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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第五十四話 魔杖ローゼン

 ヴァラクが驚愕して立ち上がった。


「そんな! そんな馬鹿な! ペットのブレスが防がれるなんて! 今のは最大火力だったんだぞ!? それに僕の魔力まで注いだのに!! こんなこと……こんなこと、有り得てたまるか!!」


 ヴァラクは吹っ切れたように、声帯が張り裂けるのではないかと思うまでの大声を張り上げた。


「全部隊突撃ッ! 奴らを殺せッ! 喉笛を掻き切り、四肢を裂き、そして粉々にしろッ! 地獄の責め苦を味わわせるんだ!」


 骨の兵士の首が起き、等速度の前進を始めた。無数の、不死の兵士たちが、規則正しい群れでこちらへ向かってくる。


「逃げましょう!」

「そうだな、そのほうがいい」


 リデルは同意するが、あたりを見渡して唖然とした。


「おいおい、まわり全部火じゃねえか!」


 三人の逃げ場は、ブレスによる山火事で完全に閉ざされていた。


「どうするんだよ!」

「どうしましょう……戦うにしても、この数じゃ……」


 ナキは諦めムードを漂わせている。


「でも、やるしかないじゃない」


 アレビヤがそれを奮い立たせるように言った。


「多少の無茶くらい、もう慣れたでしょう?」

「でも……」

「ま、たしかにな」

「先輩!?」


 リデルが準備運動に肩を回した。


「よし、ひとつやってやるか」


 ある程度まで距離を詰めた骨の悪霊たちが、長槍の鋭い穂先を前に構えた。徐々にスピードを上げ始め、横隊で突進してくる。


「それならそれで、作戦を立てないと……って先輩!?」


 リデルは迷いなく横隊へ突っ込んでいく。


「待ってください!」

「しんぱいすんな!」


 こっちにちょっと首を向けて答える。


「ダメですよ、今日はすでに王国兵と戦ってるんですから! ほどほどにしないと……」

「わかってる!」


 リデルが兵士の群れに消える。

 程なくして、敵が次々と宙を舞い始めた。まるで旅芸人がボールをくるくる回して見せるように、骨の兵士が飛んでは落ち、飛んでは落ちを繰り返している。

 アレビヤは感服した。


「さすがリデルね……私も頑張らないと」


 アレビヤは鍵を取り出し、杖に変身させる。


「それは確か魔杖(まじょう)ローゼン……でしたよね。どうする気です?」

「今まで試したことはないのだけれど……これだけ多くの敵がいれば、試すいい機会だわ」

「……というと?」

「意外と察しが悪いのね」

「……すみません」

「あ、いえ、つい。無限拡張能力のほかにも力が備わっている、っていう話はしたわよね?」

「はい、あの時は教えてくれませんでしたが」

「それを今使うのよ」


 アレビヤは竜の上で踏ん反り返るヴァラクを一つ睨みつけると、杖を地面に突き刺し、聖句を唱え始めた。


「[救いは天上に居る神によって、また子羊によって成される]」


 雲に包まれた空が一瞬、青に光る。


「[然り……賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、勢いが限りなく我らの神にあり、また神がそれを与えてくださるよう]」


 揺らめくものが空に映る。


「あれは……?」


 ナキは訝しげに行方を見守る。

 詠唱が、空気を震わし空間を伝播していく。それほど大きい声ではないのに、厳かな言葉の紡ぎは確かな響きをもって戦場に広がっていく。

 リデルに群がっていた悪霊たちの内、数匹が異変に気付きアレビヤの方へ向かってきた。


「[七の天使、七の火炎、七の角笛、七の創造の前にサタンは無力である]」


 また空に青が揺らめいた。それは竜の如く雲の向こうを駆けている。


「あれは……炎?」


 ナキは信じられないと身を震わせる。


「いえ、雷を纏った炎……なのでしょうか?」


 アレビヤが詠唱する中、悪霊たちがアレビヤの付近へ立ち入ると、杖が憤怒するように発光した。すると悪霊により動かされていた兵士はただの骨に戻り、地に崩れ落ちる。

 どうやら今、アレビヤの周りには見えぬ障壁が張り巡らされているようだった。悪霊と思わしき黒いオーラが骨から抜け出し、逃げるようにヴァラクの下へと飛んでいく。


「さあ、仕上げよ」


 ナキが意識を再び天へ向けると、そこには紛れも無い、青の炎の流れがあった。バチバチと、うねりの度に雷を起こしている。


 あれに襲いかかられたら……恐らくひとたまりもない。ナキは息を飲む。


 アレビヤは声を張り上げた。


「[聖なる、聖なる、聖なる万軍の主、羊飼いであるあなたよ、今我らを導き、彼らに裁きを与え給え!]」


 瞬間、辺りは閃光に包まれる。眩さに目を開けていられない。何か激しい、世界がひっくり返るのではないかという轟音がして――静かになった。


 目を開けると、そこに骨の姿はなかった。黒いオーラも完全に消滅したようで、どこにも見当たらない。リデルが困惑に辺りをキョロキョロしている。唯一残ったのは、防御の成功したらしいヴァラクとそのペットのみだったが、双頭だったはずの龍は片一方の首が捥げ、頭が一つになってしまっている。威力はかなりのものだった。


「……やったわ……」


 アレビヤは肩を上下させながら、振り絞るような笑みを浮かべた。

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