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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
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やわらか、てくびー

 ようやく騒ぎが鎮静化してからも、クラス中から向けられる好奇の視線が止むことはなく、何人かは話しかけたい様子でそわそわと落ち着かない。

 そんな浮ついた雰囲気の中、教師である妙齢の女性は厳格な表情を崩さず、生徒たちに目を光らせて職務を全うした。

 初めに休み明けの挨拶を軽くすると、一度だけミリアちゃんに視線を向けたが平然と授業内容へ話を移す。


「わかっていると思いますが、最初の授業は六学年との合同で剣術実技になりますから、速やかに運動場へ移動するように。以上です」


 それは言うなれば朝のホームルームだったのだろう。

 教師が出て行くと他の生徒たちも名残惜しそうにミリアちゃんを横目に見つつ、教室からの移動を始めた。

 ……そういえば教科書や筆記用具はないのか?

 実技だと言っていたので必要ないのかと流しかけ、ミリアちゃんが手ぶらで登校していたのに今さらながら気付いた。


〈ミリア、授業を受けるのに必要な道具はないのでしょうか?〉

「教本やペンでしたら、必要な時に渡されますよ」


 まさかの全支給!?


「でも授業の内容を書いておく筆記帳だけは新しい物ではなくて、それぞれ専用の物が毎回用意されていますね。終わったらまた回収されますけど」

〈持ち帰って復習はしないのですか?〉

「えっと、そうしたい時は先生か職員さんに頼めば、帰る頃には屋敷に届けて貰えたはずです」


 貴族として特別扱いしないとはいったい……ああでも、これが学士院での普通の扱いなのだとしたら、まったく特別ではないワケか。

 なにかがおかしいけど、これも貴族特有の感覚だと考えておこう。


 ……待てよ?

 嫌な予感にぞくりと寒気がした。存在しないのに動悸が激しく脈打つ。

 支給されるから荷物がない。

 とすれば……ま、まさか『ランドセル』も存在しない……?

 あ、あり得ないと言いたいが、事実としてミリアちゃんはなにも背負わずに登校していた。それだけじゃない、今朝から教室に至るまで、ランドセルを一度だって見かけなかったのだ。

 始業式だから、休み明けの初日だから、そう思い過ごしだとしていたけど、もはや無視はできない。

 いやしかし、そんなバカな……!

 俺の推測によると学士院は、過去に召喚された勇者たちが創設したはずだ。なのにランドセルが存在しないなんて、いったい勇者共はなにをしていたんだ!?

 ふざけるな! ふざけるなっ! 馬鹿野郎ォォォォッ!!

 絶望に染まった慟哭は脳内の大海原に響き、内心で涙を滂沱させる俺だった。




 十分後。

 さすがは過去の勇者だ。やってくれると信じてたぜ!

 などと、この世界に希望が充ち溢れている喜びを噛み締めながら、手の平をぐるりと回転させる俺がいた。


 やわらか、てくびー。


 こんな光景を見せられたら手首もぐにゃぐにゃってもんですよ!


 いつになくハイテンションで訴えかける俺の前には、失われし宝があった。これでテンションを上げずに、いつ上げるというのか。


 それは遡ること数分前。

 授業が剣術実技ということは……つまり運動することに他ならない。

 運動場に移動するところからも激しい動きが予想できる。それには制服のままではなく、適した服に着替えるのが常識だろう。

 ちなみに、俺はミリアちゃんの着替えシーンを覗いたりしないよ。心は紳士、体は元紳士服だからね。

 その最中は意識を内側へと向けて、視界も閉ざしていたのだ。

 だから、俺がそれを目にしたのは運動場へと到着してからだったし、ミリアちゃんは運動服の上から俺というマフラーを巻いているため、すぐに気付けなかった。

 でも、間違いない……!


〈ミリア……その運動服についてですが〉

「このブルマがどうかしましたか?」


 そうだ、もはや幻となった白い体操着と紺色のブルマだ! ひゃっほぅ!

 ええ、本音を言いますとわたくし、肉付きの良いむちっとした太股に、丸いお尻の曲線がそれはもう大変お好みなのですが……それはそれですな。

 細身のミリアちゃんは惜しげもなく、すらりとした健康的な脚を晒しており、それもまた良しだ。

 ちゃんと胸の辺りに『みりあ』のゼッケンが縫われているのもキュートである。

 だけど、ここで焦ってはいけない。

 努めて冷静に、平静に、なぜブルマなのかを聞いてみた。


「これはずっと昔、召喚された勇者のひとりが考案したとされていまして……」


 どうやら勇者の中にも、この世の真理を知る者がいたらしい。

 俺は、勇者という胡散臭い集団がいまいち気に入らないと思っていたけど、ここに来て一気に評価が爆上げしている。

 今なら勇者様と仰ぎ、敬意を払えそうだ。


〈なるほど。しかし、よく今まで残っていましたね。なんと言いますか、随分と独特なデザインなので拒否する方も出そうですが〉

「そ、そうですよね。もう慣れていましたけど、最初は恥ずかしくて……でも学士院側から指定された服ですし、実際に着ると動きやすいんです」


 よくやった学士院!

 俺が皇帝なら、責任者に紺色ブルマ勲章を授けているところだ。

 そして言われるまで本当に気にしていなかったのか、ミリアちゃんはもじもじと動き辛そうに太股をすり合わせている。

 くっ、だがマフラーとして巻かれていては満足に鑑賞もできないじゃないか!

 こうなれば、いずれ【人化】した状態でも、ゆっくり見学できる環境を構築しなければなるまい。

 今は素直に諦め、ミリアちゃんの体操服ブルマ姿を褒めちぎろう。


〈とても似合っていますよ、ミリア〉

「えへへ……ありがとうございます」


 運動場は男女別になっているのが幸いだった。こんな可愛らしい姿を、他の男子生徒に拝ませるには三百年ほど早い。

 ふと見回すと、運動場には他にも多くのブルマを着用した幼女だらけで、この場は楽園と化しているようだ。

 それも貴族令嬢だからか、誰もが容姿端麗でかわいらしいと言えた。

 だが俺は断言する。

 どの幼女よりもミリアちゃんが一番だとね!


「あ、クロシュさん、アミスがいましたよ」


 と、そこに同じくブルマ姿のアミスちゃんがやって来た。

 おおう……姫騎士の雰囲気を持つ彼女のそれもまた、実に素晴らしい。

 肉体的にもミリアちゃんより成長しているため、心なしか色気のようなものすら感じられる。

 早くも前言撤回しそうな俺を許してくれミリアちゃん……!

 などとひとりで盛り上がっている間に、二人は挨拶を交わしていた。


「ミリアは教室でなんともありませんでしたか?」

「ええと、実はちょっと騒ぎになりました……」

「やはりそうですか……私のほうも似たような感じでしたよ。ちゃんと注意しておくべきでしたね。どうもクロシュさんの功績が凄すぎて、私たちは霞んでいる気がしていたのですが、そうでもないようで」

「わかります」


 こくこくとミリアちゃんが頷いている。わかるのか。

 どうやらアミスちゃんも、教室でクラスメイトから騒がれて苦労したらしい。

 ただ、そこで二人の違いが出ていた。ミリアちゃんが声をかけられたのは一度だけで、ほとんど話しかけられずにやり過ごしたけど、アミスちゃんは人柄からも丁寧に言葉を返して収めたという。

 あまりミリアちゃんは、そういうの得意じゃないみたいだからな。

 ちなみにソフィーちゃんは自慢げに語ってクラスの心を掌握し、ミルフレンスちゃんは声をかけられそうになると瞬時に脱走し、すべてスルーしたそうだ。

 思いきり個性が出ていて、ちょっと面白い。

 続けて話題は、今の授業である剣術についてに移る。


「やっぱりアミスは心影級でやるのですか?」

「ええ、早く迅雷級まで上がりたいですからね」

「私は未だに疾風級です……」

「ミリアの学年ならそれでも平均でしょう?」

「そうなんですけど……」

〈迅雷級とはなんでしょうか?〉


 なんだか聞き慣れない言葉が聞こえたので、つい口出ししてしまった。


「え、もしや今の声は……」

〈驚かせてすみませんアミス。ちょっと気になったもので〉

「い、いえいえ、まさかクロシュさんが来ているとは思わず、少しびっくりしただけですから。そのマフラーですか?」

「そうですよ。見た目も綺麗ですけど、触り心地も良いんです」

「さ、触ってみてもいいですか?」

〈どうぞ〉


 二人して俺の一部を弄ってきゃっきゃと喜んでいる光景は、ちょっとだけ背徳的だ。いや傍目にはマフラーを触っているだけだが。

 そういえばアミスちゃんたちに俺も来ることは教えてなかったな。

 すぐに会えるし、ちょっとしたサプライズをしようと思って黙っていたのもあるけど……やっぱり俺が学士院に入り込んでいる現状はマズいのだろうか?

 今さらながら心配になった俺は、それとなく確認する。


〈アミス、私がここにいるのが知られると、良くなかったりするのでしょうか?〉

「それは……許可が取れれば大丈夫だと思いますけど、まだ申請していないんですよね?」


 うーむ、防寒具だからで押し通せるかと思ったが、そう甘くはないか。


〈すみませんミリア、あとで私から頼んでみます〉

「あ、では一緒に行きますね。私もクロシュさんと登校したいですから」

「ありがとうございます、ミリア」


 まあ、いざとなったら聖女の特権を行使すればいい。

 こういう時に使わないで、いつ使うんだってね。

 欲しくもない称号を押しつけられているんだ、それくらい許されるだろう。


「それで、階級についてでしたね」


 アミスちゃんの声は朗々としていて、説明も実にわかりやすかった。

 まとめると、彼女たちが学士院で修めている剣術……『皇帝国式・刺突剣術』を含んだ帝国の武術全般には、全部で六つの階級があり、各分野においてすべてを習得すると一流の剣士として認められるそうだ。

 公式試合や大会への参加資格でもあるため、武家に生まれた生徒の多くは、その勇名を求めて修練に励むという。

 今のところアミスちゃんが心影級、ミリアちゃんが疾風級で、これがどの程度の階級なのかというと下から順に……。


 疾風級、静林級、猛火級、大山級、心影級、迅雷級となる。


 つまりミリアちゃんは初心者、アミスちゃんは中級よりやや上ってところか。

 それぞれ戦いに必要となる心構えと技術を教える意味もあり、だからこそ、すべてを習得すれば一流となれるワケだ。

 あくまで貴族向け……対人の、それも試合形式で用いる武術みたいだけどね。

 魔物や魔獣といった怪物を相手とする実戦では役に立たないだろう。


「私は以前から習っていましたが、最近は少しだけ行き詰っているように感じていたんです。でもクロシュさんや、ヴァイスさんのおかげで以前よりも感覚というんでしょうか、何かが掴めそうな気がしているんです」


 そう話すアミスちゃんの表情は晴れやかで、目標に向かって邁進する気概のようなものに満ち溢れていた。

 一方で伸び悩むミリアちゃんの浮かない顔が対照的だ。


「アミスはまだ大山級ですが学士院で一番強いんです。それに比べて……」

〈……ミリア、人には得意な分野というものがあります。私だって剣術という領域においては恐らくアミスにも勝てません〉

「そ、それはいくらなんでも謙遜し過ぎですよ」


 照れるアミスちゃんだけど、これは嘘偽りのない事実だ。

 実戦となれば俺のほうに分があるけど、剣なんて持ったこともない俺が正式なルールの中で戦えば、一方的にやられる可能性が高い。


〈逆にアミスが魔道具の研究をして、あの杖を扱うことはできないでしょう。あれはミリアだからこそ可能だったと私は思っています〉

「クロシュさん……」


 剣術と、魔道具研究。

 まったく違う分野なのだから、優劣を気にしても仕方ない。

 それなら自身が得意とするものを伸ばし、無二の才能とするほうが、よっぽど建設的だろう。

 

「私は魔道具で……ですか」


 まだ納得していないようだけど、ひとまず落ち込むのはやめたようだ。

 そもそもミリアちゃんには俺という防具があるのだ。杖の研究をするのもいいけど、それだって便利という枠を出ない。

 似たようなことは俺単体でもできるからな。

 だとしても、ミリアちゃんの努力を否定する気はない。結果はどうあれ、頑張ってなにかをするのは心の糧になると俺は考えている。

 どんなにミリアちゃんが優秀でも、性格が捻じ曲がった人間にはなって欲しくないからね。

 少しくらいダメな部分があっても、心は清いままでいて貰いたいものだ。


 そうして話していると、いよいよ授業が始まった。

 合同と言うだけあり、時には四学年と六学年で軽い試合をしたり、上級生同士の試合を観戦したり、上級生は下級生に教えることで技術への理解度を深めるといった感じで授業は進む。

 そして、聞いていた通りアミスちゃんが大活躍を見せた。

 同学年の何人かとフェンシングのような試合を繰り広げたのだが、あっという間に切っ先が丸いレイピアで防具の上から斬り付け、勝利を重ねていた。

 学士院で一番だというのも頷ける。

 なんというか他の生徒と比べて、素人目に見ても動きが違ったのだ。それに加えて一連の動作が素早いのに、相手をフェイントで誘ったり、かと思えば一気に攻め込んだりと、ころころと手を変えては常にペースを握り、圧倒していた。

 一方ミリアちゃんは……とても頑張ったと言っておこう。

 とりあえず、へっぴり腰を直すところから始めるよう助言しようと、預けられたアミスちゃんの腕の中で決めるのだった。




 剣術の授業が終わったあとも、いくつかの授業を俺は見学した。

 いやまあ、内容はよくわからなかったので、そこは割愛しようかな。

 ただ、やはり学士院の設備と、生徒の待遇がいい。

 運動場にはシャワー室も備えつけられており、汗を流してさっぱりした気持で次の授業を受けられる。

 あの体操服も支給された物で、置いておけば学士院側で洗濯して次回までに用意してくれるし、下着に関しても予め各自が持ち込む必要があるものの同様だ。

 なお、女子生徒のものは、女性職員が担当するので安心である。


 休憩時間も長く、ひとつ授業が終わる度に二十分は間があった。

 これは授業自体が短く、一日の授業数も午前中に三回、午後に二回と少ないため可能な、ゆとりのある教育だ。

 いや……うん、悪い意味じゃないんだけど、こんなんでまともな教育と呼べるのかはちょっと怪しい気がしなくもない。


 ともあれ午前の授業は終わり、昼食の時間となった。

 学士院には食堂も完備されており、とんでもなく広い部屋に、レースで飾られた白いクロスがかけられたテーブルが並ぶ。

 その間を縫うようにして、料理を乗せた台車を押す配膳係がいた。

 生徒は好きな席に座って近くを通りがかった配膳係に言えば、好きなだけ料理を受け取れる仕組みらしい。

 しかしミリアちゃんは席に座らず、壁際にあった階段を上がって行く。食堂には吹き抜けの二階もあるようで階下を一望できた。

 そこにもテーブルが用意されているが、一階にある物とは明らかに違い、全体的に装飾が豪華になっている。


〈なぜ、こちらに移動したのですか?〉

「ここは上位貴族だけが利用できる特別な席なんです。普段は使わないんですけど、ちょっと落ち着いてクロシュさんと話がしたかったので……」


 平等とか分け隔てないって言ったの誰だっけ。

 思いっきり地位の高い貴族だけ特権を得られている学士院にツッコミを入れたいけど、今はそれどころじゃない。

 普段は使わないというミリアちゃんが、わざわざ訪れてまで俺に相談があるというのだからな。

 ひとまずミリアちゃんが食卓に着くと、配膳係がやって来て、あれこれと料理を並べる。こちらの席では専用の係員がいるようだ。どこまでも特別だな。

 それも去って、周囲に誰もいなくなってから俺は話しかける。


〈それで、私に話とはなんでしょうか?〉

「……さっきの、アミスとのことです」


 もしやとは思っていたけど、やはりそれか。

 まだ剣の腕ではなく、魔道具への理解を深めるという、自分に合った方向で努力すればいいと言った俺の言葉に納得できていないのだ。


〈ミリアは、なにを目指しているのですか?〉

「それは……」

〈なにを目標としているのか。それが一流の剣士になることであれば私は応援します。ですがそれは手段で、本来の目的があるのでしょう?〉


 じゃなきゃ、ここまでミリアちゃんが頑なな原因が思い付かないからな。


「く、クロシュさんは、アミスがあれだけ強いのに、まだ上を目指している理由を知っていますか?」

〈単純に剣術が好きだから、ではなさそうですね〉

「それもありますけど、もっと大きな理由があるんです」

〈……その理由を聞いても?〉

「アミスは、ヴァイスさんに相応しい剣の使い手になろうとしているんです」


 つまり俺とミリアちゃんのように、アミスちゃんはヴァイスのパートナーになりたいワケか。

 だったら俺が一言ヴァイスに頼めば、すぐにでも引き受けてくれるだろう。

 そう思いつつ、なにか違う気がして話の続きを聞く。


「ですがアミスは、今はまだ自分がヴァイスさんに相応しくないと思っていて、だからもっと強くなろうと努力しているんです」

〈……ではミリアは〉

「私も、私も……クロシュさんに相応しくなりたいんです」


 そうか、そうだったのか。

 ようやく俺はミリアちゃんの意志と、自分の過ちを悟った。

 俺はいつの間にか、俺だけが強くなれば、それでいいと決め込んでいた。

 そこにミリアちゃんの気持ちを含めていなかった。ミリアちゃんがどうしたいのか、最も大切な部分を無視してしまっていたんだ。

 もしかしたらアミスちゃんに感化されたのか、それとも以前から抱いていたのかはわからないが……。

 俺を装備するに相応しい人間となり、そして足手まといにならないぐらい強くなったら今度は俺の手助けがしたい。きっとそう考えているんだろう。


「ですが今のままでは、いつまで経っても……」


 俯いて語るミリアちゃんの表情には、暗い影が差していた。

 きっとアミスちゃんが着実に前進する姿を見て、まったく進歩しない自分に焦りを感じているんだと俺は察する。

 だが、俺はそんなことを望んでいないのも事実だ。


〈……ミリアの想いは十分に伝わりました。それ自体はとても嬉しいのですが、私はすでにあなたを最高のパートナーとして認めています。だから相応しくないなんて、ミリアが思い込んでしまっているだけですよ〉


 俺はミリアちゃんのためなら、どんな願いでも叶えるけど、それが俺のためだと言うのなら話は変わってくる。

 だって他の誰かに装備されるつもりはないんだ。ミリアちゃんこそが俺のパートナーだと思っているし、そこに不満はない。

 今のままでも充分だと諭したいが……ミリアちゃんの意思は固いらしい。


「私の力不足は私が一番わかっているんです。クロシュさんは優しいからなにも言いませんけど、この前の時だって私は気を失っていて、気付いたらほとんど終わっていました……」

〈いえ、ですがミリアはひとりで上級悪魔を……ラエを撃退しました〉

「それもクロシュさんの力を借りたからです。私じゃなくても……私がいなくてもクロシュさんなら同じ結果を出せていましたし、もし私じゃなくて、もっと能力のある人、それこそアミスだったら……」


 想像していたよりも、だいぶ思い詰めているようだ。

 ……現実の話として、たしかにミリアちゃんは弱い。九日後の救出作戦のことを黙っているのも、結局は俺がそれを認めているからだしな。

 ひょっとしたら、そんな俺の隠し事に、薄々と感付いているのか?

 ミリアちゃんのスキル【直感】ならあり得るぞ。

 と、ともかく、ここは本人が納得できる形にするのが得策だろう。


〈わ、わかりましたミリア。そこまで言うのであれば、私も協力を惜しみません〉

「本当ですか?」


 そういえば前にも同じように、ミリアちゃんが強くなるために協力すると約束していたな。

 たしか上級悪魔で、ヘルの孫であるラエちゃんを撃退したあとだ。

 ステータス的に体術も魔法も厳しいから、その時はレベル上げくらいしか思い付かず、問題を先送りにしていたのを思い出す。

 ……あれ、具体的な方法ってまだ考えてなかったっけ?


〈で、ですが、私もどうすればミリアが望む強さを手に入れられるのか検討する必要がありますので、少し時間を貰っても構いませんか?〉

「もちろんです。よろしくお願いしますクロシュさん。……あ、クロシュ師匠とお呼びした方がいいですか?」

〈そこは今まで通りでいいですよ〉


 くすくすと笑いながら冗談まで口にするミリアちゃん。

 どうやら機嫌は直ったようで一安心だ。

 でも、できる限り早く……救出作戦のあとにでも、すぐ始められるように案を練っておかないとな。




 食堂の二階で楽しげに話すミリアと、もうひとつの存在。

 生徒たちも、教師も、学士院のほとんどの者が気付かない招かれざる客を、彼女はいち早く察知していた。

 敵意は、まだない。

 ただ胸の内側で、もやもやとしたナニカが渦巻いているのを自覚した。

 それは親しげな二人を眺めていると、より一層激しくなり、大嵐の如く彼女の心を掻き立てるのだが――。

 今はまだ誰も、その行く末を知らない。

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