偉いねー
「失礼ながら、お話を伺わせていただきました」
言いながら男は優雅に一礼する。
「私はバルド・メラードと申します。ここへはダンジョン産のアイテムを買い付けに来ました」
「なんだ、商人か」
訝しむように言うノット。
「ええ、そのようなものですね」
少し失礼とも取れる態度にまったく動じないどころか、バルドと名乗った男は朗らかに笑みを浮かべていた。
なんとも気色悪い奴だ。
「それで、ですね。先ほどそちらの防具がインテリジェンス・アイテムだと耳にしまして……」
これには受付のお姉さんが申し訳なさそうにこちらを伺う。自分のせいで、この商人の興味を引いてしまった、と。
ノットは軽く手を振ることで、気にしてないと返した。
「だったら同じように聞いていたはずだ。今すぐにどうこうするつもりはない」
「いえいえ、私もこの場で交渉をするつもりはございませんとも」
ただ、と続ける。
「もし今後、そちらの防具を売却することを決断されたのであれば、ぜひとも私めを訪ねていただけたらと思いましてね。もちろん、その際は決して損をさせないことをお約束します」
要するに、売る気になったら割増で買うから言ってくれって話だな。
買取の予約になるだろうか。
「話はそれだけか? こっちも忙しいんでな」
「ええ、あなた方の邪魔はいたしませんとも」
それでは、と未練すら見せずにあっさりと足早にギルドから立ち去る。その後ろには先ほどまでバルドが会話していた男が付いて行った。
二人の姿が完全に見えなくなると、みんなはホッと息を吐く。
もしかして緊張していたのかな?
「やれやれ、もう目を付けられたか」
「ごめんなさい。私がうかつだったわ」
「フィルさんは悪くないよ! ノットだって興奮して色々と喋ってたもん」
「……否定はしない」
目がキラッキラしてたもんな。
あと受付のお姉さんの名前はフィルというようだ。
「どうせ所持している限りは、遅かれ早かれ広まってたんだ。ああいうのが現れるのも予想していた……だから気にしなくてもいい、と言っても素直に頷かないだろうけどな」
「これでもプロとしてやってるもの。私のミスに違いはないわ」
「あの、これってそんなに問題なんですか?」
さっきから不思議そうにしていたミラちゃんが首を傾げて質問する。
これは、俺も気になっていたことだ。
情報漏洩と言えば問題だけど、たかが商人が買取を希望しているだけ。しつこく交渉されたら面倒ではあるけど、その程度だろう。
結局は俺の存在もいずれ広まるとのことだし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?
「そうだな……その辺りは宿に戻ってからにしよう。そういうわけだからフィル、魔石も早めに鑑定してくれないか」
「ええ、鑑定は終わってるから、すぐにでも換金できるわよ」
すでに用意していたらしいフィルさんは硬貨が詰まった布袋をカウンター下から取り出した。
「金貨が1枚、銀貨が25枚、あとは銅貨ね」
小声で袋の中身を告げ、じゃらじゃらと音を鳴らしてノットへと手渡す。
「助かる」
あとで知ったことだが、あらかじめ袋に詰めて渡したのは中身を他人に知られないための工夫だそうだ。
わざと銅貨を多めにして、今の場面を遠巻きに目撃した者たちに、はした金だろうと思わせることで物盗りに狙われるのを避けるのだという。
それでも小金を狙うような愚か者は後を絶たないのだが、それはそれで捕縛してギルドに突き出せば報奨金を受け取れて儲かるので、金に困っている時は敢えてその辺をうろついて釣るのだとか。
しばらくはその必要もないので、彼女たちはさっさと宿へ戻った。
今後について話しあうために宿の一室……ミラちゃんの部屋に四人が集まる。
さすがにちょっと狭苦しく感じるけど、女の子ばかりのせいか良い香りがして多少は軽減されている気がする。むしろちょっとしたハーレム気分だ。みんなが幼女じゃないのが本当に惜しい。
これが野郎共だったら地獄に様変わりだったな。
とんでもなく不快な想像から精神ダメージを受けたので、俺を抱きかかえているミラちゃんの柔らかさに癒されながら話を聞くことにする。
「さて、何から話すべきか……」
壁に寄りかかっていたノットが腕を組みながら言う。
昨日から見ていて思ったけど、彼女はこのパーティのまとめ役みたいだな。
身体も胸も小さいのに偉い。
「…………」
あ、なんか睨まれてる。
「あの、どうかしましたか?」
「……そいつから不快な気配を感じた」
鋭いなぁ。
うかつに変なこと考えるのは控えよう。
「まあいい、さっきのミラの質問からにしようか」
そうして、ため息混じりに話し始める。
俺という装備を所持している危険性について。
「なにか問題があるのか、という話だったな。……ミラ、もしもだが『どうしても欲しい物』があるのに、その所有者が手放さないと言ったら、どうする?」
「どうすると言われても、諦めるしかないのでは?」
ああ、なんとなく先が読めた。
「そうか、じゃあディアナ。おまえだったらどうする?」
「殺してでも奪う」
「えっ!?」
あっけらかんとした当然のような答えだった。
これに驚いたのはミラちゃんだ。そんなこと考えもしなかったんだろう。
「だって、それって『どうしても欲しい物』なんでしょ? 例えば薬とか、食べ物とかだったら場合によっては、ね」
「それは……」
自分が大病を患ったとして、手に届く場所に薬があったら……あるいは飢餓状態で食べ物を見つけたら、人はどこまでも残酷になれる。
それらは極端な例ではあるけど、単に大金を得るチャンスというだけでもディアナと同じ答えを返す人は多いだろう。
それだけお金という物は人を狂わせる。
だからこそ、どれだけ警戒しても過剰ということはない。
「これが、ただの防具ならそこまで大事にはならないんだが、意思を持っているとなると話は別だ。そして価値のある物を持つってことは同時に、相応の力を持っていないといけないんだ」
「王家が代々受け継いでいる聖剣や魔剣がそうだよね」
「ああ、でも私たちはただの冒険者だからな、明日にでも私たちが道端で身ぐるみを剥がされてくたばってようが誰も不思議に思わないだろう……もっとも」
一拍置いて。
「素直に死なせてくれたら、ありがたいけどな」
「……っ!」
脅すような声色のノットに、言葉の意味を察したミラちゃんが顔色を変えた。
腕の中にあるそれを所持し続ける危険性を理解したのだろう。
「さっきの奴も、今ごろは下種な悪巧みをしているかもな」
先ほどの商人はあっさりと引いたのだが、あれも油断できないようだ。
「わ、私は……」
「そこまで考えてなかったのはわかってる。でも売りたくなかった理由があるんだろう?」
「私はダンジョン攻略が早くなればと思って、それで……」
「あー、そういえばミラの目的って……」
こくりと頷くミラちゃん。
いや、こくりじゃなくて、言ってよ。
「実際のところ、そう上手くいくかはわからないけどな」
「ええ、それってどういうことなの?」
「かつての勇者は、意思を持った聖剣に認められず装備できなかったそうだ」
聖剣さんの気持ちはわかるよ。勇者が男だったら俺もお断りします。
「でもミラは装備してたよね?」
「だが、いつまで力を貸してくれるかはわからないだろう。今の会話だって聞いていただろうからな」
ミラちゃんが不安そうな顔でジッと俺を見つめていた。
……俺の気持ちは決まってるんだけどなぁ。
「ミラ。確認する」
「え?」
「そうだな。本人に聞いたほうが手っ取り早い」
「でも、どうすれば……」
「おーい、なにか言ってよー」
ぺしぺしとディアナが袖の部分を軽く叩く。
「ら、乱暴しちゃダメですよ!」
袖を奪い取り、護るようにして胸に抱きしめてくれる。
痛みとかないから構わないけど、これはこれで心地いいので続けてください。
「とりあえず装備してみたらどうだ?」
ノットの提案によって、ミラちゃんは身に付けているローブを脱ぐために俺を一度手放す。
ああ、おっぱい様が……。
えっちー。
だって男の子だもん。
すなお、なのは、いいことだねー。
俺はいつだって自分の心にも体にも素直ですよ。
それも、そうだねー。
納得された。
ところで、いいのー?
神の御心を知るには今の私ではレベルが足りぬようです。
えっとー、おはなし、いいのー?
ここまで来て逃げるほどヘタレじゃありませんよ?
ちがうー。ねんわー。
念話ー?
ちゃんと、はなせないよー?
え、もしかして【念話・劣】だとマズいのかな?
それだと、ちょっとだけかなー。
相変わらず要領を得ないけど、どうやらアウトなようだ。
でもSPは2あるから問題ない。
【スキル、念話・下位を取得しました。】
【念話・下位】
装備者とのみ意思疎通を図れる。言葉だけならこれで十分。
残りSPは1か。
やっぱりいざという時のために貯金しておくべきだな。今回のでそれが良くわかったよ。神様に感謝。
じゃあね、まいにちね、せいけんづきー。
一万回しろと?
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【クローク】
レベル:4
クラス:良い感じの布
レア度:2
○能力値
HP:100/100
MP:13/13
○上昇値
HP:3
MP:3
攻撃力:0
防御力:5
魔法力:2
魔防力:5
思考力:0
加速力:0
運命力:4
○属性
○ボーナス
○スキル
【念話・下位】【神託】【進化】【ステータス閲覧】【採寸】【鑑定】
【自動修復】【HP譲渡】【防護結界・被膜】
○称号
【成長する防具】【インテリジェンス・アイテム】【神の加護】【説明不要】
【技巧者】
SP:1
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今回は傍観していたので割と大人しい布と神様。
ノットの方が主人公のようだ。




