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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第二章 港町アバンドレ
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第三十三話 幼女、歌を歌う


 アバンドレに近づくにつれ、雨雲は薄くなり、次第に陽の光が見えてきた。急ぐ必要の無くなった一行はウマの体力を考え、足を緩めた並足での移動を始める。

 馬の上で若干重心を低くして、身を強張らせるナキとリデルとは違い、アレビヤは完璧な乗馬姿勢を保っていた。胸の起伏を強調する白のブラウスと、腰をきつく締めたスカートとが、見事な流線型を描く。


 それを見るナキの顔がぽうと赤くなっている気がして、リデルは首を捻った。


 少しして、小川に突き当たった。


「この川に沿っていけば海に出るわ。海に出ればアバンドレはすぐそこよ」


 一行は進行方向を右、つまり川下へと切り替える。

 晴れやかな天気と、リズミカルな蹄の音、そして側を流れる小川。心が洗われるようにのどかな風景。気分が良くなったのか、リデルが唐突に、妙な歌を歌い始めた。即席の歌で、調子は外れていた。


「チクタク、チクタク じかんのおとが、

ふたりのあいだですぎてゆくー

いったらわすれて かえってもわすれて

どうしたらいいのかわからないー」


 ナキとアレビヤは和かに笑う。幼児扱いされるのは嫌うくせに、やることは完全に幼児のそれだ。


「ゆらゆら、ゆらゆら おさらのゆれが こわれそうだよおっとっと

なかみがこぼれて ぐちゃぐちゃどかん

さびしい さびしい さびしいよ」


「急に歌詞が暗くなったわね」

「そうですね」


「ひとりはいやだ ひとりはこわい

あなたもそうでしょ たすけにきてよ

りでる、りでる、おねがいたすけて

わたしはここよ みはられてるの

たすけてたすけて たすけてたすけて」


 歌の調子は徐々に失せ、それはただの呟きと化す。


「たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて――」


 これはおかしいと二人がリデルの名を呼ぶと、また元の調子が戻り、歌詞はウマに対する愚痴に変わった。

 歌が終わってから、アレビヤがリデルに声を掛けた。顔には若干の怖れの色が浮かんでいた。


「ねえリデル」

「ん?」

「……今の”助けて"って……何?」


 リデルはきょとんとした。


「なんのはなしだ?」


「な、何の話って、今変な歌詞で歌ってたじゃない。リデルお願い助けてって」


 リデルは首を傾げた。


「そんなうたは歌ってないぞ?」

「……本当に?」

「ほんとうに」


 二人は顔を見合わせた。聞き間違いではなかったと、両者の表情が主張する。

 では、なぜリデルは自分に助けを求めた?

 悪魔に憑かれた可能性を考え、アレビヤは聖書の適当な箇所を読み始めた。


「悪魔の囁きに、主は答えられた。『人はパンのみで生きるのではない』と--」


 一ページ分の朗読が終わると、アレビヤは顔を上げた。リデルは朗読に笑顔で拍手を送っているのみで、特に変化はないようだった。


「じゃあ、あれは一体なんだったのかしら」


 ナキがお手上げだと肩をすぼめた。


「それよりもさ、ちょっと喉がかわいたんだけど」

「そういえば確かに水分とってませんね。アレビヤ、ここらで休憩しましょう。折角綺麗な川があることですし」


 ウマを降り、丸みを帯びた石の広がる川へと降りる。リデルはきゃっきゃと川の方へ駆け出した。川の水は底が見えるほど透明だった。清流に触れると、氷のような冷たさが指を刺す。


 リデルは水を手で慎重にすくい取った。いっぱいに溜まった水は、冷たいけれどとってもおいしそうで、喉が鳴る。早く飲みたい。口まで持っていく。さあいざ飲もうとしたところで、リデルはびっくりした。水が最初の半分ほどに減っているのだ。指の間から水が溢れていることに気付き、慌てて口をつけたが、すでに遅く、唇に当たったのはわずかな水滴と冷ややかな手の感触のみだった。


「うぅ……」


 もう一度水を飲もうと試みる。今度は手にぎゅっと力を込め、なんとか三分の一の水を飲むことに成功した。身を縮ませるような冷たさが一気に流れ込んできて、リデルは体を震わせる。


「おいしい!」


 もう一度飲もうとリデルが川に手を伸ばそうとすると、三匹の小魚が少し遠くで、必死に泳いでいるのが目に入った。リデルは惹きつけられるようにそれを見る。三匹は小さな体を一生懸命に振り、彼らは流れに逆らって泳いでいた。降水で速くなった流れだが、彼らはそれにも負けず、ゆっくり、ゆっくりと、着実に進んでいる。頑張れと、応援したくなるようなスピード。リデルは彼らに笑いかけた。君たちはどこへ向かっているんだ。目的地はあるのか。そんな風に声を掛けたくなる。


 すると、彼らの後ろからひときわ大きな魚がやってきた。そいつは口を開け、彼ら三匹を散らしてしまう。三匹はまた集まることができたが、せっかく進んだ距離は無駄になってしまった。しかし彼らはまためげずに川を遡り始める。


 大きな魚の方はというと、それだけで満足したように、深いところへ消えていった。

 この体がもっと大きければあいつを捕まえて食ってやるのに、とリデルは悔しがる。


 リデルはまた水を汲み、口に運ぶ動作を数回繰り返した。渇いていた喉は潤い、活力が溢れてくる。

そこに、ナキの叫ぶ声が聞こえてきた。


「先輩、ちょっと来てください!」 

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