第二十四話 幼女、迷路を逃げる
アレビヤの雄叫びに、ハイマシフォス達は臨戦態勢をとる。
アレビヤは拳を引き、突っこむようにしてハイマシフォスを一人殴り倒した。が、敵の人数にすぐ取り押さえられてしまう。縄で後手を縛られ、地面に座らされると、ハイマシフォス数名からの尋問が始まった。
「たおせるの、ほんとうにひとりだけなんだな……」
アレビヤは、ハイマシフォス一人だけならなんとかなると発言していた。
文字通りだったとは……。
「で、どうしましょうか。全員を助けるのは無理がありますよ。今捕まったアレビヤさんだけなら、なんとか助けられるかもしれませんが」
リデルは縄で繋がれたグレモワル達を見やる。そして頭を振った。
「だめだ、ぜんいんたすけないと」
ナキが眉をしかめる。
「……本当にお人好しですね。気持ちは分かりますが、あれだけ奥まった所にいて、しかも一人ずつに監視がついてる人達を助けるのは至難の業ですよ。いくら先輩が強いとはいえ、数で圧されれば勝率は下がります。それにファルヘに回復されたとはいえ、先輩は今日既に一度戦ってるんですから」
ナキの言う事も最もであった。この体になってから体力の底が把握できていないし、一度戦闘を行った以上これから何が起こるかも分からない。
リデルは少し考え、ため息を吐いた。
「……わかった。ナキがゆうなら、ほかはまた今度にしよう」
「そうしてください。では、先輩はあそこに――」
ナキは簡潔に作戦を伝え、リデルはその通りにした。
*
ハイマシフォス達は、しぶとく身元を明かさないアレビヤにも、根気強く尋問を続けていた。
自分達がノモスに所属しているという優越感からか、彼らの表情にはまだ余裕がある。
ナキはその離れた所に立っていたハイマシフォスに、おずおずとした風を装って話しかけた。
「すみません、聖殿への行き方が分からないんですが……」
するとハイマシフォスは頭を掻く。
「あー、困ったな。実は俺も分からないんだよ。カタスリプスへは最近派遣されたもんで……なあ、聖殿ってどう行けばいいんだ?」
ハイマシフォスが呼びかけると、アレビヤを見ていた他のハイマシフォスが、こっちを向く。
「さあ? 誰か分かるか?」
「俺も分からん」
「俺も」
「というかこの迷路把握してる奴なんてそうそういないだろ」
ハイマシフォス達は、あーだこーだと談義を始める。目の前のアレビヤのことなど忘れてしまっているようだ。全く緊張感がない。
その隙をつき、建物の陰に潜んでいたリデルが背後から彼らを素早く殴り倒した。後頭部を叩かれ、ハイマシフォスたち約五名は気絶する。残された他のハイマシフォスたちは何が起こったか理解できない。
アレビヤはというと、華麗に着地を決めたリデルを見て唖然としていた。
「あなた、何者……!?」
「今はせつめいしてるばあいじゃないんだ! アレビヤ、立ってはしれ!」
「う、うん。でも縄が……!」
「僕がやります」
ナキが素手で縄を切ろうとする。
「か……かた……」
「はやくしろ!」
ナキは考え、縄に噛みついた。八重歯で傷を付けることには成功する。
そこから思いっきり引っ張った。アレビヤも体に力を入れ、やっとの思いで縄が千切れる。
時間を稼いでいたリデルは追手数人を蹴飛ばしてから、ナキの腕に収まった。
「はしれえええええええええええええっ!!」
三人は全速力で駆けだす。
後ろから追ってくるハイマシフォス、全力で逃げる三人。
「グレモワルたちはどうするの!?」
「またこんどだ! ぜったいたすける!」
細い路地を疾走する。
目の前で赤い光が迸り、魔法陣が発生した。
「またストラティオか!」
「曲がります!」
建物が高速で後ろへ流れ、道に吸い込まれていくような錯覚を覚える。
また曲がり、また曲がる。
裏路地が迷路のようになっているお陰で、逃げる道は多かった。だが、その分方向も分からなくなる。
「大通りはどっちですか!?」
「知らないわよ!」
「街の人じゃないんですか!」
「こんなところ来たことないのよ!」
また前に魔法陣が出現する。
「まがれ!」
「ここ一本道です!」
引き返そうとするが、後ろからはハイマシフォスがストラティオと一緒に追いかけて来ている。逃げ場がない。
「私がやるわ!」
アレビヤが叫ぶ。
魔法陣からストラティオが三体出現し、こちらへ走ってきた。
捕まるのも時間の問題だと、リデルは思った。ハイマシフォスは倒せても、リデルはストラティオには太刀打ちできない。
だがアレビヤは至って冷静に、本を取り出した。何もない所から。
「そんなぶあつい本どこに――」
「そんなの気にしてる場合!?」
本が開かれる。
「[神よ、どうか彼らにその罪を負わせ、その多くのとがゆえに彼らを追いだし給え]!」
一陣の風が路地を吹き抜け、ストラティオの動きがピタリと止まる。見えない糸で縛られたかのよう。
「行くわよ!」
ストラティオの隣を難なく抜ける。
「何をしたんですか!?」
「今説明してたら息が上がっちゃうわ! 今は聖句にも色々あるんだってだけ覚えときなさい!」
その調子で避けられる限りは避け、ピンチの場面ではアレビヤが聖句を唱えて進んで行く。
「見て、大通りよ!」
開けた空間が目に映り、三人は歓喜する。大通りに出れば、あとは大門を通るだけだ。
三人は飛び込むように路地裏を抜けた――が、そこに広がっていたのは。
「なっ!?」
「これは……!」
「やばい」
裏路地の出口を、五十は裕に超えるストラティオとハイマシフォスが取り囲み、その中央では、目立つ白のローブを纏った男が、こちらに薄ら笑いを向けていた。
「なるほどね。知らず知らずのうちに誘導されてた、ってわけ?」
「その通りデス!」
白ローブの男が高い声で言った。首が長く、青髭が目立つ。そして何より鼻が異様に高い。
白ローブの男は高い鼻をさらに高くして、自慢げに話す。
「もう逃げられませんよ、異教徒たち。ここで捕まってもらいましょう」
「嫌よ」
アレビヤがきっぱりと言う。
高い鼻の男は、その妙に高い声で笑った。
「ノモス様の息子であるこのセントピエル・イシキに仇名そうとは、いい度胸デスねえ! 良いでしょう、その女は死刑確定」
「……!」
「そこの青年は終身刑。その幼女は……そうデスね、売り飛ばしましょうか。連行なさい」
ストラティオがハイマシフォスの命令で、じりじりと近付いてくる。
止むを得ないと、またアレビヤが本を開いた。
「[主よ、み手を持って悪から私をお助けください]!」
アレビヤが唱える。ストラティオがさらに近づこうとすると、火花の散る音がしてその体が弾かれた。
ハイマシフォス達が驚きの声を上げる。
「近寄らないで! 私には主の助けがあるわ!」
イシキであるセントピエルが高い声で笑った。
「主? 我々の使いの前には、そんなもの下衆同然!」
セントピエルが異言語で何かを唱え始めると、ストラティオの体が二倍近くに膨れ上がり、血がさらに首からあふれ出す。まるで源泉から水が湧くように、血の流れは命を燃やす。
「突っ込みなさい!」
巨大化したストラティオが、守りへ一斉に突進した。体が衝突し、火の粉が飛ぶような音が連続的に起こる。ストラティオは苦しそうな声を挙げた。同時に、アレビヤの守りも悲鳴を上げているのが分かる。
「どうするんだ、このままじゃ重みでぺっちゃんこだぞ!」
「ナキ、何か案ないの!?」
「なぜ僕に振るんですか!?」
三人があたふたしていると、守りが破れた。ストラティオ同士が勢い余って頭上でぶつかり、巨体がそのまま落ちてくる。
三人に暗い影が落とされる。
リデルは思わず目を瞑った。
(ぜったいぜつめい……!)




