第四十一話 無差別的拘束
流れ星を見てから一週間後。更にエルアザルとの溝は埋まり、ナキやアレビヤは密かにエルアザルを師と仰ぐようになっていた。
昼前、リデルが扉を突き破る勢いで買い物から帰ってくる。
「じいさん! まちがたいへんだ!」
いつも通り部屋にいて、勉学の仕上げ段階に入っていたエルアザルとアレビヤは眉をひそめた。
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
「だから、まちがたいへんなんだよ! ノモスのやつらが町の人をおおぜい捕まえてるんだ!」
「異教徒の摘発ね……」
「いや、違う」
リデルが苦い顔になった。
「どう違うのよ」
「あれは逮捕というより……無差別てきな拉致だった。やつら、ノモス教徒もキリスト教徒も、だれかれかまわず捕まえてる」
アレビヤは目を見開いた。
「そんなことがあり得るの? ノモス自身を破滅させるような行動よ? 人さらいと間違えたんじゃない?」
「いや、ノモスの証をつけてたし、白ローブが二人もいたからまちがいない……助けないと」
切羽詰まった表情のリデルは、エルアザルに目を向ける。しかし彼はいつもと変わらぬ平然とした表情を保っていた。
「イシキが集まっていることくらいは把握していたし、摘発は他の街では行われていたから、こうなるだろうとは予測できていた。そう慌てることじゃない」
リデルは唖然とする。
「つかまったやつがどうなるのか、わかってゆってるのか!? 殺されるんだぞ!?」
「そんなこと日常茶飯事だ。餓鬼は黙れ」
「だまるか! だいじな教徒だろ、たすけにいけよ!」
エルアザルは老齢とは思えない速さでリデルに掴みかかった。抵抗する間もなく胸倉を掴みあげられ、怒りに満ちた目が眼前に現れる。
「諦めろ。何でもかんでも助けられると思ったら大間違いだ。それに、俺には教徒を守る義理はない」
リデルはしわがれた手を持ち暴れるが、服に首が締まりそうで危うい。ナキとアレビヤが必死に止める。
「まだ子どもですよ、無気にならないでください!」
「そうよ、エルアザルらしくないわ! いつもなら鼻で笑うだけで済ませるのに、どうしたの!?」
二人にそう言われると、エルアザルは目をそらして、放るようにリデルを解放した。二人はほっと息を吐く。リデルは動揺しながらも、子ども扱いしたナキを殴る義務だけは果たした。
エルアザルも動揺したようで、ふらふらと椅子に座り込むと、しばらく黙りこんだ。気持ちを鎮めているように見える。
「……まもる義理はないって、どういうことだよ」
ナキが制止するのも聞かず、リデルは尋ねた。
エルアザルはしばらくして、静かに話した。
「……俺は神父だとお前らは信じてるようだが。実際はそうじゃない。俺は神父だった人間だ」
「だった?」
「昔異教の研究をしていたが、十八のときそれが露見して資格を剥奪された」
三人はその告白に驚きつつも、神経を研ぎ澄ませ耳を傾けた。エルアザルが昔話をするのは、流星の時以来だったからだ。
「俺は資格剥奪のせいで、手伝いをしていた教会を追いやられ、孤立した。自暴自棄になった俺の頼りは十五歳年上のエスラスと両親だけだったが、十九歳のとき両親は悪魔の手に陥ち、俺の目の前で苦しみながら死んだ。俺は自分を責めた……余計に精神は不安定になり、折角俺を慰めてくれたエスラスとも、些細なことから決別してしまった。俺は孤独に打ちひしがれた……」




