第二十五話 幼女、正体を明かす
ストラティオ達に押しつぶされる、そう思った時だった。
ストラティオの姿が、白い灼熱の炎に包まれた。リデル達が僅かな熱気を感じたかと思うと、一瞬にして彼らは黒ずみと化し、空に消えさる。
リデルは我が目を疑った。
自分の足元に目を落とすと、三人を囲むように、一つの魔法陣が展開されているのに気付く。そこから真っ白な炎が上がったのだろうと考えた。
ストラティオ達は、それに触れるか触れないかの刹那に消えてしまったのだ。
セントピエルがうろたえる。
「な、なんですかこれは!? そこのハイマシフォス、答えなさい!」
「わ、分かりません。魔法のようではありましたが……」
「異教徒が魔法を使えるわけないでしょう! お前は一年減給!」
答えたハイマシフォスは理不尽な罰に絶望の表情を浮かべる。
セントピエルは部下には構わず、リデル達を睨みつけた。
リデル達にとって、今の状況はチャンスだった。ストラティオがいなくなり、包囲網が薄くなっている。
「は、早くストラティオを呼び出しなさい! こいつらには聞きたい事が一杯ある! ほら、町中から引っ張ってくるのよッ!」
ハイマシフォス達が詠唱を始める。
チャンスは今しかない、三人ともがそう思った。
同タイミングで、しかも全く同じ西側の方向へ駆けだす。あまりに息が合いびっくりする三人。
しかし三人は互いの意志を確かめるように微笑むと、そのまま突進した。弾丸と化した三人は、ハイマシフォスの壁を、投石の如くぶち破る。
「やった、包囲網突破よ!」
大通りを疾走する。待ちなさい、とセントピエルの声が聞こえたが、待つわけがなかった。
*
西の大門を抜け、追手を振り切るとまたあの山の中へ入った。
日は傾き、空は美しいオレンジ色に染まっていた。
動物たちが茂みから、心配そうにこちらを見つめている。木の幹に凭れかかるリデルは、猿に汗を拭ってもらいながら、半ば放心状態だった。
「よかったあ……」
「なんとか、ですね」
リデルはアレビヤに話しかけようと思ったが、アレビヤは膝に手をつき肩を上下させていた。呼吸に必死で、喋れる状態ではなさそうだった。
そこでナキに尋ねる。
「なあ、あのほのおはなんだったんだ? やけにしろかったぞ?」
「僕が思うに、あれはファルヘさんの手助けじゃないでしょうか?」
「ファルヘの?」
そういえば可能な限り手助けすると言っていたな、とリデルは思いだす。
「姿を現すと都合が悪いようですから、ああいう形を取ったのでしょう」
「なるほどな。感謝しないと」
そこに、アレビヤの声。
「ちょっと、あんたたち」
まだ少し息の荒いアレビヤが、こっちへ歩いてきた。
「私は助けてくれだなんて頼んだ覚えはないんだけど?」
「でも、つかまってただろ? ほっとけなくて」
「……あっそ」
アレビヤはなんだか無愛想だ。
「ま、それはいいわ。それよりも、あなた達には聞きたい事が沢山あるのよ」
あ、と二人は思う。
「全部説明してもらいましょうか。なぜまだ幼いリデルが常人離れした動きができるのか、あの白い炎はなんなのか! というかそもそもあなた達何者よ!」
二人は苦笑いで誤魔化そうと試みたが、アレビヤの目を見て諦める。
「……まあ、かくしてても、しかたないしな」
「……その通りですね」
ナキが咳払いをする。
「驚かないで聞いてくださいね?」
ナキはアレビヤに細かくゆっくりと、ここへやってきた経緯、元はオオカミだったこと、そして布教活動と家族探しの同時進行をしていることを説明した。
話を全て聞き終わったアレビヤの片頬は、痙攣したようにピクピクしていた。
「それを信じろっていうの?」
「ええ……そういうことです」
ナキは唾を飲み込む。
アレビヤは額に手のひらを置いた。
「なるほどね、それならあなた達が四つん這いをしたのも頷けるし、肉が好きで食べる量が多いことも理解できるわ。オオカミの扱われ方に反論したのも、そういうことなのね」
リデルは少し不安そうに尋ねる。
「しんじてくれるか?」
アレビヤはそのリデルの表情を見て、緊張した表情を解く。
「……信じがたいけど、信じるしかないでしょう? リデルが年上で、そのうえ中身は男だったなんて信じがたいけど……信じる。実際年上に感じていたのは自分だしね。でも、どうして早く言ってくれなかったの?」
「すぐわかれると思ってたから。でも、こんなにおせわになるとは思ってなくて……」
「世話って言う程のことしてないでしょう?」
「いや、おれはアレビヤにおもしろいはなし聞かせてもらえたし、ナキはほんがよめた。それに、ごはんもおいしい。さいこうだよ」
アレビヤの目が泳いだ。
「ほ、ほら……そうやってすぐ褒める」
「あ、ごめん……」
「ごめんって……別に謝らなくていいわ。普通に嬉しいから」
右の方を見ながら、アレビヤが照れくさそうに告げた。リデルの顔が明るくなる。
「ってことは、つまりアレビヤはおこってなかったんだな?」
「怒ってないわ。ただ、伝わらないのがイライラしただけよ」
「なにが伝わらないんだ?」
真面目に言うリデルに、アレビヤは拍子抜けしたみたいに肩を落とした。
「もう……そういうところよ」
アレビヤはぷいと余所を向いてしまう。リデルは色々声をかけたが、その後は全て無視されていた。
動物たちが、安心したように三人の下を離れて行く。
辺りが薄暗くなる中一人で火を起こしていたナキは、そんな二人を少し羨ましく思っていた。




