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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
92/209

猫でしょうか

一応、本日連続投稿です。

先週分ということで。

 撮影がつつがなく終了した後日、俺の手にはみんなとの集合写真があった。

 手前にミリアちゃん、ソフィーちゃん、ミルフレンスちゃんの三人が座り、その後ろに俺とアミスちゃんの二人で立つという、どこか見覚えのある構図だ。

 カノンも誘ったのだが、使用人の立場だからと本人が遠慮してしまった。

 次の機会があれば、どうにか説得したいな。


 ちなみに、みんなは学士院の制服姿であるのに対して俺だけは違う。

 写真には黒い艶やかな長髪の、執事っぽい服で男装した美女が写っているが、それが自分だというのだから不思議な気分である。

 ……こうして見ると本当に綺麗だ。

 俺というよりミラちゃんなので、これは断じてナルシストではない。

 だからか余計に美しいと感じてしまう。まいったね。

 今は自分の姿なのが本気で悔やまれるよ。


「クロシュさん、もうすぐ城に到着するようですよ」

「……そうですか」


 現実逃避も、もはやこれまでか。


「やっぱり、ダメそうですか?」

「できれば帰りたいところですね」


 現在、俺はミリアちゃん、カノンと共に城へ向かう車内にいた。

 というのも今夜から、ついに夜会が始まるからだ。

 アミスちゃんたちとは別行動で、現地で集合することになっている。

 参加できないノブナーガは置いといて、ネイリィも所用があるとかで早めに出て行ったので、あとは俺たちだけで城へ向かえばいいのだが……。

 なんか胃が痛いな。


「クロシュ様が注目されるのを嫌うのは理解していますけど、夜会へ出ればどうしても目立ってしまうかと……」

「ええ、ですから実はひとつ提案がありまして」

「提案ですか?」


 ちょっと情けなくて言い出しにくかったことだけど、背に腹は代えられない。

 ヴァイスからヒントを貰った方法で、なんとか夜会もパレードも凌ごう。

 そのためのデザインは、すでに考案してあるからね。


 城に到着してから俺たちが通されたのは控室だった。

 まずはここで身だしなみを整え、主賓に相応しく余裕を持って登場できるようにとの計らいだ。

 ありがたく使わせて貰い、準備のため控室に籠ってから一時間ほど。

 ようやく満足のいく状態に落ち着いた。


「さて、どうでしょうかミリア?」

「わぁ……すごく素敵です。まるで物語の世界にいるみたいです」


 実際、伝説という形で物語に登場している俺だけど、ミリアちゃんが言っているのはそうではない。

 先ほどから頑張って【変形】を駆使し、ついにひとつのドレスへと至った俺に対する感想が、先ほどのミリアちゃんの言葉なのだ。


 ゆったりとしたワンピースでそれ自体は地味なものだが、何枚かの薄い飾り布を重ねてボリューム感を出している。

 同じく肩にも一枚重ねて羽織っており、その広い袖口には職人レベルの細かいレースで飾ってみた。スキルだからこそできる芸当だ。

 色は白地に、飾り布の淵を主張し過ぎないよう薄い金で塗り、ほんのり淡い鴇色のリボンを胸元に配置する。

 こうして可愛らしさより、清楚で神秘的なデザインに仕上げたのである。

 いやぁ、あの制服に刺激を受けて、つい気合を入れてしまった。

 難産だったけど、着てみたミリアちゃんも鏡の前でクルクルと回って喜んでくれているし、頑張った甲斐があったよ。


「これで出席すればいいんですよね?」

「ええ、私は本来の姿で、ミリアは【魔導布】を装備して夜会へ出る。これならば誰も不満は言わないでしょう」

「ですがクロシュ様、皇帝陛下がクロシュ様を聖女と認定するのに、そのお姿では難しいのではないでしょうか。お披露目するという名目もありますし」


 たしかに……というか向こうは【人化】した状態で来ると考えているはずだ。

 二人とも経験が浅いせいか、その辺まで気が回っていないようだし、指定されているワケでもないから黙っとくけどね。


「ではその時になったら、また人の姿になりましょう」

「そうですね。それがいいです。そうしましょう!」


 ミリアちゃんは実に乗り気だ。いいぞ。


「わかりました。では係の者にそう伝えてきます」


 本当にこれでいいのかなぁ、といった表情でカノンは控室を出て行った。

 ともあれ、この後すぐに夜会という名の戦場へ出るのだ。

 もはや引き返せないが……これも最終的にはミリアちゃんのためと考えよう。


 ややあってカノンが城側のメイドさんと共に戻り、夜会が行われているダンスホールへと急かすように案内される。

 準備に時間がかかってしまっていたので、予定が押しているのだろう。

 このデザインに【変形】するのに手間取った俺のミスなので、ミリアちゃんは素直に従って足早に移動する。

 ただしカノンとは、ここでお別れだ。

 一介のメイドでは控室まで同行するのが精一杯だという。ミリアちゃんも本人も納得済みのことなので、俺が口出ししても仕方ない。

 せめて余計な心配をかけないよう笑顔で見送られよう。今は顔ないけど。




 会場に入って最初に感じたのは多くの視線、そして煌びやかなダンスホール、あと長テーブルに並んだ美味しそうな料理の数々だ。

 視線はミリアちゃんへと集中しているけど、当人は慣れた様子で受け流しながら静かに歩き出した。俺だったらこうはいかない。

 やっぱり少し無理を言ってでも頼んで良かったな。

 多少の視線は俺にも向けられてはいるものの、この防具形態だとあまり気にならないからね。


〈アミスやソフィーは、どこにいるのでしょう?〉

「お母様も先に来ているはずですから、探してみましょう」


 主賓として招待されているミリアちゃんはかなり注目されているので、テキトウに歩いていれば向こうから見つけてくれるだろう。


〈しかし広いですね〉

「帝族が主催する催しは、皇帝国でも最大の夜会ですからね」


 そう考えると、とんでもない場所へ呼ばれた実感が湧いてくる。

 周りにいる参加者も上位貴族だけらしいし、天上人の世界って感じだ。

 ただ、その貴族たちの格好は薄手のコートやマントを付けた正装で、現代的なスーツは見当たらないな。

 ミリアちゃんによるとコートは軍関係の家柄で、マントはそれ以外の貴族であるらしい。衣装で区別できるのは面白い。

 本来ならミリアちゃんも学士院の生徒であるため、制服かドレスの二択なのだそうだが、それよりも【魔導布】を装備するのが場に相応しいと嬉しそうに話す。

 なるほど。だから乗り気だったのか。

 ちょっと場違いな服装だったかもと、僅かに心配していたが杞憂のようだ。

 でも、次からは確認を取ってから【変形】しよう。


〈なかなか見つかりませんね〉

「もしかしたら休憩室かも知れません。そちらに行ってみましょう」


 言いながらミリアちゃんが方向転換した時だ。

 俺の【察知】に、ほんのちょっぴりだけ反応があった。

 正確には、この城へ入った辺りからずっと敵意を感じていたのだが、あまりに微弱で危険はないと判断していたのである。

 この程度の敵意なら危害を加えるようとするのではなく、ただ嫌悪感を抱いているだけな場合が多いからね。特に人が多い場所では顕著なので、いちいち構っていたらキリがない。

 ただ、こいつは他よりも反応が大きいようだ。

 立ち塞がるようにして現れたその中年の男は、わざとらしく今気付いたかのようにミリアちゃんへと視線を向ける。


「ふんっ、エルドハート家の娘か」

「え……あの、あなたは?」

「名を尋ねる時は、先に名乗ると教わらなかったのか?」


 不躾ってレベルじゃねえぞこいつ。

 だいたい先に尋ねたのはお前だろうに、脳にウジ虫でも湧いてんのか。

 通常なら布槍で滅多刺しにして瞬殺する案件だったが、俺の怒気を察したのかミリアちゃんは肩に手を置いて制した。

 ……ひとまず任せてみよう。


「失礼しました。私はノブナーガ侯爵の娘、ミーヤリア・グレン・エルドハートです。貴方のお名前をお聞かせ頂けますか?」

「……ホーネウス・ベルノアだ」

「ああ、貴方がホーネウス男爵でしたか。お噂はかねがねお聴きしています」


 男爵だぁ?

 俺の記憶が正しければ侯爵の下が伯爵、続けて子爵で、やっと男爵だ。

 そんな下位貴族が参加しているのも疑問だが、その態度もおかしい。

 以前ミリアちゃんから聞いた覚えがあるが、ミリアちゃんはノブナーガの娘、つまり侯爵令嬢ではあるが、ミリアちゃん自身に爵位はない。そのため相手が下級貴族でも、地位はミリアちゃんのほうが下になってしまうという。

 だが常識で言えば、自分より上の爵位を持つ貴族の娘を粗末に扱う者はいない。むしろ取り入ろうとご機嫌伺いをするものだ。

 もちろんミリアちゃんは、それを利用して偉そうに振舞う親の七光りなんかでは決してないのだが……。


「ホーネウス男爵は、私になにかご用でしょうか?」


 感情を見せずにミリアちゃんは淡々と問う。


「用があるかだと? あるとも。英雄気取りの小娘にひとつ忠告をしてやろうと思ってな。わざわざ足を運んでやったのだ」

「どういう意味でしょう?」

「ふん、魔導布ともども聖女などと呼ばれて、さぞ良い気分だろうがな。俺は誤魔化されんぞ。なにが魔法だ。そんな物あるはずがない。どんな仕掛けかは知らんが思い通りにはならんぞ!」


 ちょっと衛兵さん、ここに不審者がいますよ。

 周囲でも様子がおかしいと気付いたようだが、はっきりと会話は聞こえていなかったのか、止めに入る者はいない。

 だが、これ以上ミリアちゃんに対して暴言を吐かせるワケにはいかない。

 なにより俺のガマンもそろそろ限界だ。

 ミリアちゃんがなんと言おうと、この場で絞め殺してくれよう……。


「そこまでにして貰おうか」


 布槍を放とうとした直前、俺よりも先に動く者がいた。

 不審者の背後から肩にすっと手を伸ばしたのは、絵に描いたような好青年だ。

 白い正装に身を包み、グレーの髪が片目を隠しているが美形っぽい。


「ええい、邪魔をする……なっ!?」


 誰が自分を止めたのかに気付いた不審者は、顔を青ざめて大人しくなった。

 この反応からすると、かなり上位の者なのか。


「貴殿がどのような思想をお持ちかは存ぜぬが、この場は祝いの席だ。それもミーヤリア嬢は当人。話は後日、改めてするといい」

「で、ですが、こやつはまるで魔法が存在するかのように振舞い、世間に実在すると誤解を与えているのです」

「あくまで噂だろう。彼女の責任ではないはずだ」


 さっきから聞いていれば、争点は魔法の有無なのか?

 ルーゲインが当たり前のように使っていたし、もちろん存在する。俺も三角フラスコから奪った【水魔法・初級】があるしな。


「そのように見せかけたのが問題でして……。第一このような加護も持たない小娘が、騒ぎを解決したというのも眉唾というものでしょう」


 ……というか、いい加減にしろよおい。


「くどいぞ。魔法を否定したくば相応の舞台を待つがいい」

「それでは遅いからこそ私はこうして――」

〈黙りなさい〉


 周辺、全体へと向けて【念話】を放つ。

 いったい何事かと眺めているギャラリーにも、この際だから拝ませてやろう。

 そうすれば二度とワケのわからないイチャモンを付けられることもない。

 ただし、俺としては人目に晒されるのはまことに不本意である。

 まったく、これもすべてあの不審者のせいだ!


「な、なんだ!?」

「今の声は……」

〈ミリア、少し下がっていてください〉

「クロシュさん?」


 いつものように【人化】を使用すると、俺の意思は光体となって本体から分離して、床に着地する前に人型へと変化する。

 発光が収まれば、そこに現れたのは聖女ミラちゃんの姿をした俺だ。

 あくまで本体こと魔導布はミリアちゃんが今も身に着けているので、あまり離れると解除されてしまうけど、この程度の距離なら問題ないだろう。


 さて、魔導布はミリアちゃんが装備している。となれば【人化】した俺は、いったいなにを着ているのか。

 もちろん素っ裸なんてことはない。

 答えは、つい先日ミリアちゃんが選んでくれたドレスである。

 鮮やかな瑠璃色をした肩が出ているタイプで、V字の切れ込みが胸の谷間まで伸びているけど、白いショールを羽織って胸元で閉めているため気にはならない。ただスカートの裾は膝上までと少し短く、フリルで段を形成してふわりと膨らむ。


 ミリアちゃん曰く、美しさ気高さ優しさ賢さ色っぽさ高潔さ清純さ勤勉さを凝縮したパーフェクトクロシュさんだそうだ。速さが足りなさそう。

 絶賛するように、たしかにミラちゃんに似合うドレスなのだが、俺としては女装している気分になってしまうので、申し訳ないけど嬉しくはなかった。

 鏡で眺めている分にはいいけどね。

 せっかくミリアちゃんが選んでくれた物だし、着ると喜んでくれるから断れないのが辛いところだ。

 そんな俺が突如として登場したのだから、目撃した者は驚いたことだろう。


「……貴女は?」

「私の名はクロシュ。魔導布と名乗ったほうが通りがいいでしょうか?」


 好青年の問いかけに、ちょっとカッコつけて答える。

 ここは気合を入れて、伝説の存在感を出していかないとな。

 でも、こいつはミリアちゃんを庇ったから良いやつだろう。


「ま、魔導布だと?」


 そう口にして狼狽する不審者を、俺は睨みつけた。

 敵はこいつだ。


「そこの男爵とやら、先ほど魔法が存在しないなどと、我が主たるミーヤリアを侮辱しましたね?」

「……事実を口にしたまでだ」

「それでは、真実をご覧に入れましょうか」

「ど、どういう意味だ……まさか!?」

「フフフ……」


 などと不敵に笑ってはみたが、魔法ってどう使えばいいんだ?

 スキルには【水魔法・初級】があるけど、ルーゲインのやつは様々な種類の魔法を操っていたし、もしや呪文的なのを覚えないといけないんじゃ……。


【アクアバレット】・・・水弾を生成し、撃ち放つ魔法。

【ブルーウィップ】・・・水の鞭を生成し、操る魔法。

【シャワーレイン】・・・頭上から少量の水を降り注がせる魔法。


 なんか出た。

 ふむふむ、こうやって選択できるのか。

 あまり悠長に選んでいる時間もないけど、ちょうど良さそうなのがあるな。


「ブルーウィップ!」


 これで出なかったらどうしようと思ったけど、無事に成功したようだ。

 どこからともなく水の帯が俺の右手に吸い寄せられ、徐々に形を整えて数秒後には鞭の形状で落ち着いた。

 見た目はまさしく蒼い鞭で、常に流動しているかのような表面は、もう片方の手で触れたらしっとりとした感触が伝わるものの濡れることはないらしい。

 そして、この魔法の鞭は物理法則に従わず、俺の意思により操作できた。


「なっ、なななぁ!?」

「動かないほうがいいですよ?」


 蛇の如く、不審者の首に絡み付かせてやると鞭と同じくらい顔を青くする。

 素の魔力が強いせいか、初級にも関わらずかなりの威力がありそうだ。

 ほんの少し、力を込めたら綺麗に首が切断されることだろう。


「これでも魔法は存在しないと騒ぐのであれば、もっと教えて差し上げますが」

「ふ、ふざけるなぁ! こんな物で騙されるものかっ!」


 ずいぶんと頑固なやつだな。

 なにがそこまで、この不審者を駆り立てるのかは知らんが事実は事実。

 そこまで言うのなら……もう少し痛い目に遭って貰おうか!


「ダメです、クロシュさん!」

「ミリア……」


 俺がなにをしようとしたのか、ひょっとして魔力の動きで気付いたのかな?

 まあ、ちょっと強めの雨を降らせようとしただけなんだけどね。


「わかりました」


 ミリアちゃんの指示では従わないワケにはいかない。

 警戒はしつつ、ブルーウィップを解除すれば跡形もなく霧散した。

 だが解放された不審者は、まだまだ元気いっぱいのようだ。


「はぁ……はぁ……こ、このような真似をしておいて、ただでは済まんぞ!」

「それは貴公のことであろう?」


 圧倒的な存在感を持った、威厳のある声がした。

 瞬時にダンスホールの空気は固く、重いものへと一変すると、不審者は衛兵に取り押さえられてしまう。


「な、なにを!?」

「貴公こそ息子の忠告に耳を傾けるべきであったな」

「おぉ、陛下!」


 やはり、これが皇帝だったか。

 口周りにヒゲを蓄えた体格のいいおっさんだったが、相手を委縮させる鋭い眼差しが、どこか武人を思わせる。

 それに息子ってのは、さっきの好青年か。予想はしてたけどね。


「お聞きください陛下! あの者が魔道具を魔法と偽り、あまつさえ私を――」

「黙れッ! もはや問答は無用……連れて行け!」

「お、お待ちを! 騙されてはなりません! 陛下ぁぁぁぁ!!」


 引きずられるように衛兵に連行された不審者は最後まで足掻いていたが、扉の奥へ消えると、やがて妄言も聴こえなくなった。


「なんとも狂気を感じる方でしたね」

「貴女が魔導布クロシュ殿でよろしいのだな? せっかくの宴が、このようなことになってしまい申し訳なく思う」


 頭こそ下げなかったが、皇帝は謝罪を口にする。

 国のトップって、そう簡単に過ちを認めたらいけないんじゃなかったかな。

 ここは選ばれた者しかいない場所だからか、あるいはノブナーガが言う通り、よっぽど魔導布の存在を重要視しているのか。


「いえ、私は気にしていませんとも。ただミリアを侮辱した不届き者に真実を見せただけのことです」

「うむ……その通りだとも」


 重々しく頷く皇帝。なかなか話がわかるようだ。

 皇帝という肩書と、強者の雰囲気に身構えていたけど、当たり前というか皇帝が国で一番強いワケじゃないからな。

 なぜか、めちゃくちゃ強いイメージがあるんだよね。


「さて、では丁度よいからこの場で宣言してしまおうか。皆に告げる!」


 今まで成り行きを見守っていた貴族たちも、それがなにを意味するのかを理解してか、固唾を呑んで傾聴する。


「ここにいるのは今より三百年前、余の偉大なる祖先マルケニウス・ルア・ビルフレストを救いし聖女の護り手、魔導布クロシュ殿である! 再び訪れた皇帝国の危機に際して永き眠りより目覚め、武王国の企てた魔獣事変を防いでみせた!」


 拡声器もないのに、よく通る大声で皇帝は続ける。


「同じく、ミーヤリア・グレン・エルドハート嬢もまた多大な尽力により皇帝国に貢献した。よって現皇帝ウォルドレイク・グロリア・ド・ルア・ビルフレストの名において両名に最大限の栄誉を送ることとする!」


 こういう時って跪くべきなのかと悩むが、隣のミリアちゃんが誇らしげに立っているので構わないようだ。


「これよりクロシュ殿には、かつての水の聖女ミラに倣い、【聖女】の称号を贈ると共に、正式に聖女であると皇帝国は認定する!」


 おぉーっと歓声が沸き上がった。

 まったく嬉しくないけど、てきとうに手を振っておこう。

 あ、遠くにアミスちゃんたちと、ネイリィも見えたな。


「次にミーヤリア嬢には、銀翼竜擁護章を授与するものとする!」


 ミリアちゃんは勲章が貰えるようだ。

 衛兵が豪奢な箱を持って近寄ると、皇帝が自らフタを開いて取り出したのは、城を抱える横向きのドラゴンがモチーフの銀細工である。

 後に聞くと、国を守るために貢献した者に送られる最上位の勲章らしい。

 今度はメイドさんが現れ、勲章をミリアちゃんの胸元に付けてくれた。

 一斉に拍手がホールを包み込み、嬉しそうなミリアちゃんを祝福する。


「さあ、まだまだ夜会は始まったばかりだ! 存分に楽しんでくれ!」


 それを合図に、いつの間にか止まっていた演奏が再開された。

 どうやら、これで夜会のメインイベントは終わりのようだ。

 幸か不幸か、不審者のおかげであまり緊張もせずに済んだな。

 残るはパレードか……。


 それからミリアちゃんには魔法で懲らしめようとしたことを注意されたり、不審者に怒ったことを喜んだり、そもそも魔法が使えるのかと質問攻めにされたり、聖女認定を祝われたり、勲章を見せてくれたり、やがてアミスちゃんたちが合流したりと、とにかく慌ただしい時間が過ぎて行った。

 こういう楽しい夜会なら、また参加してもいいかなと思えるくらいに。






「それでジル、直に話してどうであった?」

「そうですね……猫でしょうか」

「……猫だと?」


 他に人気のない部屋で会話をしているのは皇帝ウォルドレイクと、その息子である第一皇子、ジノグラフ・ルア・ビルフレストだ。


「ええ、子猫を護ろうとする親猫のようでした。まあ実態は、獅子か虎ですが」


 実はクロシュが現れてからは、離れた場所より事態の行く末を静観していたウォルドレイクだったが、細かい部分までは聞き取れなかった。

 もしかしたら悪しき思想の持ち主ではないか、それを判断する材料として、偶然にも仲裁に入ったジノグラフに尋ねていたのだ。


「クロシュ殿は、自身に向けられる敵意には無関心のようでしたね」

「なるほど……つまり手を出してはならないのは子猫という訳か」

「彼女の言葉であれば、クロシュ殿は素直に従ったので間違いないでしょう」

「ではエルドハート家の扱いも上げて、また馬鹿がちょっかいをかけぬよう釘を刺しておこう」

「そういえば、あの者はどうしました?」

「尋問中だ」


 二人は先ほどの一件を思い返す。

 あれほど場違いな者が、なぜ夜会へ参加できたのか。

 最低でも子爵以上でなければ、招待状が送られないよう決められていたのだ。

 考えられるのは他の貴族が手引きしたことだったが、なんと本人が招待状を所有していたため、その線は消えた。

 だとすれば招待状を送付するリストに書き加えられる立場の者が、裏で糸を引いているのか。

 それを吐かせる尋問だったが、まだ口を割らずにいる。


「いったい何者なのですか?」

「判明しているのは男爵位の貴族であることだが、奴の言葉を覚えているか?」

「魔法がどうとか」

「恐らく、魔道具協会が絡んでいる」


 耀気動車や耀気機関車といった魔道具の研究、開発、そして販売を一手に担う皇帝国の一大勢力のひとつだ。

 以前より魔法を否定し続けていたものの、これまで魔法を実証できる者がいないため反論もなく、大した活動も見られなかった。

 だがウォルドレイクは現代に魔法という技術が蘇ることで、魔道具の需要がなくなるのを懸念した魔道具協会が差し向けた一種のスパイだと睨んでいる。

 もっとも暴走してしまった辺りから、人選を見誤ったようだが。


「父上、送付した招待状の数と、来場者の数を計算してみては?」

「……全員参加だったはずだが」

「もし招待状の数と合わなければ、偽造の可能性もあります」

「不可能だとは思うが、そういう魔道具を秘密裏に開発したか……分かった」


 これが事実だとすれば大罪である。

 ひょっとしたら皇帝国を揺るがす大事件にまで発展するだろうと、今から頭が痛くなってしまう案件だった。


「それはそうと……あれは本物だったのか?」

「私には、本物の魔法に思えました」

「そうか」


 隠し持った魔道具を使い、魔法が使えると騙る詐欺は昔から多くある。

 たいていは長袖の内側やコートの裏というのが定番だが、しかしクロシュが水の鞭を手にしている際、ドレス姿でなにかを隠し持てる部分などなかった。

 間近で観察していたジノグラフですら、魔道具による偽物だと断言できないのであれば、それは魔法の可能性が高いだろうとウォルドレイクは頷く。


 二人は知らないことだったが、実はスキルによって再現も可能ではある。

 ただし普通の人間にとってスキルとは、天から与えられた特殊能力、あるいは武術を極めた者が会得する奥義という認識なのだ。

 インテリジェンス・アイテムが特殊能力を秘めているのも魔道具と同じ原理というのが常識とされており、まさかポイントを振ってスキルを取得するなど想像もできなかった。

 この時代では、そもそも魔法とはなにかすら曖昧なため、スキルであろうと魔法であろうと判別もままならないだろう。


「ともかく今後は魔道具協会の動きにも要注意としよう」

「ええ、そうですね……」


 それで話は終わったようで、ウォルドレイクは部屋を出て行く。

 残されたジノグラフは、ひとり先ほどの光景を思い返していた。

 宙に渦巻く流水を手にした、聖女の美麗な姿を。

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