あれが帝都ですか
はじまるよー(三章が)
……ああ、また夢か。
相変わらずの暗闇が広がる中で、俺は宙をたゆたっている。
近くには幼女神様の存在が感じられたけど、なぜか微動だにしない。
この場所に来ると、すべてを知ってしまうからか?
まあ、そのくらいで今さら俺が態度を変えるとは思えねえけど。
でも……あっちの俺はどうなんだろうな。
もうほとんど別人になってるけど、根本的な部分は同じらしい。
たぶん【人化】で、ミラちゃんの姿になったのが最大の転機というか、原因だと思うんだが。
そだねー。
おっと、反応がないから寂しかったよ。
おこって、ないのー?
そいつは、どの部分に対してなんだ?
いろいろー。
うーん、別に不満はないかな。ああなったのは良かったことだと思うし、もしも一切変わらずにいたら、あの子は不幸になっていたよ。
というか元々、転生ってこういうもんじゃないか?
あっちの俺が上手くやってるなら、俺はこのままでいいや。
そっかー。
あとは……これから俺がどうなるのか、見ていたいかな。
どうなるのかってよりも、どうするのか、かな?
真性のクズだった俺とは違う、あっちの俺がどうするのか。
それを見てみたい。
じゃあ、もうしばらく、みてよっかー。
そうさせて貰うよ。
「クロシュさん、そろそろですよ」
「……ミリア?」
「珍しいですね、クロシュさんが居眠りなんて」
「……奇妙な夢を見ました。もう忘れてしまいましたが」
「わかります。楽しい夢も、怖い夢も、起きたら忘れてしまうんですよね」
楽しかったのか、怖かったのか。それすらも思い出せない。
ただ不思議な内容だった気がするんだけど、夢は夢だ。どうでもいいだろう。
「それでクロシュさん、そろそろ到着ですよ」
「どこへですか?」
「もちろん帝都にです」
帝都……というか、この部屋はいったいどこだ?
見たところ屋敷の広々とした部屋ではなく、それよりはかなり狭い。
頭が上手く動かないせいか、見覚えのない場所に戸惑う。
いかんな。寝ぼけて自分がどこにいるのかも曖昧なんて、情けなくてミリアちゃんには言えないぞ。夢なんかより、ここがどこか思い出さなければ!
えーっと、たしかパレードだか謁見だかで帝都へ行くんだったね。
おまけに俺は聖女なんて祭り上げられているし、寝耳に水とはこのことだよ。
その件について後日、屋敷に戻ったノブナーガを問い質したところ……。
『クロシュちゃんは今、微妙な立場にあるんだ。かつて聖女ミラと共に皇帝を救った生きた伝説で、再び皇帝国の危機を救ってみせた。加えて聖女とは違って皇帝国の者ではないから現皇帝へ忠誠を誓う必要もない……要するに、大恩ある客人といったところだ』
これがなにを意味するのか俺には理解できなかったが、話には続きがある。
『知っていると思うが大半の貴族は派閥というものに属していてな、もちろんエルドハート家も例外じゃない。そして客人とはいえクロシュちゃんが私の下にいると、他の派閥がなにかと警戒してしまうんだ』
つまり、こういうことらしい。
このままだと他の派閥から貴族が移籍したり、もしくは俺を取り入れようと働きかけ、時には強引な手段に出る可能性すらあるとか。
俺という存在の影響力は放っておくと皇帝国内のパワーバランスを崩してしまいかねない。だからこそ謁見が必要だとノブナーガは言う。
『すでに陛下へは進言しておいた。どういう形になるかは不明だが、クロシュちゃんは皇帝国内において正式に【聖女】と認められた特別な立場に収まるはずだ。聖女は貴族の垣根など越えた英雄の象徴だからな。そうなれば派閥などは関係なくなるだろう。それに戦勝を祝した夜会では陛下直々に公言されるだろうから、誰も手出しはできんさ』
ただし、俺が貴族の世界に対して働きかけるような権力も持てなくなるようだけど、そんな面倒なものに興味はないので願ったり叶ったりだ。
理由は納得した。
この国はよっぽど聖女ミラちゃんを敬愛していて、だから聖女の称号を与えられた者も尊重されるのだろう。
そうすると、うっかり皇帝に無礼を働いたらどうしよう、という心配があったけど、ある程度までならセーフではないか?
いやまあミラちゃんの名声を汚したくないから、その辺は注意するけどね。
それで、数日後に皇帝主催となる謁見を兼ねた夜会が開かれると決まって、なぜかパレードのほうは後日になったんだったか。
先に俺の名前と顔を広めておこう、という算段かも知れない。
こちらはなんとか辞退する手段を探しているけど、まだ光明は見えていない。
……そうだ。ようやく思い出した。
「ここは耀気機関車の客室でしたね」
「そうですよ? ふふっ、クロシュさんが寝ぼけちゃうなんて珍しいですね」
「ええ、ちょっと緊張しているせいで疲れていたようです」
つい口に出して結局バレてしまった。
でもまあ、ミリアちゃんの可愛らしく微笑む顔が見れたのでオッケーだ。
ぼんやりとした頭もハッキリとし始めると、扉がノックされた。
「お二方、起きてますの?」
「入ってもいいですよ」
ミリアちゃんが答えると、扉を開けて入って来たのは予想通りソフィーちゃんとアミスちゃんである。
「もうすぐ帝都ですわね」
「少し前まであそこにいたはずですが、この時はいつも楽しみです」
「帝都に、なにかあるのですか?」
「クロシュさん、窓から外を覗いてください。すぐにわかりますよ」
言われて窓へと顔を向けるも、外は真っ暗だ。
しかし妙だな。寝ていたとはいえ、夜には早いはずなのに。
その謎はすぐに氷解することとなる。
僅か数十秒ほどで、暗闇は一転して眩い世界へと変わった。
それがトンネルを抜けたのだと理解するよりも先に、視界へ飛び込んで来たのは空を染める青色と、大地に敷き詰めた白銀の雪と……巨大なタマゴ?
高さは数百メートル以上、横幅はもっと長い。そんな横倒しになったタマゴが遠くに見受けられる。あまりのサイズに遠近感がおかしくなりそうだ。
いや、よくよく見ればタマゴの殻のように思えた物体は半透明のため中身が透けて、巨大な都市がドーム状のなにかに内包されているのだとわかった。
機関車の長大なレールが伸びる方角からして間違いなく――。
「まさか、あれが帝都ですか……?」
振り返ると、みんなは俺の驚く様子に満足気な表情を浮かべている。
聞かなくても答えは出ていたようなものだが、いくら魔力によって文明が発達しているからって、あんな物まで作るなんて予想外だ。そりゃ驚くよ。
周囲が雪原なのも相まって、まるで荒廃したSF世界みたいな光景だ。
窓枠をキャンパスとしたら、一枚の絵画のような景色である。
いったい帝都とは、どんなところなんだろうか。
これから先、新しい発見への期待が半分と、面倒臭い諸々への不安が半分の俺を乗せて、機関車は止まらずに進み続ける。
「――では次の議題だが、ああ【魔導布】の件だな」
帝都の中心部にそびえ立つ、黒い石材で建造された皇帝城。
その上層階に位置する会議室は現在、各方面の重鎮たちが詰めかけており、空席はひとつもない。
重要な案件は、すべてこの部屋で定められているのだから当然だろう。皇帝国の命運を左右する場と呼んでも決して過言ではないのだ。
「武王国の侵略をいち早く察知したのはエルドハート家の支門だが、実際にこれを食い止め、さらには意図的に仕掛けられた魔獣事変をも解決したのは【魔導布】ことクロシュである……というのが報告だったな?」
「間違いありません」
現皇帝ウォルドレイク・グロリア・ド・ルア・ビルフレストは会議に集まった面々を軽く眺める。
そこに数人だが、表情を揺るがせた者を視界に捉えた。
この一件は皇帝国にとって難題であるため、頭を悩ませるのも無理はないとウォルドレイクは静かに目蓋を閉じる。
だが、それとは別の疑念もあった。
「このクロシュ殿の功績と、他の武功者をまとめて称える夜会とパレードを行うことになったのだったな」
「夜会の準備は滞りなく進んでいます。招待状も帝都に近い貴族には軒並み出しましたので、数日ほどかかりますが予定通りです」
「パレードに関しては帝都内の住民への通知が済みましたが、やはり急な話だったので夜会の後となりますね」
「うむ、ひとまず問題はない……か」
「陛下! 問題ならばあります!」
来たか、とウォルドレイクは表に出さないながらも煩わしさを感じていた。
「魔導布クロシュを聖女として認めるとは本当なのですか!?」
「予定だがな。実績としては申し分なく、必要な措置だろう。城塞都市では通り名として広まっているそうだしな」
「ですが陛下、噂では自作自演を疑う声もあるとも聞きますぞ」
「そのようだな」
噂などと言っても、かなり限定された区域で流布された根も葉もないもので、少なからず悪意が込められているのは明らかだった。
例えば、先に言われたように魔獣事変はすべて自作自演であるだとか、もっと悪いものとなれば武王国と通じているとまで言われている。
すでにノブナーガより報告を受けていたウォルドレイクは惑わされないが、新たな聖女の誕生を祝うどころか、不都合な者がいることを残念に思う。
「お前たちの懸念も理解できる。正式に聖女と認められたクロシュ殿が新勢力の旗印となるのを恐れているのだろう?」
うぅ、と誰ともなく呻く声が漏れ聞こえた。図星だろう。
「確かに本人にその気があれば、貴族社会とは別の……それこそ既存の聖女教に取り込まれでもすれば、一気に力を増してしまうだろう」
皇帝国内における宗教の勢力図は比較的だが、新興宗教となっている聖女教が圧倒的多数を占めている。
これは帝国市民たちの間で、今もなお聖女ミラという偉人に対する信望の深さを裏付けていた。
そこへ正真正銘、かつて聖女と共に謳われた伝説が再来したとなれば、もはや歯止めは利かなくなるだろう。
国の力とは、人の力だ。
皇帝国の民の過半数が、特定の勢力へ肩入れすればどうなるのか。
その恐ろしさを理解できない者は、この会議に参加できない。
「しかし、あくまで本人が望めばだ。野心家であれば懸念も納得できようが、聞けば権力や地位には固執しない、まさしく聖女の如き人物だそうだぞ?」
「で、ですが伝聞だけで判断するには……」
「そうだとも。ならばこそ余が自ら判断するしかあるまい。故の夜会だ」
謁見という格式ばった場では、誰でも本心を隠してしまうだろうと一考し、武功を称える名目で開いた夜会において油断したところで、素顔を見抜く。
理に適った方法であり、皇帝自身が確かめると断言されては、もはや誰も口出しはできなかった。
しばらくは貴族たちも、これで大人しくなるだろう。
表面上はな、とウォルドレイクは内心で呟く。
勢力争いの他に、なにか裏がありそうだとは勘付いていた。
だとしても、いったい誰が? なぜ聖女を排斥しようとするのか? そこにどのような意図があるのか? すべてが不明瞭のままだ。
どんな企みがあるにせよ、この場で明らかにするのは難しいだろう。
一波乱ありそうな予感に先が思いやられるウォルドレイクだが――。
もし、魔導布クロシュが聖女として相応しい本物であるならば、こちら側としても動かざるを得まい……。
様々な思惑が渦巻く夜会は、もう数日後まで迫っていた。
はじまったよー(三章が)




