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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第四十九話 襲撃

 老齢のエルアザルが、目から光る雫を流すのを見て、アレビヤは胸の苦しさを覚えた。


「それから、どうしたの?」


 涙を拭きながら、エルアザルは答える。


「国は出た。もう用は無かったからな。そこから場所を転々としながら、エクソシストを目指した。師を見つけるまでの数年では、エクソシズムは全くものにできなかったが」

 エルアザルはアレビヤを見つめる。アレビヤはなんだか痛いところを突かれた気がした。

「で、その……バフォメットは、どうなったの?」

「……どうなった、というと?」

「その、つまり復讐は……」


 エルアザルはひらひらと手を振った。


「そんな考えはとうの昔に捨てた。復讐なんてしても意味無いだろう?」

「そ、そうよね……」


 アレビヤの声は震えていた。というのも、エルアザルの目には明らかな殺気が篭っていたのである。


「なあなあじいさん、そうゆう話もいいんだけどさ、なんかこう、もうちょっと明るいはなしは無いのか?」


 リデルがそう聞いてくれて、アレビヤは内心ほっとする。ただ、これ以上話をさせようというのはどうなのか。

 エルアザルは記憶を探るように宙を見た。


「そうだなあ……」

「ほら、うれしかったときとかさ」

「嬉しかったとき……」


 エルアザルは腕組みする。

 リデルは苦笑いした。


「じいさん、そんな悩まなくてもいいんだぞ……?」


 それでもエルアザルはうーんと唸って、一つだけ答えた。


「そうだな、娘が生まれたときは……嬉しかったか」

「ケッコンしてたのかよ!?」

「ははは、失礼な小娘だ。あんなに旅してれば俺でも相手くらい見つけられる」


 そこでナキが食いついてきた。


「二人の出会いはどうだったんです? どこに惚れたんですか?」

「まあ、色々だな」


 ナキが不服そうに顔をゆがめたので、エルアザルは笑う。


「そういう話もしてやりたいが……どうやら時間切れのようだ」

「どういうことだ?」

「すぐ分かる」


 三人は首をかしげた。

 と、同時に、小屋の扉が激しい乱打の音に襲われ始める。慌てて見ると、向こうから何者かが扉を突き破ろうとしているようで、木が音のたびに何度も枠から浮き上がり、今にも外れそうになっていた。


「なんだよこれ! じいさん、せつめいしろ!」


 エルアザルは杖に体重を預け立ち上がる。


「分かるだろう? 追手だ」

「おって? なんの……まさか」


 リデルは目を見開く。

 エルアザルの手に力が籠り、一瞬杖が震えた。


「そうだ。とうとう……ノモスが来た」


 激しい突撃に扉は悲鳴をあげ、木の折れる音とともに、とうとう裂け目が開く。そこから白ローブの姿が認められた。

 アレビヤが驚く。


「イシキが直々に? 珍しいわね」

「それだけじいさんが強いってことだろ」

「あの、冷静に分析してないで逃げません?」


 エルアザルが杖を振り上げ床を突くと、木の響きと共に床から顔なし人間が這い出てくる。


「お前たちは逃げろ。ヤツ(・・)はお前たちがここに居るとは思ってないはずだ。ここは俺が引き受ける」

「でもそれじゃあじいさんが逃げられないだろ!」

「そうよ、逃げないと! ここで終わっちゃいけないわ!」


 二人は必死に説得しようとする。

 しかしエルアザルは首を振った。


「さっきも言っただろう。全員は助からないものなんだ、この世の中はな。さあ、逃げろ」

「で、でも……!」


 ぐずる二人。


 それをナキが裏口へ引っ張っていく。

 しかし、エルアザルはそれを止めた。


「だめだ、裏口からは逃げるな。正面からだ」

「なぜです!? 正面は敵がいるのに――」

「いいから黙って逃げろ!」


 ひっ、とナキは身を縮ませた。


「安心しろ、念のためこの子を護衛に任せる」


 エルアザルは背の低い顔なし人間を見つめると、彼はそれに語りかけた。


「俺が死んだらお前はただの土に戻ってしまうが……そうはさせない。……ん? 寂しくないかって? いや、大丈夫だ。もし死んでも、向こうでまたお前に会えるからな。さあ、最後の仕事だ。あの三人を、無事に山から下ろしてやってくれ」


 顔なし人間はアレビヤ達を追い越すと、ついてこいと言わんばかりに前を歩いていく。


「じいさん、ほんとうに大丈夫なんだろうな……? もししんだりしたら……」

「まだ生きるさ。縁起でもない」


 エルアザルはリデルにウインクしてみせると、アレビヤを見る。


「アレビヤ。お前に今から大切なことを告げる」

「な、何よ」

「お前には、これから世紀の大仕事が待ってる。いつになるかはわからない。一年後十年後かもしれないし、明日かもしれない。だが、とにかくお前は大きなことを成し遂げなくちゃならない」


 アレビヤは目を瞬いた。


「どういうこと? 一体何があるっていうの? 私は何をするのよ?」


 エルアザルは微笑んだ。


「困惑するのも当然だ。だが、直接は教えられない。会話を何が聞いてるかわからないからな」

「じゃあ何をすればいいかもわからないじゃない!」

「落ち着け。今まで教えたことの中に答えはある。信じろ。わかったな」


 アレビヤは不安そうな目をエルアザルに向ける。

 しかし今まで一緒に過ごしてきて、エルアザルを信じざるを得ないことは、よく理解していた。


「よくわからないけど……分かったわ」

「それでこそ我が弟子だ」


 エルアザルはそれからナキの肩を叩き、裏口のほうへ行くと、扉の前で杖にもたれ、戸をにらみつけ始めた。

 その立ち姿は、戦いの時を待つ騎士のよう。


(どうか無事でいてね……師匠)


 アレビヤは目の前の問題に再び意識を向け、息を飲んだ。扉はあと数十秒持つか持たないか。この先には、大軍が待っているのだろう。


「正面突破なんて無謀ね。ま、私たち、今までこれしかやってない気がするけれど」

「言われてみれば確かにそうですね」

「でもさ、いままで成功してるしだいじょうぶじゃないか?」

「まあ、なんとかなりますか」

「ええ、多分ね」


 三人は覚悟を決める。

 同時に扉が壊れ、鎧で武装した数十人の王国兵達が、部屋の中になだれ込んできた。

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