祭りですか
その日、帝都の住民たちは大いに盛り上がっていた。
大通りの両端にはずらりと並ぶ人間の壁が作られ、最も大きい帝都入口門から城の正門まで途切れることがない。
多くの商店はこれ幸いと、記念セールと題して品物を売りさばく。
大人たちは財布の紐を緩めて目に付いた物を買い、子供たちは屋台の食べ物に舌鼓を打ってはしゃいだ。
だが彼らが楽しみにしているのは、やはり大通りにこそあった。
本日、新たな聖女クロシュと、英雄たちを称える凱旋パレードが行われる。
凱旋とは言えど、実際は数日前から帝都に滞在していたし、そもそもクロシュは皇帝国の人間ではなかったが、もっとも意味が伝わりやすい言葉として公布されている。
細かいことなど、どうでもよいのだ。
肝心なのは、噂の聖女を目にできるチャンスだという事実なのだから。
人々は今か今かと待ち望み、早朝から場所取りをしていた観客までいる中で、ついに壮大な音楽と共にパレードは始まった。
帝都の入口とされる大門のひとつから、ゆっくりと耀気動車が現れる。
もちろん一台なんかではなく、次から次にだ。
どの車もこの日のために飾り付けされており、皇帝国の国旗を掲げている。
それに付き従うのは純白のフルプレートに蒼のマントをはためかせる騎士。皇帝国が誇る正規軍、皇帝国第一騎士団である。
左右から挟むように一列となり、儀仗を手にした一糸乱れぬ行進は、見る者に圧迫感と力強さ、そして誇りと気高さを抱かせる。
詳しく知らぬ者からすれば、彼らもまた卑劣なる武王国の魔の手から国を守った守護騎士なのだと感心し、心より感謝の言葉を口々に送る。
騎士を目指す少年たちにとって、まさしく憧れの騎士像に違いない。
そんな子供たちでも、主役が控えていることを理解していた。
まだまだ前座。あれほど荘厳な騎士の行進が飾り扱いなのだ。
だとすれば聖女と英雄たちとは、どれほどの人物なのか。
知らず知らずのうちに、誰もが期待を高めてしまう。
そしていよいよ、その時が訪れる。
一際、大きな耀気動車に牽引されるフロート車。その上に複数の人影がある。
ずいぶんと高い位置にいるのは後ろの観客からでも、あるいは子供でも見上げれば、容易に目にできるようにという配慮なのだろう。
人影の数は全部で四つ。
当初は距離が遠くてよくわからなかったが、近付くに連れて徐々におぼろげだった輪郭も鮮明になり、そして驚く。
そこに立っていたのは成人どころか、十歳前後の可憐な少女たちだったのだ。
学士院の制服から貴族であると察せられたが、だとしても幼い少女たちが英雄だと言われてもピンと来ない。
しかし、見た者たちは一様に、自分とは生きる世界が違うと直感した。
貴族だからではなく、どこか纏う空気に威風堂々としたものがあり、これが英雄と呼ばれるほどの器なのかと先ほどの印象を覆すほどだ。
なにより少女たちと同じ車上に乗せられた、立派な衣服が目に留まる。
まるで展示場のような形で、それだけが仰々しく掲げられているのだ。
その意図はわからずとも神秘的で物珍しいデザインから、どこの店のブランドなのかと目敏い者は逡巡する。だが、誰にも思い当たる店が出てこない。
やがて、誰かがぽつりと漏らした。
――あれが魔導布だ。
湖面に投じた小石のような一言だったが、次第に大波を立てて氾濫させるかの如く、人々の間に浸透する。
それと同時に、とある噂が流れ始めていた。
パレードに先立って皇帝主催の夜会が催されたのだが、祝いの席で英雄のひとりを侮辱する貴族がいたという。
その英雄こそが魔導布の主たるミーヤリア・グレン・エルドハートであり、運の悪いことに耳にした魔導布は怒り、美しい聖女の姿へ変じると失われたはずの水の魔法で貴族を懲らしめたのだ。
このことから魔導布は、常にミーヤリアを守護するため傍に控えているが自ら姿を晒すことはなく、しかし道に背いた者を罰する魔力と正義心を持つ、実に聖女然とした清らかで厳粛な人物だとされている。
わかりやすい勧善懲悪の物語は、観衆の心を惹き付けた。
すでに武王国の企てを阻止した武勇伝と相まって、ここに魔導布人気は極まりつつある。
曰く、魔導布クロシュ、聖女クロシュ、聖女を継ぐ者、最後の魔法使い。
様々な異名が飛び交う中で、他の英雄たちまでも注目され始めた。
小さな聖女ミーヤリア、魔導布の主、黒髪の乙女。
姫騎士アミステーゼ、精霊剣の継承者、蒼穹の乙女。
魔導士ソフィーリア、炎鳥を従える姫君、黄昏の乙女。
深窓の令嬢ミルフレンス、眠れる英雄姫、暁天の乙女。
もはや事実かどうかは関係ない。
この素晴らしい皇帝国の英雄たちを褒め称える言葉であれば、砂漠に零した水のように、すぐさま吸収されていった。
こうなると多くの者の胸に湧き上がるのは、聖女となったクロシュがどのような姿なのか見てみたいという欲求であり、優秀な商人らはこれを事前に読んでいた。
パレードの一団が過ぎ去ったあと、待っていたと言わんばかりに声があがる。
「さあさあ魔導布クロシュ様の写し絵! 聖女クロシュ様の写し絵だよー! 今なら小さな聖女ミーヤリア様とセットで千ルアだ!」
あちこちで、そう少なくない数の商店が売り出したのは、まさにその場にいた誰もが熱望する代物である。
これに飛びつかない者はおらず、飛ぶように売れる写し絵はもはや帝都だけに留まらず、やがて皇帝国全土へと広がるのだった。
「はははっ、ずいぶんと派手にやったそうじゃないか」
屋敷の一室で朗らかにノブナーガがそう話すと。
「あの不審者が悪いのです」
すでに皇帝からも許しを得ている俺は、悪びれずに言葉を返していた。
思うところがないワケでもないが……。
つい先ほどパレードを終えてミリアちゃんと屋敷へ戻った俺は、参加できなかったノブナーガに夜会での一幕について聞かれていた。
すでに把握はしていたようだが、当事者の話のほうが信用できるのだとか。
別に非難するつもりもなかったようで、ノブナーガはむしろ良くやってくれたと拳をグッと握って見せる。
貴族としてそれもどうなんだと呆れると同時に、親バカっぷりには感心する。
もし俺じゃなくノブナーガだったら不審者はミンチにされていただろう。
運のいいやつだ。
「それで結局、あれはなんだったのですか?」
「うむ。まだ調査中だが、魔法を否定する学問的な派閥というのがあって、そこの過激派が潜り込んだというのが公式の見解だ」
「事実は違うと?」
「はっきりとは不明なんだが、魔道具協会の差し金という線もある。あるいはもっと別の派閥かも知れんが、なんであれ確証はないな」
どちらにしても、あの不審者は皇帝主催の夜会で騒ぎを起こし、皇帝の顔に泥を塗った。厳罰は免れないだろうとのことだ。
二度とミリアちゃんの前に現れないなら、もはや興味はないな。
ミリアちゃんと言えば、あの時の対応には驚かされた。
普段とは違って、まさしく貴族令嬢といった態度で冷静に言葉を返していた。暴力的な解決ではなく、理性的な判断力によって対処していたのだ。
それに比べてカッとなってしまった俺は、反省しなければならないだろう。
もちろん度が過ぎれば俺は何度でも同じ選択をするけど、あの時はあまりに早計すぎたように思える。他にスマートな解決方法があったはずだろう。
そんな悩みをノブナーガに打ち明けてみる。
「たしかに貴族社会には、貴族なりのやり方がある。だがクロシュちゃんは貴族ではないし、我々のような人間にはできないことができる。私が期待しているのはそういうところだよ。これからもミリアを護ってやって欲しい」
そう言われると、悪い気はしないな!
なんだかんだでミリアちゃんも嬉しそうだったし、なにより当主様のお墨付きなのだから、やり過ぎない範囲で好きにさせて貰おう。
なんだか肩の荷が下りた気分だ。話して正解だったな。
「ところで外が随分と騒がしいですね」
「あれほどのパレードだからな。そのまま祭りに発展するのが通例だ」
「ほう、祭りですか」
せっかくだし、ちょっと見学に行ってみたい欲が……主に食欲だが。
きっと屋台だとかの出店もあるだろうな。じゅるり。
「あ、でもミリアは休んでいるんでしたか」
「だいぶはしゃいでいたし、疲れたんだろうな」
屋敷に戻るなり、カノンに連れられて部屋でぐっすりだ。
朝も早かったから仕方ないだろう。
「出かけるのなら、少ないがお小遣いを渡しておこうか」
「え、いやしかし……」
「遠慮することはないさ。自由に使ってくれ」
懐から紫色の小袋を取り出すと、ぽんと手渡された。
絹のように滑らかな生地で、中身は金色に輝くコインがどっさり。
「お小遣い……?」
「すまないが手持ちがそれだけでな。あとでクーデルに持って来させ……」
「いえ、十分です」
いまいち価値観が把握できていないけど、これはお小遣いという次元じゃないのは理解できた。
でもまあ、こうして軍資金も得られたことだし行ってみるとするか。
屋敷の警備は護衛騎士の他に、コワタが庭で番犬ならぬ番猫をやっているから心配はいらないし、パレードに出たとはいえ今の俺は【人化】している。顔を知るのは夜会にいた貴族くらいだから、あとは服装を変えればバレないはずだ。
しばらく出歩いても問題はないだろう。
先ほどとは打って代わり、大通りは人でごった返していた。
予想通り多くの屋台があちこちに見られ、香ばしい香りが漂う中を、例の執事服を着込んだ俺は歩いている。
ミラちゃんの美貌からか、あるいは男装のせいか僅かに視線を感じるけど、まあ無視できる程度なので気にしないでおく。
パレード中はもっと大量の視線を浴びていたのだ。意識しないよう、ほとんど無我の境地でいたけど、これくらいならビクともしないね。
しかし、ついさっきまでは二度とパレードなんてごめんだと考えていた俺だったけど、こういう祭りへの参加ならやぶさかではない。
子供たちが雑踏をすり抜けるように駆け回り、喧騒に混ざって呼び込みの声が響くのを耳にしながら、ふと気付いた。
思えばこうしてひとりで観光するのは、この世界へ転生してから初めてだ。
なんだか急に解放的な気分を感じてテンションも上がってしまう。
ひとまず片っ端から味見がてら、食べ歩きといこうかな。
最初は軽く、鶏肉を串に刺して焼いたものを購入する。
甘辛いソースに浸された味付けは、普通に焼き鳥だ。
続けてがっつり、ソーセージをパンで挟んだものを購入する。
しっかりとした歯ごたえに、溢れる肉汁をパンが吸って最高のホットドッグだ。
今度は甘味を求め、クリームを薄い小麦粉の生地で包んだものを購入する。
もちもちの食感に加え、チョコソースの濃厚な味わいはクレープそのものだ。
……異世界特有の料理はないのかな?
いや美味しいけどね。せっかくの海外旅行で、よく見知った食べ物ばかりが溢れていたら、ちょっと残念だろう。
きっとこれらも、かつて召喚された勇者たちが広めたのだろうが、現地の食文化を破壊してはもったいないだろうに。
とはいえ、俺がその立ち場だったら同じことをしないとも限らないので、あまり強くは責められない。
だってこんなの、絶対に金になるじゃん。
三百年も眠っていなかったら、俺もグルメでひと儲けしていた可能性は大いにあるからね。
そして冒険者を辞めたミラちゃんやノット、ディアナやレインたちが従業員のお店を開いて、みんなに美味しいものをごちそうして優雅に暮らしていたはずだ。
俺は【魔導布】ではなく【食堂布】なんて呼ばれていたかも。
しょく、どう、ふー?
うーん【食堂布】だとのれんみたいか。【食道布】とか?
ぐるめ、まんが、かなー?
異世界転生ものから、異世界転生グルメものになっていたワケですな。
大差はないし、どちらにしてもテンプレですが。
わたしも、たべたい、なー。
前にも似たようなことを言っていましたが、いつ実体化するんです?
いずれ、だねー。
心待ちにしておりますぞ。
別の屋台で新たにクレープを購入しながら、そうなった時を夢想する。
もし本当に実体化するのであれば、今のうちに美味しい食べ物をピックアップしておく必要がありそうだな。
フォル爺の料理だって十分に美味だけど、それはそれだ。
上品なものだけではなく、ジャンクフードも楽しんでこそ観光だと俺は思う。
というワケで、まだまだお腹に余裕もあるし、食べ歩きを続けようか!
ドンッ、と不意に太股の辺りを衝撃が襲った。
痛みはなかったけど危うく『クリームたっぷりイチゴとチョコのよくばり詰め合わせスペシャル』を落とすところだ。長いな、名前。
いったい何事かと見れば、幼女が潰れたクレープを手に泣きそうな顔でこちらを見上げ、私の足にはクリームがべっとりと付着している。
あらま、よそ見しながら走ってたのかな?
「ご、ごめんなさい! 妹が、あの……!」
すぐにお兄ちゃんらしき少年が駆け寄って来るが、どこか怯えた様子だ。
……いや、二人の身なりからして、あまり裕福ではないのだろう。帝都なんて仰々しく言っても、貧富の格差は存在するらしい。
一方で俺の格好は、控えめに見てもどこかの貴族に仕える執事である。
ぶつかっただけではなく高そうな服を汚したとあっては、どのような仕打ちを受けるかと焦っているのだろう。
妹ちゃんは、むしろクレープを失った悲しみのほうが強そうだけどね。
……となると、ちょうど良いものが俺の手にあるな。
俺は妹ちゃんと視線を合わせるようにしゃがむと、素早く【浄火】で潰れたクレープを焼失させ、持っていたクリームたっぷり以下略クレープを渡す。
「すみません。私のズボンがクレープを食べてしまったようです。代わりにこれを差し上げましょう」
「……ありがとぉ」
なるべく優しそうに言うと一転して、にへらっと笑顔を見せる妹ちゃん。
だが、これで終わりではないぞ。
ほっと安心している少年に向かって話しかける。
「君は食べないのですか?」
「え、お、オレ……じゃない、ボクは、その……」
しどろもどろになりながらも、視線がクレープの屋台へ動いたのを見逃さない。
「なるほど。ちょっとだけ待っていてください」
把握した俺が屋台へ戻ると、ちょうど今のやり取りを見ていた店主が意図を察してくれたのか、優先的に注文を受けてくれる。
並んでいた客たちも、どうぞどうぞと譲ってくれたので素直に甘えよう。
すぐに視線の先にあったクレープを手に戻り、少年へと差し出した。
「どうぞ」
「え、いいの!? ……ですか?」
「受け取ってくれないと私が困ります。それに美味しいものは一緒に食べると、より美味しく感じられますが、ひとりで食べても味気ないものです」
少年が振り返ると、妹ちゃんはクレープを手にしながらも、まだ口を付けていなかった。
恐らく、お小遣いが足りなくて妹ちゃんの分しか買えなかったのだろうが、嬉しくて舞い上がってしまった妹ちゃんも、心の中では兄の分がないのを気にしていたのだ。それでは美味しいクレープも台無しだろう。
「これは、君の優しさに対する私からのご褒美です。これからも妹さんを大事にしてあげてください。いいですね?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「……じゃいますっ」
マネをするように妹ちゃんも並んで頭を下げていた。
それでは、と言い残して颯爽と立ち去る俺。
うむ、実に素晴らしい立ち回りではなかっただろうか。
聖女なんて知らんけど、ミラちゃんをイメージしたらこうなっていた。
まさに大天使ミラちゃんに相応しい振舞いだったと思う。
加えて、あの少年に妹を大事にするという意志を強く植え付けたられたのも非常に大きな成果だ。
……ただ、あの兄妹の家庭がどれほど切迫しているかが気になるな。
よくよく見たら服に細かいほつれが多かったし、明らかに俺がこれまで目にした帝都の住人たちとは雰囲気が違う。
たしか城塞都市には孤児院なんてのもあったから、手が空いたらその辺も詳しく知りたいところだ。
今すぐなんとかしないと、って程じゃないだろうけど。
「なあ――って、――だよな?」
「えっ――本当に――? うそー!?」
ところで、さっきから俺に向けられる視線が増えた気がする。
少年とのやり取りで目立ちすぎてしまったのだと思っていたが、それにしては様子がおかしい。
所々で耳に届く会話は、なにかに驚いているような感じだ。
「さあさ! ここで逃したらもう手に入らないよー!」
一段と大きな呼び込みの声が飛び込んできた。
なにやら他よりも人だかりが多い。かなりの人気商品と見たぞ。
一気に周囲の声など気にならなくなり、俺はどんなB級グルメなのかと期待して近付いてみる。
「おっ! そちらのお姉さんも一枚……あっ」
「はい?」
店主が俺の顔を見るなり間抜けな表情で固まった。
ミラちゃんの美貌に魂でもすっぽ抜けたか? 無理もないことだ。
とはいえ商売人なら、ちゃんとして欲しい……ん?
売り物を見たら、どうやら食べ物ではなかったようだ。ペラペラの四角い紙が何枚も並んでおり、片側にだけ絵が描かれている。
というか写真だなこれ。
この世界だと、写し絵と呼んでいるんだったか。
「あ、あの……!」
客のひとり、若い女性が興奮気味に話しかけてくる。
「どうかしましたか?」
「く、クロシュ様ですよね!?」
「違います」
咄嗟に否定してしまった……が、なんでバレた!? バレた? なんで!?
「え、でもこれと同じ……」
「それはっ!」
ここに至って、ようやく全てを理解した。
女性客のみならず、周りの客たちが手にしている写真……。
それに写っているのは、紛れもなく俺ではないか!
おまけにミリアちゃんたちの制服姿の写真まであることから、これが学士院で撮影されたものだとわかった。
どこからか流出した?
いや、今はそれよりも逃げなければ……!
「失礼」
「あ、待ってくださ――」
まさに脱兎の如く、脇目も振らずに路地へと逃げ込んだ。
追って来る気配を感じたので、急いで【迷彩】からの【近距離転移】で上空へと移動し、そして【黒翼】で近くの建物の屋根へと降り立つ。
下のほうからは俺を探す声が聞こえていたが、それも遠くへ去って行く。
危ないところだった。
だが、なぜ俺を含め、みんなの写真が売られていたんだ?
学士院の警備体制はあまり信用できない……とか?
わからないが横流しくらい簡単だろうし、高く売れるなら魔が差してしまうやつが出てもおかしくはない。
……まあいい。俺がするべきことは依然として変わりない。
もし誰かの悪意あってのものなら、そいつが近寄った時点で【察知】が反応するし、学士院の外なら護衛騎士たちもいるから心配はいらないだろう。
そう結論付けると、思考はこれからどうするかに移行する。
せっかくの自由行動なのに、帰ってしまうのはもったいない気分だった。
とはいえ他に、どこか行ってみたい場所があったかどうか。
……ヴァイスはどうしているかな?
ふと、パレードへの参加を断ったヴァイスの顔が思い浮かんだ。
そろそろ定期報告会だし、その前に少し話をしておいてもいいだろう。
早速【宣託】でヴァイスへ連絡を取る。
「ヴァイス、今いいですか?」
『無論です師匠。何用でしょうか』
いつ呼び出しても大丈夫だから、逆に無理をしてないか心配になる。
「まあ大した用ではないのですが、今はどこにいますか?」
『城塞都市に滞在しています』
ああ、まだ残党狩りをしているんだったか。
とはいえ城塞都市にいるのなら、もうそろそろ終わっているはずだが。
「実は少し時間ができまして、ちょっと話でもしようかと……」
『ああ……我のために時間を取って頂けるとは、心より感謝します』
「い、いえ、むしろ私のためというか……」
前から思ってたことだが、もうちょっと気楽に話せないものか。
ヴァイス自身は嫌いじゃないし、むしろ好ましいんだけど、いちいち大げさというか、面倒なんだよね。
まあ本人の希望だし、自由にさせてるけど。
『しかし師匠、以前にも話されていた冒険者登録はよろしいのですか?』
「あ……それもそうですね」
いずれギルドへ行って登録しようと考えていたのに、すっかり忘れていたな。
たしか俺ひとりだと緊張するから、すでに冒険者であるヴァイスに付き添いを頼んでいたんだ。
「すみませんが先にそちらを済ませてもいいですか?」
『無論です』
通常なら帝都から城塞都市までは、耀気機関車でも一週間以上はかかる距離だったけど、転移の魔法陣を使えば数分で行き来できる。
そこで俺は、城塞都市の冒険者ギルドで待ち合わせようと決めた。
前回はそれで合流できなかったので、そのリベンジ的な意味も込めて。
分かり難いかもですが、某作品のワンシーンのパロディがあります。
個人的に好きなシーンです。




