もふもふ戦線です!
「いったい、あれはなんだ?」
「まったく不明ですね。どこから現れたのかさえ」
「武王国の侵攻を止めてくれているのはありがたいですぞ」
「だが、まだ味方と決まった訳ではない……しかしなぜ毛玉なのだ」
砦の屋上部に立ち、武王国の軍隊が毛玉と戯れている光景を眺めていたヒゲおっさんことジェノたちは、そんな感想を口にしていた。
敵を食い止める正体不明の毛玉に疑念を抱いているようだ。
今のところ敵対するような素振りはなさそうだけど、そろそろ説明してやらないと、いつ敵と判断して動くかわからない状況にある。
やはり来て正解だった。
俺は【黒翼】を使い、空から降下して声をかける。
「あれは我々の味方である魔獣ですよ」
「だ、誰だ!?」
振り返ったジェノたちは、降り立つ俺を見るやいなや警戒の色を浮かべる。
あ、そういえば【人化】どころか【合体】した姿を見せるのは初めてか。
おまけに今は【融合】の影響でミリアちゃんの外見も変化しているし、そんな状態で空から現れたのだから怪しむのも無理はない。
「私はクロシュですよ。久しぶりですね、ジェノ」
「クロシュ殿……まさか、その姿は?」
その辺の説明は面倒なので省かせて貰う。
あとで誰かから聞いてくれ。
「今は武王国が優先です……とはいえ、すでに勝敗は決しましたね」
「そういえば先ほど魔獣と言っていましたが、いったいどういう意味です?」
地味なおっさん、たしかトルキッサスだったかに尋ねられる。
それを説明しに来たので順を追って話すとしよう。
遡ること数時間。
俺たちの前にワタガシが再び現れてからだ。
「ところでワタガシ、ひとつ聞きたいのですが……」
「訊くがいい」
「あれで武王国という、隣国の侵略を止めて貰うことはできませんか?」
俺は一直線に整列する毛玉たちを指差した。
右を見れば地平線の先から、左を見て地平線の果てまで続く毛玉の列。
いったいどこから、いつの間に現れたのかは、この際なので置いておく。こんな不条理な存在のことなんて考えてもしょうがない。
ただ毛玉たちは魔の森から飛び出した魔獣の侵攻を阻み、押し返していた。
中にはもふもふの内側へと取り込まれ、二度と出て来ないなんて恐ろしい光景もも垣間見える。
毛玉つよい。
そして先ほどワタガシが言った守護者というのは、つまりワタガシたち魔獣こそが、魔獣事変への対抗策としてミラちゃんが遺したものなのだろう。
信じがたいけど、現実に起きているので認めるしかなかった。
来るのが遅かったことへ対しての文句を言いたいところだけど、まず武王国への対処も可能なのかどうか聞くのが先だ。
「ワタガシの使命は、彼の森より出ずる魔獣を留めるのみ。人間たちの争いには干渉しない」
「やはり無理ですか」
なんとなく予想はしていた。
それを許したら、あまりに過剰な戦力が手に入ってしまう。
……それこそ魔獣を指揮して、国を襲わせるようなことを考えるほどに。
だからミラちゃんがここまで意図していたかは知らないけど、国や人が自由にしてはいけないのだろう。
「だとすると、そっちは自分たちで止めるしかないですね」
まあ問題がひとつ片付いただけでもありがたい。
護るのが国境だけなら【融合】している俺たちでもなんとかなりそうだし。
「待たれよ」
「なにか?」
「恩を返さねばならない」
ちょっと考えた結果、東の森でラエちゃんを撃退した際のことに思い至る。
「干渉はしない。ただ、そこにいる」
「そこにいる?」
「ワタガシの眷属が、そこにいるだけだ」
要するに、壁になって侵攻をジャマしてくれるってことだろうか。
「攻撃される危険もありますが」
「人間たちがワタガシたちに危害を加えれば、その時は反撃を許される」
ほぼ干渉しているようなものだけど、ワタガシなりに譲れないなにかがあるらしいので、そういうものだと納得する。
なにより嬉しい申し出だ。ありがたく受け取るとしよう。
ただ心配事がもうひとつあった。
ミリア、私は詳しくないのでお聞きしたいのですが。
なんですか?
国境には味方もいると思いますが、この毛玉を見て攻撃しないでしょうか。
それは……事前に説明しておけば大丈夫かと
逆に言えば、説明しないと危ないという意味だ。
うっかり攻撃して味方も全滅では目も当てられない。
ワタガシ本人から話しかけても警戒されるだろうし、やはり俺が【黒翼】で急行しなければならないようだ。
幸いにも【融合】のおかげで魔力も余裕があるし、スピードも上がっている。
全開で急げば夜明けまでに間に合うだろう。
「では私はこれから毛玉の魔獣は味方だと伝えに行きますので――」
「ワタガシは猫だ」
「ねこ?」
「ワタガシは猫だ」
「……ねこの魔獣は味方だと伝えに行きますので、よろしくお願いします」
これ本当に猫なのか?
ねこだよー。よろしく、おねがい、してねー。
なんか違うのが見えたけど気のせいだろう。
ねこは、いるよー。
頭がおかしくなっちゃうのでやめてくださいねこはいます。
そんなこんなで俺とミリアちゃんが国境へ向かうと決まったのだが、その前にルーゲインを放置するのはよろしくないので、ノブナーガへの説明も兼ねて一度、城塞都市へ戻ることになった。
当然そちらでも突然の毛玉に混乱していたため諸々を説明しなければならず、ワタガシの下りでは守護者の正体が魔獣だと判明して騒ぎになり、国境へはノブナーガも同行すると言い出したり、魔獣の指揮者だという鞭のインテリジェンス・アイテムの末路を知ったりで一悶着あったものの、最終的にはなんとか収まった。
ひとまずルーゲインは城塞都市で拘束し、扱いは一時保留となる。
本人も抵抗はせずに大人しく罰を受けるとしていたので、この一件が落ち着いてから、なんらかの処分が言い渡されるだろう。
俺としては、まだミリアちゃん暗殺未遂事件を許していないので、まずは軽く生き地獄を味わってから更生して貰うつもりだ。
その後は、幼女同盟の一員としてしっかり働いて貰えたらいいかな。
同行すると言って聞かないノブナーガに関しては、運んで移動するとなると重量の関係からスピードは落ちるし、消費魔力も増えるのでお断りしようと思ったのだが、ひとつ良い解決策が浮かんだ。
浮かんだ、というより幼女神様がアドバイスをしてくれた。
もっとはっきりと言えば、忘れていたモノを思い出させてくれた。
これを失念するとは不覚だ……。
せっかくなので有効活用するとしよう。
鞭のインテリジェンス・アイテムことジェイルとやらは、すでにノブナーガが倒したのだが同時に自爆してしまい、結果として魔獣が暴走したらしい。
例のチョーカーの影響だと察した俺は、その失態を責められなかった。
自分自身、盛大にミスって窮地に追い込まれたばかりだからね。
そういうこともあるさと互いに励まし合う。
さらに東の森で待つアミスちゃんたちを放っておくのはマズイと使いの者を送ったりして、ちょっと時間がかかってからの出発となった。
こうして間に合ったから問題ないけど。
「と、だいたいそんなところです」
「あの毛玉が、猫の魔獣だと!?」
驚くのはそこなんだ。
「ともかく、あの防衛線……」
いいえクロシュさん、もふもふ戦線です!
「えーもふもふ戦線がある以上、武王国の侵攻は失敗に終わるでしょう」
「ふむ……絶対もふもふ戦線か」
どんどん変な名称が付けられているけど俺は関係ないので気にしない。
「状況は理解しましたが、しかしクロシュ殿……お伺いしたいことが」
「なんでしょう?」
「娘は……アミステーゼは無事でしょうか?」
ジェノの娘は、アミスちゃんだったな。
東の森に残して来てしまったけど、ナミツネらもいるし大丈夫だろう。
「心配は無用です。アミスだけでなく、ソフィーもミルフレンスも無事です」
「おおっ!」
「流石はクロシュ殿ですな!」
「それを聞けて安心しましたよ」
これにはデブおっさんのボルボラーノ、地味おっさんのトルキッサスも喜ぶ。
しかし、俺にはもうひとつ言っておきたいことがある。
「それとミリアも無事……というより、ここに来ていますよ」
「ミリアが……彼女はどこに?」
「少しお待ちを」
俺は【融合】を解除し、ミリアちゃんに肉体の主導権を返す。
ここから先は本人が直接、聞くべきだと思ったから。
唐突な変化におっさん三人は驚いた様子だった。
「く、クロシュ殿? これは……」
「いいえ、今はミーヤリアです。ジェノおじ様」
「本当にミリア……なのか?」
〈細かい説明は省きますが、私がミリアの体を借りていたのです〉
戸惑うのはわかるが、それよりも言うべきことがあるはずだ。
ジェノは俺の意図を正しく理解したようで、すぐに咳払いをして落ち着きを取り戻すと、片膝を突いて目線をミリアちゃんに合わせた。
「ミリア……今さらではあるが、辛い目に遭わせて本当にすまなかった」
主門の当主の座を強引な手口で奪おうとした件について、ミリアちゃんの誤解は解けているし、すでに許してもいた。
だけどジェノたちが謝罪しなければならないことに変わりはないだろう。
ミリアちゃんの心は、とてもキズついたのだから。
「……私の安全を思ってのことだったんですよね?」
「言い訳はしない。結果として私はお前を苦しめてしまい、クロシュ殿がいなければ取り返しがつかなくなっていた」
後で知ったが、この時ジェノはアミスちゃんからの状況報告の手紙を受け取っており、ミリアちゃんが精神的にどれだけ追い詰められていたかを把握していた。
そしてようやく己の過ちに気付き、ずっと後悔していたのだとか。
俺は、ジェノが本来その役目を担うノブナーガに代わってミリアちゃんを護ろうとしたことは評価しているし、納得はしている。
やり方に難があったのは、当時の状況を詳しく知らない俺からすれば拙く思えたとしても、そこには確固とした信念と責任を感じられたからだ。
だいたい後から遅れて来た俺が、ずっとミリアちゃんのために行動していた者に文句を言うのは筋違いというものだ。
あとはミリアちゃんにどうするかを任せるべきだろう。
「たしかにクロシュさんがいてくれなければ今の私はここにいなかったと思いますが、私はここにいます。すべては些細な勘違いだった。それだけです」
「お前やノブナーガを裏切るなんてあり得ない。だが……そんな風に疑わせたのは私の失態だ。だからどうか償いの機会をくれないだろうか?」
「そうですね。では今度ワガママを聞いて貰うのはどうでしょう」
「……ワガママか?」
「はい。内容はいずれ決めますので」
「わかった。どんなワガママか心待ちにするとしよう」
なんと微笑ましい提案だ。
あれかな、欲しい物をおねだりするのかな?
とはいえミリアちゃんほどのお嬢様が欲しがる物なんて、いったいどれほど高価な物となるのだろう。
ひょっとしたら、このお店ごと欲しいとか、この土地が欲しいとか言うのか。
……そう考えると、ちょっと恐ろしくも思えるな。
ともあれジェノもそれを了承し、ミリアちゃんも納得しているのなら俺は口を出さない決めたのである。
ガンバれおっさん。
「クロシュさん、わざわざ時間を取って頂いてありがとうございます。もう大丈夫ですので、そろそろ行きましょう」
〈わかりました〉
目的のひとつである毛玉の説明は済ませた。
あとは、未だに攻めあぐねている武王国のやつらの対処だ。
魔獣事変が失敗した以上は放っておけば引き上げるだろうけど、今回これだけの騒動を引き起こした発端を、俺が見逃すはずがない。
ついでに、ノブナーガから頼まれてもいることだしな。
〈私たちはこれから武王国の軍をせんめ……もとい、追い返しに行きます〉
再びミリアちゃんと【融合】しながら言う。
「しかしクロシュ殿ひとりでは、いくらなんでも……」
「いえ、ノブナーガもいますので」
「ノブナーガが?」
じっと凝視されたが、この体はミリアちゃんだけだぞ。
「すぐわかります。それより捕えた敵の扱いを頼みたいのですが……」
「おお、捕虜ですか。わかりました、こちらもすぐに騎士を出しましょう」
これで心おきなくやれるな。
伝えるべきことは伝えたので、俺は【黒翼】を展開して飛び立つ。
朝日を浴びながらの空中散歩は心地良いけど、あまり楽しむ余裕がないことだけが残念だ。
思えば俺は転生してから常に悩み事を抱えていた気がする。
当初の予定では、もっとのんびり楽しくと考えていたはずが、ずいぶんと慌ただしい日々が続いていた。
それも、これで終わるだろう。
寒さ対策として新スキル【温度調節】を使いながら向かう先は、毛玉によって形成された絶対もふもふ戦線、その手前側だ。
「ええい! いつまで遊んでおるのだ!」
着地しようとしたら毛玉の向こう側から、そんな怒号が届いた。
どうやら指揮官が激おこらしい。
馬に乗った眼帯のじいさんが見えるが、あれがそうなのか。
しかし槍の先から放出される炎で攻撃されているのに毛玉たちが反撃しないので不思議だったのだが、察するに距離の問題だろう。
相手は螺旋刻印杖と似たような武器で遠中距離から放つタイプだし、下手に動いたら形成した戦線が崩れて突破されるからな。
「一点集中だ! 火力を最大に上げよ!」
続けてじいさんの大声が響く。
そこまでされると、耐えられるのか怪しい。
毛玉の努力に報いるためにも、ちょっと手助けしよう。
槍を構えて半円状に並び、燃え盛る炎弾を撃ち出した騎兵たち。
だがルーゲインの【極光】に比べたら余りにも遅い。
俺は上空から螺旋刻印杖の魔力弾を放ち、すべての炎弾を迎撃すると騎兵と毛玉の間に爆炎を巻き起こした。
即座に続けて放った第二射により、今度は騎兵の持つ槍を狙う。ちょっと狙い辛いけど、外しても魔力弾を操作して方向転換し、当たるまで標的を追い続ける。
あとに残されたのは半ばから破砕され、ぼっきりと折れた槍だけだ。
ついでに暴発を期待したが、そう上手くはいかないらしい。
「だ、誰だ!」
じいさんを初めとして、武王国軍が俺を見上げる。
こちらの存在に気付かれてしまったけど、遅かれ早かれだろう。
せっかくなので毛玉の手前側ではなく、じいさんたちの側に着地する。
「貴様……皇帝国の者か?」
「お前たちのような外道に名乗る名などない」
というセリフをちょっと言ってみたかっただけである。
「フン! ならばそこで焼け死ぬがいい!」
まだ槍を持つ騎兵が残っていたようだ。
でもまあ、これくらいなら余裕で防げるだろうから気にせず用意しようか。
視線を大地に下ろし、布槍で雑草ごと土を抉って模様を描く。
それは俺の内側に記されていた、とある魔法陣だ。
幼女神様のおかげで思い出したこいつは、二か所に設置した間を自由に行き来する転移機能を持っており、あまり良い記憶はないものの非常に便利なので使わない手はない。
完成した陣に魔力を流すと同時、騎兵が撃ち出した炎弾があらかじめ展開しておいた結界と触れて爆発し、周囲は煙幕に包まれた。
円形に張った結界のおかげで俺に影響はないけど、結界外はどうしようもない。
これではなにも見えないな。
「おっと、なんだこの煙は? ここはどこなんだ?」
「ちょうど国境ですよ、ノブナーガ」
「なんだ、そっちにいたのかクロシュちゃん」
振り返って俺を見つけると、ほっと安心したようだった。
ついさっきまで城塞都市にいたノブナーガを、転移の魔法陣で呼び寄せたのだ。
かつてミラちゃんを罠にかけた物だが、本当に便利だなこれ。
「ううむ、本物の転移の魔法陣だとはな」
「だからそうだと言ったでしょう」
「かつて盗まれたまま失われた、皇帝国に伝わる禁忌のひとつだ。そうそう信じられるものではないが……実際に体験してしまったからな」
あの暗黒つらぬき丸、そんなモノを盗んだのか。
魔法陣は単に模様ってだけだから、覚えてしまえば容易いだろうけど。
失われたってことは大元が記された本なり巻物なりは焼かれでもしたのか。
「それより、すぐ目の前に武王国の軍隊が待っていますよ」
「ほう、手っ取り早くて助かるな」
「最前線がいいと言っていたので」
などと話しているうちに煙が晴れ――。
「ならば初手から全力で、暴れさせて貰うとしよう!」
現れたのは竜人。
前に見たスキルから把握はしていたけど、実際に目の当たりにすると、なかなかの迫力である。
まさに人の形をしたドラゴンで、体格もおよそ二倍という巨体っぷりだ。
これには武王国の連中もさぞ驚いて……。
「ひっ、ひいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
な、なんだ?
指揮官らしきじいさんが狂ったように奇声をあげると、自分から落馬した。
というより慌てて逃げようとしたようだ。
「はっ、はわっ、あぁ、な、なんで、ここに……?」
喘ぐように言葉を口にし、落ちてからも地面を這って後退するも、腰が抜けたようでちっとも進まない。
いったい、なにを怖がっているのか。
それは逃れようとしながらも恐怖に囚われ、竜人と化したノブナーガから決して目を逸らさない、逸らせない様子からわかる。
顔色は亡霊でも見たかのように悪く、まさしく顔面蒼白といった感じだ。
「はて、いったい何事だ?」
もちろんノブナーガも目にしていたワケだが、心当たりはないらしい。
武王国軍も、他のやつらはぽかんとして眺めているし。
「まあいい、死にたくなければ去れ。さもなくば……」
「や、やめてくれぇ! いや、やめてくださいぃぃ! も、もう貴方様にはっ、ああぁぁ、ドルノギア様には逆らいません! なにとぞお許しをぉぉぉ!」
先ほどまでの指揮官としての威厳は失われ、そこにいたのは哀れな老人だった。
よくわからないけど、戦意喪失したのなら捕虜にでもすべきか。
これで終わりかと思いかけたら、やっぱり上手くはいかないようだ。
「ライゼンは私たちを裏切って降伏した! 裏切り者諸共にやつらを殺せ!」
そいつは副官なのか、ダメになった指揮官の代わりに号令を出した。
すると鼓舞されたように声をあげて武器を掲げる武王国軍の面々。
「いいぞ、それでこそ武王国の者たちだ!」
触発されたのかノブナーガもやる気を見せている。
せっかく穏やかに終わるところだったのに、こうなれば死傷者は避けられない。
いやーまことにざんねんだなー。
槍からの炎弾放射が再開されたので俺は老人を布槍で回収すると、ひとまず安全な絶対もふもふ戦線の向こう側へと戻った。
ノブナーガは……大暴れしているので放っておいても大丈夫だろう。
炎と黒煙が立ち昇る中、騎兵を殴って吹っ飛ばす姿は怪獣映画のようだ。
もはや戦争ではなく蹂躙。悲鳴ばかりが届いているが、あれでも手加減はしているようで死者は出ていなかった。
本当に本気でやったら、たぶん原型も残らないだろうから。
これなら最初からノブナーガひとりでいいとも思えるけど、あのスキルは時間的な制限もあって、さすがに一万もの軍隊を相手にしては負けるそうだ。
それでも対抗できている時点で破格の能力だけどね。
EXスキルなだけはある。
「クロシュ殿!」
「いいところに来ましたジェノ。この老人は捕虜ですのでよろしくお願いします」
さらに老けこんで萎れてしまった老人は、もう戦う気力もないだろう。
あとは任せても良さそうだ。
「クロシュ殿はどちらに?」
「ちょっと、私の敵を見つけたので」
そう言い残し、戦場から離れようと動くそいつに向かって飛び荒む。
実はひとりだけ、ノブナーガの蹂躙が始まってから逃げているやつが【察知】に引っ掛かっていたのだ。
それはさっきの副官らしきやつだったのだが、その時に首から妙な物を下げていたので、もしやと思って【鑑定】してみたのだ。
やはり正体は同類だった。
しかし、なによりも俺が注目したのはスキル欄である。
【毒薬生成】
材料を揃えることで古今東西のあらゆる毒薬を作り出す。
ここへ来る前にルーゲインから聞き出しておいたのだが、インテリジェンス・アイテムで毒薬に関するスキルを持っているのは、知る限りひとりだけだという。
つまり……。
「あなたもミリアを殺そうとしましたね?」
「なっ!?」
戦場に背を向けて駆ける騎馬に並行して飛行する。追い付くのに数十秒もあれば十分だった。
決して逃がさん……お前だけは。
指示したのはルーゲインで、実行犯は手鏡だが、毒を用意したのはこいつだ。
あの駅で使われるはずだった毒薬からは、悪意しか感じられなかった。
そこに信念だとか、慈悲の欠片も存在しない。
あるのは醜い欲望だけだ。
「自分だけ逃げようとする辺りからも性根が窺い知れますが……感謝しますよ。だからこそ遠慮なくやれますので」
副官に見えた男もまた、仮初の肉体として用意された罪人だろう。
チョーカーは嵌めていないので、安心して始末できる。
「ま、待て!」
「待ちません。では、さよなら」
布槍で三角フラスコに触れると【簒奪】を発動し、持っていたスキルとステータスを根こそぎ奪った。
それが終われば宙に放って、落ちて来たところを螺旋刻印杖で撃ち抜く。
正確に中央を射抜かれた三角フラスコは、徐々にガラス面全体にヒビが広がっていき、やがて大地との衝突に耐えきれず砕け散った。
「こ、こんなはずじゃ――」
最後の言葉は聞くまでもないだろう。
これで今度こそ終わった……フラグじゃないよね?




