お互い様ですね
作戦決行は十日後……いや、もう九日後だ。
まだまだ余裕はあるが、それまでに準備をしなくてはならない。
まずはいつでも帝国の港まで移動できるよう、転移の魔法陣を配置する。
これにはノブナーガの配下でも、特に信頼できる騎士を動かして貰った。
耀気機関車でも港まで四日から五日はかかるそうだから、早めに用意しておくに越したことはないだろう。
設置場所についてだが、港には貸し倉庫も多く、そこの警備もしっかりしているという。布を一枚入れたところで怪しまれないとのことだ。
ただ実際に転移して、その倉庫から誰にも気付かれないように出入りするのは不便そうなんだけど、まったく手段がないワケじゃないのでガマンしよう。
「しかし、なぜ港に転移陣を?」
「ええ、まあ、いずれ必要になるかと思いまして」
この件に関してノブナーガから意図を探られたが、俺は咄嗟に誤魔化した。
というのも、仮に説明するとしてだ……。
ノブナーガはどんな反応をするだろうか?
もし政治的な理由から止められても、今さら中止する気などないし、そうなると最悪の場合、俺はエルドハート家から離反しなければならない。
あるいは参戦しようと奮起されても困る。
ただでさえ魔獣事変の後処理で奔走して家を空け気味なのに、さらに仕事を増やしてはミリアちゃんに申し訳ないからね。
もしかしたら割と素っ気なく『そうか、応援しよう』で済ませられる気もするけど、それならそれで終わってから報告したっていいだろう。
それと、当日の予定を空けておかなければならない。
今のところ予定は入っていないけど、急にミリアちゃんからデートのお誘いがあったら、俺は無意識に了承してしまいかねないからね。
なので予めミリアちゃんたちには九日後と、一応その前後も留守にするかも知れませんと話しておく。
行き先は城塞都市で、インテリジェンス・アイテム関連の用事があるからと言えば、ミリアちゃんもそれ以上は聞かなかった。
騙す形になったのは心苦しいが、正直に話せば協力しようとするのが目に浮かぶのだ。それを断っても悲しませてしまうだろうし……。
結局なにも伝えず終わらせる、という手段しか俺には選べなかった。
ともかく、これで準備は整った。
厳密には細々とした確認や調整が残っているけど、そこは焦ったってしょうがないし、他の用事だってあるから後回しでいいだろう。
それすらも終われば、あとは先に潜入しているヴァイスたちから連絡があるまで待機するだけだな。
これでよし……っと。
頭の中で予定を整理した俺は、真面目モードから日常モードに切り替える。
ついに、待ちに待った日が訪れた。
いよいよ今日から、ミリアちゃんが通う学士院の授業が始まるのだ。
〈なるほど。これが学士院ですか〉
「前にクロシュさんと来た時は裏から入ったので、正面は初めてですよね?」
〈はい。とても広く、それに整然とした美しさがありますね〉
そんなワケで、俺はミリアちゃんと共に学士院を訪れていた。
ミリアちゃんが行くのなら、どこへだってお供するからね。
ただし上位貴族と言えど、学士院内に護衛騎士どころか従者すら供回りさせてはいけないらしい。
なんでも、この学士院は貴族や大商人の息女ばかりが集まる施設のため、家の威光を振りかざす傲慢な人間に育たないよう、院内では平等で分け隔てない生活を心がけさせるための措置なのだとか。
要するに、自分のことは自分でさせて、自立を促すという感じだな。
だからカノンですら同行できないし、普通なら一緒に登校するなんて無理だ。
しかし、俺は普通ではなかったワケで――。
「本当に大丈夫なんでしょうか、クロシュさん?」
〈もちろんですミリア。今の私はただのマフラー、長い布です。従者どころか人間ですらありません、ならばミリアが身に着けて登校するのは当然です〉
そう、俺は【変形】によってマフラーへと大幅に姿を変えていた。
夜会の際に何度も思考錯誤を繰り返していたおかげで慣れたのか、もはや布であればどんな形体であっても余裕である。
色もパールグレイの制服に合わせて白っぽく【彩色】で染めて目立ち過ぎず、しかし清楚感を出している。
それと制服自体が整えられた帝都内の温暖な気候を前提としているので、マフラーは暑苦しいかと思い薄地にしてみたが、よく考えたら今の俺には【温度調節】というスキルがあった。
その名の通り、形状に関係なく装備者の体温を調節できる。
おかげでミリアちゃんを不快にさせることがなくなったので一安心だ。
「そうですね。大丈夫ですよね」
〈ええ。ところでミリア、アミスとソフィー、ミルフレンスはどこに?〉
学士院に通うのはミリアちゃんだけじゃない。アミスちゃんたちもまた、この学士院へと向かっているはずなのだが……まだ姿が見えない。
先ほど通った正面門までは自前の耀気自動車に送迎される。あとは歩きで門から入り、やたら広い庭を進み、やがて城のような学士院に辿り着く。
つまり門からは一本道なので、必ずこの道を通るはずなのだが、ちらほらと見かけるのは見覚えのない顔ばかりである。
「学年が違いますから、先に行ってしまったのかも知れません」
〈そんなことがあるのですか?〉
「全生徒が同じ時間帯に登校したら、混雑になりますから」
そうだろうか?
地球での感覚からすると、数百人の子供たちが一斉に学校へ押しかけても、これといった問題などなかった記憶がある。
もちろん生徒の数と、学舎の広さにもよるので確認してみたところ、学士院に在籍する生徒は三百人にも満たないらしい。
そして目前に伸びている道幅はとっても広い……。
ひょっとして、貴族特有の感覚での混雑なのか?
庶民からしたら賑やかとしか映らない程度だったりしそうだ。
「授業も学年で別々ですから、みんなと会えるのは昼食と休息時間、あとは合同授業中だけですね」
〈ほう、合同授業ですか〉
名前からすると、違う学年同士でひとつの授業に参加するあれか。
「今日も最初から合同で……あ、たしかアミスの学年と一緒だったはずですよ」
〈と……それは、楽しみですね〉
登校初日なのに始業式はないのですか? と言いかけて途中で言葉を濁した。
三百年もずっと眠っていたのに、学校行事について詳しいのは変だと思ったからだ。俺が転生者であることは秘密にしておきたいし、今後も怪しまれそうな発言には注意しておこう。
きっと合理性を重視して、無駄に長い校長の話はカットされたのだと勝手に納得しておく。
あれが必要かと聞かれても、俺は心の底から不要だと断言できる。
それからミリアちゃんは城のような……というか実際に城の一部である学士院へと入った。
靴を履き替える下駄箱なんてものはなく、すぐに制服を受け取った時にも訪れた豪奢なエントランスホールが広がる。
なるほど、ここに繋がっているのか……あ。
ふと思い出して、俺は大階段の上へと視線を向ける。
そこには生徒が数人ほどいるだけで、あの人形のような幼女はいなかった。
ちょっとだけ気になっていたんだけど、いずれ会えるかな?
こっそりと期待しつつ、ミリアちゃんが向かう先へと視線を戻す。
ミリアちゃんは大階段を上らずに、前回とは違った脇の通路へ入ると、しばらく歩いてひとつの部屋の前で立ち止まった。
扉には『四学年』のプレートが貼られている。
途中で見かけたプレートには『三学年』もあったので、生徒数が少ないから学年別でひとつの教室にまとめているようだ。
慣れた様子でミリアちゃんは扉を開ける。
「それでさぁ……あっ」
「お、おいっ」
「来たぞ……!」
教室へ入った途端、一瞬だけ時間が止まったかのようだった。
クラスメイトと思われる生徒たちは、それまで自由に会話を楽しんでいたようなのに、こちらをちらっと見ては、なにやらヒソヒソと言葉を交わしている。
より具体的に言うと、ミリアちゃんを見て、だ。
いったい、なにが原因なんだ?
悪意や敵意といった暗い感情は込められておらず、単なる好奇心からの視線にも思えるが、当のミリアちゃんが涼しい顔をしているので逆に不安になる。
これではまるで、イジメられているようではないかと。
――いやいや、まさか。
同学年なのだから、この教室にいるのはミリアちゃんと同じ九歳のはずだ。
そんな幼い頃から陰湿なことをするとは到底……するのか?
僅かだが記憶に残る、テレビに映ったニュース番組の映像が蘇った。
字幕テロップには陰鬱とした単語が並んでいる。
飛び下り、集団心理、教師の無関心、言い出せない児童……。
無邪気ゆえの残酷ってこともあるか?
改めて教室内を見渡す。
壁は温かみのある色合いをした材質で、大きなガラス張りの窓からの日差しを受けて室内を明るくしている。
奥に設置された教壇らしき物の正面には緩やかな階段があり、後ろへ行くに連れて少しずつ高くなり、その左右にいくつかの長テーブルが横並びになっていた。
そんな小学校や中学校というより、大学の講義室みたいな造りをした教室には現在、生徒が四十人ほどいる。
男子と女子がおよそ半々でそこに大きな差はないが、誰もが内緒話を続けており、中にはなにかのタイミングを窺っている節も見られた。
〈あの、ミリア……〉
「どうかしましたか?」
恐る恐る声をかけてみるが、やはり反応は薄く、何事もないかのように最後尾の席へと座った。
というか気付いていないのか?
そもそも学士院での生活になにか問題があれば、例えすべてを言葉にし辛くとも相談ぐらいはしてくれるだろう。俺とミリアちゃんの間には、それほどの絆があると俺は信じている。
だから意を決して、クラスメイトについて窺うことに決めた。
〈どうも周囲が騒がしいと言いますか、様子が妙だと言いますか……〉
「言われてみれば、いつもとは違いますね」
〈いつも?〉
「えっと、実はちょっとだけクラスから浮いていまして」
〈……そうなのですか?〉
「あ、でも安心してください。それは私の家柄が少しだけ他と違うから、どう接すればいいのかわからないみたいだとアミスに教わりました」
いまいち納得できないが、どうやらエルドハート家は他の貴族とは毛色が違うとでも言うのか、特殊な立ち位置にあるらしい。
まあでも、ノブナーガの貴族らしからぬ性格からも、なんとなく理解できる気もする。おまけに先祖が伝説の聖女ミラちゃんで、現在でも魔獣の脅威から帝国を護る役割を担っているのだから、そういう物なのだろう。
脳筋ノブナーガはどうでもいい。肝心なのは子であるミリアちゃんだ。
アミスちゃんによれば、次期当主となるミリアちゃんもまた貴族たちから特別視されており、そんな親を持つ子供たちはミリアちゃんにどう接すればいいのか曖昧で、結果として興味はあるけど話しかけられないのだとか。
それに対してミリアちゃんは慣れたと、本心から口にしているっぽいのが、余計に哀愁を漂わせている。
不可侵の存在としてクラスから注目されている……と言えば聞こえはいいけど、できればなんとかしてあげたいな。
「ただ、それでも少しだけ、いつもより騒がしい気が……」
そんなミリアちゃんから見ても、今日の教室はどこか浮足立っているようだ。
すると、ひとりの幼女が近付いて来るのを俺は見逃さない。
相変わらず敵意はないので、ひとまず様子を窺うとしよう。
「あのぉ……」
「え、あ、なにかご用ですか?」
これまで話しかけられたこともなかったのか、ミリアちゃんは僅かに動揺したようだけど、すぐに落ち着いて対応する。
一方で声をかけた幼女……薄緑の髪を伸ばした大人しそうな子も、おずおずと口を開く。
「こ、皇帝陛下から勲章を授かりになったというのは、本当ですか……?」
「ああ、はい。これですよ」
なんでもないように言いながら、ミリアちゃんは制服の胸ポケットから例の勲章を取り出す。
細い銀鎖で繋がれたシルバーの勲章。それは翼を広げたドラゴンが城を護るかのように抱える様子がモチーフとなっていた。
一種の地位を表すものである特別なものだから、出来る限り身に着けておかないといけないそうで、ここでも常に持ち歩いているようだ。
はっきりと見える位置にまでミリアちゃんが持ち上げた、その途端――。
教室内を大きな歓声が包んだ。
「うわあ! あれって本物!? 本物だよね!?」
「す、すげー! 間違いねえよ! 銀翼竜擁護章だ!」
「それじゃあ本当にミーヤリアさんが?」
「聖女さまだ……聖女さまだ!」
「ね、ねえ私たちも近くに行ってみる?」
「無理無理! わたしたちなんかじゃ相手にしてくれないよぉ!」
――等々。
聞き取れただけでも、終始そんな感じだった。
これには、さすがにミリアちゃんも驚いた様子で、えっ? えぇっ? と右へ左へと顔を動かしていた。
正直、俺も油断というか、あまり気にしてなかったけど、よくよく考えたらミリアちゃんは超有名人になっているんだ。
例えるなら、クラスメイトが全国放送のテレビ番組に出演して国民栄誉賞を貰ったとか、あるいは世界大会で優勝してメダルを取ったとか、そんな感じだろう。
その翌日、学校へ行けばどうなるかなんて予想できるね。
貴族という階級社会が存在する世界なら、なおさらだった。
「ど、どうしましょうクロシュさん」
〈残念ながら落ち着くのを待つしかないでしょう〉
「そうですよね……」
〈しかし私もピンと来ていなかったのですが、その勲章はとても凄い物のようですね。ミリアはなんとも思わないのですか?〉
「それは私よりも、クロシュさんのほうが凄いって知っているからです」
〈……わ、私はミリアのほうが素晴らしいと思いますよ?〉
「じゃあお互い様ですね」
くぅ……なんだこの天使は。
屈託のない笑顔で言い切るミリアちゃんに、俺の存在しない心臓は見事に撃ち抜かれたようで、乙女のようにときめいてしまう。
その間にもアイドルを前にしたような教室内の騒ぎはヒートアップし、ようやく収まったのは教師が現れてからだった。




