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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第三十八話 老祓魔師

 二人が悲鳴を聴きつけ駆けつけた。


「どうした!?」

「分からないわ、ただ地面から手が!」


二人は仰天した。


「なんで地下ににんげんがいるんだよ! アリジゴクじゃあるまいし!」


 アレビヤは身をよじらせ逃げ(おお)せようと図るが、手の力はあまりにも強く、それを許さない。足を掴む何者かは地上に出てこようとしていて、徐々に頭が見え始める。


 アレビヤの苦戦にリデルは血相を変え、手を引き剥がしに掛かる。だがリデルの怪力を持ってしても手はほんの僅かの隙間を空けたのみで、アレビヤから離れようとしない。


 遂に顔が地表に現れる。目もなく、鼻もなく、口もなく、耳もなく、ただ汚れた肌があるのみの、奇妙な顔。顔なし人間とでも言うべきか。


「こいつなんなんだよ!?」

「少なくとも悪魔じゃないわ、全く気配を感じないもの……って離しなさいよ!」


 顔なし人間の掴む手が、太ももに伸びていた。ハレンチね、とアレビヤはヤケになって拳で腕を殴りつけ始める。しかし無駄な抵抗。地面を殴るような音しかしない。


 リデルの方は気味悪そうに顔なし人間を見ていて、力を緩めてしまっている。


 その場では、唯一ナキだけが冷静だった。考える。


「一体どうしたら良いんでしょう? 悪魔でないとなればアレビヤは何もできませんし、先輩の力が通じないとなればどうすることも--うわあっ!?」


 悲鳴にリデルが振り返ると、ナキがもう一人の顔なし人間に羽交い締めにされているところだった。ナキが叫び声を上げる。それに釣られるようにパニックに陥るアレビヤ。手を殴る拳はもうしっちゃかめっちゃかだ。リデルはナキが慌てる姿を見て、どっちを助ければ良いのか分からず右往左往している。


 男の叫びと女の罵り、幼女の泣きそうな声が響く。


 すると、突然顔なし人間がピタリと動きを止め、力を緩めると、二人を解放した。感情を爆発させていた三人は、拍子抜けしたように呆然と立つ。


「どうした……? 戦意喪失か?」


 すると、小屋の陰から一人の老人が現れた。見たところでは、恐らく六十代。蓄えられた白い髭は綺麗に整えられ、よく手入れされている。口は固く結ばれ、鷲鼻は尖り、目は細く睨みつけるよう。眉も髪も短く切り揃えられ、白髪は銀のように木漏れ日を照り返す。


「とうとうノモスの連中が来たかと思えば。またガキが庭を荒らしに来よったか」


 しわがれた声が忌々しそうに言う。


 老いた男は曲がった腰を押さえながらゆっくりと歩き、ぼそぼそと、髭に縁取られた唇を動かす。すると顔なし人間がパタリと倒れて、地面へと沈み込み始めた。溶けるように消えてしまう。


「まほう……か?」

「どうやらそのようですね」


 ナキとリデルがヒソヒソ話す側で、アレビヤは男と対峙するように目を合わせた。アレビヤは男を見据えたが、男にとってアレビヤは眼中に無いようだった。


「貴方がエルアザルさん、よね?」

「……だったらなんだ。帰れ」

「帰らないわ。教えてほしいことがあるの」


 エルアザルは表情を変えない。アレビヤには何を思っているのか見通せない。


「貴方は敏腕エクソシストだと聞いたわ。現役は退く歳だけれど、今でも自主的に悪魔祓いは続けているそうじゃない」

「……誰に聞いた?」

「エスラスよ」


 アレビヤの発した誰かの名前に、初めてエルアザルは、アレビヤの容姿を目に入れたようであった。エルアザルは一瞬だけアレビヤの顔を見て、視線を下へずらしていく。腰の所で、目の動きが止まった。


「そのベルト」


 エルアザルが乾いた指を向ける。


「エスラスの物か?」


 アレビヤが頷くと、エルアザルはじっとアレビヤを見つめる。


「お前はまさか……」

「エスラスの孫よ」


 エスラスとは、アレビヤの祖父の名前なのだと知る。エルアザルはアレビヤの顔を神妙に見つめた。


「確かに……お前の姿はどこかあいつに似ているな。しかしなぜお前がそれを?」

「形見として預かったの。祖父が死んだとき、私がエクソシストを志してたから」


 エルアザルはしばらく無言でいたが、やがて三人に背を向けて、ゆっくりと小屋に近づいていき、中へ入っていった。


 リデルとナキは会話の終わりを察してアレビヤに駆け寄る。


「どうだった? うまく行きそうか?」

「アレビヤ、あまり信用してはいけませんよ。いつ裏切るか分かりません、あくまでも様子を伺うように会話してください」

「またお前はそうやってすぐうたがう」

「僕は疑っているんじゃなくて、ただ慎重なだけです。というか先輩は他人を信じすぎなんですよ!」

「なんだと、おまえが疑ってよかったことが今まであるか!?」

「それは……あまりないですけど。でも、用心に越したことは無いです。信用して何かあってからでは遅いんですから」


 その時しゃがれた声が三人を呼ぶ。


「早く入れ」


 そう言ったのに、扉は怒りを込めたように強く閉められる。

 しかしリデルは躊躇いなく、わーいと駆け出して、小屋に入っていった。


 二人は固唾を飲んで様子を伺っていたが、小屋の中は静かで何事もなさそうである。


 次にアレビヤが小屋に足を向けたが、その腕をナキが引いた。


「本当に大丈夫なんですよね」

「祖父の知り合いよ。性格は……まあ不安だけど、少なくとも疑うことはないわ」


 そう言われても、まだナキは不安そうだった。

 アレビヤは駄々っ子を見るように笑って、ナキの腕を優しく掴む。お互いがお互いの腕を掴む形になる。ナキは少しどきりとする。


「さあ、行きましょう。聞きたいことだけ聞ければ、すぐ出発するから」

「そう……ですか? まあ、それなら」


 しかし、エルアザルという男はアレビヤの思う以上に気難しく、そして頑固な人物だった……

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