第二十三話 幼女、なぐさめる
「……というわけでの。アレビヤはそれからエクソシストの道を志し、教会を放ってそこらをほっつき回るようになったんじゃ。おかげでアレビヤのお父さんの負担が大きくなってしまっての。わしらも改心してほしいんじゃが、いまだに名前について四の五の言う奴がおったり、けんかっ早いものがおったりして。こういうわしも、ついつい熱くなってしまって、キツいことを言ってしまうんじゃが」
グレモワルは頭を掻いた。
「そうだったんですね……」
リデルはよし、と気合を入れ、アレビヤの部屋へ向かおうとする。
それをナキが呼びとめた。
「今行っても相手にしてもらえないんじゃないですか?」
「なんだか、こういう話きくとじっとしてられないんだ。ナキはおとうさんよんできてくれ。そろそろ聖水もつくりおわるだろ」
ナキが頷くのを確認して、リデルは扉を開けた。廊下に出ると、すすり泣く声が聞こえてくる。アレビヤの部屋からだった。
「アレビヤ……」
アレビヤはアレビヤなりに、深く悩んでいるのだと思った。きっとアレビヤにも、何か言い分があるに違いない。それを聞いてやるのが、自分の役目だとリデルは思っていた。
リデルは扉の前まで行って、大きく深呼吸をする。
息を溜めて、ノブを回した。
「アレビヤ、さっきのはあいつらの気づかいだったんだ。だからおこらない……で……くれ?」
リデルは呆然とした。
アレビヤはベッドに腰掛け、本を読みながら泣いている。
固まっていると、アレビヤがこちらに気づいた。
「あれ、リデル。どうしたのよ」
「どうしたのよじゃねえ! なきごえがろうかまで聞こえててだな……」
「え、ほんとうに? ごめんなさい、この話にすごい感動しちゃって。魔術師が異世界に行くんだけれど、そこは科学の先行した世界でね。冒険の末に明かされた真実が……」
「その本はどうでもいい! とにかくおれのしんぱいをかえしてくれ!」
「え? 心配してくれてたの?」
アレビヤは本を閉じ、脇にやると、腰掛ける場所を一つ横にずらした。
「来て」
空いた場所を手でポンポンする。座れということか、とリデルは考える。
その通りに座ると、アレビヤは何の前触れもなく、リデルの体を枕に寝転がった。
「お、おい――」
「ちょっとだけ」
アレビヤが急にトーンの落ちた声で言った。
「ちょっとだけだから」
リデルは突然真剣に言われ、何も言えなくなる。
「……べ、別にナキがしてるのを見てちょっと羨ましかったとか、そういうわけじゃないのよ。ただ、ちょっと疲れただけ」
「……」
二人とも、無言になる。
静寂の中、リデルの鼻孔を、甘い香りがくすぐった。アレビヤの髪の香りだろうか。
少し経って、アレビヤはリデルのふとももを、指で軽くつっつき始めた。
「むにむにしてて、気持ちいいわね。……頭、重くない?」
「……べつに大丈夫だが……」
「?」
「ちょっとくすぐったいな」
クスクスとアレビヤが笑った。
「本当、不思議ね」
「なにが?」
「リデルはまだ小さい女の子だし、喋ってる内容も大したことないのに、何故か年上と話してる気分になるんだもの。本当不思議だわ」
「そ、そうか?」
実際年上なのだが、と思う。
「この前は、久々におじいちゃんと話したような気持ちになれたわ。あんなに打ち解けられたのは久しぶりだった」
初めてこの部屋に来た時、アレビヤは本当にいい笑顔を浮かべていた。
「おじいちゃん、いい人だったらしいな。エクソシストだったって聞いたぞ」
「……グレモワルが話したのね? はあ。そうよ。おじいちゃんはエクソシストだった。私の付けてるあのベルトは、おじいちゃんが使ってた物よ」
鏡台に置いてあるベルトには、相変わらず道具がたくさんひっつけられている。
「おじいちゃんはね、私みたいな変わり者に、悪魔の話をたくさん聴かせてくれたの。多分、本人は嫌だったでしょうけど」
「そうか? グレモワルのはなし方からしたら、ほんとうに孫おもいなおじいちゃんだったぞ? そんなふうには思ってなかったんじゃないのか?」
「どうでしょうね。今となっては聞く事もできないし。あと、この名前をつけた理由も」
膝で横になるアレビヤの目は、どこか遠くを見つめている。
「……はじめてあったときは、じぶんの名前がいやだってゆってたけど、ずっとそうなのか?」
「……違うわ。大好きだったわよ。名前。おじいちゃんが付けてくれた名前だし、レビヤタンは優しい海獣なんだって聞いてたから。でも、教会を襲ったあの恐ろしい悪魔を見てしまったら……もう、悪魔が好きだなんて言ってられなくなった。人にとりついていない実物を初めて目にしたあの瞬間、私の世界は全て吹き飛んだの。お花畑は燃え、緑の生えない荒れ地になった。私がお友達だと勘違いしていた存在は、実はとても恐ろしいものだったの……。同時に、名前も呪われたもののように思えてきたわ。私はそれから一生懸命、独学でエクソシズムを学んだの」
「……グレモワルたちはアレビヤのこと、心配してゆってるんだぞ? ちょっと言い方はきついかもしれないが」
「そんなの知らないわ。あいつらは教会を潰さないでくれって言ってるだけよ。確かに、父には迷惑かけてるけど……たまには手伝ってるし」
「たまには……?」
「べ、べつに構わないでしょ。手伝ってるだけマシよ」
アレビヤは起き上がる。
「あいつら、帰ったかしら」
「あいつらなんてゆうなよ」
「ふん。いいのよ別に。じゃ、引っ越し先見てくるから。後で荷物持ってきてね。日が暮れるまでにはなんとか終わると思うわ」
アレビヤはベルトを腰に着ける。
「話聞いてくれてありがとね」
「お、おう」
アレビヤは鏡で姿を確認する。ちょっと腰を振って道具を鳴らすと、満足したように頷き、外へ出て行った。
「……おちこんでるかと思ってたけど。大丈夫そう、だな」
外へ出ると、もうアレビヤは出かけたようだった。
グレモワル達もいなくなっている。
リデルはナキと、それぞれ箱を持ち、アレビヤの書いた地図の通りに引っ越し先へ向かった。
「ほんとうに迷路だな……」
「ですね、方角を間違えたらすぐに迷いそうです」
二又、三又の道に惑わされながらも、二人はなんとか辿り着いた。建物は今と変わらずまた地下に造られている様子。
だが、その前に何故かハイマシフォスがいた。
二人に驚きの色が浮かぶ。
さらにナキが指をさす。
「見てください!」
中から、縄で捕縛されたグレモワル達が出てきた。それを監視するハイマシフォスも、続々と出てくる。目に見えるだけ数えると、全部で十二名だ。
「なぜばれていたんでしょう?」
「わからん。でも、助けないとまずいのはたしか――」
「ウォラアアアアアアアアアアアア!!!!!」
雄叫びがあがる。
「え?」
二人は突然のことに固まってしまった。
アレビヤが、一人でハイマシフォスに突っ込んでいったのである。




