第五十話 幼女と魔女っぽいオバサン
扉が壊れ、同時に鉄の鎧で全身を固めた数十人の王国兵達がなだれ込んできた。
そこへ顔なし人間が飛びかかると、王国兵たちは正体不明のそれに響めく。顔なし人間は宙で炸裂して、土を弾けさせた。飛び散った大量の土は兵士達の兜に降りかかり、それをすっぽりと覆ってしまう。
自爆攻撃にリデルは驚く。
「おい、なんかよく分からん化けもの大丈夫なのか!?」
小屋の中からエルアザルが代わりに答える。
「大丈夫だから早く行け小娘! そいつは俺が死なない限り不死身だ!」
その言葉通り、顔なし人間は土中からまた形成されて立ち上がった。リデルはほっと息をついた。
王国兵達は兜に泥に時間を取られながらも、すぐに態勢を立て直し追いかけてくる。手には鋭い槍。串刺しにはなりたくない。
「走るぞ!」
「指示してないで、あんたはさっさとナキに掴まりなさい!」
リデルは敵に突っ込み道を切り開くと、ナキに乗っかり小屋を出る。
そうして森に逃げ込もうとした寸前だった。どこからともなく雷鳴が轟き、空に青い筋が見えたかと思うと、天雷が空気を駆け抜け、三人めがけて襲いかかったのである。雷は近くにあった木に吸い寄せられ、木を半分に裂き火炎に包みこんだ。燃え上がった巨木がメキメキと音を立てながら倒れ、道をふさいでしまう。
「うおおお! 雷なんて久々だな!」
「呑気に言ってる場合!? 道が塞がっちゃったし、それに今のはイシキの魔法よ!」
アレビヤの見込み通り、背後から声が飛んでくる。
「あなたたちが噂の三人組でして?」
王国兵たちが両脇に避け、道を作ると、向こうに女の姿が見えた。
白いローブを身に着けている。
「女イシキ……!」
「女イシキ? わたくしにはちゃんとした名前がありましてよ」
女はスリットから生足を覗かせながら歩いてくると、腰に手を当て三人を見据えた。
「自己紹介からしてさしあげますわ。私はセンプロドシア・パノル・ジュダ・イシキ! 親衛隊第二隊副隊長ですわ!」
どうだ、という顔をする女に、三人は冷たい視線を向けた。
(この女は例の女イシキではなさそうね……セントピエルは女イシキのことを、確かサンティアナと言っていたはずだわ)
アレビヤはここで容姿の観察に努める。
顔からすると二十代半ばに見えるが、実際は化粧で誤魔化しているだけで、実年齢は三十から四十手前だと踏んだ。
茶色に染められ、高く盛り上げられた髪はボサボサで、見栄えは全く良くない。当人はファッションのつもりなのだろうが、彼女の思惑とは真逆に、その髪は暗い印象を与えてしまっている。しかも袖口の開いたローブを着ているから、何やらこの女が森の奥に住む魔女のように見えてきた。睫毛は異様に長いし、厚い唇に塗られたピンクもなんだか気持ち悪い。
「おえ」
「失礼ですよ先輩」
「いやでもこれは酷いわ」
「アレビヤまで……!」
「そう言いつつナキもそう思ってるんでしょう?」
「……ノーコメントです」
聞こえていたようで、パノルは眉を曇らせている。
彼女が身に着けるのは、やはり白ローブだ。だが、どうやら他のイシキの者とは型が違うようで、その悔しくも艶かしい体のラインが強調されるよう、必要のない生地が切り取ってある。両肩には穴が開いていて、そこから肌が露出していた。体に相当な自信がなければ着ることができない服だ。また、黄色のラインが両脇腹を通るように入っていて、それが体を這い撫でるように緩やかなカーブを描いていた。
「どうだったかしら、わたくしの雷撃は。美しいとは思わなくて?」
三人は黙り込む。見れば見るほど珍しく気味の悪いその容姿に目を奪われ、会話に集中できないのだ。
パノルは諦めたようで、何やらぼそっと地面に悪態をつき、こっちを向いた。
「じゃあわたしはどうかしら。綺麗じゃありません?」
「いや、ぜんぜん」
「むしろ逆ね」
「ちょっとおれは受け付けないな」
「私も同じく」
「もうちょっと人前だってこと意識してほしいな」
「そうよこのビッチ、変態、存在そのものが卑猥物」
「……酷い言われようですわね」
リデルとアレビヤの口撃に、パノルは眉をしかめる。
ナキが二人を嗜めた。そのナキを見て、パノルは目を輝かせる。
「まあ、良い人がいるじゃありませんか。ねえ、そこのお兄さま? ここは大人しく捕まって、わたしくしと一緒に正聖殿へ行きましょう? そうすればイイコト、させてあげますわ」
艶のある唇を、舌が這う。
ナキが唾を飲み込むのが目に入り、アレビヤとリデルは条件反射的にナキを殴った。パンチは双方向から腹部と肩に入り、ナキはうずくまって小刻みに震える。
「ナキをからかわないでもらえるかしら?」
ナキは放っておいて臨戦態勢に入るアレビヤ。
「あら、もしかして嫉妬ですの? まあその体じゃ仕方ないですわよね〜」
確かにアレビヤの胸とか腰回りとかは、この女に見劣りする。
しかしアレビヤにも武器があった。
「でもあんた、年はいくつなのよ。本当はもう、立派なおばさんなんじゃないの?」
「なっ!? わたくしはまださんじゅ……二十五ですわよ!」
おそらく鯖読みは十歳だ。
年齢なら、アレビヤは確実に勝てる。
勝ち誇った顔をみせると、おばさんは徐々に余裕の色を失っていき、最後には悔しそうに歯ぎしりを始めた。
「おいアレビヤ、さっきからなに言い争ってんだよ……」
「そうですよ、うぅ、早く逃げましょう」
ナキも腹を抑えながら、王国兵達を気にしてそう進言する。
そのとき、裏口の方から何者かの雄叫びが聞こえた。
刹那、閃光が空を照らし、爆発音が轟く。
「きゃあっ!」
一行は反射的に身を屈める。小屋の向こう、森の方から、木片やら土やらが頭上に降りかかってきた。
「始まったようですわね」
リデルが頭を庇いながら立ち上がる。
「なにが?」
「なにがって、私の上司……サンティアナの戦いですわ」




