第三話 幼女、大人三人を撃退する
男たちはゲラゲラと笑った。いきなり戦うと言いだした幼女に、抱腹絶倒だ。
「こいつ、まさか大人に敵うとでも思ってるのか?」
「まったく、笑えますね親分!」
「まったくだ! しかも向こうから来てくれれば交渉の手間が省ける! こんな幼女が手に入ったら、報酬ザクザク一気に大金持ちだ!」
「そうですね! なんていったって、こんなに可愛いですもnゴヘッ!?」
仲間の妙な声に振り返った男たちの目には、頬に右ストレートを食らう仲間と、宙で拳を食らわせる幼女が映っていた。
あまりの衝撃に気絶してしまった男は人形のように倒れ、幼女は反作用で華麗に着地する。
「……かわいいってゆうな」
そう言う幼女からは、オオカミのようなオーラが放たれ、男たちは背筋を凍らせる。
「ひっ! こいつやべえ……!」
「ひ、怯むな! たかだか幼女一匹だ!」
親分と呼ばれた男に命令され、子分はナイフ片手に突撃――する間もなく、幼女に殴り倒される。
残された親分は縮み上がり、ナイフを捨てて両手を上げた。
「お、俺は別に、お前たちをどうこうするってわけじゃなくてだな……」
「あ?」
幼女が拳をもみもみすると、親分はさっと青ざめ、命からがらといった様子で逃げていった。
幼女の側にいた男、ナキが呆気にとられながらも拍手を送った。
「先輩すごいです。それって多分、オオカミ時代の……」
「そう。あの女神、オオカミの力をそのまま使えるってゆってたんだ。だからダメもとでやってみたら、うまくいった」
幼女リデルは、砂の地面に伸びる二人の男を眺めた。
「リーダーにすてられて、かわいそうに」
リデルの慈悲の言葉に、ナキは深いため息をつく。
「また先輩は。他のグループのことに首は突っ込むものじゃないって、いつも言ってるじゃないですか」
「だけどさあ。このまま放っておくのもあれだし」
リデルはナキと一緒に、男たちを木箱にもたれさせた。
「これでよし」
「リーダーが戻ってくるといいですね」
「なかまを思うやつなら、ぜったいもどってくるさ……うっ」
突然リデルがよろめいて、建物の壁に手をついてしまった。
「先輩!?」
「だいじょうぶ。ちょっと、ふらっとしただけだ」
ナキが手を貸そうとしたが、リデルは手を振り、助けは要らないとサインを出す。
「もしかしたら、その体だとオオカミの能力は負担が大きいのかもしれません」
「あ。だから、じかんせいげんがあるって、ゆってたのか」
「多分、そういうことなんでしょうね。……歩けますか?」
「……むり……いや、歩ける」
「今むりって言いましたね?」
「ゆってない」
「いや言いました。甘えがちになってくれてて良かったです。いつもみたいに無理したら、また体壊しますから」
ナキは屈んで、背中を出した。
「人間の親子が、こういうことをしてた覚えがあります」
「……またむだな知識を。また人間の街に行ってたのか?」
「あ……はい……駄目なのは分かってるんですが、つい」
ナキは昔から大の人間好きだった。
「まあ、すぎたことだし良しとしよう。で、のれってゆうんだろ?」
「はい。おんぶと言うそうです。遠慮せずにどうぞ」
リデルは頬を膨らませ、しばらく背中を睨んでいたが、さらに催促されると観念したように、ナキに乗っかった。肩に座る形で。
「うーん。ちょっと違いますよ。これはたしか、肩車です」
「のれってゆったのはお前だろ! ほら、すすめ!」
「はいはい分かりましたよ。だからかかとを胸にぶつけないでください」
表の大通りへ出ると、店がずらりと並び、威勢のいい声が張られていた。
しかしその割に買い物客や通行人は少なく、店が繁盛していないように見えてしまう。
「なぜなんでしょうか?」
「たぶん、ノモス教が商売を優先するよう、ゆってるからだろうな」
「それも女神情報ですか?」
「ああ。さっきゆえば良かったな。いろいろ一気におしえてくれたから、あんまりおぼえてないんだ。小出しになってすまん」
「いえ、僕はいいんですが。なるほど、色々と興味深い宗教ですね」
リデルがナキの黒髪に掴まっていると、通りかかった人や商人たちが、手を振ったり微笑みかけたりしてくれる。中には親子ですかと話しかけてくれる人もいた。
「そうだナキ、おやこで思いだした。かぞくだ、かぞくを探さないと」
「それはもちろんです。お母さんは体が悪かったし、姉は頼りないし、心配ですから」
ナキの母はリデルの母、ナキの姉はリデルの妹にあたる。
「じゃあこれからは、ふきょうかつどうをしながら、かぞくをさがそう」
「そうですね。みんな人間に変わってるなら探すのは難しそうですけど、まあなんとかなります」
「ナキがそうゆうなら、たぶんだいじょうぶだな」
リデルがふと前を見ると、向こうから、フードで顔を隠した人物が歩いてくるところだった。白いローブを纏ったその人物の異様な雰囲気に、全身の毛が逆立つ。首から提げているのは、輪っかだ。輪っかに鳥の羽と、貝殻と…………何かの牙が括りつけられている。
リデルがその人物を睨んでいると、そいつはすれ違いざま、ナキに向かって指を振った。
指を振る=魔法の図式が出来あがっていたリデルは、目を見開いた。
「ナキ、だいじょうぶか!?」
するとナキが苦しそうに、むせかえり始める。
「おい、だいじょうぶか! おい!」
頭を軽く叩いて応答を求めるが、ナキはずっとむせている。まるで何かが喉につまったようなむせかえり方だ。
リデルが振り返ったときには、もうあの怪しい人物は見当たらなかった。
ナキがさらに激しく咳き込み始める。