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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第四十三話 女の子の家に泊まることになった

 翌日、エルアザルはいつも通り帰ろうとする少女を呼び止め、一つ頼み事をしてみる。

 かなり恥ずかしかったが、それでも言い切ると、少女は若干困惑したようだった。


「エルアザルさん……本気? 料理がしたいだなんて」


 サラがそう言うのも無理はなかった。

 常識として、料理は女のするものだからだ。

 エルアザルは自分が女装でもしたような気分になり、顔が赤くなっていないか気にしながら頷いた。


「ああ。サラがこの前作ってくれた料理、自分でも作れるようになりたいと思ってさ」


「すごい偶然……。お兄ちゃん以外にも変わった人がいたなんて」


「お兄さんも料理を?」


「うん。あ、でも……」


 少女は心配そうに口に手を当てる。


「……お兄ちゃん以外に料理を教えるなんて……できるのかな……」


 少女はもじもじしながら目を泳がせる。


「無理ならいいんだよ」


「ううん、いいよ、できるかどうかは分からないけど……」


 少女は承諾した。


「ありがとう、恩にきるよ」

「でも難しいよ? 特に火の調節とか……」

「大丈夫だ。今まで毎日夜に火を起こしてきたんだ、だいたい勝手は分かってきた」

「でも、調理に使うにはもっと細かな火力調節が……」

「いいからいいから。早速明日から教えてくれよ」

「いいけど……ここじゃ設備が無いから……」


 少女は思いついたように手を叩いた。


「そうだ、私の家はどう? いつか招待したいと思ってたし」

「君の家に? お家の人は大丈夫なのかい……あ」


 言ってしまってから失言に気付く。家の人などいるはずがない。


 しかし少女は、たぶん大丈夫だよ、と答えた。


「伯父さんと伯母さんが家にいるけど、エルアザルさんのことは知ってたから……良い人だって言ってた」


 少女は本当にエルアザルを家に招きたいようで、若干力のこもった言い方をした。

 親族が面倒を見てくれているのか、とエルアザルは安心する。一度挨拶をしに来てくれていたのなら、自己紹介の手間が省けて助かるな。


「そうか、だったらお邪魔させてもらおうかな」


 じゃあ気をつけて帰れよ、と洞の中に戻ろうとするエルアザル。それを少女は引き止めた。


「今から行かないの?」

「今から?」

「うん……たまには街に出たって良いんじゃないかな、って」


 エルアザルは迷った。人の多い所へ出るなんて、何ヶ月ぶりだろうか。

 そこに、少女が慌てた素振りで言った。


「ごめんなさい、エルアザルさんは人が嫌いだから森に住んでるんだよね。私ったら勝手言っちゃって……」

「いやいや、そういうわけじゃなくて。ただこんな汚い身なりで人の家に入るのはなあ、と」


 咄嗟にごまかした。

 確かに、自分は人の集団を無意識に避けている節があるのかもしれない。ここに来た初日はまだよかったが、やはりそうした喧騒は自分の心をかき乱した。精神状態が不安定だったのも、おそらく一つの要因だと思われる。

 今はどうなのだろう。少女と過ごして、だいぶ心の整理は付いたような気がするが……まだ、心の踏ん切りは付けられない。

 だから、咄嗟の嘘をついてしまった。

 少女はフォローするように、


「大丈夫。家に服があるから、それに着替えて」


「……ありがとう」


 エルアザルは少女に連れられ、数か月を暮らした場所を離れた。

 先の見えない鬱蒼とした森を歩きながら、よくこんな場所に暮らせているなと、エルアザルは自虐的に笑う。

 そういえば、とエルアザルは隣を歩く少女に尋ねた。


「君はどうして毎日俺の所へ? 保護者が家にいるなら毎日も来る必要ないだろう?」


 少女は困った顔をして答えを考えた。


「うーん……多分だけど。寂しいから、だと思う」

「……寂しい?」

「あの家には、もう誰もいないから」

「伯父さんと伯母さんは?」

「いるけど……違うの。あの二人は。近所の人だってそう。あの人たちは私に優しくしてくれるけど、それは優しくしないといけないから優しくしてるだけ、だと思ってる」


 少女は、あははと悲しげに笑う。


「あの人たちに、お兄ちゃんと話してるときみたいな安心感は無いから……。でも、エルアザルさんは違う。エルアザルさんといる時だけ、なんだか生きてる感じがする」

「そんな大げさな」

「……本当だよ。もしエルアザルさんがダセイアに来てくれなかったら……私……」


 少女はその先を言わなかったが、エルアザルは安堵していた。そんな罰当たりで神に背いた言葉は、口にするべきじゃない。

 二人は黙って、藍色に染まってゆく空の下を歩いた。

 森を出ると、闇に慣れた目に家々の照明がちらついた。

 天辺にライトアップされた旗を掲げた王城は見張り塔に兵を抱え、厳格な姿勢で街を囲む闇を威嚇している。


「あれは? 昼間より見張りの兵が多い気もするが」

「確か、南を監視してるの。南には怖い宗教があって、それが悪さをしないようにしてるんだって」

「へえ。よく知ってるな」


 少女は顔を赤くした。


「……お兄ちゃんの受け売りだよ」


 少女は一軒の家で立ち止まった。


「ここが家だよ……」


 少女はふうっと息を吐き、扉を開けた。中には薄暗い照明があって、その下で初老の男女が二人、横に並んで机に座っていた。確かに、エルアザルには話した覚えがある。

 そこでふと思った。

 外はもう暗い。少女にもきっと門限くらいはあるだろう。

 エルアザルは慌てた。このままでは、自分のせいで少女が怒られてしまう。

 しかし伯父夫婦はにこやかに二人を迎え、


「あら、サラちゃん。おかえり」


 と言うのみだった。


「ただいま」


 と少女は答えて、エルアザルには向けないような淡々とした口調で、エルアザルを紹介する。夫婦は微笑んで、泊まっていくように勧めてくれた。

 迷惑だとは分かっていたが、エルアザルは少女を気にしてその言葉に甘え、一晩寝かせてもらうことにした。

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