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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第五十六話 幼女と金髪の女性、再会する

 突如上がった赤の柱。リデルたちは腰を抜かしそうになった。


「アレビヤ、おまえすごいな!」


 リデルが目を輝かせる。しかしアレビヤは呆然とした様子で首を振った。


「いえ……私は何もしてないわ」 


「え? じゃあこれは?」


 赤の向こうに、影が見えた。

 イシキの白ローブ。金色の髪。とてつもなく長い剣を片手で持ち、確かな言の葉を紡ぐ。


「闇の総裁ヴァラク! ノモス様の命により、お前の召喚、および契約を破棄する! 規則のもとに、無へ帰れ!」


 女の声がかかる中、ヴァラクは水から逃れようとするかのように手足を動かしていたが、激しい光の流れはそれを阻害した。やがてヴァラクの体は赤の流れに引き裂かれた。粉々になり、灰のようになったヴァラクはやがて冷たい風に消散した。


 女はそれを見届けると、剣を納め、三人の脇を通り過ぎ、二人のイシキの前で止まった。

 腰に手を当て、二人を見下ろす。


「センプロドシア、リーフィエ……なにをしている!? この程度の悪魔、ノモス様をお守りする親衛隊が倒せずして、一体誰が倒すのだ!」


 女の剣幕に二人は黙りこくる。


「特にパノル……お前には正面を任せておいたはずだ」

「はい……その通りですわ」

「失望した。それなりの処罰を覚悟しておけ」

「……承知しました」


 パノルは目を閉じて答えた。

 もう一人の女も、静かに説教を聞いている。

 どうやら、この女は三人の中で一番上の立場にあるらしい。


(つまりリーダーか……おれといっしょだな)


 ちょっと興味がわく。もし彼女が敵じゃなかったら、話を聞いてみたかったなあ。


 説教が終わり、女は鼻をならすと、くるりと踵を返してこちらを向いた。


 電流が走ったかのように目が合う。


 コハクのような瞳。


 リデルは体が動かせなくなった。


 まるで必然だったかのような合い方……と言ったらおかしいかもしれないが、リデルは何か運命のようなものを感じた。


 この人は、これから自分に深く関係するのではないか。そんな予感がよぎる。


 対して向こうは何かに驚いたようで、こっちを指さして口をパクパクさせていた。


「お、お前たちは……ま、まさか!? あの時の怪しい二人組……!?」


 リデルは首をかしげる。


「なんのはなしだ?」

「と、とぼけるな! 山に入ろうとしていたお前らを私が呼び止めたの、覚えているだろう!」


 リデルが首をかしげる。


「うーん……ナキ、そんなことあったか?」

「どうでしたっけ……」


 ナキは腕を組む。

 少しナキは考えて、そういえばと手を打った。


「先輩、初めてこの世界にやってきたとき、山中に寝泊まりしようと思って山へ向かったとき、あったじゃないですか?」

「おう」

「あの時、どこかへ行く途中だっていう女の子に話しかけられたの、覚えてませんか?」

「…………あ」


 二人は女を注視した。


 女は顔を赤くする。


「そ、そんなに見つめないでもらえるか?」


 幼女かわいい、と女がつぶやく。

 かなりの小声だったが、リデルの敏感なセンサーはそれさえも検知した。


「おい、今かわいいってゆったか!?」

「ふぇっ!?」


 女は柄にもない声を発し、赤面して口元を隠した。


「い、言うはずがないだろう! なぜそんなことを私が!」


 リデルが白い目を向けると、女はたじろいだ。


「……にしても、”ふたつとなりの町”ってよく考えたらここだよな。すごいぐうぜんだ」


 あの時、たしか女は「二つ隣の町に用事がある」と言っていた。


「た……確かにな。そしてお前らにとっては不運だったとも言える」

「?」

「お前たち、例の三人組だろう? 私の留守を突いて、支部をめちゃくちゃにしてくれたらしいじゃないか」


 三人がピクリと反応する。

 もうばれていたのか。いや、あれから一か月も経つのだし、情報が伝わってる方が当然なのだろう。


「セントピエルについては、私も不信感を抱いていたから免職になってくれて助かったんだが。何か隠し事をしてるようだったしな」

「めんしょく?」

「公の身分で働いている人が、その身分を奪われることですよ」


 ナキがそっと耳打ちした。


 へえ、と思いながら、リデルはちょっと笑った。仲間を捨てて逃げた腰抜けリーダーには妥当な処分だろう。悔しがるセントピエルの姿が目に浮かぶ。


「だが、私も責任を問われたのは事実だ。上層部は私を支部長に続投する条件として、お前たちを捕まえるよう言ってきた」

「……で、俺たちをつかまえると?」

「そうだ」


 女は剣に手をかけようとする。


「そのまえに、あなたの名前を聞かせてくれるかしら?」


 そこでアレビヤが割って入り尋ねた。

 女は怪訝そうな顔になる。


「……サンティアナ・オ・アギオス・ヴァージヌイ・ペルフェクシオン・フィリア・イシキだが」


 セントピエルやパノルのようなドヤ顔はなく、女はただ淡々と名前を述べた。

 アレビヤはため息をつく。


「サンティアナ……やっぱり、あなたが例の女イシキね」

「ええっ!?」


 二人が声をそろえた。


「あの、まえにゆってた最強イシキか?」

「そんな……僕たちの旅はこれで終わるんですね……」

「いや、あきらめるのはやすぎだろ」


 アレビヤはサンティアナと向き合う。

 サンティアナの目線が素早く下から上に動いた。


「その妙なベルトに、紫の髪……お前が例の司祭か?」

「正式に任じられてはいないわ。だから修道女よ」

「どちらでもいいが。ではなぜ髪を覆っていない?」

「……よくキリスト教をご存じで」


 ナキに後で聞くと、神に仕える女性は式典の際、なぜか髪を隠さないといけないらしい。面倒くさいルールだと思う。


「…………まあ、常識だ」

「そう。ところでエルアザルはどこへ?」

「……あの男は正聖殿へ連行した」


 アレビヤの目が見開かれる。


「なんですって……?」

「精霊の力で、さっき移送を完了させた」

「精霊……ね。その精霊について、前々から聞いてみたいと思ってたんだけど……」

「……なんだ?」

「その精霊って、本当にノモスに従ってるの?」

「……どういう意味だ?」

「つまり、それは本当に”精霊”なのか、ということよ」

「……何を言っている? 理解しかねるな」

「例えば、あなたたちの精霊は私たちの魔除けに近付けないわ。それに聖水にも反応を示す」

「つまり、精霊が悪しきものではないのかと?」

「察しが良くて助かるわ。それも、悪霊の類じゃないかと疑ってる」


 サンティアナの目が揺れた。

 動揺しているのか……?


「やっぱり、あなたもそう思ってるのね?」

「……ふっ、異教徒はすぐ人を惑わせようとする。ノモスは悪魔の敵で、悪霊の敵でもある。悪を滅ぼし、法・規則・道徳のもとで人類を繁栄させる、それがノモスだ」

「……どうかしらね。セントピエルは、真逆のことを言っていたけれど?」

「奴が!? なんと言っていた? 何を聞いた?」


 サンティアナは意外にも食いついた。


「それは……」


 アレビヤはおそらく、イシキが悪魔を操っているのだと、そう告げるのだと思った。

 しかしアレビヤが続ける前に、突然サンティアナが手刀に打たれた。目の光が消え、地面へ倒れこむ。

 彼女の立っていた背後には、パノルが立っていた。


「セントピエルが何か話したんですの? いけませんわね、後で始末しておきますわ」


 パノルと一緒にいた赤髪の女が、立ち上がりつつ懐から短剣を抜いた。


「パノル……! 貴様、殺すとは……!」

「ちょっと早まりすぎですわよ。さすがに手刀で殺しはできませんわ。くくっ、動転してるのがまるわかりですわね」


 女性は激昂のままに、姿勢を低くしつつパノルの懐へ入り込もうとする。


「もっと冷静にならないと。あなたはすぐ感情的になる癖がありましてよ」


 パノルが手をかざすと、見えない力によって女性は大きく後方へ吹っ飛び、黒く燃え尽きた木へ衝突した。

 女性はそのまま伸びてしまう。


 パノルがこちらを見やる。


「あまり余計なことをしゃべってもらうと困りますわ」


 リデルたちは身構える。


「今日のところは二人を連れ帰らなければならないので見逃しますけれど……次は始末しますわ」


 パノルは妖しげな笑みを浮かべる。しかしどこか疲れも見受けられた。

 パノルが指を鳴らすと、姿が立ちどころに消える。サンティアナも、もう一人の女イシキも同時に消えてしまった。

 リデルたちは息を吐く。辺りに危険はもう無いようだった。ひとまず危機は去ったと思われる。

 リデルはふと額の汗に気づいた。手の甲で拭うと、真冬の結露を拭き取ったかのように手から汗が垂れ落ちる。

 同じく汗を拭いていたアレビヤが、ぼそりと呟いた。


「……詰めが甘いわね」


 ナキも言う。


「ですね。内心かなり慌てていたようです」


 リデルは二人を見比べるようにきょろきょろした。


「なんのことだ?」

「だって、普通は先に私たちを殺すでしょう? セントピエルは後で殺せるにしても、私たちはこれから行方をくらますに決まってるのに」

「ええ。秘密を話されるのが想定外だったんでしょう」

「つまり、あのサンティアナっていう女イシキは、悪魔とノモスの関わりについて全く知らないってことになるわ」


 アレビヤはほくそ笑む。


「サンティアナはたぶん、また私たちに話を聞きに来るわよ。真実を知れば、もしかしたら……味方になってくれるかも」

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