第五話 安心の後の嫌な予感
飛び出してきたのは悪魔……ではなく、森の動物たちだった。
キツネやシカ、リスなど様々な動物が、リデルとナキを取り囲んでいる。
彼らは微動だにせずじっとそこに立ち続けていて、どうやら何かを待っているように思えた。
「悪魔ですか?」
「いや、ただのどうぶつだ」
暗くて辺りが見えていないナキに、リデルが説明する。
「そうですか……」
ナキは安堵した。
尚も停止を続ける動物たちに、これから何が起こるのかと思っていると、不意に彼らが左右へ分かれ始めた。森の奥から、出来あがった道を歩いてきたのは、ここのリーダーらしきクマであった。体毛は萎び、皮膚はたるんできており、かなりの老齢と見受けられる。
リデルはナキの上から降りると、腰に手を当てクマを見上げた。
「なんかようか?」
クマは落ち着いた声で返答する。
「驚かせたようで申し訳ありません。我々はこの山に住む者です」
「ほう」
「貴方は人間のように見えますが……中身はオオカミですね」
クマが静かに言うと、リデルは目を見張り、草食動物たちは肉食獣の名におののいた。
「なぜわかった?」
「臭いと言いますか……雰囲気です」
「それはすごい」
「いえ冗談ですが」
「じょうだんかよ」
「本当は我々の神から貴方のことを聞いていたのです。出会ったらもてなすよう、言われておりました」
数匹の狐が、ネズミをくわえて前に進みでる。話していたクマも、1匹の赤々とした鮭を取り出した。
「人間の体なら、明かりが必要でしょう。猿に火を付けさせますので、少々お待ちください」
頭上の木で物音がして、1匹の猿が降りてくると、石と石を打ち鳴らし始めた。火花が飛び始める。
「あの、何が起こってるんですか」
固まるナキがおずおずと尋ねる。
「ん、いまクマがゆったとおりだぞ」
「クマが……なるほど」
ナキは察したようにうつむいた。
「……そうですか。先輩には声が聞こえているんですね。動物たちの」
リデルが不審な顔をした。
「ナキにはきこえないのか?」
「ええ、完全に人間になってしまったようで。僕は会話ができないようです」
「そうなのか……なんだかさびしいな」
二人はオオカミ時代、他の動物ともなんとなく意思疎通ができていた。といっても大抵話すのは、逃げる獲物への脅迫だったが。
「先輩はオオカミの力をそのまま使えるから、今も会話ができるのかもしれません」
猿が木くずに火を移すと、辺りがぼんやりと明るくなった。
動物たちの姿が、さらに鮮明に見えるようになる。ナキがちょっと驚いた。
クマが厳かに言う。
「もし他に何か必要な物があれば、お申し付けください。私たちに用意できるものなら、全力でご用意いたします」
「ありがたい。かんしゃするよ」
「いえいえ、神の申しつけですから。……あ、それと。気になっていたのですが……」
「?」
「お連れの方。何か悪い物を引っ付けているようです。悪い予感がします。くれぐれも、お気を付けて」
リデルは目を見開いた。