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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第一章 迷路の町カタスリプス
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第二十話 老教徒の昔話

 聖堂の扉を開けたのはノモスの聖職者ではなく、数人の一般庶民だった。誰かを探しているように見える。

 しかし油断はできない。あの恐ろしいストラティオが、一般人に紛れているかもしれないのだ。


「でも、どうやって、はんべつする?」


「ストラティオには泉の水が効きました。そのことからストラティオが悪魔の類だと仮定するならば、ストラティオは自分で十字を切ったりはしないと思うんです」


「十字をきる?」


「さっきアレビ――あの女が、手を額、胸、肩と動かしていたでしょう?」


「ああ。あれを十字をきるっていうのか?」


「はい。キリスト教徒が信仰を示すために行うようです。悪魔は十字架を忌み嫌いますから、自分で十字を示したりはしないってわけです」


「なるほど。じゃあ十字をきらせればいいんだな」


 リデルが頼みに行こうとすると、一般人たちは自分から十字を切って中に入って来ていた。


「て、手間が省けましたね。ストラティオではなさそうです。ノモスの聖職者も十字を切ったりしないでしょうから、彼らは完璧にキリスト教徒でしょうね」


 そう話していると、二人を見つけた教徒たちが近付いてきた。


「神父様はいませんか? お引越しをされると暗号が回ってきたのですが」


「しんぷ?」


「多分、あの女のお父さんのことでしょうね。今どこにいるんでしょう?」


 二人がキョロキョロしていると、食卓の扉が開いた。


「父なら今聖水を作ってるわ。しばらく話はできないわよ」


 アレビヤだった。何やら突き離した口調だ。


 まだ怒っているのだろうか、とリデルは思ったが、どうやら違うようであった。アレビヤの目は、教徒たちに真っすぐ向けられている。


「出たなエセ修道女!」


 中年の男が野次を飛ばすように言った。

 それをアレビヤが鼻で笑う。


「エセ? いつも言ってるけど、私はれっきとしたシスターよ。さっさと祈って帰りなさいこの馬鹿教徒ども」


「ほれ、その口の悪さ! 神に仕えるもんならそんな風な口はきかん!」


 年長の教徒が怒鳴る。


「うるさい、あんたみたいな敬虔な教徒ならそんな風に怒鳴ったりしないわよ!」


 アレビヤの叫びに別の教徒が言い返す。


「そう言うそっちはどうなんだ! いつも喧嘩を売ってくるくせに!」


「喧嘩を売ってるのはそっちでしょう! 影愚痴ばかり叩いて!」


「それはあんたの被害妄想だ!」


「いいえ、ちゃんと聞こえてるわ! 信仰心がないとか、名前が呪われてるとか!」


「事実だろ! お前に信仰心が無いのは態度を見ればよく分かる! 名前も悪魔からとったそうじゃないか!」


 アレビヤが怯んだ。


「この聖堂がやっていけてるのは神父様がいるからだ! 祓魔師の真似ごとばかりして、神父様に迷惑をかけて! 最近神父様がお疲れになってることくらい、娘なら気付くだろ!」


「う、うるさい!」


「もっとお父さんを気遣ってやったらどうだ! ここにいるのを見るのもほぼ一年ぶりだぞ! 服も私服じゃなく、きちんとした正装を着なさい! それで仕事を手伝ってあげて――」


「う、うるさいうるさいうるさいッ!」


 アレビヤが地団太を踏み、聖堂はしんと静まり返った。


「私だって、精一杯やってんのよッ! 精一杯ッ! あんたちみたいな他人に何が分かるのッ! 邪魔しないでッ!」


 アレビヤはそう喚き散らすと、教徒たちの脇を走り抜け、自室のある扉に駆けこんで行った。


 扉の木の音が反響する。


 教徒たちはうつむいて黙り込んだ。


「……どういうことですか?」


 ナキが静かに尋ねた。教徒たちは暗い顔を見合わせる。年長の教徒が口を開いた。


「彼女も、苦労しておるんじゃよ」


「?」


「君達、アレビヤと最近一緒におるじゃろう? お友達かね?」


「なかまだ」


 年長の教徒は、インクで線を引いたように細い目を見開いた。


「なかま! ほほう、あの子がのう……」


「おじいさん、あれびやのことよく知ってるのか?」


「知ってるも何も、小さいときからずっと一緒じゃったからの。せっかくじゃ、年寄りのたわごとでも聞いていけ。終わる頃には、アレビヤも落ちついとるじゃろ」


 年長の教徒が、椅子に腰を下ろすと、他の教徒も椅子に座り始める。リデルとナキも、彼らに(なら)って座った。年長の教徒は、唇を湿らせて喋り始める。「少し長くなるが、わしが寝てしまったら起こしてくれ」と前置いて。



「わしはグレモワル。生まれてからずっと、主に身を捧げてきた者じゃ。もうかれこれ七十近いが、二十年前のことはありありと目に浮かぶ。今の神父様のお父さん、つまりアレビヤの祖父が、孫を紹介してきたときじゃ。その子が、なかなかにでかい口を叩く子でなあ……」

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