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天秤世界のオオカミ幼女  作者: 鵺這珊瑚
第一章 迷路の町カタスリプス
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第十四話 幼女、大人の集団を撃退する

 大通りが終わり、東の大門――先日山へ向かった時とは真逆の門――をくぐった。


 道は比較的狭くなり、タイルだった床が剥き出しの地面に戻る。大きな建物に代わって背の低い貧相な建物が増え、ところどころ空き地も目立つようになってきた。リデルがナキに、ここは何かと尋ねる。税金を納められない人たちが町外に勝手に作った居住地なのだと説明してくれた。


 さらに歩いていくと、家はまばらになり、手のつけられていない木々が目につくようになってくる。泉は、この先の森にあるらしい。


「ところで話は変わるんですが、お二人はどこの信徒さんなんですか~?」


 少女がそう尋ねてきた。ナキから手を離してから、口調は丁寧語に戻っている。


「ちょっと気になっちゃって~」


「どこって、どこでもないよ」


 リデルがさらっと言うと、少女が驚いて口に手を当てる。


「へ~。珍しいですね~。ナキくんもそうなの?」


「はい。あまりそういうのには興味なくて」


「あら。じゃあ親御さんはどうだったんです?」


「親も同じです。でもあえて言うなら、考え方は少しファリジオンに近かったですかね」


 リデルがなんだそれって顔をする。


 対して少女は覚えがあるようだ。


「ファリジオン教ですか~。自然信仰の強い宗教ですね~。あまり好きじゃないですが」


「そうなんですか?」


「ええ~。ほとんど良い思い出が無くて。特に、悪魔信仰のある南部は危険でした~」


 街に住む子どもが遠出するのだろうか、と二人は思う。


 森に入った。市街地の姿は跡形もなく消え失せ、鳥の鳴き声やシカが木の皮を剥ぐ音がよく聞こえるようになってくる。


「泉、もう少しですね~」


「だな。……そういえば、ヘルファはなんで泉へ?」


「え、えっと。喉が乾いたんです~」


明らかに取り繕うような調子だ。


「のどがかわいた?」


「あまり井戸水はおいしくないんですよ~。だから、たまの休みにはこうして水を飲みに行くんです~」


 少女は汗粒を浮かべて弁解する。

 リデルはもう疑心暗鬼になっていた。筋はかろうじて通っているが、やはり怪しい。そう思ってしまう。


 気を紛らわせようと、ところどころ始まっていた紅葉に目を向けた。


「葉のいろ、ふえてきたなー」


「そうですね。見張りも増えてきてますが」


 確かに、さっきからよくノモス教の聖職者とすれ違っていた。


「こんなに警備を展開するとは、本気でキリスト教徒を捕まえるつもりらしいですね」


「何~? キリストがどうかしたの~?」


「い、いえ、何でも無いですよ」


 ナキは両手を使って否定する。

 リデルは少女に聞こえないよう、ナキに囁いた。


「なあ、あやしくないか」


「何がです?」


「ヘルファだよ。おれはいろいろあやしいと思うんだが」


「そうですかね。そういう人なんじゃないんですか?」


「じゃあなんでおれらの名前知ってたんだよ。あいつ、ぜったいノモスのかんけいしゃだ」


「……根拠は首の紐ですか?」


「それもある」


 二人が少女を訝しげに見る。少女に全く気付く様子はなく、軽やかにスキップを続けている。


 三人はさらに歩き、とうとう泉へ辿り着いた。宝石を溶かしたような水色は澄んでおり、水面は木漏れ日をキラキラと反射している。円形で、直径はナキを横に二人並べたくらいの大きさだ。

 ノモスの見張りは五人ほどで、そのうち三人は隅の方で談笑している。


「おい、あいつらさぼってるぞ」


「聖職者といえども、人間は人間ですから」


 リデルたちは見張りに水を汲む許可を貰い、ビクビクしながらバケツを動かす。


 少し水が浅くなっていたので苦労したが、バケツに水を満杯に入れる事ができた。二人はほっと息をつく。なんとか任務完了だ。


「じゃあ、帰りましょうか」


 あとは真っ直ぐアレビヤの所へ帰るだけ——そう思った矢先、少女がひっと声を上げた。見ると、来た道から男の集団がやってくる。人数は50ほどだろうか。手にはなにも持っていないが、殺気のようなものを感じる。


「あいつらもみず汲みにきたのか?」


「……違うでしょう。ほら、見覚えのある顔が」


「どれどれ……あ、おやぶんだ」


 先頭で集団を率いる人物は、この間リデルを捕まえようと襲って来た奴だった。

 集団はリデルたちの前で立ち止まる。


 リデルはナキから降り、対峙した。


 緊張が走る。


「よお、おやぶん」


「急に馴れなれしいな! 俺はお前の親分じゃない!」


「おお、おお、血気さかんだな」


 リデルが馬鹿にした笑いを浮かべる。


「この野郎……。まあいい。今日はこの通り、俺の子分たちを連れてきてやったぞ」


「なんのために?」


「もちろんお前を売り飛ばす為さ! 可愛い上に強いとなれば、貴族たちも大喜びだろうよ!」


「つよいは良いが、かわいいはゆうな」


「うるせえ。とにかくだ、お前には捕まってもらおう。この数だ、前みたいなまぐれは起きようがねえなあ!」


 リデルは親分の後ろを見やった。控える男たちは、どれも体格が良い。少なくとも、前に相手をした子分よりは強そうだ。


「じゃあ、早速だが相手してもらおうか。死んではくれるなよ? お前は商品だからな!」


 やれ! と号令が掛かり、男たちが襲いかかってくる。


「ナキ、ヘルファと一緒に下がってろ!」


 リデルは一抹の期待を込め、見張りをちらりと見た。だが彼らに止める様子はない。むしろ面白がっているようにも見える。


(このやろう、見世物じゃねえんだぞ!)


 そう考えている間に、男たちがすぐそこまで来ていた。手を伸ばし、体を掴もうとしてくる。リデルはふわりと跳躍し、それを交わす。


(ほんとうはやりたくないが)


 そのまま身体を回転させ、一人の鼻を蹴飛ばした。骨の折れる音がして男が吹っ飛ぶ。男は派手に木に衝突して動かなくなった。高い鼻が曲がり、血が流れだしている。どよめきが起こり男たちが怯んだ。


(インパクトあったみたいだな)


 リデルはその隙をつく。集団の中に着地し、ウインドミルのごとく足払いをかけた。一人が倒れると、固まっていた男たちは連鎖するように倒れていく。リデルは再び跳躍すると、倒れた男の顔につま先で着地した。そのままテンポよく、男たちの顔をつま先で踏みつけていく。男たちは次々と戦闘不能になっていった。つま先で踏まれると力が多くかかるうえ、顔はそもそも急所が多い。


「お、おい、ヤバくねえか」


 男たちは既に逃げる体勢をとり始めていた。


「逃げるならいまのうちだぞ?」


 リデルはそう言って拳をもみもみする。

 その笑みはまさに狂気。


 一人が恐怖に叫ぶ。釣られるように、こぞって大多数が逃げて行くと、リデルの前に残るは親分含めて四人になった。


 リデルが一歩近付く。


「た、たすけてぐふぁッ!?」


 命乞いをした子分に、神速の一発。


「いのちだけはドゥへッ!?」


 続けて二人目。


「やめゴホッ!?」


 三人目。


 ものの十秒ほどで、親分だけになった。


「お前もにげるならいまのうちだぞ? なかまを思うきもちが本物なら、さっさとかえって手当てしてやれ」


「ぐっ……!」


 親分は悔しさに歯をくいしばる。

 そして項垂れた。


「……わかったよ。もうお前は狙わねえ。お前はバケモンだ」


 リデルは暖かく笑みを浮かべる。


「よかった。じゃあ早くかえって……」


「と、俺が言うとでも?」


 親分がニヤリと笑った。


「!?」


「お前は今日ここで死ぬんだよ!」


 親分がポケットからナイフを取り出す――が、その時にはもうリデルの拳は親分の腹を捉えていた。

 親分が膝をつき、崩れ落ちる。


 リデルは倒れた親分を見下ろした。


「コイツもこれでこりただろ。というか捕まえるんじゃなかったのか……」


「大丈夫なんですか?」


「いたくなさそうな部分をえらんだから大丈夫だ」


「急所を外したってことですか? どこでそんな知識を?」


「いやかん(・・)だよ」


「勘!? それでなにかあったら……」


「で、でも、てかげんもしたし、だいじょうぶだ」


「……先輩が言うのなら、まあなんとかなるでしょう……根拠はないですが……」


 リデルは少女に目を向ける。


「だいじょうぶか?」


 声を掛けると、少女は顔を赤らめうつむいた。


「ええ……なんとか。わたし、リデルちゃんに惚れちゃいそう」


「!?」


 妙に真剣な顔に、リデルは目を白黒させる。


「お、おんなどうしだぞ!? こころは、おとこだけども!」


 必死に言うと、少女は微笑みを浮かべた。真面目な顔は隠れてしまう。


「もう、冗談よ~。本気にしないで。さ、帰りましょう」


 リデルは目を細めた。


「まったく、ふしぎなひとだ……」


 三人は、気を失っている男たちの間を縫って帰路につく。


 が、そのとき、後ろから叫ぶ声がした。


「祭司! あいつら、キリスト教徒です!」


 親分の声だった。まだ意識があったようである。

 呼ばれたハイマシフォス達が、こちらに注目した。


「あいつら、間違いなくキリスト教徒です! 捕まえれば分かります!」


 ハイマシフォス達が集まって相談し始めた。


 ナキが憤慨する。


「なんの根拠も無いのに信じるんですか、あの人達は!」


 少女がハイマシフォス達に大声で呼びかけた。


「違いますよ~! この方たちは、ファリジオン教徒です~!」


「事態悪化させてますよヘルファさん! 奴ら、異教徒は全部根絶やしにするつもりなんですから! さあ先輩、早く逃げましょう!」


 ナキはリデルを担ぎ、少女の手をとって走り始める。

 すると突然、後ろで赤い光が上がった。かと思うと前方の地面に、十個ほどの幾何学模様が浮かび上がる。


「なっ!? 先輩、魔法陣です!」


「魔法陣?」


「魔法の使用に用いる模様のことです! 詳しくは知識不足で分かりませんが、魔術書には召喚に用いるのが一般的だと言う記述がありました!」


「じゃあ、なにがでてくるんだ……!?」


「きゃ~怖い!」


 少女のわざとらしいとも言える声が響く。

 息を飲んでいると、10ほどの魔法陣の中から、何かが現れた。


 人型の怪物だ。


 体は服を着た人間、しかし頭はヤギ。首からだらだらと血を流していて、目は虚ろ……。


 アレビヤの解説が蘇ってきた。


「これがストラティオか……!」


 リデルはその雰囲気に竦んでしまう。


 彼らストラティオは、こちらの姿を捉えると、おどろおどろしい咆哮をとどろかせ、こちらへ襲いかかってきた……!

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