともかく、確認だが、私は振られたってことでいいんだよな?」

「それは……」


 リデルは言い淀む。

 正直この姿になってから告白されるとも思わなかった。しかもそれが誘拐犯で、わけのわからない力を使う正体不明の奴だとすると……。それに、彼女がリデルに告白する理由が全く分からない。

 答えられないでいると、ファルヘが頭を上げた。その顔はどこかやつれたように見える。


「はあ、柄でもないよな、恋愛なんて」

「そ、そんなことない」

「……私には、やっぱり恋愛なんて分からないんだ」

「それはおれもだよ」

「嘘だ」


 ファルヘは急に語気を強めた。


「それは嘘だ。忘れてるだけだ」


 断定されて、リデルもなんだか腹が立ってきた。

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