ちょっと恥ずかしいです
遅くなりました
「おお……とても、とても素晴らしいですよミリア」
「クロシュさん、あまり見られると、ちょっと恥ずかしいです……」
目の前で制服姿の天使……ミリアちゃんが照れ笑いを浮かべていた。
サイズ確認と言っても採寸はすでに済ませてあるため、実際に着てみて着心地を確かめるだけである。
なので早速と、カノンと別室で着替えたミリアちゃんなのだが……。
制服と聞いて俺は、てっきりセーラー服やブレザーを想像していたけど、そこは異世界クオリティ。良い意味で予想を裏切ってくれた。
つまり、とんでもなく可愛いのだ。
白いブラウスと首元を飾る朱色のリボン、その上から肩に羽織ったボレロが背中の半ばまで覆っており、お腹にはコルセットのような胴衣が巻かれて、長い裾がロングコートのようになびいている。
魅惑のウエストラインを出しながらも、肩やお尻の辺りは覆い隠されて慎みのあるシルエットに収めていた。
三段にフリルをあしらえたスカートからは、黒のストッキングと編み上げブーツをはいた足がすらりと伸び、少し高めのヒールがより長く見せる。
最後に羽飾りベレー帽をちょこんと被れば……学士ミリアちゃんの完成だ。
色は全体的にパールグレイ。光沢を帯びた灰色で、渋いというか落ち着きのある色合いをしていてクラシックにまとまっているのもまた、小さな子が着用すると愛らしさが加算される。
飾り房が付いているせいか、イメージとしては制服の起源となる軍服に近い気もするけど、堅苦しさが薄いせいか絶対的に異なっているな。
そんな見た目ばかりに目が行きがちだけど、通気性が高いので帝都の暖かい環境でも過ごしやすく、前面部の紐を解けば楽に上着を外せる仕様なのも、着用者のことを考えていて好感が持てる。
極めつけとして、素材がいいのか滑らかな肌触りも非常にグッドだ。
これを仕立てた人物、ただ者ではない。
「こちらも終わりました」
今度はアミスちゃんが同じ制服を身に着けて登場した。
唯一、帽子の羽飾りが違っており、金具部分に取り付けられた宝石の色がアミスちゃんは青、ミリアちゃんは緑だと気付く。
「アミスも、とても似合っていますね」
「あ、ありがとうございます」
「こっちも終わった」
「あの、お姉さま……私はどうでしょうか?」
続けてミルフレンスちゃん、ソフィーちゃんだ。
だんだんファッションショー染みてきたけど、制服自体に大きな差はない。着ているのは誰かが重要なのである。
ちなみに羽飾りの宝石だけはやっぱり別で、二人は揃って赤だった。
恐らく学年によって変わるとかだろう。
「ええ、二人とも……みなさん可愛らしくて絵画にしたいくらいです」
お持ち帰りもしたいくらいです。
「ありがとうございますわ、お姉さま!」
ぎゅっと抱き付いてきたソフィーちゃんを、俺は優しく受け止めた。
ちょうどお腹の辺りに顔をうずめていたので、さらさらとした髪を撫でてあげると、あどけない笑顔でこちらを見上げる。
まさに至福の表情といった感じだ。やはりお持ち帰り……。
「……おや?」
なにか腰の辺りに当たっているなと首だけで振り返れば、そこにはミリアちゃんが、まるで私の物だと言わんばかりに抱き付いているではないか!
なんだこれ、極楽サンド?
「ミリアもソフィーも、クロシュさんが困っているでしょう」
「ええ、困っているかそうでないかで言えば困っています」
幸せメーターが限界突破して壊れちゃいそうだからね!
もはや俺のために争わないで状態に陥っている。
うっ、でも前後から圧迫されるせいで胃が……いいや、もっとだ。
この体の奥底から湧き上がる衝動こそ、幸福の証なのだから!
いえき、かなー。
幸福を噛み締めているんですから、そっとしておいてください。
げー、げー。
ミラちゃんの姿で嘔吐なんて絶対にしませんよ!
「お嬢様、次は写し絵ですから、あまり制服にシワに作るとクロシュ様がガッカリしてしまいますよ」
そうカノンに窘められると、ミリアちゃんだけではなくソフィーちゃんも慌てて離れて制服を整える。
残念だが助かった……さすがはカノンだ。扱い方というものを心得ているな。
「ところで、そのウツシエとはなんですか?」
「クロシュ様の時代には、まだ無かったのでしたね。写し絵というのは……」
あまり聞き慣れない言葉だったが、どうやら写真のことのようだ。
新しい制服を着用した姿を写し絵として残し、学士院の学徒であると証明するカードを発行するのだという。学生証みたいなものだろう。
ただ俺が知るカメラと比べれば、かなり性能は低い。
例えば屋外では使えば真っ白になったり、あまり遠くの物だとボヤけるなど、色々と不便そうなのだ。
ミリアちゃんたちからすると、それが普通だから不都合はないみたいだけどね。
「そうです! クロシュ様もご一緒に撮りませんか?」
「私は生徒ではありませんが……」
「頼めばそれくらいは受けてくれますよ」
たしかにミリアちゃんたちと一緒に写真が撮れるなら、それは家宝になるな。
というか、ひとりずつの写真も欲しいんだけど。
「では決定ですね。お嬢様、ソフィー様、クロシュ様をお連れしてください」
「わかった」
「わかりましたわ!」
「え、あの、ミリア? ソフィー?」
即座に二人は左右から、それぞれ俺の片腕を取って連行する。
そうして俺を取り合う争いは終結し、撮り合う争いが勃発するのだった。
だれが、うまいことを、いえとー。
皇帝城にて、皇帝ウォルドレイクが主催する夜会が開かれた。
主賓はミーヤリア・グレン・エルドハート及び、魔導布クロシュ
この二名の武勲を称えると同時に、多くの功労者をねぎらう夜会だ。
しかし一部の者は、この夜会にはもっと大きな意味があり、複雑な事情が絡んでいることを知っている。
会場はダンスホールを使用するなど形としては舞踏会に近いが、演奏を耳にしながら立食形式で食事も楽しめたりと、通常よりも緩い雰囲気を演出している。
極上の料理と美酒が振舞われ、穏やかな音楽を耳にし続ければ、どれだけの堅物でも警戒が緩み、隙が生まれるだろう。
そして、それこそが夜会の狙いであった。
もし魔導布が男であれば美女をはべらせる手段も取れたのに残念だと、ウォルドレイクは会場を上から一望できる専用部屋で独り言を呟く。
彼は、この夜会でクロシュが聖女足り得る器かを見定める心積もりなのだ。
油断してくれればくれるほど、人の素顔を暴くのは容易い。
実を言えばノブナーガと密談したところ、クロシュを聖女と認定するのは決定事項だったが、見定めるとは周囲を納得させるためだけの方便ではない。
表向きでは聖女とする算段だが、ウォルドレイクが真に聖女と認めるか否かは結局、これからに掛かっていたのだ。
故に見せかけではなく、本気でクロシュの真価を見極めるべく臨んでいる。
とはいえ、まだミーヤリアも、クロシュの姿も見えていない。
エルドハート家の支門であるアミステーゼ、ソフィーリア、ミルフレンス、その両親らはすでに会場入りしているが、主賓には主賓なりの準備があるのだ。
おまけに女性となれば、二人が遅れていることにさして疑問は抱かなかった。
「陛下、お見えになりました」
「来たか……相手は任せたぞ」
こうして会場を眺めているのも、登場するタイミングを窺っているからだ。
初めから皇帝国のトップが居座っていては、他の参加者も委縮してしまい、会場の空気が冷えてしまう。それでは台無しだ。
だからこそ、まずは配下の者に接触させて反応を窺うつもりだった。
「……それで、魔導布はどこに?」
新たに姿を見せる者がいれば、間違いなくその者だろう。
だがウォルドレイクの目に映るのは、見知った少女ミーヤリアのみ。
纏っている白いそれはドレスというより、祭祀用の礼服に思えるほど独特で、荘厳な雰囲気があったが、しかし他に誰かが付き添っているようでもない。
ならばクロシュはどこに行ったのか。
「陛下、たった今メイドから報告がありまして……」
「どうした?」
「魔導布はミーヤリア様が纏っているドレスに姿を変えていると」
「な、なに……?」
これにはウォルドレイクも呆気に取られた。
本性は布の防具だが、現在は人の姿で行動していると聞いていたのだ。
ならば夜会に出席するのもまた、人の姿だろう。常識で考えるなら。
「もちろんメイドは気に障らぬよう促したそうですが、頑なに拒んだと……」
「なぜだ? 理由は聞いているのか?」
「それなのですが『私はあくまで防具であり、真の立役者はミリアです。それに姿を偽っては失礼でしょう』と話しているようです」
なるほど、と納得できる部分もあった。
人間であるウォルドレイクたちからすれば、防具の姿こそ失礼ではないかと考えてしまうのだが、それはあくまで人間側の視点。
恐らくインテリジェンス・アイテムである魔導布は、正体を晒すことこそが礼儀だという認識なのだろう。
癖者揃いの貴族たちを御する皇帝は、そう解釈した。
辻褄としては合っているのだが、いささか問題でもある。
これは人間である皇帝が主催する夜会なのだ。礼儀を考えるならば、人間側の常識を当て嵌めるべきである。
無論ウォルドレイクは気にしないとしても、周囲の反応は別だ。
特にこれから聖女と認定するのに際し、反対派がどう動くかが危惧された。
そもそも衣服を聖女と認めるというのは、あまり絵面がよくないだろう。
「陛下がお姿を見せれば、魔導布もまた姿を変えるとのことですが……」
「ふむ……となれば、この場で観察していても仕方あるまい」
もしや、こちらの意図が見抜かれているのかと、ぞっとするウォルドレイク。
ノブナーガにすら、そこまでは打ち明けていない。
だとしても相手は三百年の時を越えて復活した、生きる伝説。
魔法が当たり前のように使われていたとされる世界の住人なのだ。
現に第二次魔獣事変を鎮めた手腕もあり、どのような力を有しているかは予想していたつもりだが、もし想像を遥かに上回っていたとしても不思議はない。
敵に回すつもりなど毛頭なかったが、皇帝として警戒を一段階引き上げる。
「……おい、あいつは何をしている?」
「はっ……あれは、まさか!」
「すぐに止めさせ……いや、余が出よう」
「では、私は先に出ております!」
側近が慌てるのも無理はない。
そこでは、貴族のひとりがミーヤリアを嘲るような顔で話しかけていた。
どのような内容かは、耳にするまでもない。
肝心なのは、その貴族は魔導布を前にしていると自覚しているのか。
そして万が一、魔導布の怒りを買ってしまえばどうなるのか。
最悪の展開が脳裏を掠め、ウォルドレイクは足早に部屋を出ながら、語気を強めて側近へ指示を飛ばす。
「いいかよく聞け、なにがあっても敵対してはならんぞ! 状況によっては、あの愚か者を処罰しろ! 理解したか!?」
「はっ!」
影の如く消え去った側近の後、残されたウォルドレイクの胸中には様々な思いが渦巻いていた。
とりわけ強いのは不安、あるいは恐怖である。
「魔王再来を前に、魔導布を味方どころか敵に回してなるものか……」
その独り言に返事はなく、静寂だけが皇帝に寄り添っていた。




