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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第2章「絶対もふもふ戦線」
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もふもふさん!

 ……ここは、いったい?


 気が付きましたか、ミリア。


 その声はクロシュさん? あれ? どうして話が……。


 ミリアちゃんが戸惑うのも無理はない。

 まだ【融合】を解除していないため、彼女の意識は俺の内にあるのだから。

 以前までの【合体】では明確な意志疎通は不可能だったので、これも【融合】の効果だろう。

 それも含めて、俺は手短に状況を説明した。

 魔獣の指揮者を止めようとしていた俺たちはルーゲインによる奇襲を受け、ミリアちゃんが衝撃から意識を失ったものの勝利したことから。

 武王国の裏切りを知ったルーゲインはすべてを話し、魔獣軍と人間軍、双方を止めなければ帝国が危険である現状までを。


 そんな大変な時に気絶していたなんて……すみません。


 いえ、不意打ちとはいえ避けられなかった私の失態です。


 ですがクロシュさんは、ちゃんと護ってくれたんですよね?


 も、もちろんですとも。


 でしたらクロシュさんに落ち度はありません。ありがとうございます。



 ――ああ、その言葉でなんかもう色々と報われた気がした。


 ちょろいなー。


 え、今のはどなたでしょうか?


 いえいえ、私の中にミリア以外は誰もいませんよ。


 はぁ……気のせいでしょうか。


 それより今は考えなければならないことがありますよ、ミリア。


 そ、そうでしたね。



 上手く誤魔化せたようだ。

 まさか幼女神様の声までも聞けるようになっていたとは……今後【融合】している間は注意しないと。

 ここまでの信頼関係を築き、実際に声を聞ける今となっては無理に隠す必要はないのかも知れないけど、まだ早いように感じたのだ。

 単に転生の真実まで教えなければならないと、怖れているだけかもだが。

 それは今後の課題であり、今は魔獣と武王国の軍隊への対処が先決だ。


「武王国に関しては場所が場所なのですぐに対処しなければ間に合わなくなりますが、まだ猶予はあります。まずは目の前の魔獣が優先でしょうが……ジェイルはいったいなにを?」


 さっきからぶつぶつと呟いているルーゲインには、作戦に携わっていたどころかトップであったことを活かして打開策を検討して貰っていた。

 だが、どうも顔色が悪い。

 わざわざ【人化】までさせたのだが、やはり無理か?


「あまりにも戦力が不足し過ぎています。なにより辛いのは城塞都市へ向かわせる手筈の魔獣たちが暴走し、方々へ散ってしまったことでしょう。おかげで城塞都市の負担は軽減しましたが他の都市を襲撃されれば成す術もなく落ちてしまいます」


 現在、魔獣の群れは無秩序な動きを見せている。

 魔獣たちの目的は飢えを満たすこと。つまり餌となる人間を本能的に嗅ぎ取り、最も近い城塞都市へ向かうはずが分散していた。

 たしかに、魔獣に対抗する拠点となる都市は他にいくつも点在していたが城塞都市ほどの備えがなく、その許容量も限られている。

 およそ一割……千の魔獣が押し寄せれば、確実に落ちると言われるほどに。

 厳密には、時間さえあれば帝国の軍を動かして対抗することは可能だけど、その猶予を与えないのが今回の『第二次魔獣事変』であるそうだ。

 そして一か所ではなく複数の箇所を防衛するとなれば、軍もまた分散しなければならないワケで……。


「私とルーゲインが飛んで手当たりしだいに討伐、というのも難しいですね」

「残念ながら僕は【極光】の影響で魔力が尽きかけていますし、クロシュさんだけでは広い皇帝国の領土を守るのは、いくらなんでも……」


 できる、と言いたいところだけど無理そうだ。

 【融合】が継続しているので、このスキルは魔王化を解いても取得したままなのは知っていたけど、もうひとつの【強欲】は消失している。

 魔王が持つ力だから、魔王でなくなれば使えないのは当然だった。

 もう一度だけ【強欲】を使えないか幼女神様に尋ねても。


 おためし、きかんは、おわり、かなー。


 次は本当の魔王になってしまうって意味だろうか。

 それで、なにもかもを破壊してしまっては元も子もないので断念する。


「僕らは最終作戦などと称していましたが……これはもう打つ手が」


 すでにルーゲインは諦めたのか弱音を口にしてばかりだ。

 でも、それを咎める気にはなれない。

 俺もまた、どうすればいいのか見当も付かないのだから。

 こんな時はいつも幼女神様が助言してくれたけど、今は姿さえ見せていない。

 どこかで覗き見しているだろうし、問いかければ答えてくれるだろう。


 だけど、次はもっとガンバろうと決意したばかりなのに、こうもあっさり頼ってしまっていいものかという躊躇いもあった。

 ここはもう少し、俺自身にできることがあるんじゃないか?

 だから幼女神様はなにも言わないのでは?

 それとも、本当に幼女神様に頼るしかないのか?


「これが、限界なのか……?」

「落胆する必要はない」


 思わず零してしまった問いに答えたのは誰だったか。


「遅きに失した感があるのは謝罪しよう。しかし――」


 聞き覚えのある、その妙に渋い声は……。


「結果としてワタガシは、使命を果たしたのだ」

「あ、あなたは……!」


 もふもふさん!


 それは違いますよ、ミリア。


 真っ白いふわふわ毛玉にしか目が行っていないミリアちゃんはさておき、いったいどこから現れたんだ?

 それに、使命とは。


「古き盟約に基づき、今こそ我らは守護者とならん」

「守護者……?」

「見るがいい」


 ま、まさか……そういうことなのか?

 視界に飛び込んで来た光景に俺は言葉を失い、ついでに正気も失いそうだ。

 なんなのだ、これは。どうすればいいのだ。


「なるほど、そういうことでしたか……最初から作戦は失敗していたと」


 同じくそれを目にしたルーゲインはすっかり意気消沈し……。


 く、クロシュさん、あれを! あれを見てください! すごいです!


 ミリアちゃんは人知れず大はしゃぎしていた。

 ま、まあたしかに、これで魔獣のほうは解決だろう。

 あとは武王国をどうにかすれば……待てよ?


「ところでワタガシに、ひとつ聞きたいのですが……」






 城塞都市より遠く離れた地、武王国との国境付近に砦があった。

 かつて実在した英雄からセラミスと名付けられた砦は、断崖絶壁の海と魔の森に挟まれる形で建てられ、武王国側からだと高台に位置する地形故に難攻不落と謳われた皇帝国の盾である。

 終戦後は国を行き来する者たちを管理する役所として機能していた場所だったのだが、現在のセラミス砦は物々しい雰囲気に包まれていた。

 数多くの騎士たちが砦内に待機し、その後方にも陣を敷いていたのだ。

 彼らは、この時のため密かに召集された精鋭である。


「ジェノトリア様、斥候隊からの緊急連絡です」

「ついに来たか……」


 砦の一室で受け取った書簡を読み、エルドハート家第二門当主ジェノトリアは苦々しく言うと外を眺めた。

 国境を見下ろせば薄暗い中に盆地が広がっており、獣の気配すらしない。

 その静寂も夜明けまでだろう。

 なぜなら書簡は、武王国の進軍を報せるものだったのだから。


「ふむ、どうやら良くない内容みたいですな」

「こちらも悪い報せがあります」


 入室するやいなや恰幅のいい体格をした第三門のボルボラーノと、地味な印象が拭えない第四門のトルキッサスは神妙な面持ちで告げる。


「魔の森から数千に及ぶ魔獣が現れ、各都市へ侵攻を開始しました」

「なんだと!?」

「さながら魔獣事変のようだと、観測隊は残しておりますぞ」


 これにはジェノトリアも驚愕を露わにする。

 かねてからの調査により、近々武王国が攻めて来るのは察知していたものの、このタイミングで魔獣が活発化するとは完全に予想外だったのだ。


「偶然、にしては出来すぎているな」

「どうしましょうか?」

「……武王国を放っておくわけにはいかん」

「しかしですな、これでは援軍もアテにできませんぞ」


 それはジェノトリアも理解している。

 元より、この砦に集めた戦力は彼らが自由にできる私兵であり、残りは元から配属されている警備兵だけで皇帝国の正規軍はいなかった。

 援軍が来ないとなれば敗戦の色合いは濃厚である。


 正規軍がいない理由は二つあった。

 ひとつは信憑性に欠けること。

 暗躍する何者かがいても、それが武王国の放った手先かは不明であり、まして侵略戦争を仕掛けるという証拠はなにひとつなかった。

 正確には、それを示唆する情報なら掴んだのだが、軍を動かすほどの証拠となると足りないのが実状だ。

 曖昧な情報に踊らされたとはいえ、まだ武王国が行動を起こしていない内に正規軍を国境に待機させるのは宣戦布告に等しい行為である。

 場合によっては、こちらが開戦のきっかけを与えてしまうと皇帝国の上層部は判断したのだ。


 もうひとつは、セラミス砦が現存していること。

 過去の戦争より長らく皇帝国を守護した盾は、もし本当に武王国が再び攻めて来たとしても持ち堪え、すぐに援軍が送られると考えられていた。

 耀気機関車による兵士の移送は迅速であり、広域における戦略的な用兵に画期的な効果を持っていたのだ。


 だからこそジェノトリアは逆に警戒した。

 武王国の目論みが真実であれば過去の戦から学ばないはずがない。必ずなんらかの対策を練るだろうと。

 ひょっとしたら、これすらも潜り込んだ密偵の妨害工作ではないかと疑っていたのだが、以前からエルドハート家を嫌っていた派閥からの嫌がらせとも取れ、もはや誰が味方で誰が敵なのか判別が難しい。

 そこで自前の騎士、総数四千を砦に待機させる許可をどうにかもぎ取り、こちらが送り込んだ密偵からの報せを受けて現地入りした矢先に、この有様だった。

 結果としては正解のはずが、問題はなにひとつ解決していない。


「魔獣の動きはどうなっている? こちらへの被害は?」

「今のところ詳細はわかりませんね」

「情報が入るには時間がかかりそうですぞ。ただ、もうすぐ夜明けですな」

「……魔獣の動きが予測できないのであれば撤退はできん。援軍も期待するな。この場にある戦力だけで防衛するぞ。籠城戦も覚悟しろ」

「援軍がないとわかっているのに、ですか」

「うむ。少しでも長く奴らを足止めする。それが私たちにできる最後の仕事だ」


 最後という部分を強調する。

 つまり、もはや覚悟はしているのだ。


「おっほっほっ、この感覚……昔を思い出しますぞ」

「そうだな。あの時はノブナーガの奴もいたが」

「無事ですかね?」

「あいつは簡単にくたばるほどヤワではない。知っているだろう?」


 加えて魔導布たるクロシュと、ミーヤリアたちが捜索に出向いたという報告があったのをジェノトリアは思い出す。

 そこには娘たちが同行していることも。

 本来はクロシュを懐柔させるべく送ったのだが、今となっては失敗して良かったとも思えた。

 そして一言でも謝罪しておきたかったという後悔と、最後に娘の顔を見たかったという僅かな未練を胸の内にしまい込み、再び外を眺めた。

 じきに夜が明ける。






 セラミス砦から国境を挟んだ反対側、武王国領土の森林内に、夜明けを今か今かと待ちわびる者たちが息を潜めていた。

 手入れの行き届いた甲冑に身を包むのは三千からなる騎兵隊と、特殊装備を有する千人の竜騎兵隊、そして歩兵隊を合わせた一万の一個師団である。

 この場に召集されているのは言わば強襲部隊だが、砦に攻城戦を仕掛けるというには戦力が少なく、これといった大型攻城兵器を用意している様子もなかった。

 ただし数に関しては、後続の本隊が存在する。

 彼らが障害を突破した後に訪れるそれこそが総勢十万を超える主力であり、その役割は武力による制圧や統治といった、まさに侵略へ特化した者たちである。 

 そして夜闇に紛れて攻撃を仕掛けないのは万が一の罠を警戒し、明るくなってから動いたとしても勝利を確信していたからだ。

 この場に軍を配置できている現状こそが、それを裏付けているとして。


「素晴らしい……実に見事だ、サイナスよ」

「ありがとうございます」


 騎兵隊の先頭で立派な軍馬に騎乗した隻眼の老人は、上機嫌で隣の男に声をかけるが、返事をしたのは別人だった。

 老人に並んで馬に乗せられた虚ろな顔の男ではなく、その首から下げた円錐状の透明な瓶、三角フラスコのインテリジェンス・アイテムこそがサイナスである。

 筆のムドウ、鞭のジェイルたちと共に暗躍し、第二次魔獣事変の功労者とも呼べるサイナスだったが、すでにルーゲインを見限っていた。

 というよりも、初めから味方ではない。

 戦闘能力で敵わないと理解したからこそ傘下に加わり、内側から利用していただけというのが正しいだろう。


 サイナスの目的は二つある。

 ルーゲインに成り代わってインテリジェンス・アイテムを従え、そして武王国における立場を確立……すなわち貴族として爵位を得ることである。

 これは【極光伯】という伯爵位を武王国から拝領していたルーゲインへの嫉妬も混ざっているが、本人の出世欲と虚栄心こそが最も強く影響していた。


 実際サイナスは毒物を生成するスキルを得意としており、その能力を買われて早期に武王国と通じ、第二次魔獣事変の初期段階からルーゲインたちを都合の良い方向へ誘導するための、影の作戦指揮者として見込まれていたのだ。

 このまま作戦が成功すれば、望み通り爵位を得られるだろう。

 そう遠くない栄華にサイナスは内心で笑みを漏らす。


「しかしライゼン閣下、こんな前線まで出なくともよかったのでは?」


 そう呼ばれた老人、ライゼン・ミカヅチは皺だらけの顔と白髪からは想像もできない獰猛な表情と目付きをして、くくっと邪悪な笑みを浮かべる。

 かつての戦争にも参加していたライゼンは、大将軍という武王国における戦場の指揮官としては最上位の役職に就いており、最前線にいるのも多少は妙であっても決して不思議なことではない。

 ただし通常であればライゼンは後方で軍を統括する、元帥の地位に値する。

 わざわざ自身に擬似的な降格処分まで下し、戦場に出張って来たのだ。

 意図するところは誰にも明かさぬままに。

 わけもわからず随伴させられているサイナスにとっては、いい迷惑だった。


「なんだサイナスよ、戦場は恐ろしいか」

「まさか」


 なに馬鹿なことを言ってるんだジジイ、とサイナスは無言で罵る。

 立場上の関係から仕方なく従っているだけに過ぎず、主君として仰いだことなど一度もなかったのだ。

 もっとも、それすらライゼンは看破していたのだが……。


「この戦だけは儂が出なくてはならん」


 所詮は道具。いずれ他の二体と同様に首輪を嵌めてやるとサイナスから興味を失くし、遠い記憶に思いを馳せる。

 四十年ほど前の話だ。

 皇帝国と武王国が長きに渡って続けた争いの末期であり、そして最後の戦いが国境、まさに彼らが攻め込もうとするセラミス砦において繰り広げられた。

 当時のライゼンは武官のひとりであり、幾度もの戦いにおいて勇名を馳せる英雄でもあった。多額の褒賞を手にし、美女は寄り付き、武力で周囲を黙らせ、将来の地位すら約束された彼に怖い物などなく、恐怖という感情すら知らなかった。

 ――その日までは。


 武王国に英雄がいたように、皇帝国にも英雄と呼ばれる者がいた。

 名をドルノギア・グレン・エルドハート。

 エルドハート家の先代であり、父にあたる人物だ。

 本来、魔獣防衛の使命を与えられていた彼だが戦時中ということもあって戦場に駆り出され、その戦いにも参加していた。

 そうして二人の英雄が出会うのは必然だったのだろう。


 ……くくっ、失ったはずの右目が疼くわい。

 かつての恨み、一日たりとも忘れはしなかった……。

 その雪辱も、もうすぐ果たされる!


 ライゼンが反対を押し切ってまで参戦したのには、かつての怨敵へ復讐するという意味があったのだ。

 しかし噂によればドルノギアは病に倒れ、エルドハート家の当主は息子に譲ったと聞いており、皇帝国に戦禍を巻き起こそうと出会うことは二度とないだろう。

 だからこそライゼンは参戦を決意した。


 あの化物がいない皇帝国なぞ、怖るるに足らんわ。

 冥府で見ておれ、そして悔むがいい。

 このライゼンが貴様の国を荒らし、蹂躙し、真の勝利者となる姿をなっ!


 最後まで生き延び、結果を出した者こそが勝利する。

 負け惜しみのように自身に言い聞かせてきた矜持だったが、成し遂げたのならば真理だろう。

 少なくとも復讐に取り憑かれたライゼンには、充分な理屈だ。


 加えて今回はインテリジェンス・アイテムの力を存分に振るい、あらゆる事態に備えている。籠城されようと半日もあれば陥落させる計算さえしていた。

 万全に整えられた舞台を前にして血気に逸る。

 ただ、すでに筆と鞭が失われたことをライゼンは僅かに惜しんだ。

 二人が肉体としていた者に装着させた首輪によって、ある程度の状況は把握していたのだが、あらかじめ設定しておいた『逃走が不可能と肉体側が判断した時点で自爆を決行』という指示が果たされたのを知っていた。

 それでも、これから数を増やせば構わないだろうと執着はしない。

 ライゼンにとって便利だが、代えはいくらでも利く程度の物なのだ。


「さて、そろそろか」


 遠く空が白み始めていた。

 もうじき夜は明け、偵察に出した者も戻るだろう。

 何事もなければ予定通りに進軍する手筈だったが……。


「ら、ライゼン様!」

「おお、戻ったか……なにがあった?」


 報告に戻った偵察の様子から異変を察する。


「それがなんと言っていいのか……」

「正確に伝えよ。なにを見たのだ?」

「……毛玉の壁です」

「正気か?」


 その言葉に耳を疑ったライゼンは、どうあれ退くという選択はなかったため進軍を開始する。

 実際に見たほうが早いという偵察隊にあるまじき発言もあったのだが、結局それが手っ取り早いとライゼンも判断したためだ。

 ついでに国へ帰ったら偵察隊を処分しようとも心に決めて。

 森林を抜け、ようやく見えたセラミス砦……と、その手前の物体に気付いた。

 砦と、魔の森を分断するかのように、白い物体が点々と続いて線を引いているではないか。


「こちらをどうぞ」


 目を細めていると遠視筒を手渡される。手元のダイヤルを動かすと遠くの景色が鮮明に見える道具だ。

 覗き込んで操作すると、やがてそれの正体がはっきりした。

 いや、はっきりとはライゼンもわからなかった。

 端的に表現するのならば。


「毛玉……?」


 まさか偵察隊の言葉が事実であるとは思わず呆気に取られる。

 そこには真っ白で、おおよそ二メートルほどの大きな毛玉が並んでいたのだ。

 いっそのこと奇襲を読まれ、防衛兵器である拒馬槍を用意したのであれば、意図と用途が理解できる分だけ気が楽だっただろう。

 なにかわからない。それがライゼンの頭を悩ませた。


「我々はずっと観察していましたが、いつどこから現れたのかも不明です。もちろん決して見逃すことはありません。本当に突然、現れたのです」

「……手段はともかく、我らの動きを察知して用意したか?」

「だとして、あれにどのような意味があるのかは見当も……、単なるこけおどしの可能性もありますが」

「ふっ」


 曖昧な言葉に鼻で笑う。

 別に答えを期待したわけではなく、疑問がそのまま口を突いて出ただけだったのだが、しかし意外に正答だと思えたからだ。

 なぜなら、このまま砦に進軍すれば毛玉と接触する位置関係にあったが、果たして障害と成り得るだろうか?

 ならない、とライゼンは自問自答する。


「不気味だが、それだけだろう。予定に変更はない。竜騎兵を出せ」

「はっ!」


 武王国において竜騎兵とは、特殊装備を扱う騎兵を差す。

 遠い南方の国では実際にドラゴンに騎乗する竜騎兵も存在したが、寒さに弱いといった理由から北方では役に立たないのだ。

 他にドラゴンを手懐ける方法が秘匿されているため、容易に模倣できないといった理由もあるが、武王国の竜騎兵はそれに勝るとも劣らない力を持っていた。


「竜騎兵隊! 前方の障害を焼き払え! 攻撃開始!」


 号令が出されると千人の竜騎兵が疾駆し、手に携える奇妙な槍を掲げる。

 その矛先は赤いドラゴンが咆哮をあげる様子を象った装飾が施され、刃が付いていない代わりに口内が空洞で仕掛けが施されていた。

 まず、先頭を駆ける竜騎兵たちは槍をしっかりと脇に挟んで固定し、狙いを定めると舌を噛まないよう口を動かさぬまま、なにかを呟いた。

 すると槍に魔力が伝わり、装飾の瞳が紅蓮に染まる。

 最後の言葉を告げれば、まさしくドラゴンの如き火炎を吐き出し、標的である毛玉へと向かって一直線に襲いかかった。

 ある者は火線を浴びせ、ある者は炎球をいくつも飛ばして爆ぜさせる。

 炎の形状は使用者の任意で変更可能であり、最大火力の炎弾斉射ともなれば城壁すら打ち砕くほどの威力を有しているのだ。

 これこそ彼ら竜騎兵が『竜』の名を冠する所以であり、武王国が誇る武器製造技術の最先端、小型魔導兵器『赤竜顎』である。

 騎馬による機動力と、赤竜顎による攻撃力が合わさった絶大な力は毛玉を焼き払い、このまま砦を一息に落としてしまう……はずだった。


「な、なんだと……!?」


 動揺を隠せずライゼンは身を乗り出して遠視筒を覗き込む。

 たしかに燃え盛る炎は毛玉へと届いていた。

 着弾に際して発生した黒煙が証拠であり、だからこそ竜騎兵隊も突っ切って砦へ向かうべく騎馬を止めなかった。

 だが、現実に竜騎兵隊が煙へ突入すると、なにかに弾かれたように馬ごと転倒してしまい、先頭側の隊列は完全に瓦解していた。

 後続の竜騎兵はどうにか左右へ展開することで避けられたが、未だに毛玉を越えられずにいる。

 やがて煙が晴れると、そこには僅かに焦げた毛玉が変わらずにあった。

 その後も竜騎兵は攻撃を続けたが、どれも効果は見込めないまま砦に攻め込めずにいる様子からライゼンは理解する。


「……どうやら、あれは皇帝国が用意した防衛兵器と考えて良さそうだな」

「そ、そのようですね」


 炎では破壊できず、騎馬の突進をも跳ね返す鉄壁の壁……いや毛玉。

 どうしたら、そのような物を作ろうという発想に至れるのかと、正気を疑うのも無理はない。

 その頃、セラミス砦でも同様に困惑していたのだから。

あと2話で(2章を)終わらせようとしたら

あまりに長くなったので分割しました。

次から残り2話です。(たぶん)

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