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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第一章 迷路の町カタスリプス
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第三十一話 次の舞台へ

 が、柱はアレビヤに当たらなかった。

 突如現れた女性が、白熱の炎で柱を無に帰したのである。

 女性から、気怠げな挑発の声が発せられる。


「な~んだ。誰かと思ったら、クソ雑魚外道のメルベースかよ。相手にもなんねえな」


 女性は勝利を確信するように、ひらひらと手を振った。

 リデルが歓喜の声を上げた。


「ヘルファ……じゃなくてファルヘ! 助かった!」


 ファルヘは黒のツインテールをなびかせ、リデルを見やり、リデルの痛々しい擦り傷を目に入れると、その目に荒々しい怒りを起こした。

 獣が、リデルの呼んだ名に疑念をあらわにした。


「ファルヘ……? オルワイデの業火の神か?」


 とても信じられない、という調子が伝わってくる。

 ファルヘは気にすることなく獣に問いかける。


「メルベース。お前が相手にしていたのが誰だか、分かるか?」


「処刑されるべき人間だ。そう召喚者に指示を受けている」


「召喚者だと?」


 ファルヘの怒りがセントピエルに向くと、セントピエルは恐れ慄き、たまらず階段を駆け下りて逃げて行った。

 召喚者に棄てられた獣は、四対一の状況に危惧を覚えたのか、後ろ足を一歩後ろへ置いた。


「召喚者の敵は我の敵……それ以外の何者でもない」


「お前の目は節穴だなあ」


 ファルヘは獣を嘲笑する。


「だからお前はあの戦いで真っ先に殺られたんだよ。見抜けたアイポロスを見習え」


 獣は困惑している。

 ファルへは獣を鼻で笑うと、鋭くリデルを指し示した。


「あの方は我らに選ばれし存在! 最高神ザレス、その妻セレネー、私ファルへを含むオルワイデ十二神の加護を受けている!」


 空気が微弱な電流を帯びたかのように、肌を痺れが撫でる。


「このお方が使命を全うするまで、お前たち悪魔が危害を加えることなど一切許さねえ!」


 獣は戦慄した。

 間髪入れずにファルへが指をクイと曲げると、リデル、ナキ、アレビヤの足元にそれぞれ、白の魔法陣が浮かび上がる。

 文字列が書き込まれ終わり、白い光に三人の傷や疲労が癒えるのをファルヘは確認すると、その指先は、ゆっくり獣の方へ移動する。尖り整えられた爪が、張り詰めた空気をなぞっていく。獣が恐怖しているのが分かる。もはや凶器にも見え始めた指先は、獣の顔に向けられ、静止した。


 ファルへが指を鳴らす真似をすると、獣は反射的と言ってもいいくらい素早く後退した。

 ファルへは楽しそうに笑った。

 嘲笑であり、歓喜であり、何より軽蔑であった。


「ありがたく思え。本来の私ならお前を消してるところだが、今回は見逃してやるよ。さあ、今すぐここから消えて他の悪魔に伝えろ。『私がいる(・・・・)』ってな」


 獣は縮み上がって、忽然と姿を消した。

 ファルへがそれを見届けると、マントが翻るようにこちらへ楽しげに向き直り、リデルに微笑みかけたかと思うと、軽やかに指を鳴らす。


 魔法陣が僅かに光り、景色が瞬く間に入れ替わる。四人はあの山の中にいた。


 湿った土と木々の香りが鼻腔を満たす。


 一行の目の前には、グレモワル達とアレビヤの父の姿があった。アレビヤに気付いて、涙を溜める者もある。

 アレビヤには躊躇いが垣間見えたが、すぐに笑顔を見せ、地面があることを確かめるかのように足を踏み出す。そのまま歩を進め、彼女は喜びに走り出し、その勢いのまま、全員を抱えるように抱きついた。

 噎び泣きと笑い声が、山の中に響き始めた。


 リデルとナキは、離れた所で心暖かに笑う。

 溝があるようでなかった、やるせない両者の対立は、これで終わったのだ。


「よかった。ほんとうに」


「そうですね。また先輩の手柄ですよ」


 ナキは少し羨ましそうに肩をすぼめた。


 そこに、ファルへが歩いてきた。二人に声をかける。


「お疲れ様。これでノモスの戦力を削ぐことができた」


「戦力を削げた、だって? まさかせんそうでもする気じゃないだろうな」


「もちろんそんな事はしねえよ。ただ、布教に抵抗するようなら消す必要があるが」


 リデルが半信半疑の目を向けた。

 すると、ファルヘが思い出したように手を叩く。


「そうだ。突然だけど、これ以上はもう力を貸せないかもしれない」


 二人は意外そうに目を開いた。


「なんでだよ? こんどこそ一緒にたびしようとおもってたのに」


「あんまり姿を現してると、私にも不都合なことが多いんだよ。今だって、いつ気付かれるか分からねえ。どうしても、っていうときは助けられるかもしれねえが……あんまり期待はすんな」


「……分かった」


「あ、それと。これからお前らはお尋ね者になるだろう」


 リデルは動じることなくそれを聞く。

 ファルヘが指を鳴らすと、綺麗に畳まれた、暗い緋色の外套が地面に現れた。


「身を隠す魔法とかは期待するな、本当にただの羽織りだからな。大きめのフードが付いてるから、それで顔を隠すと良い」


「おお。たすかるよ」


 そうしてファルへは二人に別れを告げると、姿を消した。



 *



 再会の後の話し合いで、グレモワル一行は、ノモス教の手の及んでいない東へ向かうという。先代から守ってきた土地を異教のために離れるのは惜しいが、さすがに危険が大きくなりすぎた、と彼らは言う。

 アレビヤも付いていくのかと思いきや、彼女はリデル達に同行すると言いだした。


「でもグレモワル達と今いっしょにいかなかったら、次あうのはだいぶ先になるぞ?」


「いいの。それより行きたい場所があるから」


 アレビヤはそう言って、握っていたらしい羊皮紙を二人に見せた。達筆な字で、文字が羅列されている。リデルは読もうと頑張っていたが、アレビヤはさっさと羊皮紙をしまってしまったので、リデルは切唇を尖らせた。


 アレビヤは異論は認めないと言わんばかりに言った。


「私、この人に会いに行くわ」


 二人はアレビヤに満ち満ちた自信に目を見張った。もしかしたら、今までの自信は虚勢だったのかもしれないと思う程に、アレビヤは変化を見せていた。

 アレビヤの表情は光をたたえる。


「リデルのお陰で迷いは振り切れたわ。でも、力不足なのは変わらない。今まで目を背けてきたことだけど、このままじゃまた私は変われないままになってしまうわ。だから、この不甲斐ない自分に、きちんと向き合って、リデルみたいにもっと努力して、色んなことを教わりたい。そのためには闇雲にやっても駄目でしょうから、そのヒントを知りたいの。この人は、それを絶対に知ってるわ」


 だから、とアレビヤは二人を見つめる。


 それにリデルは、べつにかまわないが、とあっさり答えた。


 ナキも賛同する。


「もともとアテの無い旅ですから、目的地があったほうが助かります」


「そう言ってくれると思ったわ。ありがとう。私の方こそ助かる。……家族、見つかると良いわね」


 二人は頷いた。


「それでは、もう出発しましょうか。その方は何処にいるんです?」


「二つ隣の町、アバンドレよ。海に面してて、漁業が盛んなところね。その郊外に、ひっそり身を潜めてるらしいわ」


「ここからの距離は?」


「そうね、徒歩で二日ってところかしら」


「じゃあ、ウマで半日くらいですか」


「いえ、一日よ……というか、ウマなんて持ってないでしょ?」


 諭すように言うアレビヤに、リデルはふっふっふっと笑った。


「じつは俺たちにはきょうりょくな支援者(バック)がいるんだよ」


 突然茂みの一つが動き出し、アレビヤは飛び跳ねる。


「なななな何!? ウサギ!? ウサギじゃないでしょうね!?」


 アレビヤはいつの間にか持っていた本を振りかぶって戦闘態勢をとる。

 そんなにウサギが嫌いなのだろうか。

 しかし茂みから出てきたのはウサギではなく、一匹の老グマだった。

 リデルが前に出て、アレビヤに紹介する。


「こいつがここの長老みたいなやつだ」


 老グマがむっとする。


「長老って、まるでわたしが老けてるみたいにおっしゃいますね」


「じじつ老けてるだろ」


「失礼ですね。私は人間換算で言うとまだ二十歳ですよ」


「ほんとか?」


「冗談です」


「じょうだんかよ!」


 リデルは盛大に突っ込んだ。


 この会話はナキもそうだが、アレビヤにも独り言にしか聞こえていないので、アレビヤはリデルを案じるような表情になっている。

 リデルは咳払いを一つ。


「ともかく、このクマのきょうりょくで、ウマを人数分かしてもらえることになった」


「なんですって?」


「クマの呼びかけで、まちで飼われてるウマがおれたちをのせてくれるんだよ。実は、さっきアレビヤを助けにいったときもウマをかしてもらってたんだが」


「……それは犯罪にならないの?」


「ウマはかってに帰れるから、だいじょうぶだ」


 本当かしら、とアレビヤは疑いの顔。


「ともかく、安心してだいじょうぶだ。何かあったらこいつらの神がでてくるだろうし」


「まだ神がいるの!?」


 アレビヤは失神しそうになる。


「どうぶつたちの神だ。おれたちは会ったことないけど」


「それどころか、そんな存在がいたことすら知りませんでしたね」


 老グマが口を挟む。


「神がおっしゃるには、そちらの世界に直接は干渉できなかったということです。恐らくここの人間と同じように、そちらの世界の動物たちにはオルワイデの神という概念が無かったのでしょう」


「へえ」


 リデルはよく理解できなかったので、話半分に相槌を打った。


「それではともかく、ウマを使ってもう移動を始めましょう」


「今日中には辿り着けないわよ?」


「まずは隣町まで行きます。今日はそこで泊まって、それからアバンドレに向かいましょう」


 三人ともが合意し、山を降りると、健康そうなウマが既に三頭、道にぽつんと立っていた。


「この子たちは……」


「恐らく飼われているウマでしょう。神が手配してくれたのだと思います」


「ありがたくつかわせてもらおうぜ」


「そうね。でも乗るのはちょっと怖い気もするわ……」


 それを聞いて、リデルは一頭に歩み寄った。


「アレビヤ、まずはてきじゃないことを教えるんだ」


 リデルはう~んと背伸びをして、頭を撫でようと手を伸ばす。だが、指先は空を掴んだ。数秒ほどの格闘の末、ウマが下を向いてくれたおかげで、なんとか口あたりを撫でることに成功する。


「どうだ、こうするんだ……ぞ……」


 背伸びをしながら顔を後ろへ向けたリデルは、唖然とする。


「どうしたの?」


 アレビヤはもう既にウマの上だった。


「お、おまえ……どうして……」


「昔乗馬を習ってたの。忘れてたわ」


「……」


 あからさまなショックを受けるリデル。


「そうだ、ナキは……!?」


「はい?」


 ナキも二回目ということもあり、難なく乗馬できていた。


 リデルは絶叫する。


「くそおおお! めんぼくまるつぶれか! まるつぶれなのか!」


「いえ、もう幼児になってる時点で既に……」


「ゆうな!」


 リデルは頬を膨らませる。それからぷいとウマの方へ向いて、苦労しながらよじ登った。

 手綱を持ち、道を見据える。


「……先頭は、おれだからな」


「はい、お任せします」


 空を見上げると、山の向こうから黒雲がやってくるところだった。どこからともなく、雷鳴の音が響いてくる。


「一雨降りそうね」


「急ぎましょう」


 ナキとアレビヤは手綱を弾いた。

 リデルは「すすめー」の声でウマを走らせる。

 目指すは港町アバンドレ。幼女を先頭に置く奇妙な一隊は、寒空の下を颯爽と駆けて行った。

 ここで天秤世界のオオカミ幼女、第一章・カタスリプス編が終了となりました。ここまで読んでいただき、読者様には感謝感激雨あられでございます! もしよろしければ感想・ポイント評価いただけますと、作者大変励みになりますです!

 さて、続く第二章では、リデルなど主要メンバーの登場はもちろん、アレビヤが対面を望む人物・話題に上った女イシキなどの新キャラが登場します! さらには新たな謎も浮上するなど、様々な要素が読者様をお出迎え! もちろん幼女リデルの可愛さも健在、いやむしろパワーアップしてます! 乞うご期待です! 


 ※次回更新は作者多忙ゆえ、誠に勝手ながら10/21(金)とさせていただきたく存じます。毎日更新を守れなくなってしまうのが読者様には大変申し訳ないのですが、気長にお待ちいただけると大変ありがたいです。その後はまた基本毎日更新を原則として投稿していきます。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

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